16話 ひかり
天の星は、こんなにくすんでいただろうか?
足元の湖は、こんなに黒かっただろうか?
なにもかもが、暗くみえる……
(なんやこれは)
天に突きあげられたままの人は、地にあふれるものをその視界の端にとらえておののいた。
蒼。
蒼。
蒼。
地上は一面、蒼い炎に包まれている。どこもかしこも。ほんの少しの隙間もなく。
(燃えて、いはる)
平野も山も。無数の湖も。もはや、どこが境目なのかわからない。
めらめらぱちぱち。そんなかわいいものではない。
ごうごうばちばち。すさまじい音だ。
蒼い炎は、所々で背の高い木々のように積み重なって、激しく波打っている。
まるで、時化ている荒海のように。
はてなくえんえんと、広がっていく————
(燃える。燃える。なにもかも……)
天に突き上げられたままの人は、耐えきれずに目を閉じた。
勝手に開いた口から、大きなうねりがドッと流れ込んできたからだった。
びょうびょうひょうひょう、その渦のような流れは彼女の体内で躍り狂って、まったく感覚のない下半身になだれていった。
(また落ちる。なにもかも……)
たくさんの悲鳴が、体内を通っていく。とめどない嘆きも。熱い怒りも。
すべて中に入ってきて、腹の中に溶けていく。あらゆる光と、あらゆる闇とともに。
『たりない』
感覚のない腹の中から、声が響く。
『たりない。たりない。ひとりでいきていくには、もっと、おおきくならないと』
声は悲しげに呻く。
『かあさまは、ぼくをのぞんでいないから。はやくおとなにならないと』
ちがう。望んでいないなんて。
叫ぼうとしたとたんに、口の中が、なだれこんでくるものでいっぱいになる。
悲鳴と嘆きと怒りがまた、喉を通って腹へ流れていく。
感覚のない腹の下にあるものを、突き上げられたままの人は見ることができなかった。
恐ろしすぎて、それを視界に入れる勇気など、もはや塵ほどもなかった。
足の間からほとばしり、光り輝いているものが、地に深く突き刺さっている様など。
一瞬見ただけで十分だった。
(ああっ……!)
ごりっと、感覚のない腹から、鈍い音が立つ。
だが、悲鳴をあげることはできない。勝手に開く口にまた、大量のうねりが流れ込む。
数えきれないほどのたましいが、怒涛のように。
(いやああああああっ!!)
ずるずる、足の間から何かが出ていく音がする。まったく痛くはないのだが。何かが地へ向かって這い出ていくその音だけは、しっかと聞こえてくるのだった。
「やめ……! もう、出ていか……て……!!」
『だめだよ、かあさま』
やっと声をしぼりだすと。腹から出ようとしているものが、無情に囁いた。
『もう、とめられない』
大晦日に、帝都太陽神殿で行われた大祓え、そして追儺の儀式は、去年黒の塔で執り行われたものとほとんど変わりなかった。
ご祈祷を取り仕切ったのは、濃ゆい香り放つ巫女団長ではなく、太陽の大神官たち。
先導役についていって鬼を追い払ったのは、めらめら燃える鬼火たちではなく、きゃっきゃと笑う童女たち。
そんな違いはあったけれど、祝詞の言葉も奏でる神楽の曲調も、まったく同じ。祭壇にくべたお香の香りも、このとき使ったと覚えのあるもの。
これは黒の塔の巫女団長であった百臘の方が、この神殿の出身であったからだろう。だからクナは右往左往せずに、年末の務めを果たすことができた。
鬼はそと 鬼はそと
福はたくさん、おいでませ
午後中いっぱい鬼払いをした童女たちの声は、とてもかわいらしかった。
童女とは十二歳までの、幼い巫女見習いたちのことだ。
すめらのやんごとなきお家の娘たちは、七歳になると各色の神殿に入り、みっちり巫女修行をする。針仕事や歌詠み、手習いなど、手仕事や教養を修めるのはむろんのこと、神霊力をそれなりに高めた巫女でなくては、良妻賢母とはみなされないからだ。
巫女の技をもってして悪霊や呪詛を祓い、結界を張って、家族のみならずお家の者たちすべてを護るべし。
これこそが、神官族の妻に求められる、最も重要な務め。第一の家訓なのであった。
「とくに呪詛は、日常茶飯事に飛んでくるものですからね。しっかり、あやしい波動をはねのける結界を作れないといけません」
大掃除でつるつるに磨き上げられた廊下にて、童女たちの歌を聞きながら、アカシはクナに言ったものだ。
「後宮だけの話ではありませんよ。家格の高い中央の神官族のみならず、地方に住まう末端の神官族にいたるまで。すめらの神官族において、もっとも手っ取り早い攻撃方法は、呪詛なのです。話し合いで決着をつける前にまず、相手の気力をそぐために呪うべし。というのが、神官族の常識です」
この帝都太陽神殿には、家格第一級、それから二級のお家の娘たちのみ入ることができる。
将来の目標はもちろん、できるだけ高い品位で後宮に輿入れし、国母となることだ。
ゆえにみなが互いの好敵手。普段は技に磨きをかけて、一歩抜きん出ようとしのぎを削っている。
鬼はそと 鬼はそと
福はうちに、おいでませ
福はたくさん、おいでませ!
