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19話 姉妹

「あ、あの」

「は、はい」

「太陽が、きれいですね?」

「はい?!」

「あ、いえあの! 変なこと言ってすみません! あの、きのうの波は、とてもき、綺麗、で」

「まあ、ありがとうございます」

「ゆらゆらが、すばらしくて。ゆらゆらが。こう、手の、こういうあれが」


 びゅおうと寒風が吹きすさぶ。湧き上がるは飛空船の機関音。


「さざ波の型ですね。あの、その巨大な花束は……」

「あ、ど、どうぞ」

「なんて美しい薔薇……ありがとうございます。毎晩お花をくださいましたのに、ここでもいただけるなんて」

「いえ。飛行場に見送りに来るなど、ふぁ、ファンとして当然のことです。今度こそあなたに手紙を書き……い、いえ! 手紙ではなくてですね、もっと、別の――」

「はい?」


 船の腹から勢いよく蒸気が出てきた。タラップに佇む若い男女の会話が、惜しくもかき消される。

 

「ああもう。よく聞こえませんわっ」


 乗り込んだ船の入り口から様子をうかがうリアン姫が、地団駄を踏む。耳を澄ましたクナは、タラップにいる若き大使の言葉を拾った。


「グリゴーリ卿は、今度は別のものを送りたいっておっしゃってます」

「あらスミコありがと。別のもの? それってなんですの?」

「なんだか、なかなかお口にできないみたいで、ゆび……ゆび…って何度もしどろもどろに……」

「まあ、それって指輪のことかしら?!」


 十一の月の末日、セーヴル州での公演を終えた帝国舞踊団は、月が変わった本日、センタ州へ向かう飛空船に乗り込んだ。飛行場には舞踊団を追いかける報道陣やファンが相当数詰めかけたが、その中にユーグ州の若き大使が、こそりとまぎれていた。


『あ、グリゴーリ卿! うちの薔薇をたくさんお買い上げくださいまして、どうもありがとうございました!』


 遠慮しすぎる若者は、めざとく彼を発見した花売りに引っ張り出され、アカシの前に突き出された。かくして今、幻像劇のような光景がタラップで繰り広げられているのである。


「あ、あの。つまり別のもの、というのはですね……あー……」 

「グリゴーリ卿、求婚の指輪を贈る際は、どうぞうちの花と一緒に!」

 

 クナの背後に控える花売りが、言葉に詰まる若き大使に助け舟を出す。あたりの空気がぶんぶん斬られている……ということは、花売りは思いっきり手を振っているのだろう。


「結婚式の会場の飾り付けも、ぜひぜひお任せください! サンテクフィオン商会を、これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」 

「け、結婚……」


 アカシが息を呑む気配が、クナの耳をくすぐった。

 一の従巫女アカシにとって、セーヴル州での公演はまさしく、薔薇色の輝きを放つものとなった。

 グリゴーリ・ポポフキン大使は公演の最終日まで欠かさず日参し、毎晩楽屋にアカシ宛ての薔薇の花束を贈ってくれたのだ。この何百何千という本数に及ぶ薔薇を調達していたのは他でもない、花売りの店、サンテクフィオン商会である。


「今度の花束は一体何百本あるのかしら。はあ、ミン様。あたくしたちもああいうものが欲しいですわね」

「あなたさまと一緒になさらないでください、リアン様。私は別に。しかしアカシさまは今夜も一所懸命、薔薇を保存液につけこむのでしょうね。そして私たちはまた、花売り氏のほくほく顔を見ることになります」


 舞踊団のおかげで花売りの商売はだいぶ繁盛しているらしい。花だけではなく、いただいた花を色あせないように保存する溶液なども、花売りはちゃっかり販売しているのだ。

 クナも観客からいただいた花束をただ枯らしてしまうのがしのびなくて、復帰してからはあらかたのものを溶液にひたして保存した。香水をかけると良い芳香剤になるので、巫女たちに配ったり、劇場や大使館に寄贈したりしている。

 いただいた花束のほとんどは薔薇だったけれど、最終日には、異国情緒あふれる香りを放つ茉莉花の花束が在った。

 その香りが鼻に入るや、クナはレンディールの噴水の広場で同じ匂いを感じたことを思いだし、花束の差出人がだれなのかをたちまち察した。


(くれないの髪燃ゆる君? 劇場にいらしてたの?)

