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19話 善き臣民

 神殿の書庫を調べ上げている間に、影の子の内にある何かに、火が付いたらしい。

 これは黒い獅子の神獣の性格なのか、それとも黒髪様の性癖なのか。どちらなのかクナには区別できなかったが、書庫の本にあらかた目を通してしまうと、影の子はもっと調べ物をしたいとそわそわしだした。

 すめらには、災厄以前の書物がない――それはどこでもそうなのか、外に出て調べたいという。好奇心はこんこん湧き出して止まらないようで、影の子は花屋のイチコが庭を整えに来るなり、彼女にまとわりついて、熱心に外出をねだるほどだった。


「ほんやとか、としょかんとか。いきたい。いきたい。いきたい」

「は? 何を突然。あなたスミコさんのそばを離れたくないから、ここの使用人になったのでしょう?」

「あまいやつのために、すめらのことをしらべないといけないんだ。だからいきたい」

「あの……あたしからもお願いします。くろすけさんが知りたいこと、あたしも気になってるので……」


 クナの口添えを受けたイチコは面食らいながらも、数日にわたって、影の子を宮処(みやこ)に連れ出してくれた。かくして角隠しの帽子をかぶり、花屋の店員に扮した影の子は、喜び勇んでイチコと出て行って、市井調査なるものをしてきてくれたのだが。庭園でこそっと行われたその結果報告は、クナが大体、予想した通りのものだった。


「ほんや、いっぱいあった。いろんなほんがたくさんあった。おとぎはなしも、しょうせつも、がくもんや、ぎじゅつ、れきしのほん。いっぱいだったけど、みんなあたらしい。ふるほんやにも、さいやくよりまえのふるいほんは、ぜんぜんなかった」


 すめらは百州と十数の属州から成り、広大な版図を抱えている。その中枢である宮処(みやこ)の人口は数十万人。当然物流は盛んで、ありとあらゆるものが売られている。店の数は数え切れず、書物を売る店もたくさんあったようだ。

 だが。災厄以前に刊行された本は、やはりどこにも存在しないようだった。


「それから、すめらのそとでつくられたほんは、ぜんぜんうってない。ほんだけじゃなくて、ほかのはくらいひん(・・・・・・)も、すごくたかくてすくない」

「外国のものがあんまりないの?」

「すめらはとても広いので、国内の産業だけでなんでも賄えますからね。異国の者はとても商売がしにくいです」


上司にして付き添い役のイチコ曰く。すめらは、輸入を厳しく制限しているらしい。 


「うちの花も、バカみたいに高い関税をかけられている上に、いろいろ規制されています。許可された数品種を取り寄せていますが、今のままではまったく儲けが出ない状態ですよ。すめらで商売をするには、国内に花の栽培地を作らなければ無理だとわかりましたので、今、適当な土地を物色しているところです」

「がいこくのほん、さがした。でもなかった。おおきなとしょかんも、どこにもなかった」


 影の子は不満げに唸っていた。


「としょかんは、とおりごとにたってる、ちいさなげっしんでんのなかにしかない。でもそこにあるのはほんのすこしで、〈よきしんみん〉のためのきょうかしょや、すいせんとしょばっかりだ。しかもほとんど、げっしんでんがつくったほんしかない」

「キョーカショ?」

「つきのしんかんたちが、しょみんのこどもたちをあつめて、そのほんでいろいろおしえてる」

「あ、それは……月神殿は国内では、教育や福祉をつかさどっているから……」

「きょうかしょ、ほしいっていったら、ただでくれた。おなじのがいっぱい、ほんだなにやまづみになってた」


 影の子がクナに示したそれはとてもうすっぺらくて、とてもすめらが誇る一万年以上の歴史がつまっているようには思えなかった。影の子がその冒頭を読みだすと、クナはあっと声をあげた。


