20話 皆伝
境内にたむろう鶏が、夜明けを告げた。しののめの空は、明るくなってきているのだろう。
キンと冷たい水に手を入れる。
桶に受けた禊ぎ場の水は、雪がそのまま溶けたよう。
暖かかった手がたちまち凍る……
「天照らしさま、月女さま、またたきさま。これからも、空におわします皆さまに、あたしが感謝の思いを絶やすことはありません。皆さまは天からあまねく、あたしたちを見守ってくれていますもの。でも、あたしは……」
クナは口を一文字に引き結び、桶にとろとろ、手にもつ大きな瓶の中身を注ぎ入れた。桶の中から、つんとした匂いが立ちのぼる。注いだのは、何かの薬であるらしい。
くるくる念入りにかき混ぜて。深呼吸をして。それから。
「あたしは、すめらのよき臣民にはなれません。もっと別なものになりたいと思っているからです。だから……」
クナはゆっくり、長い髪を桶に浸した。
「ごめんなさい。どうか、怒らないでください。どうか」
桶に両手をかけ、歯を食いしばり。えいと、桶の水を頭からひっかぶる。口の中でぶつぶつ、一所懸命祝詞を唱えながら、クナはその冷たさに耐えた。
「どうか、お許しを。そして、どうかあたしに、勇気を」
ちりちりしゃらしゃら。
宵の空に浮かんでいるであろうしろがね色の月が、クナにさやかな光を浴びせた。
月は小気味よく歌っている。優しく励ますような、やわらな囁きが、体をそっと揺らしてくる……
「みえる……あたし、みえるわ……」
周囲に降ろした神霊の気配を、そっと手で薙いでみる。それは百臘の方の歌声がたびたび降ろしたものよりはるかに弱々しくて、およそくらぶべくも無いものだ。なれどもクナの体の中にある神霊玉はそれなりに育っているようで、神秘なる月の光をしっかり捉えていた。
村にいたころ、母が聴かせてくれた音をもう一度みたいと思って、必死にいろいろしたけれど。
いったいどうしたらあの音を聴けるのだろうと、かつて何度も泣いたけれど……
「かあさん、かあさん。すてきな音よ。天のきらめき、踊る風」
クナは満面の笑みを浮かべて、空に顔を向けた。
ちりちりしゃらら。
歌う月の光は、髪濡らすクナの頬を撫でてくれた。
まるで、いとおしい娘を慈しむように。
一の月の最後の週、鏡姫の先触れ通り、帝都太陽神殿は神官と巫女たちを総動員して、遠く西の地にて活躍されているタケリさまの、必勝祈願のご祈祷を執り行った。
大姫が空位であるゆえに、祭壇前にはアカシを筆頭とするもと従巫女四人が舞姫役となって並び、舞踊団で鍛えた技を披露するような形での、舞の奉納となった。
やっと松葉杖を使わなくてよくなったクナは、手足の自由が利くようになったこと、そして舞えることがただただ嬉しくて、にこにこ満面の笑みで務めを果たした。
(楽しい。なんだか、体が軽いわ)
くるりくるりふわり。
クナは存分に舞を楽しみ、終始、穏やかでやわらな風をまとっていた。
かたや巫女王になろうと意気込むミン姫とリアン姫の舞は、相当に気合いの入ったもの。鬼気迫ると言ってもよいほどの鋭敏なる風をビンビンと、クナの隣で起こしていた。
それは切れ味鋭い刃のようで、万雷の拍手を受けるに値するものだったにもかかわらず、姫たちは自分たちの舞の出来に全く満足していなかった。
「ああもう。もっと練習する時間が欲しいですわ!」
「ええ、修行に専念したいものです」
平の巫女になってから、クナたちもと従巫女の一日は、以前よりもかなり忙しくなった。
掃除に洗濯、繕いもの。神具の手入れや、錦織り。朝昼晩、様々な仕事を当番で割り振られるようになったので、昼間修行できる時間がぐっと減ってしまった。
本来従巫女は、次代の巫女王候補として選ばれるもので、平の巫女とは天と地ほども待遇が違う。巫女王に侍りて、神事の先頭に立つ上級職であるゆえ、それなりの特権を与えられていて、当番仕事なるものは基本免除。大姫さまの身の回りの世話をしつつ、彼女から直々に技の指南を受け、ひたすら修行に専念すればよしとされていた。
