15話 喪の儀
りりん りりん
あたり一帯から、鈴の音が響き渡る。
弔いの音色であるそれは、涙を流すかのように湿っていて。尽きぬ悲しみを表すように絶え間ない。
安らかに。どうか安らかに。
百を超える数の太陽の巫女たちの祈りと共に、鈴の調べは昇りゆく。雪のちらつく、はるかな天へと。いつまでも。いつまでも。
りりん りりん りりん りりん……
大晦日の前日。帝都太陽神殿は、太陽の巫女王の弔いの儀を執り行った。
午前にやんごとなき人々の弔問を受け、笙のみ吹き鳴らされるしめやかな喪の儀を行ったのち。午後には舟を天へ送るための太神楽が奏でられた。
陽の姫君よ 父なる方のもとに帰り着き
われらを照らす 慈愛の光とならんことを――
岩舟に乗せられた歴代の大姫は、三日以上もえんえんと続く太神楽にて、天へ送られたという。なれど今回の葬礼では、日が変わる直前に、荘厳なる終音が打ち鳴らされた。
『年の瀬のもろもろの行事を、我ごときの喪の色で穢すことなかれ』
不治の病で身まかった百臘の方が、遺言にてそう思し召したからだ。
大祓えや来迎の四拝礼、鏡餅の奉納など、年末年始の行事は、なべて例年通り。何事も起きなかったかのように、執り行うように――
そう望んだ今代の大姫の葬礼は、ごくごく簡易に、たった一日で終わるよう短縮されたのであった。
父なる天照らしさまの導きを
かしこみかしこみ ねがい白す……
身まかりし人が納められた岩舟は、数十頭もの馬が引く山車に載せられ、霊光殿より運ばれて。天照らしさまの大祭壇の前に安置された。
従巫女たるアカシとミン姫が、舟を守るように囲んで祝詞を唱えるまん前で、クナは一所懸命、聖なる榊を振り薙いだ。
巫女たちがまとう喪衣は、きなりの単に白袴。舞いやすい丈ではあったが、手足の動きはお世辞にも良いとは言えない。すめらの星としてもてはやされたとは、とても思えぬぎこちなさ。花音や飛天の大技はおろか、簡単なそよ風ほどでも、今のクナにはまだ難しかった。
それでも、従巫女の責務を果たさぬわけにはいかないと、クナは無理をおして、手足にありったけの力を込めた。
かしこみかしこみ 祈り白す……
舞うときは、無心にならねば。
我が身にそう言い聞かせたけれど。ふと我に返るたび、見えぬ眼がじわじわしてきて仕方がなかった。
百臘の方のお身体の行く末。そして、遠く北五州にて恐ろしい目に遭われている、九十九の方の安否。母のごときお二人へのやるせない想いが、堰を切ってあふれ出てしまったのだが。ここにきて今ひとつ、大きな懸念が、クナの心をぐらぐら乱しているのだった。
――『なんじゃおまえは。我が君ではなかろ?』
影の子をひと目見た百臘さまの霊鏡は、淡々明瞭。一分の迷いもなく、そう仰ったのだ。クナが「黒髪さまが縮んだ経緯」を詳しく説いても、鏡はきっぱり断じて譲らなかった。
『まっくろなのは、まあ同じじゃが。角も牙も我が君には無いし、髪はこんな、獅子のたてがみのようにちりちりではない。大体にして、御霊の色が全然違うぞ?』
百どころか、実はもっともっと臘を重ねていた御方は、霊鏡になる以前より、霊視の力をお持ちであったらしい。
黒髪さまの容姿はまっ黒なれど、その御霊のお色はなんとも涼やか。端正な薄蒼色に輝いていたと仰るのだった。
『なれど、この神獣らしき子鬼は体同様、魂もまっくろじゃ。夜の闇より濃い黒じゃぞ?』
母のごとき鏡は、影の子を鬼と呼んだ。すめらでは、角のある魔物や神霊をそう呼ぶからだった。
外見の変化は容易にありえる。なれど魂の色合いが違うというのは大問題だ。輝きの色の違いこそ、個々の魂を見分けるための指標であるからだった。
『で、では、出会ったとき、影の子があたしたちのことを何もおぼえてなかったというのは間違いで……実はもともと知らなかった、ということですか? 影の子は……黒髪さまじゃない、から?』
いや。間違えようはずがない。イチコはちゃんと、クナのもとに来た黒髪さまの気配をたどった。だから本物には違いないはず。けれど……
