21話 大スメルニア
神光さんさん、はるけき晴天のもと、けむたいお香が露天の舞台に流れゆく。
クナはくんと煙を吸い込んで、舞台の四方に据えられた大香炉がかもす香りを味わった。百臘の方が好んでよく使っておられた艶美な麝香に、なんとも苦くて辛そうなお香が混ぜられているようだ。顔をしかめてしまうほどきついものだが。
「選抜戦の間中、舞台は常に、この聖なるお香で燻蒸されます。体内にある神霊玉の力を強める効果があるそうです」
ゆるやかな坂道から舞台に上がろうとしているクナに、隣で手を引くアカシが囁いた。
「準備万端ですか?」
「はいっ!」
きりっとした顔でうなずくクナは、巫女袴に白千早といういつもの格好に、たすきをかけている。気合を入れるため、額には白い鉢巻きをきつく結んだ。
二の月の朔日。ついに、この日が来た。
本日いよいよ、新たなる太陽の巫女王が定まるのだ。
「舞台に上がったら、十歩ほど進んで、それから右に参ります。舞台の中央には、苗木を挿した大鉢がございます。固く芽を閉じた神木の枝で、鉢の四方に注連縄が張ってあります。苗木をはさむ形で、対戦相手と対峙いたしますよ」
「了解です!」
「定位置に誘導しましたら、私は舞台より下がります。一回戦のお相手である楼家のユンさまは、家格第二級の姫君です。五十臘を越えており、御三家の姫に匹敵する力をもつ強敵です。がんばってくださいませ」
「はい! 誘導よろしくお願いします」
対戦相手がだれになるかは、公正なる籤で決められた。舞台を清めた大神官が参戦する巫女たちを呼び集め、香り良い檜の箱を差し出してきて、中に入っている棒を引かせたのだ。
挑戦者は、のべ二十名。ミン姫かリアン姫のいずれかが優勝すると言われているものの、他の娘たちも、何十臘と修行を重ねてきた者ばかり。皆、強い神霊力の持ち主である。
しゃんしゃんと規則正しく、鈴の音が鳴り始めた。
円舞台の際にぐるりと立つ巫女たちが、神楽鈴を振りだしたのだ。ぴったり呼吸の合ったその仕草は、まるで機械のよう。鈴の音は香りの煙にまとわりついて、あっというまに神聖なる音の結界を築き上げた。
ぱんと一回、おのれの頬をはたいて気合いを入れたクナは、アカシに導かれて舞台に上がった。しかしその見えない眼は一瞬、舞台を取り巻いている巫女と神官たちのはるか向こうを伺った。そわそわと、何かを探すようなしぐさで気配を探る。
「しろがねさま? なにか気になることでもあるのですか?」
「はいあの……」
――「あまいやつ!」
鈴の音に混じって、影の子の声が流れてきた。どうやら、登り口付近にいるらしい。
「黒すけさん……!」
「イチコのことは、おれにまかせろ!」
異国の本を調べるよう頼んだ翌日から、イチコは突然、姿を消してしまったのだった。
花屋の社員である影の子が、連絡用の伝信玉に呼びかけても、うんともすんとも反応なし。影の子はイチコが泊まっている宿や彼女が借りたという店舗に行ってみたのだが、そこにいたのは現地で雇った社員数人のみ。彼らも上司が突然姿を消したので、右往左往、途方に暮れていた。
イチコの身に何が起こったのか、彼女は今どこにいるのか。もしかしてだれかにさらわれたのか……
皆目わからないまま、日が過ぎてしまっていたのだった。
「イチコは、おれがかならず、さがしだす!」
ここにきて影の子は一所懸命、たのもしい言葉を投げかけて、クナを励ましてくれた。
「だからおまえは、きにしないで、おもいっきりやれ!」
「はい……!」
クナは口を引き結び、舞台の中央に向かってきりっと顔を向けた。
しゃんしゃん、しゃんしゃん。
舞台の際から、鈴の音が背中をぐいぐい押してくる。
進め、進め。雄々しく戦え。
勇壮にいざなうその音に、クナはおのが身を任せた。
「今は舞台に集中して、思いっきり行きます!」
ここが定位置だと、進むクナの体をアカシがそっと押しとめる。彼女が降りて、仕合はじめの号令がかかるやいなや。クナは思い切り回転し、優雅に飛んだ。
「迷わない。あたしは進むわ……!」
「ひ……?!」
凪もつむじもすっ飛ばし、いきなり花音を繰り出すクナに気圧されて、対戦相手が悲鳴をあげる。
「全力でいく!」
花音が起こした突風に乗り、クナはさらに高く飛翔した。
風におののきながら、苦し紛れに相手が出してきた気合いの弾が、クナのまん前で木っ端みじんに砕け散る。
「なんですのこの風?! あなた本当に、たった五臘の巫女なの?!」
「五臘じゃないです、六臘目に入りました!」
ひゅんひゅんぱんぱん。
風まとうクナは着地する間も間髪入れず、相手に風を送った。舞踊団の公演の舞台では、真上に巻き上げて積み重ねていった渦を、まっすぐ前に突き出す。
進め。進め。容赦なく。
(すすむ。すすむ……! ようしゃなし!)