「それ、知ってる。あたし聞いたことあるわ……天照(あめて)らしさまと月女(つきめ)さまのお話よね? うちの村の、月の神官さまが話してたのとおんなじ話よ」


すめらの民は、三色の神殿に管理されている。百州津々浦々、神殿はどこにでもあり、クナの村にも三色そろって小さな社が並び建っていた。

太陽と月と星。村の神官様たちは仲が悪かったけれど、月の神官は穏やかな人で、ときどき子供たちを集めて、すめらに伝わる神話や、偉大な帝が国を治めていることを語ってくれた。とても小さな村だったから、店などろくになく、巻物や本のたぐいは高価で、神殿にしかなかった。月の神官はたぶん、この「きょうかしょ」なるものを読みあげていたのだろう。

 なんてなつかしいと、クナがため息をもらすと。


「なるほど。百州すみずみまで、月神殿による教育が徹底されているのですね」


 イチコが得心したようにつぶやいてきた。


「スメルニアの民は、よく飼いならされている……西の国々では、しばしばそう言われておりますが。たしかにそんな印象ですね」

「え? 飼い……?」

「庶民は、今上帝のお姿もその名も知らない。中枢の結界はどこの国よりも強固で、民には、大陸公報で流されること以外、何も知らされない。ただただ、三柱の神と皇家をあがめる善き臣民たれと、教育されている……民に対してだけではありません。スメルニアの中枢は、外国人の目からも完全に隠れています。帝が表に姿を現すことはありませんし、刊行されている公式の歴史書は、中身がすかすか。おとぎ話や神話のごときもので、信憑性など、まったくありません」

「おとぎ話……?!」

「王家や政府が、自国に都合の良い歴史をつくる。おそらくどこの国でもやっていることでしょうが、スメルニアは悪びれずに堂々と隠の歴史と情報を塗り重ねて、中枢をすっかり隠しているのです」


すめらの中枢は、隠されている?

言われてみれば――たしかにそうだ。ほかでもない今上陛下その人のそばにしばらく侍っていたクナですら、なんにも真実を知らない。

 元老院は、いつどこで開かれるのだろう? あの御所のどこかに、議席をもつ神官族がこっそり集まるのだろうか? ……わからない。

今上陛下はシガに夢中で、ろくに執務しているそぶりはなかった。

 それでも、国はちゃんと回っている。いったいどういう仕組みなのか。まったく、わからない……

 そのようなことは、今の今までだれも、教えてくれなかった。神殿の書庫に、政治のしくみを詳しく記した本などあっただろうか? 


(覚えがないわ……)


「くろすけさん、あの。本屋さんには、政治のことを書いた本って、あった?」

「ん? せいじ? そういうのは……なかったとおもう」


 ごくりと息を呑むクナのそばで。影の子がイチコに確かめた。


「そうだイチコ、すごくむかしにすめらでだされたほんって、にしのくににある? さいやくのまえにだされた、すめらのほんって。のこってない?」

「大昔に出された、スメルニア語の本ですか? さてどうでしょうか。異国の本を所蔵しているような大きな図書館には、あるかもしれませんが……」

「それ、みたい! とくに、れきしのほん。あったらみたい!」


 影の子が叫んだので、イチコは驚いて聞き返した。


「歴史? 今言ったように、中身はすかすかだと思われますが?」

「むかしのほんは、そうじゃなかったかもしれないから。おれ、みてみたい」

「そうではなかった? ふむ……? どうしてもというのなら、社長に問い合わせてみてもよいですが。ああ、あとそれから、地区の月神殿をめぐっている最中に、くろすけさんに聞かれたのですが。スミコさんは、黒龍と呼ばれるものとはなにか、知りたがっているそうですね?」


 探しているものと合っているかどうかは分からないが。そう前おいて、イチコはクナに囁いた。


「北五州のセーヴル州にはたしか、昔、黒い龍の神獣がいたという言い伝えがあったかと。あの州の州公家はそれゆえに、黒龍家と呼ばれているのです。かつてその神獣の、飼い主であったと言われていますから」