しかし、かような行事となれば、気がほどけるのだろう。ご褒美に甘いお餅が出されることもあって、高貴な童女たちのかけ声は、くすくすきゃあきゃあ、無邪気な笑い声が入り混じり、あどけなかった。村の祭りではしゃぐ子どもたちと、まったく変わらない。
「たのしそう……」
何事もなければ、クナはなごんで、笑顔を浮かべたところだが。残念ながら、九十九の方を心配して沈む心は、おいそれとは浮かび上がってくれなかった。
アカシやミン姫も同じであった。年越しの麺をすすっている間も。ご来迎を迎えるべく、二日連続となる徹夜の礼拝に臨んでいる間も。クナたちはどんより、重苦しいため息ばかりついていた。
「アカシさま、くろすけの言う通り、光の塔の巨大化はおさまらないようですね」
「ええ、ミンさま。鏡姫さまが本日受け取った大陸公報には、塔に枝が生えてきたと……」
「かがみがうつしたあのげんぞうは、きっと、しんじゅうのあたまだとおもう。えだじゃない。あのばかみたいにつよいしんじゅうは、てっぺんにいるおんなから、はやくでようとしてる。だからきゅうげきにおおきくなってるんだ」
「くろすけさん……」
「しんじゅうがおおきくなるのにひつようだから、おんなのからだにきずはない。だけど、こころはどうかわからない」
クナたち従巫女の心は沈み切ったまま。
年が明け、天照らし様がほのかな熱を放ちてお昇りになっても、日輪の神々しい光は、暗い心を温めてはくれなかった。新年のご祈祷や儀式を滞りなく行わねばならない忙しさもまた、まったくの無力であった。
影の子は一所懸命クナを笑わせようとしてくれたが、結果はかんばしくなかった。
すっかり太陽神殿に居ついてしまった影の子をどうしたものか?
力が弱まっているとはいえ、れっきとした神獣を、外へ出すのはいかがなものか?
鬱々する頭を寄せて話し合ったクナたちは、影の子をアオビと同じ下男の扱いで、神殿に置くことにした。新年の三日目、クナたちは御用聞きにやってきたイチコに、その旨を伝えたのだが。
「いたしかたありませんね。その件は了解いたしました。それはそうと、ユーグ州にいる社長から、ここ数日の状況報告を受けております」
濃ゆい花の香りが漂う庭園にて、クナたちはとても恐ろしいことをイチコから告げられて。ふさぎこむ心に、追い打ちをかけられてしまったのだった。
「現在ユーグ州政府は、州全土に散らばった蒼い鬼火の対処に追われています。
社長はグリゴーリ・ポポフキン男爵と接触しまして、彼が率いる州軍の臨時組織師団に入り、州都に迫る鬼火の群れをひとつふたつ、蹴散らしたそうです。しかし鬼火の増殖はとどまらず、連日、相当な数の死者が出ている模様です。また、光の塔周辺の鬼火の群れ、ならびに塔自体の吸引力がすさまじく、何人も近づけぬ状態であるようです」
光の塔に対して、大陸同盟が動き始めた――――
花売りは剣をふるって鬼火たちを駆除しながら、そんな由々しき事態を男爵から聞き出していた。
すめらと魔道帝国が、あれは新開発された兵器の暴走ではないかと疑い、査察のために多国籍軍を送る動議を出してきたという。
「白鷹家の廷臣団は、州全土に非常事態を宣言し、多国籍軍をやむなく受け入れる方向で調整しているようです。しかし、社長が男爵から手に入れた情報によれば、お家の内部でもっと深刻なことが起きているようです」
続く言葉を、イチコは極力声をひそめて伝えてきた。
「州公家の守護神獣である白鷹、アリョルビエールの気配が、ユーグ州より消失したらしいのです」
はるかな昔。神獣は国家の守護神であった。
人の手によって作られ、または改造され。戦い疲れた神々は、いまやそのほとんどが封印されている。
なれどその神気あふれる存在は今なお、神と同等のものとして、人々から崇敬を受けている。昔のように稼働できなくなっていても、王族に何らかの恩恵を与えているものは少なくないらしい。ゆえに——