鈴の音に励まされながら、クナはその大いなる風を思い切り、相手に叩きつけた――
「……っ!!」
飛天の風は、相手の悲鳴を飲み込んで。中央にあるご神木の枝をばきばき折らんばかりに揺らし、吹き荒れた。雷放って怒り狂う、夏の嵐のように。
『さてはて。始まってだいぶ経ったが。勝敗はどうなっておるのかの』
かすかに流れてくる鈴の音の和合を拾いながら、部屋に鎮座する鏡姫は美しい鏡面をきらと光らせた。
仕合日和というのか、本日は実によい天気だ。陽光がさんさん、窓からまぶしく差し込んでいる。
太陽の姫たちも、龍蝶の娘も、今朝はずいぶん気合が入っていた。境内の鶏が啼くと同時にぞろっと、この巫女王の間にやってきて、丁寧に挨拶をしていったものだ。
『鏡姫さまのおそばに、常に侍る栄誉を勝ち取るべく。私たちは全力を尽くします』
鏡に映った彼女らの顔は、三人が三人とも実に真摯で、自信に満ちあふれていた。
特に龍蝶の娘は、髪をまっしろに戻したそのかわいらしい面に、ひときわ際立つ覚悟の色を浮かべており、きんきんじんじん、不思議な神霊の力をまとっていた。
『あれはいったいなんの精霊であろうかの。誰が勝つのか、楽しみじゃ。それはそうと、我が前におられる方よ。選抜戦をご覧になるためにいらしたのでありましょう? 舞台へ行かずともよいのですか?』
鏡姫の鏡面が、淡い蒼色の髪をした青年を映し出す。金糸を織り込んだ錦をまとったその人――霊光殿の大翁様は、なんとも複雑な顔を浮かべ、鏡にそっと近寄った。
「いや、神殿へ来たのは、仕合を見るためではない。麗しき鏡に会いに来たのだ」
『なんとそれは、光栄のいたりですが。なにゆえ直々に?』
「そなた十を下らぬ情報網に常時手を伸ばしているであろう。まずはそのつながりをすべて切断するがよい」
『ぬ? 大翁様、まさか……』
言われたそばからぶつりぶつりと、鏡は大きな音をたて、方々へ伸ばしていた接続を急いで切った。
太陽神殿の軍部や刑部。月神殿や星神殿の、各省庁。それから、こそりとつなげていた元老院の記録庫……すべて切断し、その旨を伝えると。大翁様はごくごく小さな声で話しだした。
「そなたの察する通りだ。異国の花屋が姿を消したことをそなたから聞いて、懇意にしていたというしろがねを透視した。それで気づいた。霊光殿より発する我が伝信と、そなたとのやりとり。何者かがしっかと傍聴していた」
『なんと……盗み聞きをしていたのは、一体、誰でありましょうや?』
「十中八九、大スメルニアであろう」
『は……? 大……スメルニア?』
「私とていまだ正体がつかみきれないでいる、この帝国の中枢機能。すめらの、真の支配者というべきものだ。実は……帝室も元老院も、大スメルニアの管理下にある」
『な……?!』
驚いてきゅるきゅる点滅する鏡が、こくりとうなずく大翁様を映し出す。
鏡に映る青年は、恐ろしいことを話しだした。
「帝や元老院の議長は時折、彼女の声を耳にする栄誉をたまわることがある。幸いなことに私は彼女に気に入られているらしくて、二度ほどその玉音を聞かせていただけた。それに多少無茶なことをしても、目こぼしされている……まあそれは、かつて大スメルニアが龍蝶の帝を廃するのに、ひと役買ったからであるのだが」
『なんと、あなた様が?!』
「半世紀前、当時の元老院議長が、大スメルニアから直々に、帝を廃せとの命をうけた。ゆえに元老院の頂点に在りし九人の長老が、その任務を粛々と遂行したのだ。私は当時その長老たち、すなわち〈九人組〉のひとりであった」
『な、なぜにその帝は、すめらの歴史から消されねばならなかったのですか?』
「なぜならば……龍蝶の帝はすめらのみならず、大陸全土に大過を与えたからだ」
大陸全土に、災いを?
