1話 神おろし
主人公が辛い目に遭う場面があります。
ご注意ください。
『輝ける天照らし様が天孫、
高祖天咲尊の血を引きし、三百五十七人目の天子、
百州を照らす、世輝君の御代において。
〈陽黎〉十二年、二の月七日。
偉大なりしすめらは、天照らし様の御声を聞く女王を得たり』
辛みのあるお香が漂いくる中。クナはこつりと、冷たい床に額をつけた。
天照らし様を祀る大祭壇の広間で、一位の大神官が大陸公報を読み上げている。
『大いなる女王は、即位の儀において、我ら臣民に神託を下された。
そは。すめらの永劫の繁栄を、約束するものなり――』
朗々たる声には投げやりな色が混じっていて、内心いらだっていることが明白だ。
怒りの気配がちくちくと、祭壇のまん前に平伏しているクナを刺してくる。
「以上。月神殿は今朝、全大陸にかように報じた。異存はあるまいな、大姫どの」
「ぁ……」――「はい。ございません」
口を開いて返答しようとしたクナは、冷ややかな声に斬られた。
右隣にミン姫が座している。
「神託とは、いかようにも解釈できるものなれば。この国がとわに栄えると受け取られしこと、たいへん嬉しく思います」
威風堂々。冷静な太陽の姫は、しゃららとかすかに、玉の冠を鳴らした。
すると。
「本日もまた、偉大なる天照らしさまが、きよらな身に宿りますよう。全力で努めますわ!」
左隣から快活な声があがった。リアン姫だ。彼女も、頭にいただく冠をしゃららと、重たそうに揺らした。左右の姫はしゃんしゃんりんりん、神楽鈴を鳴らし始める。
「おお、素晴らしい。さすがは我が娘よ」
一位の大神官がほれぼれと、右のミン姫を褒めそやす。
「いや、我が姪こそ素晴らしい」
二位の大神官が対抗するように、左のリアン姫を称えた。
さやかな鈴の音はクナから離れて、後方へ移動した。
二人の姫はゆるりと回転しながら、あたりに降ろした聖なる気配をかきまぜていく。
右の気配は鋭く冷たい。左の気配は猛々しくて熱い。
まさに、水と炎。まるきり二人の姫の性格そのままに、濃ゆい神霊の気が立ち込める。
姫たちの回転は徐々に、速さを増していく。鈴の音もともに、せわしくなる。
なれど。中央のクナはただただ、その場に平伏して、微動だにしなかった。
否。
(うごけ、ない……!)
立ち上がれなかった。
膝を立て、祭壇に手をさし伸ばし、舞わねばならぬのに。
クナは、少しも動けなかった。
頭に載せられた黄金冠も。幾重にも重ねられた儀礼用の錦も。それはそれは重いものだ。
しかし完全武装の鉄錦にくらぶれば、さほどのことはないはずなのに……
「立たれよ、大姫どの!」
「なにをしている!」
大神官たちが、厳しく注意してくる。
(はい! でも――!)
焦るクナは、重い冠をいただく頭を上げられなかった。
祭壇の真ん前。お香の壺が乗っているその先にだれかいる。
無言で圧してくる、何かが。
それはあたかも、ずんと腰を下ろしているような、巨大な気配だった。
おそらくこれは、そのたれかのまなざしに違いなく。胸をずっさり射貫かれたクナは、床に圧しつけられているのだった。
(すこしも、うごけな、い……!! どうすれば、いいの……!?)