「あ……! 神獣……! 黒龍さまって、やっぱり、そうなんですね? うすうすそんな気が、してました」

「もしかして、その神獣について、もっと詳しくお知りになりたいとか?」

「はい。可能なら、知りたいです」

「ではスメルニアの本を探すついでに、分厚い神獣辞典を……あら? あれは……」


イチコは突然言葉を切り、あたりの様子を探った。庭にだれかが入ってきたらしい。クナの耳にも、かすかな気配が聞こえてくる。

一体だれかと、イチコはじゃりじゃりと玉石が敷かれた庭を走って行って、木陰らしいところでざくりと、鋭い足音を立てて止まった。とたん、ひっという情けない悲鳴があがる。影の子が、クナを守るようにぐいと腕を引っ張って、するりと彼女の前に出た。


「はいってきたあいつ、へんなやつだ。このすうじつ、しんでんのもんのまえをうろうろしてたぞ」

「え? うろうろ?」

――「こら放せ! 吊り下げるな!」


 イチコがずるずる、捕まえた誰かを引っ張ってくる。その声を聴いたクナはたちまち、口をあんぐり開けた。

 

「え……ええええ?! その声、金獅子家の……!」

「はい。まごうことなく公子様ですね。どうしましょうか? 大神官様に突き出しますか?」

「ええええっと、つまりこれって、不法侵入……ですよね?!」

「違うっ!」


 イチコに捕まった若者は必死に否定して。苦しまぎれにとんでもないことを怒鳴りたてた。


「僕はすめらの星の恋文を受け取った! いとしき姫に乞われたのだっ! 今すぐ会いたいと……!」





「まったくもう!!」


 イチコが「侵入者」を捕まえて数刻のち。鏡姫の部屋に、リアン姫の怒り声が響き渡った。


「恋文って、なんですのそれはっ!! あたくし、あいつのことなんて、呼んでませんわよ!?」


はるばるすめらにやってきた人は、恋文をもらったのではなく。再三、「婚約者」に手紙を書き送っていたらしい。だが、返事はなしのつぶて。それでしびれを切らして、最近、帝都太陽神殿の前をしきりに行ったり来たり、様子を伺っていたらしい。


「花屋が出入りするのにまぎれて忍び込むとか、わけがわかりませんわ!」

『よくぞ、門の結界を越えてきたのう。密偵対策でガチガチに固めておるはずじゃが、出入り商人のふりをして、搬入物にひっついてくるとは』

「鏡姫さま、感心なさらないでくださいっ! あたくし、金獅子家に嫁ぐ気はありませんの! 先方にも何度かきっぱり、言ってますのよ? 州公妃より、大姫になりたいって」

『しかしの、二位の大神官どのは今、公子どのをいそいそともてなしておるぞ?』

「ううう……!」


クナたちは「侵入者」を即刻、大神官たちに引き渡した。彼らも勝手に敷地内に入ってきた公子に仰天して呆れていた。だがリアン姫の叔父君はすぐに、そんなに姪を気に入っているのかと、まんざらでもない反応を見せ、とりあえず応接の間に通して茶を出している。

もしかしたら縁談がまとまるのではないかと、鏡がうそぶくと。リアン姫は、これを機会に叔父から正式に断ってもらうよう願ってくると息巻いて、急いで部屋を出て行った。


『ほほほ。矢のように飛び出していきよったわ。もと従巫女の面々に、伝えたきことがあったのじゃがな。まあよい、あとでたれぞ、あれに話してやるがよいわ』

「おそれながら。もしや本日出された、大陸公報の件でしょうか?」

『そうじゃアカシ。これでなんとか、九十九(つくも)狐を救えるであろうぞ』 


半信半疑でクナが送った幻像玉は、たしかに役に立ったらしい。東の地では着々と、光の塔への対処が進んでいるようだ。一の月の末の週を迎えた今日、すめらの元老院は、タケリさまがいよいよ動き出したという大陸公報を出した。その内容は、明るい見通しの文言に満ちていたのだった。 