従巫女用の居心地よい詰め所の他に、専用の修行部屋があったし、舞台を貸し切りで使って、舞や神楽の稽古をすることもしばしば。すなわちクナたちは、修行をするにはとても恵まれた環境にあったのだった。しかし今は……
「ろうかのそうじおわったのか。じゃあ、これからこうどうにいくんだな」
「ええそうよ、黒すけさん。舞の稽古ができればいいんだけど」
「むりじゃないのか? きっときょうも、こんでるぞ」
平の巫女は、狭い自室か共同で使う禊ぎ場、それから祭壇の間の手前にある板間の講堂にて、日々の修行を行うべしと定められている。
舞台に上がれるのは神事の時と、それを行うために合同で行う総稽古のときだけで、普段の修行で使うことはできない。
お菓子が出される詰め所などなく、食事は朝と晩、講堂の隣の食堂にて一斉にとる。献立は日変わりで量は少なすぎず多すぎず。適度であるが、従巫女の膳よりも一品少ない。
講堂はかなりの広さだが、数百人もの巫女たちが同時に利用するので、いつも混みあっている。
今日も今日とてクナが講堂に行ってみれば。朝の当番仕事を終えた巫女たちが、すでにざわざわ。にぎやかしくもたくさん集まっていた。
「かなりうるさいぞ。しゅうちゅうできるのか?」
「うーん、もしかして微妙かも?」
「のんきにくびをかしげてるばあいじゃないぞ、あまいやつ。へやでしゅぎょうしたほうがいいんじゃないのか? ここ、みんなでたむろってくっちゃべるばしょにしかみえない」
そばにまとわりつく影の子がぶうぶう言ってくる。
たしかに、ろくに修行しないで、この修行場を井戸端会議の場にしている巫女たちは結構いる。当番仕事こそ修行よねとうそぶいて、仕事の合間に息抜きをしている巫女は少なくない。
「まじめなやつなんて、ぜんぜんいない」
「そんなことないわよ、ほら」
クナはにっこりしながら、おのれの右側を指さした。童女たちの集団がそろって、祝詞を唱える稽古をしているのが耳に入ってきたのだった。
「「「天照らしさまに願い白す、護国豊穣、子孫繁栄、帝国大勝……」」」
「もっと声をそろえなさい。抑揚を意識するのですよ。あと五回唱えたら、今度は舞いながら唱えてみましょう」
童女たちを監督している大人の声も、りんと響いてくる。
「ね? 世話役の巫女は一所懸命、小さい子たちを指導してるわ」
童女たちの集団は五、六人ほどのかたまりで、クナが指したそこひとつだけではなかった。講堂のあちこちに散らばっているようで、それぞれに世話役の巫女が一人ついており、何がしかの手ほどきをしている。
「七歳から十二歳まで、つまり二十臘まではね、年配の巫女のもとについて、毎日いろいろしっかり学ぶんですって。お家を守る巫女団の奥さまになるための教養とか、手習いとか、巫女の技とか、そういうことを全部、ひと通り」
「ふうん?」
「十二歳以上になると、世話役の手を離れて……」
「ダラダラさぼるようになる?」
「ちちち違いますっ。お嫁入りまで基本、ひとりで修行するようになるんだけど、世話役の巫女の手伝いをする巫女もいるって、ミンさまが仰ってました」
「てつだい?」
噂をすればなんとやら。
「列を乱さないように。これより舞の型を伝授します」
講堂に颯爽とミン姫が入ってきた。風を斬るように歩いてくる彼女の後ろから、童女の一団のあどけない話し声が聞こえてくる。
「う? こわいやつ、せわやくになったのか?」
「ううん、恩師の手伝いをしてるのよ」
師への恩を返すためであるのは、言うまでもないのだが。修行熱心な巫女はとくに率先して、師を手伝うらしい。
「人に教えるのって、すごく難しいことでしょ? 自分がよく理解してないと、とてもできないことよ。かつての先生が見守ってくださってる前で後輩に教えるのって、とてもよい修行になるんですって」