「白鷹家の神獣が、いなくなった?!」
それがどんなに由々しいことか。クナはうろたえるアカシの様子から察した。
「まさかそんな、ありえません。王族に憑いている神獣が、突然消えてしまうなんて。第一級の守護神獣を失ったとなれば、白鷹の州公家は、丸裸になったも同然ではないですか……!」
花売りの情報によれば。白鷹家の廷臣団はひた隠しにしているそうだが、すでに多くの国々がその事実を察知しているらしい。各国の使節が州都に大挙してきて、しきりにそのことを問い合わせてきているという。イチコは淡々と、上司からもたらされたことを述べた。
「金獅子州におりました後見人、黒き衣のトリオンが帰国しまして、使節たちの対応にあたっているそうです。廷臣団は彼の指示を受けまして、光の塔を包囲していた州軍をすべて撤退させました。その軍は現在、州公閣下がおわす神獣の祠に集結しているそうです」
「トリオンさまが、州公閣下のもとに州軍を集めさせた? ということは……」
「そうですアカシさま。光の塔は普通の軍団の手には負えぬと、黒の導師は判断したのでしょう。そして州公閣下を守るために、急いで祠に軍団を動かしたのです。おそらく、州公閣下に宿っていた神獣の加護が、消えてしまったのだと思われます。すなわち、白き鷹アリョルビエールの消失は、ゆるぎない事実なのでしょう」
「閣下は、神獣のほこらにいらっしゃる……」
クナの脳裏にたちまち、体から抜け出して視てきたものが浮かび上がった。
たしか州公閣下は、大きな黒穴を見つめながらおっしゃっていた。
必ず、仇をとると。
閣下がおわしたあそこが、神獣がいた祠であろうか? だとしたら、あの大穴は……
(白いタカがいたところ? でも、今はもういない?)
仇だなんて、復讐を誓うような言い方をするなんて。白い鷹はまるで、だれかに殺されてしまったようではないか?
だれ? だれ? だれに?
だれが、白い鷹を殺したの?
いったいだれが、あの黒い穴にいたものを消してしまったの?
その答えをすでに知っているような気がして、クナは身震いした。
あのタケリさまと同じもの、太古につくられた超兵器たる神獣を消してしまうなんて、そうそうできることではない。龍のように巨大で、神気あふれるものを殺すことができるのは。そんなことができるのは。同じ神獣か、それ以上の力を持つものだけだろう。
(神獣。九十九さまの御子は、まちがいなくそうだって、くろすけさんが言ってたわ。まさか……)
「スミコさん? どうしたのですか? 顔が真っ青です」
「あ……イチコさん、その……」
『行け、つわものたちよ! 白鷹の家を害した魔女を、許してはならぬ!』
祠で耳にした州公の叫びがよみがえる。と同時に、そら恐ろしい答えが頭の中に降りてきた。それを振り払いたくて、クナはぶるぶるかぶりを振り、そろろと後ずさった。
(うそ。きっとちがうわ。九十九さまの御子が、白いタカを消した……なんて。そんなこと、あるはずないわ)
恐ろしさにすくんでしまった体を、クナはさらに後ろへ下げた。まるでまん前に、あの輝く光の柱があるかのように。灼熱で魂を焼き、容赦なく吹き飛ばすあれから、逃げるかのように。
恐怖にとらわれた体は、しかし突然————
「きゃ?! あ? う?! ぼよ、ん?」
弾力のある、柔らかいものに受け止められたのだった。
――「あらスミコ。あなたまだ、歩くのがおぼつかないんですの? でも、あたくしの胸を肩でつぶすのはやめてくださいません?」
とたん、懐かしい声が背後から襲ってきた。それは暖かな天照らしさまの光よりも明るく、生気に満ち満ちていて。暗い沼地から引っ張り上げてくれる腕のように、頼もしかった。
