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13話 神の柱

 ごろごろころころ。

 いきなり目の前に雪だるまが転がってきたので、森をさまよう九十九(つくも)の方は、驚いて木陰に身を隠した。日が傾き、雪を被った木々の下はずいぶん暗くなっている。風も強くなってきて、あたりにはまた、雪がちらつき始めていた。

 転がってきたものはどすんと太い幹にぶつかり、雪を割り落とした。


「アオビ……か?」 


 アヤメが伝えてきた通り、鬼火は黒髪をおさげにした女の子と化していた。

 大きなリボンをおさげの房につけており、なんともかわいらしいことになっている。


「うちの水晶玉の波動を、たどってきましたんやな。うちのことはええと言うたのに」

「申し訳ありません。ですが、通玄先生が奥さまを守れと、伝信で強く仰いましたので。そしてワタクシも、そう望んだのです」


 近寄ってきた少女はふらつきながらひょろっと立ち上がり、いつものアオビの声で囁いてきた。

 人造の鬼火のくせに、アオビは実に人間くさい。ちゃんと感情(こころ)がある。

 幾度も分裂し、複製してきた鬼火の始祖は、もしかしたら、人の御霊をもとにして作られたのかもしれぬ。なれど……少女の体は、触れてみればいつもと変わらぬ、ほのかに熱い気体でしかなかった。


「森とは正反対の、湖に向かう街道の途中にて、形跡を見つけました。馬と軍靴の足跡がたくさん集まっているところに、ワタクシたちがアヤメさまに持たせた食糧が、籠ごと落ちていました。お酒と洋服は、持ち去られたようです」

「洋服?」

「先生が、奥さまを変装させるがよろしいと、食糧と一緒にアヤメさまに持たせたんです。それから……血痕が少し……」 


 あれは致死の量ではなかったと、おさげの少女は青ざめる主人に断じた。

 

「アオビ、うちはアヤメを、なんとか救いだしたい。あんさん、うちが思いきし神霊力で撃ち抜いたら、いっきに数を増やせるんやありまへんか?」

「おそれながら……それをやりますと、生成のために周囲の気体を相当量使用しますので、奥さまは窒息の危険に見舞われます。しかも、蒼いワタクシは防御防衛に特化しており、攻撃能力はほとんどございません。赤い鬼火ならば、それなりの軍団をお作りできたでしょうが……」

「そうか……あきまへんか……」


 九十九(つくも)の方はあきらめきれずに、その目をはるか、湖の方角へと向けた。少女が差し出す水晶玉から、茶の先生が伝信を送ってこなければ。そのまま、湖めざして駆け出していただろう。


――『姫さま。アヤメどのの献身を、無駄にしてはなりませぬ』


 衝動を止めた先生の声は、老いた人のものではなかった。つんとした女性の声で、水晶玉が映しだしたのは、なんと狐目の金髪婦人の姿。白い毛皮を羽織っているその姿は、仙術でまとった映し身に違いなかった。


「先生! まさか……!」

『小さな村に逃げ込んだ怪しい貴婦人(・・・・・・)は、これから南へ行くと村人たちに伝えて、逃亡を始めます。あなた様は西をめざして森を横断し、大きな街を目指してください』


 人の多いところに紛れなさいと、先生は伝えてきた。西にある街は州都並みに人口が多く、城壁がない。大海に面した港もある。観光客なり商人なりになりすまして街にひそみ、すめらの救援隊が海上を飛ぶ航路にてやって来るようにするのがよいというのだった。


『アヤメどのに、姫さまにそう申し上げるようお願いし、村で手に入れた婦人服を持たせましたが……このようなことになりましたゆえ、急いで今一度手に入れ、アオビに託しました。ご変装なさってどうか今すぐ、ご移動を始めてください』

「先生、あきまへん! 先生までもが、兵を引きつけるなんて!」

『心配無用。私は仙術をきわめております。いずれ街で、落ち合いましょう』


 おさげの少女は準備よく、必要なものを背負い袋に入れて持ってきていた。

 質素な毛織りのスカートや外套。大量のパンにチーズ。丈夫な水筒。そして、地図。

 街へは、ゆっくり歩いて数日で行き着けるという。

九十九(つくも)の方は、豪奢な白い毛皮の外套を脱ぎ、農婦の身なりに着替えたけれど。心は千々に乱れ、地図の西方に大きく記されている街の名を、目に入れることができなかった。