クナはかすかな声ひとつ、あげられなかった。
ただの、ひとことも。
潰される。
ああ本当に、このままでは潰される。
胸が。頭が。
砕けちる――
「……っ……!!」
ぐしゃりと、我が身が散華する感覚とともに。クナは、声にならぬ悲鳴をあげて寝具から飛び起きた。
青臭いイグサの匂いが鼻をつく。新しい畳台の上に敷かれた布団は、中に羽毛が入っていてふかふかだ。肩で息をする身を奮い立たせ、激しく口をぱくぱくさせ、慌てて声を出してみる。
「ああ……ああ……ああああっ」
なんとか声が出たことに、クナは心から安堵した。
太陽の巫女王が、神おろしの儀において、動けなくなるなど。そんなこと、決してあってはならぬことだ。それどころか、天照らし様の指先に触れただけで破裂してしまうなんて。
「こっぱみじん……おそろしいわ。なんておそろしい」
夢でよかった。
そうだ。今のは夢だと、クナはようやく、そのことに気づいて身震いした。
玉冠をかぶった女王が、三人もいるなんてありえない。
本当は、たったひとりしかいないのに……。
クナは手探りで、寝具の横に置いてある茶器を探りあてた。かくかく震える手でなんとか急須をもち、湯飲みに白湯を注ぐ。床に入る時にアオビが持ってきたそれは、すっかり冷めていて。心落ち着くぬくもりは、残っていなかった。
「う……うううあ!」
冷たい水が喉を通ったとたん、クナは耐えがたい吐き気に襲われた。
両手で口をふさぎ、逆流してくる水を必死で飲み込む。
目じりに涙をうかべ、口をおさえたまま、クナは後退して。どずんと、冷え切った壁に背をつけた。
「う……まさか……まだ、いるの? あたしのなかに、まだ、いる、の……うあ!!」
腹の中で何かがぐるぐる、暴れている。胃ではなく、もっと下の方で。
体内にある神霊玉が、反応しているのだろう。おそらくは、昼間受け入れたものに……
昼間。おそらく夜は更けゆきて、午を回っている。なればそれはすでに、昨日のことであろう。
日付けで言えば、二の月の七日。クナはお香ゆらめく大祭壇の前で、一位の大神官の話を拝聴した。重い黄金冠を載せた頭を垂れ、額を床につけながら。
『かつて青の三の星に在りし母なる御国より、すめらの高祖はこの大陸に降りきたりた。
万世一系、三千年の皇統を繋いだかの御国と合わせれば、すめらの偉大なる皇統は、一万五千年の永きに渡りて続いている。
すめらがかくも栄えてきたのは、ひとえに天照らし様の加護のおかげである。
太陽の大姫よ。そなたの務めは、太陽神の御言葉を我らに伝えること。
すめらを永続せしめんがため。慈悲と恵みを、まぶしき天輪に乞うがよい』
その直後。クナは神おろしを行った。
大祭壇の前でくるくる、優雅に舞い踊りて。この身に、偉大なる神をお呼びしたのである。
それは、口からするりと飛び込んできた。
そうしてクナの腹の中で大いに暴れた。
クナは悲鳴をあげて、その場に倒れて。頭から、黄金冠を落とした……
「あたしの口から入って出ていったあれは……なんだったの? ほんとうに、天照らしさまだったの?」
よろと身を起こしたクナの口から、わけもわからぬ呻き声が出て行った。
うーうーうなる獣のようなその音こそ、ご神託であると、大神官たちは断じたけれど。
まさか「神」がそんなものだとは、クナは思ってもみなかった。
「まだ、残ってる。まだいるわ。全部、出ていってない」
クナはぐすぐす鼻と目じりを湿らせて、床を這った。
助けを求めるように部屋の奥にある香り良い台座を探る。けれどもその上にあった鏡は、どこにもない……
「ああどうか。はやく、戻ってきて……どうか。どうか……」
胸から、何かがせりあがってくる。クナは口をおさえながら、ばたりと倒れて。無二のひとを呼んだ。
「黒すけさんは……どこ……?」
クナが落とした黄金冠はまごうことなく、太陽の巫女王が被るもの。
鳳凰をかたどる両翼から、真珠と玉のすだれが幾本も垂れる、実に素晴らしい逸品である。
七日に行われた即位の儀において、クナはなんと、その冠をましろの頭にいただいた。
朔日に行われた選抜戦にて、クナはその冠をみごと、勝ち取ったのだ。
やり遂げたおのれに、内心ひどく驚いたけれど。
大量の精霊を喚び、華麗に操ったミン姫を、クナはみごとに退けたのである。
『宣言通り。容赦はいたしません』
その勝負は五分どころか、圧倒的にミン姫が優勢であった。
クナが舞の技で攻めてくることを、それしか勝ち筋がないことを、太陽の姫はしっかり読んでいたかあだ。
クナは風をまとえぬようにされた。大地の精霊を呼び出され、不動の呪いで足元を固められ。コチコチに金縛りにされたところに、今度は氷の精霊たちが襲いきて。動けぬ体を凍らされた。
『すっかり固まったら、あなたを砕きます』
感情のない声でそう言われて、クナはぞくりと慄いた。ミン姫は、いつもどおりの涼しい顔。なれども呼び出された氷の精霊たちは、すさまじい嵐となってごうごう吹き荒れた。
躊躇なく、クナを殺す――あのときのミン姫は、本物の殺気をまとっていた。
鋭い刃のごとき精霊たちが、襲い来る。もうだめかと、クナが覚悟したそのとき。
『しろがね! しっかりしなさい!!』