「ふうん?」
「巫女王の選抜戦のために、姫たちは今まで以上に、熱心に修行しようとしてるから……かつての先生のもとに戻ったのね」
「あ、ばば……じゃない、リアンも、こどもをつれてはいってきた。れつのいちばんうしろに、ずいぶんふけてるみこがついてきてる」
その人こそ、かつてリアン姫の世話役であった巫女だろうとクナが言うと。影の子はくいくいとクナの千早の袖を引っ張ってきた。
「おい、あまいやつ。おまえもせわやくのてつだいをすれば、いいしゅぎょうになるんじゃないか?」
「あたし、小さいころからここにいたわけじゃないから……後輩にあたる子たちがいないの」
「いなくてもてきとうに、せわやくのだれかにかけあえばいい」
「うーん……龍蝶のあたしを雇ってくれる人っているかしら?」
——「さあみなさまこちらへ並んで。さっさと、基本の祝詞を覚えてしまいますわよ」
リアン姫がてきぱきと、後輩の童女を講堂の空いているところに誘導している。クナのすぐ前を、その一団が通っていったとき。
「わ、まっ白!」
童女のひとりがいきなり声をあげた。
「ちょっと、よそ見をなさらないで?」
「でも姉先生、この方、髪がまっしろになってます」
「ぶしつけに指さして、人の容姿に文句をつけるものではなくてよ」
すかさず幼い後輩をたしなめたリアン姫は、その子を連れてクナのそばに近づいてきた。
「ごめんなさいしろがね。失礼を詫びさせますわ。ほら! 謝りなさい」
童女が神妙にすみませんと言ってくる。でもあの……と娘はおずおず、クナに問うた。
「昨日までは、おぐしは黒かったですよね?」
クナはそうよと優しく微笑んだ。
「でもほんとの髪の色は、この色なの」
自然と背筋がぴんとなる。胸を張ってクナは答えた。
よき臣民にならねばならない。黒髪の。栗皮の肌の。善良な民に。
そんな「すめらの常識」に囚われていたゆえに、ずっと躊躇していたけれど。
(あたし、何でも知りたい……だれかに、隠されたくない)
自分の望みが。なりたいものが、わかったとたん。迷う気持ちがすっかりなくなった。
だからクナは夜が明けるとともに、髪を桶に浸して、すっかり洗い流したのだった。
自分を偽るものを、すべて。きれいさっぱり。
(あたしは、あたし自身も、だれかに隠さない人になりたい。そう思ってるのに容姿をごまかすなんて、もってのほかだもの)
「覚えていてね」
クナはにこにこ、満面の笑みを浮かべて、童女とリアン姫に言った。
「あたしはしろがね。竜蝶で、巫女で、舞が好きなの」
結局、講堂は混みすぎていて、風を起こす舞の稽古をするのは無理だった。なれどクナは焦らず急がず。仕方ないと苦笑いしながら、ゆるゆる歩いて中庭に避難した。
かぐわしい冬花の香りが匂い立つ。花屋のイチコが毎日庭師ばりに木を剪定したり花を植えたり、念入りに手を入れる場所だが、今日はまだ、彼女の気配はなかった。
「あいつ、きょうはおそいな。ほん、たのんだのに」
「昨日の今日じゃ、無理よ」
そわそわする影の子をなだめながら、クナは広い敷石の上でゆるりと舞ってみた。
ふわりふわりくるり。ふわくるり。
自然と体の回転が速まってきて。
気づけばクナは難なく、花音を舞っていた。
「あまいやつ、すごいな」
「ありがとう。なんだかね、今朝のご祈祷ではね、リアンさまたちに気圧されちゃったんだけど、今日は体がとても軽いの」
髪を洗い、桶にたまったどろっとしたものを流してから、なんだか体が軽い。
まるで背中に羽が生えたよう。心もなぜかうきうき、かろやかだ。光の精霊の鎖でつなぎ止めているというのに、それでもどこかへ飛んでいってしまいそうなぐらい。
クナはなんだか、えもいわれぬ解放感に満たされていた。だから思うように修行できないことにかりかりと焦るような気持ちなど、少しも湧いてこないのだった。