「みな……うちのために……!」


 涙を呑み、我が身を切る思いで、質素な身なりになった婦人はのろのろ花園の洞窟へ戻り、住処(すみか)とした跡を消した。火縄を消し、箱や桶を元の位置にもどし。しかしどうにも惹かれる花はあきらめきれず、数本摘み取って、おさげの少女の背負い袋に入れた。

 絹の寝着と毛皮は、降り積もった雪を深く掘って埋めた。

 空にはうっすら一番星。追われる婦人は少女とともに、街を目指して歩き始めた。

 しかし……

 

『おい魔女! どこだ! 聞こえるか?!』


 いくらも行かぬうち、突然、伝信の水晶玉からがさつな声音が響いてきた。

 

『南の街道で、おまえのニセモノを蹴散らしたぞ! 変幻自在の魔女が村から出て行ったと聞いて駆けつけ、串刺しにしてやった! どれだけ幻影を使おうが無駄だ! どこにいる! 返事しろ!』

「せ、先生が……!」

「奥さま、こらえてくださいっ」


 うろたえる主人を、おさげの少女が全力で止めた。サッと玉を奪い、即座に回線を切って抱きしめる。

 相手が幻影と判じたのなら、先生はきっと、雲隠れの技などを使って逃れたのだろう。

 九十九(つくも)の方はそう考え、なんとか心を落ち着かせようとした。

 だが……

 

「口惜しい……アヤメだけでなく、先生まで……」


 にじむ涙を抑えることはできず。


「うちが……うちが……身ごもらなければ……」


 ついに口走ってしまった、そのとき――

 

「…………っ…………!!」


 あろうことか激痛が、下腹を襲ってきた。

 鋭い刃物に刺されたような。いや、中から肉がえぐりだされるような、恐ろしい痛みが下半身を焼いてきた。まさかこれはとうろたえ、しゃがめば、もう立つことはできなかった。

 少女にすがろうと伸ばした手は萎え、雪の上に落ちた。


「奥様?!」

「あ、熱い……腹が……つ、突き出て……!」


 下腹を抱える母の頭の中に。はっきりと、声が響いた。


(かあさまが、のぞむなら) 

 

「ま、待ちや……! ち、ちがう、うちは、あんさんのことを否定したわけやなくて……あああっ……!」


 焼け溶けるような感覚が、下半身を包んできて。

 すさまじい光が、ドッと、九十九(つくも)の方の足の間からあふれ出た。それはあのときの――パーヴェル卿を溶かしたときと同じ。白熱した輝きの渦となりて、あたりに迸った。


(か あ さ ま が、 の ぞ む な ら――)





 白鷹の城から、いかほど飛んだだろうか。

 クナは円い湖をいくつも越えた。沈み行く天照らしさまに照らされる川も幾本か。お山の影も、谷の深淵も、一瞬で通り抜けた。

 円くまっしろに輝くかたまりが、クナを引きつけた。どことなくわびしい匂いをかもす九十九(つくも)の方の気配が、色濃く残っていたからだった。大きな建物らしいその中には大勢の兵士の影がいて、白鷹の州公閣下とおぼしき影が、彼らに檄を飛ばしていた。


『もと妃は、いまだこの祠の周辺にいるはずだ! 見つけたら決して近づかず、距離を取って包囲せよ! 韻律が使える者を総動員して、あれを閉じ込める結界を作るのだ』


 州公閣下はいらいら怒鳴っていた。トリオンはなにをしている、どうしてまだ戻ってこないのかと、右往左往。護符だけ送りつけられても心もとない。ぜひ陣頭に立って魔女を捕らえ、封じてほしいと願っていた。


(魔女だなんて……どうして?!)