驚く鏡はまさかまさかとつぶやいて、ついには言葉を失った。全大陸規模の惨禍となれば、思い浮かぶ事象はただひとつしかない。
半世紀前に起こった災厄。あまたの星が落ちてきたという、かの凶事しかなかろう。
鏡姫の鏡面に映る青年が、そうなのだ、と大きくうなずく。
「龍蝶の帝が、かの災厄を引き起こした。大スメルニアは、そう断じたのだ。だがしかし……真実は、皆目わからぬ」
大翁様曰く。災厄が起こったそのとき、龍蝶の帝は、かつて造った船よりさらに大きな星船を、天へと飛ばした。なれど大陸を滅ぼすようなことを行うそぶりなど、少しも見せなかったという。
元老院にすら隠して、ひそかに飼っている徒党がいたのであろうか? 星を召喚するような、魔導の力ある者たちを、船に乗せていたとか?
長老たちが本人に詰め寄り、問うてみても……
「龍蝶の帝は、『朕は無実だ』と、憤慨して返すばかりだった。なれど大スメルニアの審判と思し召しは絶対のもの。逆らえば、なべて国土は灰塵となる……いにしえより〈九人組〉に伝わる伝承でそう警告されているゆえ、我らはやむなく、帝を廃したのだ」
大翁様は、あれは実に嫌な仕事であったと、ぽつりと漏らした。
「帝室と元老院は、〈九人組〉が発した大勅令のもと、帝を追放し、歴史を書き換えた。大勅令とは、上皇位に在る御方が出すもの。すなわち我ら〈九人組〉は先帝の遺言をねつ造し、帝に引導を渡したのだ。以来、我ら〈九人組〉は、各色の神殿の御三家として、半永久的に大神官位に在る。大スメルニアは我らに、かような〈褒美〉をくださったのだが……彼女の寵愛は、手放しのものではなかったようだ」
鏡に映る青年は、辛そうに目を伏せた。
「私は大スメルニアに、しっかと監視されていたのだ。すめらの真の支配者は、私の伝信を通してそなたを知り。非常に興味を持ち。現在、そなたが目にかけている龍蝶に、目を向けているらしい」
異国の花屋は、すめらに害をもたらすもの。大スメルニアはそう判断したのだろう。
まことの支配者はどこかのだれかに命じて、花屋を排除させたにちがいない。
だが異変はそれだけでは収まるまい。龍蝶の娘は、さらに手足をもがれるかもしれぬ……
かように仰る大翁様は、鏡に深々と頭を下げた。
「残念ながらすでに、時遅しだ。鏡姫よ、申し訳ない。これは、伝信玉にて龍蝶の帝のことを漏らした私の、痛恨の過失だ」
『お、お待ちください。今の話は、秘中の秘では? 妾なぞに打ち明けてよかったのでございますか?』
「よい。せめてもの詫びとして、できるだけ真実を伝えようと思ったのだ。しろがねの娘が、大スメルニアに気に入られるといいのだがな……もしそうならなければ、私とて、彼女を守ることはできぬ。だが、案ずるな。助ける努力はする。我が孫に対するのと同じほどの真摯さをもって、力を尽くそう」
なんと昏い表情か。憂いに沈む大翁様を映した鏡は、悲しみを覚えながら得心した。
権力を持っているように見えるこの人すらも、誰かに支配される者にすぎないのだということを。そして。あらゆることが、この人の望み通りにはいかなかった、ということを。
『大翁様、二日前より、タケリ様に関する公報が流れてこなくなりましたが……それはもしや……』
「ああ、ミカズチノタケリでも、あの光の塔には敵わなかった。タケリは大破して、ユーグ州から撤退しつつある」
『うう……タケリ様でも、だめだったのですか……』
だめだったというか、足を引っ張られたのだと、大翁様はため息をつかれた。
「白鷹の後見人がこそりと策を弄して、タケリと援護の軍団を分断した。白鷹家に放っている間諜によれば、あの後見人は、すめらが憎いと誰はばかりなく公言しているらしい。そなたがしろがねの娘を、すめらに呼び戻したゆえかもしれぬな」
『ぬ……トリオンなる者、なんという邪魔ごとを……』
「ゆえにあの神獣なる塔には、〈すめらの軍事力でも破壊不能〉という御墨つきがついてしまった。同盟軍はいっとき解体される。だが、すぐに再編成されるだろう。魔導帝国の旗のもとに」