「ああもう、胸が苦しいったら! くっきり谷間が見える緊身胸衣なんて、きついだけ。寄せて上げてっていう仕様はだめだめですわね。すぐに巫女服に着替えてまいりますわ!」
細く締められた腰。すそがふわりと広がるスカート。
袖や胸元を飾るのは、緻密に編まれたレースの襟かざり。
「ちょっとなんですのスミコ! そんなぺたぺた触って確かめてこないでちょうだい。あたくし、幽霊じゃありませんわよっ!」
西方風の装いをしている娘は、ずかずか従巫女の部屋に入っていき、たちまちのうちに、楚々とした衣擦れの音をたてる巫女袴をはいて戻ってきた。察するに、上にはクナとおなじ、白千早を羽織ってきたようだ。焚きしめられた品良いお香の香りが、クナの鼻をくすぐってきたけれど。娘本人は庭園の花の香りが気になるようで、彼女らしい言葉で褒めそやした。
「さてみなさま、ただいまですわ。それにしても、ここら一体、なんて艶美で濃ゆい香りなのかしら。あの大姫さまの厚化粧を思い出しますわね。てらてら光る、ぬばだま色の真っ黒なおぐしも、くっきりはっきり、頭に浮かびましてよ。って、まっくろくろすけ、なんであなたここにいますの?」
「おれ、あまいやつがすきだから、しんでんにすむことにした」
「はぁ?! ちょっと、動機が不純じゃなくって?」
言いながら、娘はクナの腕をしっかとつかんで支えてきた。生まれてこのかた何十年もそうしてきたかのように、実に自然な所作だった。クナはうれしさのあまり、その手の上に自分の片手をかぶせて、ぎゅっと力をこめた。
「リアンさま……! おかえりなさい!」
新年には、絶対帰国する――
有言実行を果たした尚家の姫は、きんきん明るい声を発して、その場にひかりを呼び込んだ。
「北五州にくらぶれば、こちらはやっぱり、だいぶ暖かく感じますわ。大みそかの前日に最後の州での公演が終わって、舞踊団はその日の真夜中ごろ、帰国の船に乗り込みましたの。だからあたくし、打ち上げの宴の時からみんなと離れぬようにして、しっかり同乗しましたわ。金獅子の公子さまには、これでさよならですわね、お元気でって、にっこり言ってやったのだけれど――」
ひかりはとてもまばゆいのに、やわらかくて。姫の口から吐き出されるため息すら、今のクナにはホッとする癒やしの音に聞こえた。
「彼ったら、鼻水垂らして泣きながら、ついてきましたわ。またもや一緒の船に乗るってきかなくて、ごり押しで」
幸か不幸かわからねど。リアン姫の「婚約者」は、はるばるすめらにやって来たらしい。父にねだって「親善使節」の肩書きをもらい、現在は内裏の東門近くに建つ、金獅子州の大使館にいるという。
「そこに置いてくるまで、ほんっ……とうに大変でしたの。あたくしいったい何刻、あなたは神官じゃないから、神殿には入れないって説得し続けたかしら。最後は、拳で殴り倒して引き離してやりましてよ」
「そ、それはお疲れさまでした。でも公子さまは、北五州の外には出たがらなかったようでしたのに。よくこちらへいらっしゃいましたね」
「ええアカシさま、世間を騒がせているあの光の塔が建たなかったら、あたくし、帰れなかったかもしれませんわ」
翼もつ狂暴な鬼火たちの増殖は、他の州にも広がりゆく勢いであるらしい。それで金獅子州公は万一の事態に備え、世継ぎを遠方に避難させることにした。というのが、こたびの「使節」派遣の真相であるようだった。
「公子さまはなんでもべらべら、あたくしに喋ってくださいますの。だからとても助かりますわ。白鷹家の神獣が消えたこととか、魔道帝国が、ユーグ州に送られる多国籍軍を指揮するとか。それで、こちらの様子はどうなんですの? 大姫さまの喪の儀は、昨年中に済んでしまったと、聞きましたけれど。」
帰国した太陽の姫はさっそく、アカシにこそりと引っ張られ、巫女王の間に鎮座する鏡に引き合わされた。ほどなく面会を終えて庭に戻ってきた姫は、ぷがぷがとなぜかひどく怒っていた。