 クナが城に居たときはとても穏やかで、新しい妃を大事に想ってくれそうだったのに。

 そんな優しい面影はもはや、かけらもなかった。

 

『行け、つわものたちよ! 白鷹の家を害した魔女を、許してはならぬ!』

 

 賢い九十九(つくも)の方が、婚家に不利益を与える愚行を犯すはずがない。

 これはきっと何かの間違いだ……。

 州公の勘気にびくびくしながら、クナは真っ白な祠を見渡した。

 そこはきらきら煌めいていたけれど、なぜか中心に大きな穴があいていた。まるで大事な一部分が抜け落ちてしまったように、まんなかだけすっぽりと。

 州公は幾度もその穴を、哀しげにのぞきこんでいた。

 しかし穴は虚無。なにも聞こえず、なにも見えぬ……

 耳を澄ましたクナは、州公が穴に向かって恨めしげに囁くのを聞いた。


『白鷹さま、必ずやあなたの仇を……!』

(仇?!)


 クナが驚いた、その瞬間。

 日がほぼ沈んだ方角から、空を砕くようなすさまじい音がどどうと轟いた。

 何ごとかと外へ出て、空へ舞い上がったクナは――


(きゃあああっ?!)


 いきなり襲い来た光に吹き飛ばされた。

 荒ぶる波動は、クナの御霊を裂かんばかりに強かった。

 全身を打たれた衝撃で、クナはしばらく何もみえなくなった。ひりひりする波動が周囲に広がり、拡散して薄まっていく。それでようやく回復した「視界」に浮かび上がったのは――

 すさまじい輝きを放ちながら、立ち昇るものだった。

 

(すごい! ぐるぐるうねって、天にむかって。あれは柱? なんて大きいの?!)


 クナの御霊を焼いたのは、突如うねり立った、巨大な光の柱だった。

 ふもとにあるしげみのような影は、木々が集まっているものか。輝く柱におののき、ざわざわ身を寄せている。

 まぶしい。まぶしい。焼かれてしまう――

 

(柱のなかに、なにかいる! 影が……人の影が。あれは……!)


 柱の中に浮かぶ影は、天照(あめて)らし様がお隠れになる時のような、渋い光を放っていた。

 下から突き上げられているかのように、背が弓なりになっている。両手はだらりとおろされ、乱れた髪の毛は、はらはらなびいていて。なんと空に向かってゆっくり、昇っていた。


(つ……九十九さま!!)


 間違いなくそれは、クナが探していた人だった。

 よくよく視れば、胴体の部分が輝き、異様に盛り上がっている。その突き出た腹からほとばしる光こそが、光の柱を成していて、天地を貫いているのだった。

 おそろしい光景にひるみながらも、クナは光放つ人に近づこうとした。

 しかしまばゆい光はまた四方に波動を放ち、クナの御霊をはじき飛ばした。


(九十九さま! いったいどういうことに?! 聞こえますか?! あたしです! スミコです!)


 ざわざわ縮こまる森に、何かが集まりかけている。たくさんうごめくそれは、飛ばされたクナが近づくとくっきり、がしゃがしゃ鎧の音をたてるつわものの影となった。

 白鷹の兵士たちが一斉に、柱に気づいて接近しているのだった。

 集まりゆく兵たちはみるみる、柱が輝きたつ森をぐるりと取り巻いていった。

 柱はばちばちごうごう燃え上がり、圧倒的な熱を放ちはじめた。木々がその炎熱に焼かれ、ちりぢりに焦げて散り始めるなか。柱のごく近くで、涼やかそうなちいさな炎のゆらめきがいくつも上がり、爆発的に増殖していくのがみえた。


(あれは、アオビさん?! いったいどれだけ、増えてるの?!)


 森に、鬼火があふれゆく。燃える森を埋めていく……

 おそろしいものを取り囲む軍団のあちこちから、おどろおどろしい呪言のようなものが聞こえてきた。韻律を使う術師たちが、燃える森を閉じ始めたらしい。

 結界はみるみる、いと高き壁となりてそびえ立ち、鬼火だらけの森を包んでいった。

 しかし――


(ああ、だめだわ……!)