 

 クナは茉莉花を保存液に漬け、長持ちの中に入れた。匂い袋の代わりになると思ったからだ。

 大使館に出向したアカシによると、赤毛の商人テシュ・ブランは、もてなしを受けた翌日、大変満足してすめらの大使館から出て行ったという。上等の葡萄酒をぜひすめらに販売したいと申し出て快諾されると、さっそく輸出の手続きをするべく、本店のあるトバテへ帰ったそうだ。しかし公演最終日にあの花束がきたということは、即日、州を出たのではないのだろう。

 実のところクナはもうひとり、神帝と同じ香りを醸す人を思い出したのだが。その人が花束を贈ってくる可能性はなかろうと、思い出したそばから慌てて頭の中で否定したのだった。


(護国卿……あのこわい人……いいえありえないわ。殺そうとした相手に花を贈るなんてこと、あるはずないわ) 

 

『花なんて、かさばるばかりだ』

 

 そう馬鹿にするように言ったのはキラキラのトリオンだ。後見人もポポフキン大使と共に最終日まで劇場に日参してくれたが、クナにはついぞ、花束を贈ってこなかった。

 

『こちらの方が嬉しいだろうと思って』

『あ、りんごの匂い……!』


 トリオンは楽屋を埋めそうな大量の花束に苦笑し、まったく気をむけなかった。だから茉莉花の送り主のことは、彼にはばれていない。連日持ってくる甘酸っぱいりんごの焼き菓子はとても美味。クナのお腹はちょっと節操なく喜んだものの、焦る心はもやもやそわそわ。集中して舞っている時以外は、どうにも晴れなかった。 


「私も指輪を贈るべきかな。大使がそう考えているように」


 澄んだ声が花売りの隣から聞こえる。勝利を確信し、もうそれが当然であると断じるような、尊大な色合いのこもった声が。

 

「いえ、指輪はいりません」


 甘い雰囲気のタラップに背をむけて、クナはきっぱり返した。

 一緒に船に乗り込んだ、白鷹の後見人に向かって。


「お忘れからもしれませんが、あたしはもう、結婚していますから」

「でもその証になるようなものは何も……」

「持ってます。糸巻きを……」


 最終日までにクナは数回、ユーグ州の大使館で舞踏会の夜を過ごした。そしてそこでトリオンがクナと一緒に同じところへ向かうことを聞かされた。

 舞姫がまたもや襲撃されたことを受け、事態の深刻さを鑑みたすめらの大使館は、白鷹家の者たちが引き続きクナに帯同することをすんなり許したのである。

 ここはひとつ、大国の頑固さを見せてくれればよかったのに。すめらの星は自国だけで護ると返答して、断ってくれればよかったのに。

 クナは糸巻きを入れている懐をぎゅっと抱きながら、融通の利かない母国のことをひどくもどかしく思った。

 

「糸巻きか……あの赤い糸の。でもそれは、私が父から分かれる前にすでに在った。だから――」

「あ、新しい声を入れました。あなたが知らない言葉を。だからこの証はもう、あなたには適用されません。名前だって、じきに思い出しますっ」


 苛立ちの息が相手から漏れた。しゃらと黒き衣が鳴って、クナの鼻先に突き出された手の気配が現われた。


「どんな言葉を入れたんだ? その糸巻きを見せ――」

「ませんっ。だめです」

「スミコ、船室に行きましょう? あたくしたち太陽の巫女四人は、二等船室のどこか一室を使いなさいって、メノウさまにいわれましたでしょ。船員さんに案内してもらいましょうよ」