「どうして、あんなものに? あたくしお線香の代わりに、最高級の香油花を大姫さまの墓前に捧げようと思って、花屋からたくさん買い付けましたのに。香油に漬け込まれていて、燃やして香りをだす、すてきな薔薇ですのよ? なのにあれではちっとも、香りがわからないじゃないの!」
「素直に、生花にすればよかったのです」
ミン姫のつっこみは、なんとも冷静沈着。普段の調子を取り戻していて。太陽の姫たちはひとしきり、いつもの小競り合いを繰り広げた。
「もちろん、これからはそうします! それどころか、あたくしが巫女王になった暁には、毎日欠かさず、美しい花々と一緒にご祈祷を捧げますわ」
「品の良い花をどうぞ注文なさいませ。でも、祭壇で儀式を執り行う身分になるより、すめらの星でいる方が性に合っているのでは? 舞踊団は、これで解散ではないはずです」
「ええ、夏にまた、北五州で長期公演を行うそうですけど。舞姫より、大姫になる方がいいに決まってるでしょう? あたくし今度は、誰にも負けませんことよ!」
新年四日。リアン姫が帰国した翌日、次代の巫女王の選抜の儀が、翌月の一日に開かれることが告示された。大神官たちが定めたその予定に、神殿中の巫女たちが色めきたつなか。クナたち先代の大姫の従巫女たちはその任を解かれた。四人とも平の巫女に戻され、普通の巫女部屋へ引っ越すこととなったのだが。長持ちを移動しようというとき、クナはこそりとアカシに呼ばれ、鏡姫と話すよう言われた。
「スミコさまだけに、お話したいことがあるのだそうです」
巫女王の間にそっと入ってみれば。鏡はうんうん、悩ましげに唸っていた。
『なるほどのう……では、あちらから急行させて抑えるのがよいか……』
「鏡姫さま?」
『ああ、スミコか。多国籍の軍が来る前にの、すめらの精鋭を集めた隠密軍で、なんとか光の塔に近づけぬか、大翁さまと話していたところじゃ』
鏡となった人はいまや、その能力を最大限に活かしているらしい。方々から情報をとり、こそりと賢人と連絡をとりあっているようだ。
『しかしあれは神獣であるから、同じ神獣をぶつけるのがよいのでは、ということになってのう。それができるかどうか、という議論になったわ』
「神獣というと……タケリさまを? 封印をといて目覚めさせてくださるよう、花龍さまにお願いするのですか?」
『まあ、そんな感じになるかの。タケリさまはちょうど、ユーグ州の近くにおることじゃし』
「えっ?!」
『それはさておき。来月、巫女王の選抜が行われることとなったが。このままじゃと、そなたは、新しい大姫の所有物となる。そこのところ、分かっておるか?』
はい、と、クナは神妙な顔でうなずいた。百臘の方がみまかったと聞いたときからうすうす、その覚悟はしていた。だが、さほど深刻なことにはならないだろうという予感が、心の内にある。なぜなら……
「次の大姫さまは、ミンさまかリアンさま。太陽の姫たちの、どちらかですよね? あたし、あの二人のもとでなら、平穏に暮らせると思います」
『スミコ。そなた龍蝶の寿命がいかほどか、忘れたか? 最低数百年、純血に近ければ千年を超えるのじゃぞ。二人が死んだら、さて、次は? そのまた次は、どうなる? そなたは、幸せになれるかのう?』
「それは……」
たちまち顔を曇らせたクナに、鏡はほほほとかろやかに笑った。
『さて、そこでじゃ。鏡となりて、膨大なる知の情報を漁ることが可能となった妾が、ひとつそなたに提案をしてやろう』
そうして、ぷつふつ、ぷつふつ、奇妙な音をたてながら、鏡はさらりと言ってのけたのだった。
まったくもって、当然至極。とても簡単なことのように。
『のう、しろがねの。そなた自身が、巫女王になってはどうじゃ?』