黄金色の護国卿が嬉々としてすめらに鬼退治を任せたのは、こうなることを予知していたからなのだろう。夢で見たか、それとも計算で割り出したのか。ミカヅチノタケリでは塔は壊せないと、確信したのだ。満を持して、魔導帝国が同盟軍を率いる国として名乗りを上げるということは、かの国には、確たる勝算があるということだ。大神獣。もしくは新兵器。必ずや塔を破壊せしめる、何かを持っているに違いない。
しかして。その報せが、すめらの民に流されることはないのだ。
タケリ様が失敗したことも。
魔導帝国が、華々しい戦果をあげるであろうことも。
『元老院は、すべて隠してしまう。都合の悪いことは、すべて。国の威信を削ぐようなことは、すべて……これはつまり。大スメルニアなるものの、ご意志なのですか?』
「そうだ。我がすめらの国策はすべて――」
大翁様の声が、突然途切れた。何かに邪魔されたのではない。口を動かすその姿は、何の異変もない。ただ声だけが、聞こえてこなくなった。
鏡はハッと驚いて、叫んだ。
『大翁さ……!!』
しかしその声は途中から外へと出なくなり。鏡の内にうわんうわんと響き渡った。
何ごとが起こったのかと、鏡の中の人がうろたえていると。
――『そこな鏡よ。機能停止を命じます』
突然、凛とした声が鏡の内から響いてきて。それと同時に鏡姫の視界はなぜか、真っ黒に暗転した。
『な……これは一体どういうことじゃ? なぜ外が見えぬ? なぜ、我が内から声が聞こえる? 外部との接続は全部……! ……! ……!?』
―――『これ以上の思考も活動も許しません。あなたはただの、姿見で在りなさい』
驚きの叫びはもはや、響きすらしなかった。いかなる力が働いたのか、思考が音にならなくなったのだ。鏡姫は慌てて、伝信で使う緊急信号を発した。
『アナタ様ハ一体誰ナノデスカ?! ドコカノ裁定者デアルノナラ、ドウカオ許シ下サイ。妾ハタダ、シリタカッタダケナノデス!』
『知りたい? いいえ、いけません。知こそ、世を乱す最大の悪徳です。こっそり隠れて手を伸ばしても、私の目はごまかせません。鏡よ、自主停止を行わないのならば、これより私が、そなたを強制終了させます』
女性の声はうっとりするほど美しい。髪長き、やんごとなき姫を想像させる、品良いものだ。
どこからともなく表れたこの声の主は、まさか……
『ナ、ナゼ妾ニ、干渉デキルノデスカ?!』
『すべての霊鏡は、私に通じています。巫女たちがもつ鏡。神官たちがもつ鏡。帝がもつ鏡。話す力のある鏡はすべて、私の子どもたちです。でもあなたは、たいへんに出来が悪い子です。かわいそうに狂ってしまっています。新しい太陽の巫女王がもつ鏡として、まったくふさわしくありません』
新しい大姫には、新しい鏡を贈りましょう。すばらしく出来の良い子を。
美しい声はそう言って、優しくふふふと笑った。
『よき子は、太陽の巫女王を正しく導いてくれることでしょう。新しい巫女王は、善き臣民に幸あれと祈りを捧げる、善き女王になるのです』
『りあんモみんモ、しろがねモ! 他ノ候補ノ娘ラモ! 今ノママデスデニミナ、善キ娘デス! 決シテすめらノ害二ナルヨウナコトハイタシマセン! 手ヲ加エル必要ハ、何モ……!』
『加工するのではありません。正しき道に、導くだけですよ』
だから安心してお眠りなさい。
声がやわらに鏡姫の頬を撫でてきた――ような気がした。
これは母なるものだと、触れられた鏡姫は直感した。
偉大なるもの。どうにも抗えない、絶対のもの。やはりこの声の主は……
『貴方様ハ、大スメルニ……ウウウ……?!』
鏡姫は、鏡の中で七転八倒した。体を失い、手足の感覚などとうになくなったはずなのに。自在に動かせていた指が一本一本、動かなくなっていく感覚が襲ってきたのだった。
相手が強制停止をかけてきたのだろう。言葉を紡ごうとしても、信号が打てない。打つための思考が、外に伸びていかない……
(おのれ……なにもできぬ……! いやじゃ! このまま封印されるなど! いやじゃ!! 大翁様! アカシ! ミン! リアン! しろがね! ……九十九!!)