〈我らがすめらの守護神は、雄々しき神気をもって、ユーグ州の光の塔の攻略を開始せり。

始動初日にしてすでに、その幾重もの堀のひとつを潰し去りし快挙を成し遂げるは、まこと神の御業であろう――〉


『こたびのタケリさまの投入はの、霊光殿の大翁さまがひそかに根回しをして元老院をたきつけた結果、実現したことじゃ。その目的はむろんひそかに、九十九(つくも)狐を救出することぞ。あれの付き添い女をしたそなたらは、あれのことをひどく案じておるし、とくにしろがねは魂を飛ばして知りえた情報を、大翁さまに伝えておる。ゆえに大翁さまはその報酬として、こたびの派兵の事情を詳しく、そなたらに伝えるがよろしいとの思し召しをくださった。さても、とっくり聞くがよいぞ』


 ありがたいことだと、クナとミン姫、そしてアカシは鏡に深く頭を垂れた。

光の塔は、新種の兵器か。それとも、秘密裡に開発した神獣か。

大陸同盟会議において、大陸諸国は軒並み、ユーグ州を厳しく突き上げたらしい。あまたの国が「悪魔をまき散らす塔をなんとかしろ、できなければ同盟軍に処理を任せろ」と集中砲火を浴びせたそうだ。  

ゆえに白鷹家は渋々、〈大陸同盟軍〉なるものの介入を承認したという。


『これは、先に派遣された多国籍軍の査察を受けて、編成されしもの。光の塔をこわすための軍隊じゃ。すめらはその軍の指揮をとると、同盟会議にて名乗りをあげたのじゃ』


もし軍を率いて塔の破壊に成功すれば、すめらが得るものは計りしれない。国の評判しかり、同盟での発言力しかり。すめらは多大な国益を得ることになる。

タケリ様を出し、すめらの威光を派手派手しく、大陸中に示してはどうか――そうこっそり進言した大翁さまに、帝も元老院も、一も二もなく同意したらしい。


『名乗りをあげた国は、他にもあった。なれどすめらは古くから同盟の理事国であるし、なぜか魔導帝国がどうぞどうぞと、譲ってくれたらしい。とくに金ぴかの護国卿なんぞは、タケリ様使用の後押しまでしてくれよったそうじゃわ』


護国卿が何か目論んでいることは、まちがいないだろう。指揮権を勝ち取ったすめらはその動きを警戒しつつ、現在、タケリさま付きの同盟軍を塔にぶつけている。オルキスを平らげた、すめらの遠征軍数万。それと理事国が出した数千の混合軍が、タケリ様につけられているそうだ。


『大翁様はな、今一度その軍の中にこっそり、選りすぐりの救助隊を紛れ込ませている。あのタケリ様ならば、塔を破壊することができると信じてな』


 近々大神官が、戦勝祈願をせよとの勅令を伝えてくるだろう。九十九(つくも)の方のために大いに励むがよいと、鏡がクナたちに伝えると。


「なあそれ、いまのはなし……」


するりと影の子が鏡の部屋に入ってきて、クナのそばにひたりとついた。


「すめらが、どうめいぐんのしきをとってるってはなし。すめらのくにのひとじゃなかったら、だれでもしってる? それとも、しらない?」

『うぬ?』

「くろすけさん! 立ち聞きしてたんですか?」

「あ、うん。きこえた。なあ、すめらでは、タケリさまがすごいってことだけみんなにしらせて、あとはぜんぶ、ひみつにするんだろ? だからあんた、いまもったいぶって、くわしいじじょうを、とくべつにあまいやつたちにはなしたんだろ? でも、がいこくではどうなんだ? やっぱりこういうことって、ぜんぶひみつにするのか?」