 会話の途中で、クナはぐいとリアン姫に腕を引っ張られた。

 船の廊下をずんずん行く(シャン)の姫の勢いは、物を蹴散らす突風のよう。船室に入るなり、クナはそれで? とこわい口調で詰め寄られた。


「いつから、後見人様に言い寄られてるんですの? 白鷹の城に保護されたときから? 名前ってなんですの?」

「り、リアンさま……」

 

「なんだかそわそわおろおろ。最近つとに様子がおかしいのは、襲われたせいじゃないかと心配してましたのよ。でも舞はしっかりしてるから、気のせいかとも思っていたんですの。でも、さっきの話はなに?」

「あの、あれは……」


 クナは喉を詰まらせ、ぎゅっとリアン姫の袖を握り返した。


「つまりその、先日百(ろう)さまへのお薬をいただいたのは、無償でいただいたというわけではなくて……」

「はあ?!」

「すみません……! お薬を飲んだ百臘さまから、ご容態についてのお返事がきたら……みんなに話そうと思ってました」

 

 白鷹の後見人は本当に薬を作ってくれた。その薬で百臘の方がよくなるならば。願いが叶えられたのならば……クナは約束通りすめらを捨て、白鷹の城に住まわなければならない。

 でも、結婚はできない。それだけは絶対できない……


「話すって何を? どういうことですのスミコ?!」


 じわじわまぶたを濡らすクナの肩を、リアン姫はがしりと掴んで揺さぶった。何か言ったら即、頬や尻をひっぱたきそうな勢いで。


「待ってられませんわ! あたくしたちに、今すぐわけを教えなさいっ!!」


 



 船がセンタ州へ向かう間、クナはぽつぽつ、白鷹の後見人のことを太陽の巫女たちに打ち明けた。

 トリオンは黒髪さまから分かれた人。それゆえクナを妻にしたがっているということを。

 すめらからは出られるが、妻になるのは無理だ――そう答えたクナの想いを、相手が否定してきたことも。


「名前すら思い出せないんだから、ほんとは嫌いなはず?! なんですのその屁理屈は。それで名前を思い出して、黒髪様への愛を証明しろと? できなければ求婚はあきらめないと?」

「は、はい……」

「ああもう! とっとと思い出しなさい!」

「むむ、無理です。妨害の結界がすごくて……」


 クナの打ち明け話を聞いて、リアン姫は鼻息を荒くした。

 アカシはなんてことと言葉を失い、ミン姫は怒りをこらえるような嘆息を吐き出す。

 聞けばみな、クナの周りにまとわりつく妨害電波に気づいていたという。しかしそれはすめらの星を護るためのもの。まさか護衛以外の目的にも使われていたとは夢にも思わなかったと、みな口々に驚きを口にした。

 

「トリオンさまは百臘さまのお薬を作るだけでなく、黒髪様も救ってくださると、約束してくださいました。でもそれは、トリオン様のご都合を考えると、実現されないかも……」

「かもじゃありませんわよ、スミコ。それはほぼ確定ではなくて? 状況を鑑みるに、あの方は黒髪様のことを、うやむやにするつもりじゃなくて? あたくしなら絶対ごまかしますわよ?」

「分かりません……でもお薬は作っていただけましたから、すめらを出ることはもう覆せません」

「トリオン様は黒髪様と同じ龍蝶の魔人。それがまことなら、スミコさまにとっては、これ以上の庇護者はたしかにいませんね」

「ミン様?」

「大姫さまの次の巫女王が私であれば、この寿命がつきるまでスミコさまを庇護することができますが、その先の保証はできません。すめらでは、龍蝶が永い寿命を全うすることは難しい。糸を取られずに済んでも、甘露は不死の霊薬になりますから……。すめらを出ることは、スミコさまにとっては良策に思えます」