『スミコの報告の通り、我が君は金の獅子に何度も殺された上、レヴテルニ帝の神獣に襲われたのが事実なれば。となれば。この、身も心もまっくろくろすけなものは……』
ブツプツ、霊鏡は雑音混じりの声で仰った。どことなく人工的な、堅い雰囲気をかもしながら。
『この小鬼は、レヴテルニ帝の神獣。黒き獅子かもそれぬの。我が君はおそらく、この神獣に喰らわれてしまったのじゃろう』
『そんな……!』
思い起こせば。月のメノウは、クナに別れを告げにきた黒髪さまを神獣だと断定した。あのとき黒髪さまにはまだ記憶があったけれど、それは徐々に消えていきつつあるような雰囲気だった。
あれはすなわち。
『黒獅子が、黒髪さまを喰らっている最中だったの……? つまり、黒髪さまはわざと、ご自分を……神獣に差し出した……?』
影の子は黒髪さまを体内に入れ、すっかり溶かしてしまったのか。たしかにこの子は神獣だけれど。たしかに声はひび割れ、あの澄んだ美声とはまったく違うけれど……
『黒髪さまはもう完全に……この世には……いない……んですか?』
『御霊がまったく見えぬことからすると、すっかり消化されたように見えるのう。なれど、魔導帝国の守護神たる黒獅子の神気は、本来こんなちんけなものではなかろうぞ。不死の魔人を喰らって、著しく弱体化しているに違いないわ。つまり、消化不良を起こしているのであろうの』
まだ完全に、消化できていないのであれば。影の子から黒髪さまを分離させることが、可能ではなかろうか? クナは藁にもすがる思いでそう説いたのだが。鏡となった人は淡々と、機械的な声で仰ったのだった。
『黒獅子の腹の中で、体がドロドロになりても。ほんのかけらしか残っておらずとも。外に出れば、不死の魔人の体はみるみる、元通りに再生するであろう。なれど御霊は……気配のない魂は、神獣の力で粉々に砕かれてしまってあとかたもない。引き出せたとしても、繕うことはまず無理であろうの』
りりん りりん りりん りりん……
百を超える数の太陽の巫女たちの祈りと共に、鈴の調べが昇りゆく。雪のちらつく、はるかな天へと。いつまでも。いつまでも。
りりん りりん りりん りりん……
歯を食いしばり、クナは懸命に榊を振って舞った。
真夜中となり、ひときわ長い鈴の音が神楽の終わりを告げた、その刹那。クナはおのれに必死に課した無心を解きはなち、哀しげにつぶやいた。
「一体どうやったら……壊れたたましいを、なおせるの?」
明くる日の大晦日。一番鶏が鳴き出す前に、大祭壇から岩舟が運び出された。
たくさんのアオビたちが舟に取りつき、さめざめと泣いて出棺を阻止しようとしたので、あたりはいっとき大騒ぎ。混乱の体となりかけた。
しかし第一位の従巫女たるアカシが、立派にそのつとめを果たしてその場を収めた。声を震わせながらも、バチバチ嘆いて飛び交う鬼火たちを制し、龍生殿から来た方々に岩舟を引き渡すよう命じたのだった。
「大姫さまご自身の、思し召しなれば。我らは従わぬわけにはまいりません。龍生殿の大姫さまに、舟を託しなさい!」
鬼火たちが渋々退きさがると同時に。舟を守っていた従巫女たちは、本殿前の白州に座し、迎えの使節に深々と平伏した。なんと使節の真ん中に、龍の巫女王その人がおられたからだった。
「花龍さまがお待ちかねですので」
先代の太陽の大姫は、天冠から垂れているらしい玉をじゃらじゃら鳴らしながら、岩舟に近づいてきた。すると鬼火たちはまたバチバチ嘆きだし、今度は百臘の方の実の妹君である人に群がりて、どうかご遺体を龍の餌としないでくれるよう懇願した。
「ご血縁の情けに免じて、どうかお慈悲を!」
「このまま荼毘にふさせてください!」
「お願いいたします!」「お願いいたします!」
しかしその切なる願いは、あまり元気のない高笑いに一蹴されたのだった。
「ほほほほ! 控えや、人工のあやかしども! 若く美しいきよらな巫女ならともかく、年老いた巫女が龍に体を捧げるなど。霊力が貯まりまくった体とて、こちらとしてもあまり嬉しくはございませんわ。でも。お姉さまご自身が望まれたのですから、いたしかたございませんわね!」
ああ本当に、愚かなこと!