リアン姫の怒鳴り声が、背中をどんどん叩いてきたのだった。
『あなた、風だけじゃなくてほかの精霊も喚べるでしょうっ! 大体にして! 常時、光の精霊をまとってるんだからっ!!』
舞台のふちから飛んでくるその叱咤が、起死回生の反撃を生んだ。
せいなるひかりに かしこみねがふ
よびたてよ わがひかり
つなぎたまえ わがひかり
半ば凍り、ろれつが回らぬ口で、クナが必死に歌うと。精霊の鎖が、たちまち輝きだした。
彼らは動けぬクナの代わりに手を伸ばし、氷の精霊を蹴散らして、周囲に在る精霊たちを呼び寄せた。
庭に生える木や花の精。庭石や岩の精。禊の泉の精。
さまざまな精霊たちが、まるで磁石につく鉄の砂のように、光り輝くものに惹かれて集結した。
光の精霊とはすなわち、天照らし様の光が凝縮されたもの。
熱くてまぶしく、純度が高く、全属性の中で最上のものとされる。
精霊たちは、連結の力を表にだしている光の精霊の手招きに抗えなかったのだ。それらはぴしぴしぱきぱき、光たちの手の中に収まりて。みるまに、剣や弓をかたどった、輝く武器に変化したのだった。
『な……! 光の軍勢を作るなんて!』
輝くつわものと化した光の精霊たちは、ひゅうひゅうきらきら、舞台の上で大暴れ。
驚愕するミン姫に従う精霊たちを木っ端みじんにし、姫の結界にひびまで入れた。
体の自由を取り戻したクナは、迷わず飛んだ。
光り輝くものたちとともに、高く高く飛翔して。大いなる飛天の風で、彼らをいったんひとつの大きな玉にまとめあげ。思い切り、姫の真正面に撃ち放った。
玉は姫の結界に到達するなり、まばゆく散り咲いて、固い結界をすっぽりくるんだ。
光の檻と化した精霊たちによって、ミン姫は有無を言わさず、舞台から落とされたのである。
『聖天明王!』
『これはまさしく、大姫さまの技……!』
舞台を見守っていた太陽の神官や巫女たちは、ざわわとどよめいた。
誰に教えられたわけでもない。クナはただただ無我夢中でそうしたのだが、それは偶然、すめらの巫女の、古い舞術に酷似していたらしい。
かくてクナは、巫女王の位につくにふさわしい力を持っていることを、皆に知らしめた。
なれど仕合直後。三人いる大神官たちは頭を寄せ合い、しばしの間、話し合っていた。
彼らは困惑しきっていた。
まさか龍蝶の娘が、人間の候補に遠慮せずに全力を出すなんて。人に飼われるものが、人の上に立つものになろうとするなんて。そんな反逆めいたことをするとは、露ほども思っていなかったのだろう。
ゆえに彼らは、クナに命じたのだった。
『押しも押されもせぬ見事な優勝者よ。なれどもそなたは龍蝶ゆえに、必ずだれかに飼われなければならぬ。それゆえ我らはそなたに与え得る、最大の権利を与えよう。そなた自身が、そなたの主人となる巫女王を選ぶがよい』
誰かを選ぶ? なれば、答えはひとつしかない。
クナは即座に返答したのだ。一分の迷いも遠慮もなく。にこにこ、満面の笑みを浮かべて。
『あたしは、あたし自身を、あたしの飼い主とします――!』
大神官は言葉を失いたじろいだ。なれどクナは、一歩も退かなかった。
『大神官さまたちの仰せに従い、あたしはあたしの主人を選びました。どうかよしなに、よろしくお願いいたします!』
あのときの返答は、ずいぶん生意気なものに聞こえただろう。龍蝶ごときが何を言うかと、反感をおぼえた者も、少なくはあるまい。だが、たとえ嫌われても、眉をひそめられても。クナは自分の命を、自分自身に預けたいと思ったのだ。
大神官たちはあきらかに、分不相応の言い様だといらだった。傲慢な娘だとみなして、クナを説得しようとした。だがそこに。強力な助け手が現れたのだ。
『決勝の仕合、たいへんに見事であった。しろがねの娘が女王に昇るのは、しごく妥当であろう』
霊光殿の大翁様が、舞台に上がってきてくださったのである。
『巫女王とは、ただただ、天照らし様の神託を告げしもの。本人は単なる依り代ゆえに、実のところはなんの権力も持たぬ。我らは、神をおろすその器の神聖さを、崇敬するにすぎぬのだ』
ゆえに龍蝶の娘に黄金冠を与えるがよいと、大翁様は大神官たちに進言なさり。舞台を注視するものたち皆に語りかけた。まるで活力あふれる青年のごとく雄々しく、声高らかに。
『この娘は単なる器。神の御言葉を伝える、装置となるだけのこと。もし、おのれの私利私欲のために神託をねつ造することあらば。ただただ、天罰がくだるのみぞ。
大神官よ。太陽神を奉じる神官、ならびに巫女たちよ。汝らの信仰心を、ここに問おう。不正を厭い、正義を愛する天照らし様の御力を、そなたらは疑うか?』
いいえ。いいえ。いいえ。
天の大御神を疑うなど。滅相もございません。
なれど。なれど。なれど……。
『それでも体裁を気にするというならば。この陽識破が、しろがねの娘の後見人となろう。本日よりこの娘は、陽家の姫であるとみなすがよい!』
大翁様は実質、クナを養女にすると仰ったのだが。龍蝶は飼うものと教え込まれているゆえに、
大神官たちはそうは認識しなかった。
後見? 所有の間違いではなかろうか。
これはすなわち、かつての大神官が、しろがねの娘の飼い主になるということか?