 柱の包囲をせばめようとする軍勢から、おそろしい悲鳴と怒号があがった。

 ばりばり空裂く雷のような音をたて、術師たちの結界が砕けたのだ。

 あふれくる鬼火は大海の波のごとし。圧倒的な質量で、力の壁を押し潰したのだった。

 再度九十九(つくも)の方に近づこうとしたクナは、なんとか鬼火たちの波をくぐりぬけたが、光の波動にはじかれた。

 あまりの衝撃に、腰に巻いた糸がぷつり――あえなく切れてしまい、いきおいよく飛ばされたクナの御霊は、円い湖に落ちた。

 慌てて水からあがるも、クナはどちらが天地か迷ってしまった。夜を迎えたはずの地は柱の輝きのせいで、まばゆいどころか。いまやあらゆるものが、ましろの光に塗りつぶされていた。

 

九十九(つkも)さまの体は、なぜあんなに光っているの?! もりあがっているあそこに……お腹の中に、なにがいるの?!)


 白鷹の軍団はあきらめなかった。軍勢から柱に向けて、何かが飛んでいく。

 どどん、というその音と影からして、大砲が放たれたらしい。そこかしこからどうんどうん、空割る音が響き始めた。森からあふれくる鬼火たちが、みるみるこまかな塵となって飛散していく――

 

(だめ! やめて! おねがいやめて! ああ、アオビさんたちが……!)


 容赦なく、柱の中にいる婦人に狙いをつけた砲弾を、クナは食い止めようとした。黒い弾の影に体当たりするも、弾は御霊をするりとすりぬけていく。柱の光を浴びると弾はたちまち焼け溶けたが、広範囲に破裂した。

 いまのものは高度が足りず、ずいぶん下の方で砕けた。なれど、あれが九十九(つくも)の方の体の近くで飛散したら……


(ぜったい無事ではすまないわ……! 九十九さま! 意識がないの?! 九十九さま!!)


 声は届かぬ。助けることも、できぬのか。

 ああ、大砲の影が照準を定めようと、さらに首を上げている――

 

(やめてえっ……!!!)


 叫んだクナは、がくりと腰を引っ張られた。切れたはずの糸が再び、我が身に巻きついている。

 糸の先に心のまなこを向けてみれば。まっくろい少年の影が、びゅんとそばに近づいてきた。


『あまいやつ!』

(黒髪さま!?)

『だいじょうぶか、あまいやつ! みんな、いとがきれたとさわいだから、おれはおきた。おまえがふねからでていったのをしって、おいかけたんだ』

(あたしは大丈夫です! でも九十九(つくも)さまが!)  

『ふしぎなひかりだ。とてもふしぎなひかり……なんだか、みたことある……』


 真っ黒な少年はいぶかしんだが。なんといきなり、クナの脇をすりぬけた砲弾の影を、ばしりとはたき落とした。 


(……! あたしとおなじ、御霊のはずなのに。干渉できるんですか?)

『かんしょう? たしかに、おれはたましいだけでやってきた。でもぜんぜん、いつもとかわらない』


 ばしり。影の子はまた、クナが止めようとした砲弾をたたき落とした。

 はるか向こうからあがったものも。足もとから上がったものも。クナが来ないでと願ったもの、すべてをことごとく。ばんばん、落としていってくれた。

 すごい、なんてすばやいとクナは息を呑んだ。

 これでなんとか、光放つ婦人を守り切れるのでは。そう祈れども、九十九(つくも)の方の腹からほとばしる光は、ますます輝きを増してきた。


(ああだめ……熱い……そばに、近づけない……!)


 あまりのまぶしさに、クナはそばにいる影の子さえ視えなくなった。

 そうして、光が黒い影をすっかりのんだとき。

   


(うるさい。うるさい。う る さ い。ぼくのせいちょうを、じゃまするな)



 「だれか」が、九十九(つくも)の方の中から叫ぶのが聞こえた。

 

(きえろ。 ぼくはいそいで、かあさまからでないと、いけないんだ。き え ろ!!)

 

 刹那。炎熱が襲い来た。


『まずい。あまいやつ、にげろ!』


 クナの視界を、影の子のまっくろな御霊がぐるりと覆った。

 ましろの視界は瞬時に、闇色に転じた。こおこおどうどう、光が荒れ狂う音が聞こえてくる――

 

(どうなったの?!)

『やかれた。みんなやかれて。とかされて。こなごなに』 

 

 クナをすっぽり闇色の腕でつつんだ影の子は、淡々と言葉を落とした。

 

『よろいをきたやつが、みんなすっとんだ。けっかいをはろうとしたやつも。たいほうをうってたやつも。おんなをとらえて、なぐってたやつも。みんなふっとんだ』

(女の人を? なにもみえないわ……!)