投げやりな笑いを飛ばしながら、龍の巫女王は何度も何度も叫ぶように、舟にそんな言葉を投げつけていた。クナもアオビたちと一緒に、盛大に強がっている大姫にすがって、懇願したかった。なれど隣に並ぶミン姫が、思わず腰を浮かせたクナに鋭く囁いて、その衝動を制したのだった。
「いけません。地に頭をつけたままでいるのです。アオビが騒いだせいで、龍の大姫さまはだいぶ機嫌を損ねておられます。あなたが願えば、飼い主を亡くした竜蝶が我が身の命ごいをしていると解釈なさって、さらにお怒りになられましょう」
「う……」
かくて百臘の方のお体は、わざわざ出向いてこられた実の妹君に引き渡された。
鬼火たちの嘆きのバチバチと、神官や巫女たちが口々に唱える祈りが、ガラゴロ大きな音を立てて去っていく鉄の車を送り出した。
その日、クナたちに休む時間はなかった。禊ぎをして従巫女たちの部屋に戻ると、クナたちは急いで喪衣を脱ぎ、いつもの千早とあかねの袴に着替えて、今度は新年を迎える準備を始めたのだった。
「昼より、大祓いの儀が始まりますね。私たちはそれまでに奥殿を清めなければ。せわしないですが、いたしかたありません」
アカシの号令のもと、クナたち従巫女は鬼火たちを監督しつつ、巫女王の部屋や小祭壇、中庭などに、聖なるわき水を撒いた。
百臘の方の魂を封じた鏡があることを知らなければ、とてもこうして次々と、務めを果たすことなど出来なかったことだろう。
龍の大姫に亡骸を渡すことだけでなく。喪の穢れをすっかり払うために、かの人のものをすっかり部屋から運び出し、室内を清めることも。いまだかすかに残る、濃ゆいお香の香りを、まるで害虫でも退治するように清香を焚いて、消し去ってしまうことも……
(分かっていてもつらい……百ろうさまの気配を、すっかりなくしてしまうなんて)
唇をきつくかんで、クナが中庭に面した廊下を清水で水拭きしていると。影の子がするると近づいてきた。
「あまいやつ。ほそながいやつといっしょに、にわをふゆのゆりのはなわでかざったぞ」
「ありがとう。お仕事がんばってるのね」
イチコはさっそく花屋の支店長として働きはじめている。クナたちの推薦で、帝都太陽神殿に雇われたのだ。花屋の社員である影の子は、イチコが手早くも神殿近くに借りた事務所に住まうべきなのだが……
「なあ、あまいやつ。かわらばんききたいか? それとも、ながいはなしがききたいか?」
彼はあいも変わらずクナにべったり離れず。当然のごとく太陽神殿に住み着くつもりでいるようだった。
(ほんとうにこの子は、黒髪さまじゃないの……?)