不服を醸しつつ、おそるおそる尋ねる大神官たちに、大翁様はよしなに受け取るがよいとお答えになった。
かくて、選抜戦より一週間経った七日の日。大翁様に逆らうことを恐れた大神官たちは、クナの頭に黄金の冠を載せたのである。龍蝶の娘の、まっしろな頭の上に――
「黒すけさん……いないの? 呼んでも、こないなんて」
なんとか吐き気を呑み込んだクナは、今一度、つるりとした台座の上を撫でた。
大翁様の力添えには感謝の言葉もない。こたびはとくに、たいへんな助力をしてくださった。
なれど――
「ああ……あたし、鏡姫さまの御声を聞きたかったのに。よくやったって、ほめてもらいたかったのに……いつ、帰ってくるの?」
選抜戦が終わったその日、大翁様は、鏡姫を霊光殿に連れて行ってしまわれた。
鏡姫との議論が終わらぬ、しばし鏡を借り受けると仰ったのだが。
『でもお話をなさるなら、伝信で行えば……』
『実をいうと、鏡の調子があまり芳しくない。なにしろ、魂を入れるなど、めったにせぬことゆえにな。声がよく出なくなっているから、手入れをさせてもらう』
修理は幾日かかるのか。大翁様は教えてくださらなかった。
七日経っても、音沙汰はなし。かの御方は即位の儀にいらっしゃらず、鏡は戻ってきていない。
暫定的に新しい鏡が、一位の大神官から贈られたけれど。それはなんだかとてもお喋りで、クナは一刻も経たぬうちに閉口してしまった。
『さあ、すめらを言祝ぐ祝詞を唱えましょう。いいえ、そんな小声ではいけません。朗々と元気よく。さあ始めなさい』
修行の仕方のみならず。食事の作法や着付け、座る姿勢にいたるまで、まさに一挙手一投足、甲乙丙と評価され、逐一修正してくるのでたまらない。ゆえに夜だけは静かに過ごしたくて、化粧箱に片づけてしまっている。
本当なら。毎晩鏡姫と、母と娘の語らいのような、暖かい会話ができたのに……
「百臘さま……いつ、戻ってらっしゃるの……」
心の支えとも言える存在がいなくなって、クナは内心不安で押しつぶされそうになったけれど。即位の支度は、さほど大変ではなかった。
四人の従巫女たちが手際よく、衣装をそろえたり禊ぎの介添えをしたり。つきっきりで世話してくれたからだ。
クナの従巫女は、大神官たちが定めた。
龍蝶に飼い主を決めさせる。クナに与える権限はその一事で十分であろう。他の諸事は我らが決めさせてもらうと、大神官たちが言い張ったからだ。
かくて、太陽神官族の頂点に在る御三家の姫たちが、お家の序列順に従巫女として据えられた。
一位の従巫女は、陽家のミン姫。
二位は、尚家のリアン姫。
三位は、袁家のメイ姫。この姫は、第三位の大神官および、百臘の方のいとこであるという。十三歳で、世話役の巫女の指導から外れたばかりの、若い娘だ。
そして四位は――
「床に戻られませ」
突然。じりじりと地を這うような低い声音に打たれて、クナは身を縮めた。
「あ……の、体に、神気がまだ、のこっているようで。神おろしの力がまだ……」
「お黙りなさい。さあ、床へ」
部屋に入ってきたその声の主は、名をビン姫という。第四位の従巫女として、三人の大神官が選んだ人だ。
家格第二級の家に生まれしこの人の臘は、なんと二百臘。半世紀もの間この神殿に住まいて、巫女たちを束ねる大巫女の位に永らく在った。かつてはミン姫の世話役をしていた人であり、彼女の師にあたる。ゆえに第一位の大神官の信任篤く、神殿のだれからも一目置かれている。
「あの、今夜は、ビンさまが寝ずの当直なんですね。でもアオビさんや黒すけさんが詰めててくれてますから、大丈夫です。どうか寝て――」
「どこが大丈夫なのですか?」
「あっ……!」