『みなくていい。あまいやつは、みなくていい。こわくて、かなしいがいっぱいだから。あいつ、くってるぞ。こなごなにしたやつらのたましいを、すいこんでる。ぜんぶ。ぜんぶ……ああ、くだけなかったおんなが、なにかさけんでる。おく……さま……?』

 

 クナはとっさに、その人を助けてくれと願った。影の子は重いだのめんどくさいだの、ブツブツ言いながらも腕を伸ばして、空に飛ばされたその女性を掴みあげた。

 なんとその女性はアヤメで、怪我をしているのかぐったりしつつも、祈るように叫び続けていた。


『だれか助けて……! 奥さまを助けて……!』


 クナの願いもまさしく同じだったけれど。影の子は無理だと囁いた。


『あいつ、べらぼうにつよい。ちかづいたら、くわれてしまう。いまちかづいたら、だめだ。ほかのやつらみたいに、すいこまれる。あいつ、おこってないている。だれもちかづけない』 


 あいつとは……九十九(つくも)の方の、体内にいたもののことだろうか? 


(かあさま。たしかそう言ってたわ。かあさまって。じゃあ、九十九さまの中にいるのは……)

『なぜ……なぜ御子さまが、あんな光を?!』


 アヤメの嘆きでクナは知った。九十九(つくも)の方の中に、何が居るのかを。

 影の子は重いとぼやいて、アヤメを掴む手を離した。クナはぎょっとしたが、彼は泣きじゃくる侍女を投げたわけではなかった。あらゆるものを食らおうとする光から逃げながら、とある街にそびえる塔のてっぺんに、そっと降ろしたのだった。


(アヤメさん……!)

『ああ……なんて光……でもなにかが私をつかんだわ……なにかが、私を運んだ……』

(アヤメさん、きこえますか?! あたしです、スミコです!)

『ありがとう、やさしくて黒い風……』

  

 クナの声は通じなかったが、アヤメは影の子の力を感じ取れたらしい。手足を何か所か切られているし、顔は腫れていると、影の子が教えてくれた。だが命に別状はないようで、クナは安堵した。

 まっくろな少年はただただ、光の柱の力に驚いていた。


『あいつのひかり、どこまでおってくるんだ? みずうみよっつ、とびこえたのに。あいつ、つよすぎる。いったい、なにをくったんだ?』

(食べ……た?)

『あいつ、きっとまえにも、なにかたべてる。しんじゅうか、あくまか、かみさまか。ぜったいなにかたべてた。ちからのようそが、ひとつじゃない』

(なぜ……九十九(つくも)さまの御子が、こんなおそろしい力を……?)


 うろたえるクナに、影の子はぼつりと言った。確信をこめ、力強く。

  

『あいつ、しんじゅうだ。おれとおなじ、においがした。おいしいはなのにおい』

(な……神獣?!)

『おんなのはらからでるために、いそいでせいちょうしている。だからひたすら、くっている』

(止められないの?!)

『いまはちかづけない。くわれてしまう。せいちょうしきったら、あいつはおんなからはなれる。はなれたら、おんなはたすけられるとおもう。だが、あいつはだれにも……』

 

 影の子の声はその体と同じく、とても暗かった。


『だれにも、とめられない』

 

 糸が焼け落ちそうだと、影の子が告げてきた。糸が切れたら厄介この上ない。それにいったん船に戻って、イチコを通して花売りに伝えれば、アヤメを救援してくれるかもしれぬ。

 クナはこみあげる想いを呑んで、影の子にしがみついた。

 

九十九(つくも)さま……必ず、お救いします。またぜったい、おそばに行きます。どうかそれまで……ご無事でいてください……どうか……!)


 クナの叫びは長く長く、ほうき星のように尾を引いた。

 影の子が、切れそうな糸をたどって、ぎゅんと空を駆け抜け始めたからだった。

 背中がいたい、光に焼かれたと、ブツブツぼやきながら。

 真っ黒な影はあっという間に、千里の空を天翔けた。

 まるで、流れる星のように。 




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