「はやくしごとをおわらせろ。おれがいっぱい、いろんなものをよんでやる」
「ごめんなさい、あたし休んでいるひまがないの。年末年始は忙しいのよ。それにしても……」
庭から漂ってくる花輪の香りの、なんとかぐわしいことか。
さりげなく百臘の方の、濃ゆいお香の香りに似ている気がする。クナは艶っぽくおとなびた香りを深く、胸に吸い込んだ。
「とてもいいにおいね」
「まじめでやさしいやつが、このはなにしましょうって、しんかんたちにいった」
「アカシさんが?」
喪の色は慌ただしく消され、屋内も庭園も、新年のための飾りや、新しく編まれた注連縄や榊が飾られている。花屋の花輪も、新年飾りとして注文されたものだ。
「そうか、あたしたちがひそかに、百ろうさまを偲べるようにしたのね。さすがだわ」
「はなは、しろくておいしそうだ」
「あ、食べちゃだめですよ?」
「うう、ほそながいやつにもいわれた。でもおいしそうだ。くいたい……」
花を食べたいなんて、そういえば黒髪さまは、そんなことは一度も仰らなかった。
やはり影の子は、黒獅子そのもの? 美声の人とはまったく違うのだろうか? 体に埋まっている橙煌石は、かの人を消化しきれずに、浮き出てきたのだろうか?
「からだにもいい」
クナの胸がじわりと痛んだそのとき。影の子が、ぽつりとつぶやいた。
「からだをあたためるくすりになる」
「あ……それは……! その知識は、どこでおぼえたの?」
とたんにクナは驚いて訊ねた。黒髪さまは薬師の技を会得している。もしかしたら……
「本で知ったの? でも医術の本はまだ、読んだことがないんじゃない?」
祈るような思いで聞けば。影の子はがしがしと、体のどこかをかきむしった。
「ほんからおぼえたんじゃない。とつぜん、あたまのなかでこえがする。わからないじをおしえてくれたり。へんなちしきをしゃべることが、ときどきある」
「声? それって……」
「とてもきれいなこえだ。まるいみずうみみたいに、すきとおっている。でも、だれなのかわからない。おまえはだれだときいたら、じぶんでもわからないといっていた」
美しい声。それはきっと……
「黒髪さまだわ……ああ、あなたのなかに、まだいるのね? 気配はまったくないけれど。魂が砕けて、記憶が消えてしまっているけれど。まだ完全に、消えてない……」
「な、なんだ? あまいやつ? どうした、いきなりちかづいて?」
「黒髪さ……いいえ、くろすけさん。どうかおねがい、吐き出して。あなたが食べたものを、吐き出して。黒髪さまを食べたあなたも、縮んでしまったし記憶を失ってしまった。食ったものも食われたものも、お互いおかしくなってしまったんだわ」
クナはぬるりとする影の子の腕をつかんで願った。しかし影の子はよくわからないとうめいて、するっと逃げた。待ってとあわてて追いかけると、影の子はするする廊下を駆け逃げて。つきあたりの巫女王の私室にすべりこんだ。そこにあった調度品はさきほどすべて、ばちばち嘆くアオビたちに運び出されてしまったのだが。
「うわ、かがみだ」
いまや部屋の奥には大鏡が一枚、錦が敷かれた台に鎮座ましましている。鏡はアカシに抱きしめられ、こっそり帝都太陽神殿に持ち込まれた。従巫女と影の子以外、そのことを知るものはまだいない。アオビはあれで結構口が軽いからと、鏡の中の人はまだご自身の正体を彼らに明かさないでいる。それで葬礼では、あのような騒ぎとなったのだった。
「くろすけさん待っ……う? 鏡姫さま?」
鏡の中の人は正体を隠さねばならない。ゆえにそう呼べと本人から言われたクナは、その呼び名を口にしながら眉をひそめた。鏡がざーざーひゅうひゅうちかちかと、なんとも不思議で大きな物音を出していたからだった。
「なんて音! だ、大丈夫ですか?!」
『ぐう……スミコか? まいったえ。今、すめらの軍部の伝信塔から、伝信を傍受してみたのじゃが』
一級以上、いわゆる霊鏡と呼ばれる鏡は、水晶玉と同じ機能を持っている。伝信の発信と受信ができるのだ。鏡の中の人はその機能を使ってみたらしい。
『伝信波がたくさんありすぎて、どれがどれやら。やっと大陸公報の回路を探し当てたが、ユーグ州はますます混迷を極めておるようじゃ』