あと数年で齢六十。そんな老女であるのに、クナの腕をつかんでぐいぐい寝具へ引っ張る力は、まるで力あふれる青年のよう。壮健なる人は、どんとクナの背を押して布団に倒した。
「一度の神おろしで、このような体たらくとは。正直、情けないかぎりでございます」
「す、すみませ……」
クナは、アカシがおのれを助けてくれたらと思ったのだが。大神官たちは、アカシを取り立ててはくれなかった。第三級以下の家格のお家の娘を従巫女にするなど、龍蝶をその位に据えるのと変わらぬ特例であるというのだった。
「体内に、天照らしさまの息吹きがこもっているのです。さっさと出しておしまいなさい」
ビン姫はクナに、木の棒のようなものを渡してきた。用意周到、クナが具合が悪いまま床に入ったのを知っていて、処置を施す道具を持ってきてくれたようだ。
「でもこれで、どうやって出すんですか?」
「……やり方を知らぬとは。まったく……」
「ひあ!?」
ため息とともに、老女はクナから棒を取り去った。と思いきや、寝着一枚のクナの両足首をつかんで、がばりと開く。
何ごとかと身を起こそうとするも、どんと胸をつかれて、クナはまた布団の上に倒された。ビン姫は両足を閉じようとするクナに抗い、さらにクナの足を広げてきて。
「あう?! あああああっ!!」
なんとずぶりと、下腹に何かを深く突き立てた。
「子宮に、息吹がこもっていますゆえ。串を刺しました」
「ひああああっ!!」
「これで神気を引き出します」
それは、さきほどクナに渡された棒だった。
火鉢で熱しでもしたのだろうか、まるで焼けているかのように熱い。それがごりごりと、無理やり腹の中に入ってくる。
「いやああ! やめっ……」
「卑しい声をおさえなさい」
のけぞるクナの中に、さらに深く串が入ってきた。
クナは顔を火で焼かれたかのように火照らせて、必死に口をおさえた。
ぐさりと、体の奥底に熱いものが突き刺さる感覚がした瞬間。おそろしいものが勢いよく引き抜かれた。
「……っっっ!!!」
たちまちあたりに、かぐわしくも甘い芳香が匂いたつ。
クナの体はがくがく痙攣しながら、穴という穴から大量の甘露を噴き出した。
突かれたところからだけではなく。耳や口。目や鼻。全身の汗の穴にいたるまで。
「楽になりましたか」
びっしょり濡れた布団の上で、聞かれたクナはかすかにこくりとうなずいた。
探ってみれば、下腹を貫かれたはずなのに、傷も痛みもない。
たしかに、何かが出て行った。
腹も胸も、すうと楽になった。全身はだるくて濡れているけれど。なんだか心地よい……
「湯あみのたらいと着替えをお持ちします。窓を開け放して換気しますゆえ」
「は、は……い……」
やっと落ち着いたクナは四肢を投げ出し、安堵のため息をついたのだが。
「ふん……処女ならば、子宮に神気などこもらないのに……汚らわしい」
ずさりと冷たい囁きに刺されて、一瞬全身が硬直した。
部屋を出ていく間際にビン姫が放ったそれは、霊力がこもっていたのだろうか。
ふおんふおんと、巫女王の部屋いっぱいに広がって、何度も何度も反響し、クナの耳を襲った。
「そうよ……あたしは、きよらじゃない。だって」
耳を塞ぎながら、クナは足を縮めて円くなった。
「だって、黒髪さまの妻だもの」
黒すけさん。黒すけさん。
目じりに甘い涙を浮かべて、クナは無二のひとを呼んだ。
いまだ花屋を探して、毎日一所懸命、都を駆け回っている影を。
晴れて巫女王になれたのに。
どうしてこんな不安な気持ちになるのだろう?
「黒すけさん……どこ……?」
そっと呼びながら、くたりとしたクナは眠りに落ちた。
夢を見ない深淵のまどろみの中へ。
ずんずんと。
あっというまに。