『ふむ……たしかにの、すめら全土に流す大陸公報はいつも、ごくごく限られた内容しか伝えておらぬ。外国が出したものは、ほとんど流してはおらぬし。そうじゃのう……』


 鏡はしばらく考えて。それからぽそりと答えた。


『妾もなかなか、外国の公報は受け取れぬのじゃが。先日ぽろっと聞けたものからかんがみるに、異国の者は、もう少し詳しい公報を受け取っているようじゃの』

「やっぱり、そうなんだ。すめらのひとって……なんか、かわいそうだ」

『む?』


 影の子はクナの腕をぎゅっとつかんだ。


「なんでもひみつにされるなんて、おれはやだ。なんでも、しりたい」

『ふむ? 神官族に守られ、導かれれば、民は平和で幸せに暮らせる。知らなければ、思い悩むことは最小で済む。辛いことも悲しいことも、ぐっと減ると思うが?』

「たとえへいわでしあわせでも。おれ、だれかにだまされたくない」


 騙しているわけではない。世の中には、知らなくてもよいことがごまんとある。すめらの神官族は民の幸せを考えて、教えるべきことを吟味しているのだ――

 鏡は穏やかにそう諭したけれど。影の子はそんなのいやだと、どうにも納得しなかった。


「おれ、なんでもしりたい。いいことだけじゃなく、すごくかなしいことも、いやなことも、みんなしりたい。だれかに、かくされたくないよ」





 その日クナは床に入るまで、ほぼだんまりで過ごした。

アカシがこっそり、イチコにグリゴーリ卿の近況を教えてくれるよう頼んだときも。リアン姫が叔父上はだめだ、馬鹿な公子に懐柔されたと半泣きで帰ってきて、やけくそのように禊の修行をし始めたときも。ミン姫がいつものように夕方から夜通し、本の朗読をはじめたときも。言葉を出さずに、じっと考えこんでいた。


(たとえ幸せでも。だまされたくない。悲しいことでも。かくされたくない……)


影の子が鏡に言ったことが、ぐるぐる頭の中をめぐっていた。

 隠されることは、たしかに気持ちのよいことではない。

箱に何か入っていると知らなければ、蓋を開けようとか、中身を見たいとは思わないけれど。

中に何かあると、知ってしまったのなら……


「くろすけさん……」

 床に入ったクナは、アオビに就寝時間だと急かされて、部屋から出ていきかけた影の子を呼び止めた。 


「あたし何も知らなかった。何も知らずに、黒い髪で栗皮色の肌の、よき臣民になれるって思ってた。でもあたしは龍蝶で……ほかにも、いろんなことを知って……」

「あまいやつ?」

「今日ずっと、考えてたの。もしかしたらすめらの民も、龍蝶と同じなんじゃないかって。もしかして、神官族に飼われてるもの、なんじゃないかって……」


 ひたたと、影の子がそばに寄ってくる。クナは床から身を起こして苦笑した。


「あたし……黒髪様が大姫になってほしいって仰ったから、そうなりたいって思ったの。大好きな人に、言われたから。でも今は、他の気持ちが、あたしの背中をぐいぐい押してる」


手を伸ばす。つるりとした影の子の手が、指先に触れる。

橙煌石のせいでひんやり冷たいその手を、クナはそっと握りしめた。  


「くろすけさん、あのね……あたし、だれかに飼われない人に、なりたい。龍蝶でも、よき臣民でもなくて。そして、この国を支配して、だれかを飼う人でもなくて。ただ、なんでも知ることができる人になりたい。だってあたし、知りたいわ。いいことも、かなしいことも、ぜんぶ知りたいわ。そしていつか、あたしが知ったことを、だれかに教えられたら……伝えることができたらいいって思う……」


 こういうの、なんていうの?

 クナは首をかしげてうーんと唸った。なんだかうまく言葉にできなかったと思って眉をしかめると。影の子はクナの手を握り返してきて、囁いた。


「それたぶん……じゆうって、いうやつだとおもう」

「自由……?」

「うん。あまいやつは、じゆうなひとに、なりたいんだとおもう」 

「自由な人……」


 口に出すとたしかにそんな気がして。クナは胸のつっかえが下りたかのように、ホッと安堵のため息をついた。


「そうなんだ。じゃああたし、そういう人になれるように、がんばる」

「うん。がんばれ」


 具体的にどうしたらそうなれるのか。このすめらでは、大姫になればそれがかなうのか。

 わからなかったけれど、クナはなんだかすっきりした気持ちになって、笑顔を浮かべながら身を横にした。

 するりと、影の子の手が抜けて、離れていく。

 目を閉じながら、クナは彼に感謝した。


「ありがとう。おやすみなさい」






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