「よ、よかった。あたしてっきり、お体を引き渡したことがやっぱりお辛くて、お嘆きになられたのかと」
『ほほほほ。スミコはほんに心配性じゃな。あれしきのこと、たいしたことはないと言うたであろ?』
「あたしは、たいしたことだとおもいます。あたしだったらとても……できません」
『そうかのう? そなたはこの手のことは、率先してやりそうじゃが』
ぴぴぴがーがーと不思議な音をかもしつつ。鏡の中の人はアオビに命じて、従巫女たちを呼び集めた。アカシとミン姫がくるまでに、クナはなんとか、影の子を部屋の外に押し出そうとしたけれど。影の子はいやだと拒否してだだをこね、ついには、あきれかえった鏡姫の許しを勝ち取った。
『もうよいわ。こうるさいから、同席を許すことにする。なれど静かにしているのじゃぞ。さて。公報の記事だけでなく幻像も、鏡で受信してみたのじゃが。これを見やれ』
鏡からひときわ大きく、ざざざと音が出た。ミン姫とアカシが息を呑む気配が聞こえる。これはいったい……と、ふたりがうろたえる様を聴いて、クナは鏡におそろしいものが映しだされたことを知った。
「なにやら、そびえ立っておりますね」
「城? いえ、塔でしょうか。まるで針山のような。てっぺんに光の渦が……」
『そなたらの報告では、九十九狐の腹の中にいるものが、あたりのものを喰らっていたそうじゃが。いまやそやつは、このようなものを創り出したようじゃ』
――「すげえ。ひかりのよろいだ!」
影の子が叫んだ。しーっという警告とともに、これのどこが鎧なのかと鏡が問うと。漆黒の神獣は、鎧以外の何ものでもないときっぱり答えた。
「こいつ、くらったものをはきだして、よろいをくみあげたんだ。てっぺんにいるおんなのはらから、おおきなうでがつきでてる。そいつをまもるためのよろいだ」
「う、腕だけ出ている?! 九十九さまから?!」
「これは、しんじゅうがよくつかうよろいだ。おれもなにかたべたら、すぐにだせる。いっとうかんたんなけっかいだよ」
「御子の体の一部が出てるなんて。九十九さまは、ご無事なの?!」
『頂にある、光の渦の中におるようじゃが……体にはまったく損傷がないようにみえるのう。腹からほとばしっておる光が、地に向かって細長い塔のごときものを作っておる。これが、神獣の腕とは……』
巨大な塔の大きさが片腕であるのなら。体がそっくり外に出たら、いったいどれだけの大きさになるのだろうか。腹から出されたもののせいで、九十九の方の体が割れてしまわないだろうか?
ひどく心配になったクナたちに、鏡はうめきながらさらに息を呑むようなことを伝えてきた。
『ぬう……たった今、霊光殿の大翁さまより伝信がきた。ひそかに送った救出隊が、ユーグ州に入ったそうじゃ。なれど容易に、この光の建造物に近づけないらしい』
伝信を読み取るべく、鏡はしばし沈黙して。それからため息まじりに囁いた。
『なんと、増殖したアオビたちが、この塔もどきが放つひかりをまといて、次々飛び立っているようじゃ。まるで天の御使いのごとくにな。そして……ユーグ州全土に次々降り立ちて、人々を襲っているらしい。救出隊も光の翼をもつ鬼火たちに襲われて、やむなく海上へ撤退したとのことじゃ』
「な……!?」
「アオビたちがそんな! なぜ?!」
「光の力を、持たされたということですか?!」
――「けんぞくにしたんだ」
うろたえるクナたちに、影の子が明確な答えを語った。
「しんじゅうのてあしたる、ちゅうじつなしもべたち。けんぞくは、いればいるほどいい」
きっとこれからもどんどん増える。地を覆いつくすほどに、青い鬼火があふれかえる。
鬼火たちは各地で生きとし生けるものを襲い、喰らうだろう。
その力は蜜を持ち帰るミツバチのように、「巣」に持ち帰られて。巨大な腕を出しているものに吸収されるのだ。
よって、ユーグ州はこのままだと……
青ざめるクナたちに、影の子はおそろしき予言を与えた。あたかも、未来を見通す導師のように。
「ゆーぐのくには、あとすうじつでほろぶだろう。もうだれにも、とめられない」