「舞うの、とても楽しい」
「うん。なんかおまえ、すごくしあわせそうだ」
くるくるふわり。
巫女王の選抜戦は、純粋に神霊力の勝負だという。技を駆使して、舞台から相手を退ければ良いらしいが。
「楽しいけど、これじゃ勝てないわよね。あたしリアンさまたちほど、修行熱心じゃないもの」
「でもおまえ、すごいぞ。さっきからずっと、ういている」
「え、そう?」
「あまいやつは、じぶんがよわいとしってるけどなのりをあげた。ゆうきがある。でもやさしいやつは、やるきがない。すごくつよいのに、ゆうきがない」
「やさしいやつ……アカシさん? あれは、勇気がないわけじゃないと思うわ。アカシさんはできれば、グリゴーリ卿と結婚したいと思ってるだろうから……きっとそれで参戦を見送ったのよ」
鏡姫は一位の従巫女にして腹心であるアカシにも、巫女王の選抜戦に挑戦してみてはと薦めたらしい。しかし、北五州で負わされた怪我が完治していないし、御三家の姫たちにはかなわないからと、アカシはついぞ名乗りをあげないままでいる。
イチコを通して、気になる人のそばにいる花売りの情報を求めるあたり、大事な人と家を成し、家族を守っていく未来を思い描いているようだ。
「アカシさんが結婚を望むなら、あたし全力で応援する。好きな人と一緒にいることほど、幸せなことはないもの」
「まてあまいやつ。おれは、リアンのけっこんをおうえんするといいとおもう。あいつのけっこんがきまれば、きょうそうあいてがひとりへる」
「え? ちょっとそれは」
最近つとに知識がついたせいなのか。なかなか腹黒いことを考えるようになったとクナがたじろいで、舞の動きを止めると。
「ああもう! なんで出かけないと行けませんの?! 修行を中断させるなんて、おじ様ったらひどいですわ!」
噂をすればなんとやら。
ぷんぷん怒り心頭のリアン姫が、中庭に架かる渡り廊下を、えらい剣幕で通っていった。
「そう怒るな。金獅子家の公子と西の花園へ行って、ちょろっと逢い引きを楽しんでくる。そうするだけでよいのだからして」
二位の大神官の猫なで声が、リアン姫に追いすがる。後ろからついてきていて、姪をなだめているようだ。
「逢い引きなんて!」
「まあまあ、そんな怖い顔をするでない、詳しい事情は言えぬが――」
「ええ、いつものように理由なんて、ぜんっぜん知らなくて結構ですわ! お家のためってだけで十分! どうせ向こう様が、あたくしにまた会わせてくれれば、兵器の技術提供するとか関税率下げるとか、なにか政治的な取り引きをしたんでしょうけど!」
姫は廊下の途中で、ダンッと足音立てて立ち止まった。
「教えてくださらなくて結構! あたくしは何にも知らない、かわいそうな人形姫のままでよろしくてよ! 今のところはね!」
「人形姫? なんだねそれは」
「あの公子がそう言いますの! あたくしと会うたびに、すめらみたいなまったく自由がない国に生まれるなんて、やれかわいそうだの、必ず救い出してやるだの! あたくしは洗脳教育をほどこされた哀れなお人形だって再三ほざいてきて、正義の王子気どり! ほんっと、失礼千万ですわ!」
するりと影の子がクナのそばに来て、ぐいぐい千早の袖を引っ張ってくる。クナは黙ってこくりとうなずき、おのが気配を庭木の陰にひそめた。
「ふむ? だがまあ、しかしそれでよいのだ、かわいい姪よ。公子どのがさように思い込むのは当然至極。大スメルニアは常に、我が帝国は恐ろしき国だと一目置かせるのを国策としておるからな」
「ええ、洗脳だろうがなんだろうがいわれようが、ここで生まれ育ったあたくしに異存なんてございませんわ! これが神官族が治める国、すめらなんですもの! でも、いちいち哀れまれるのは、もううんざり!」