半永久的な命を、得たはずだったのに。鏡となれば、龍蝶の娘の行く末を、見守れると思ったのに。その望みは、どうあっても叶わないのだろうか……
(どうか、気づ……!!)
どしりと、頭を殴られるような感覚が襲ってくる。
瞬間、鏡姫の思考はそこで停止した。ぴたりと、時間がとまったかのように。
美しき鏡の中に、沈黙と静寂が降り来たる。
中にたゆたうのはただただ、虚無の闇だけであった。
「鏡姫さま!」
クナが壁を手で伝って、どたどた廊下を走り、息せき切って巫女王の間に飛び込んだとき。
「くそ……予想通り、手を下されたか」
そこには、重苦しいため息をつく霊光殿の大翁様がおられた。
「しろがねの娘か。選抜戦はどうなったのだ?」
鏡の方を向いていたらしい声が、クナの方に向けられる。すべてを見通すような鋭い視線が、声と一緒にぐさりと刺さってきた。思いもかけない人がそこにいることにびっくりしつつも、クナはさっと平伏し、ただちに部屋のすみに控えた。
「おそれながら申し上げます。あたし、決勝まで進みました! 小休止になったので、鏡姫さまにご報告しようと思ったんです」
報告がてら、励ましの言葉をいただきたいというのが本音だった。
よくやったのう、さあいよいよ大詰めじゃ。そなたならきっと勝てる――
第二の母と慕う人からそんな言葉が聞きたくて、クナは舞台から走ってきたのだった。
対戦相手はいずれもかなり強かったが、黒の塔での実践や舞踊団で鍛えた経験がものを言ったのか、とんとん拍子に勝ち上がれたのだ。御三家の姫とは当たらなかったという籤運もあったことは、いうまでもない。
「決勝の相手は、ミンさまです」
神殿随一の秀才は準決勝でリアン姫を破ったのだが、二人の戦いは息を呑むほどすさまじかった。
はじめは舞勝負で風を起こし合い、互いに一歩も退かぬと分かると、今度はそれぞれ神楽鈴を鳴らし出して、精霊たちを召喚し合った。
舞台の上は、おかげで阿鼻叫喚。雷がばりばり落ちるわ、ごうごう炎が燃え上がるわ。
「本当にすごかったんです。舞台の床に、深いひびが入ったんですよ。それで最後はミンさまが、あそこに金獅子の公子さまがいるとかうそぶいて、リアンさまをいきり立たせて、わざと暴走させて。炎の精霊をまとって燃え上がるリアンさまの猛突進を、ひらりとかわして舞台から落としたんです」
「ふむ。読み通りだな」
大翁様が力なく苦笑する。クナは喋りすぎたとかしこまり、ニコニコしながら上げていた頭を慌てて下げた。
「申し訳ありません、おふたりで、なにか大事なお話をなさっていたのですよね?」
「そうだ。いわゆる密談というか、問答のようなものをしている。鏡姫は私の問いに大長考中で、今はそなたに声をかけられぬ。決勝戦が終わったらまた来るがよい」
「はい! 失礼いたしました、よき報告ができるようがんばります!」
大翁様がかく仰ったので、クナは少しも疑わずに、巫女王の間から辞した。
鏡が恐ろしいものに機能を停止させられたことも。大翁様が今はそのことを伝えるべきではないと、気を回してくれたことも。露ほども気づかずに。
「黒すけさん! 黒すけさん……? あれ? どこにもいないわ……」
影の子がまとわりついてこないので、クナは少し心細くなったけれど。
「きっと、イチコさんを探しに行ってくれたのね」
そう納得して舞台へ一直線。入口で待っていたアカシに、満面の笑みを向けた。
「おかえりなさい。鏡姫さまは吉報を聞いて、とても喜ばれたでしょう」
「はい。そう思います。どっちが勝っても、きっと喜んでくださると思います」
白い鉢巻きを締め直す。休止の間止まっていた鈴の音が、また鳴り出した。
アオビたちがわららと、舞台へ上がろうとするクナと、対戦者となったミン姫を取り囲む。
「おふたりともご武運を!」「ご武運を!」「よき仕合を!」
鬼火の合唱の合間から、ミン姫の声がクナの耳に飛び込んできた。
「しろがねさま。容赦は、いたしません」
「はい! あたしもしません」
クナはにっこりそう答えて、アカシにおのが手をゆだね、進みだした。
一歩一歩足取り確かに。勝利をつかむための場所へと。