「まあまあとにかく、今回だけはどうにかこらえてくれ。相手の声を聞きたくないなら、耳栓でもすればよい。あわれみのまなざしなんぞ、そっぽをむいておれば見えはせぬ。のう、結婚はせずともよいから……」
「絶対に、しませんとも! あたくし必ずや大姫になって、あの失礼なバカを見返してやりますわ。すめらの女は男に従うだけの人形じゃないってことを、証明してやります!!」
怒りの声が遠のいていく。まったく、困るぐらい頼もしい。さすが尚家の娘だと、苦笑を混ぜる大神官の声と一緒に。気配が廊下の向こうに消え去ると、影の子はぐるると獣のように唸った。
「すめら。ほかのくにから、よくおもわれてない」
「わざと、怖がられるようにしてるって……言ってたわね」
「あまいやつ。おれ、おまえにだまってたことがある。かわらばん、きたごしゅうのしゅくしゃにはいっぱいしゅるいがあったけど、リアンは、すめらのことほめてるところのしか、おまえによんでやってなかった」
「え……」
「じゆうがないとか、しんみんをだましてるとか。きたごしゅうには、すめらをひはんするかわらばん、いまおもえばけっこうあった。おれがおまえによんでやるようになったら、あいつくれぐれもそういうきじはよんできかせるなって、くぎさしてきた。ただでさえりゅうちょうってだけでたいへんなのに、じぶんがうけたのとおなじようなしょっくとかなしみを、おまえには、あじあわせたくないって」
「そんな……! リアンさま、あたしにずっと気を使って、瓦版を読んでくれてたの?!」
舞踊団にいた間、リアン姫は目が見えないクナにさまざまなものを読んでくれた。
特に多かったのはすめらの星を称賛するもので、すめらに関係ない記事は読まずに飛ばしていたけれど。まさか、異国の評価に心を痛めながら記事を選んでいたとは……。
「あたし、ぜんぜん気づかなかった……」
「おまえみえないから、わからないこといっぱいある。すめらのひとのこと、ごかいしてるやつおおいってリアンはいってた。でも、すめらがしんみんをだましてるのは、うそじゃない」
「リアンさまは、あたしによかれと思ってかくしてた……すめらの中枢が民にいろんなことをかくしてるのも、おなじ理由?」
いや、きっとちがうと影の子は答えた。
善き臣民たれとすめらが教えているのは、民を幸福にするがため――たしかにそんな理念も含んでいるだろうが、その実は、支配者たちが国を支配しやすくするために行っていることに違いない。
たくさん本を読んで賢くなった影の子はそう言って、姫の心の内を推測した。
「リアンは、いこくのやつらがすめらをわるくいうのが、すごくくやしかったんだ。だからじぶんがおおひめになったら、すめらをかえてやろうとおもってるんだとおもう。きっと、わるぐちをいわれないくにに、したいんだ」
「だからあんなに必死に修行を?」
クナは息を呑んで、しばし言葉を失った。
舞うのが楽しいだなんて。おのれはなんてのんきなことを思っていたのだろう……
恥じ入る気持ちと、姫を尊敬する気持ちが、クナの心をみるみる満たした。
「すめらを、変える……リアンさまがそんな固い覚悟をもって、選抜戦にのぞむなら」
クナがすっと伸ばした手の先で、神霊の風が鋭くひゅんと鳴った。
「あたしは全力で、その思いを受け止めなきゃ。もっともっと、強い意志で」
「あまいやつ……? うわ!」
ひゅんひゅん。しゅんしゅん。
降り来たりた風はたちまち速さを増し、あたりの冬花の花びらをちぎって、吹雪のように巻き上げた。
きゅっと貌を引き締め、クナはたんっと勢いよく踏み切り、天へ飛んだ。
切れのある波動が、思い切り四肢を伸ばした体から放たれる。
「うわ。うわあ?! おまえ、どこまでとぶんだ?!」
高く。さらに高く。天へ届けと手を差し伸べながら、クナは飛んだ。
天翔ける飛天、そのものとなりて。
うるわしく、たおやかに。