「う……でもミン様」


 リアン姫が喉を詰まらせ、反論したいのをこらえる。ミン姫がたたみかけるように言葉を連ねてきたからだった。


「幸い白鷹の宮廷には九十九さまやアヤメさまがいらっしゃいますから、スミコさまが孤独を感じることはないかと。問題は黒髪様ですが、これはお約束通り、トリオン様にきっちり救っていただくのがよろしいかと存じます」

 

 少し早口で紡がれしその言葉は、氷の刃のよう。後見人への憤りが声に鋭さを与えていた。

 

「とにかく早急に、黒髪様の名前を探しだしましょう。まずは危機を回避して、トリオン様と同じ土俵に上がらなくては。花売り氏が言っていたエルジへなんとしても行くのです」


 ミン姫の雰囲気は、あたかも九十九の方が乗り移ったかのよう。太陽の巫女たちはクナの手をとり、ぎゅっと握ってきた。エルジ行きを実現するべく力を合わせようという、ありがたい言葉と共に。

 クナは湿るまぶたを拭い、感謝の意をこめてみなに頭を下げた。   


「ありがとうございます……!」

「ああもう、なんて水くさいことを。スミコ、あたくしたちは家族じゃなくて? 巫女にとって巫女王(ふのひめみこ)さまは我らが母。巫女は我らが姉妹。家族を救うために力を尽くすのは、当然のことですわ」

「そうですよ。ひとりで抱えるなど、どんなに苦しいことか。そんな状態でもあのようなすばらしい舞を舞っていたなんて。浮かれていたわたくしの前で……」

「アカシさま、それは――」

「スミコさまが幸せにならねば、わたくしも安心してお嫁に行けません。急いでお名前を探しましょう……!」

 

 かくて太陽の巫女たちは半日に及んだ航行中、自分たちの船室から一歩も出ずに籠もっていた。

 扉に盗聴防止の結界を張りつけ、廊下に居る護衛騎士にも、社交的に振る舞う白鷹の後見人にも姿を見せず、ただ唯一、花売りひとりだけを部屋に呼んだ。

 センタ州の飛行場におりた船から下船したとき、太陽の巫女たちはきっちり二列に固まり、固く手を握り合っていた。アカシはミン姫と。クナはリアン姫と。

 白鷹の後見人が近づくと、アカシとミン姫はそろろとさりげなく、クナと彼の間に割って入った。


「後見人さま、わたくしたちもすめらの星を護ります。騎士さまばかりに任せてはいられません」

「アカシどの、お気持ち嬉しく思う」

「ご公務、お疲れ様でございます。お気をつけて、州公さまの城へいってらっしゃいませ」

「ありがとう、ミンどの。あの――」


 さわさわ、導師の黒き衣が音をたてる。「防壁」の後ろにいるクナを伺っているのだろう。

 しかし壁は崩れず、後見人はクナの真ん前に立つことができなかった。


「トリオン様、このようにぴたりと帯同いたしますので、ご安心ください。むろん結界も、何重とかけまくりますので」

「そ、そうか。ありがとうリアンどの。では私はまたしばらく、州公閣下の城へ身を寄せる。公務が終わり次第ユーグ州の大使館に入り、劇場へ寄らせてもらうよ」

「はい。いってらっしゃいませ!」 

 

 リアン姫の手を強く握り返して、クナは迎えの馬車に乗り込む後見人を送った。

 帝国舞踊団はこうして、センタ州の州都エリダラーダ――黄金郷という意味をもつ都に入った。

 舞い手たちは大劇場のごく近くにあるホテルを宿舎として利用するよう手配され、セーヴル州のときとほぼ同じ顔ぶれで部屋割りされた。むろん太陽の巫女たちは四人一緒の部屋である。

 ふかふかの寝台に腰をおろすなり、太陽の巫女たちはわっと明るい笑い声をあげた。

 

「トリオン様のあのお顔、スミコにも見せたかったですわ!」

「あきらかにおろおろしてましたね」

「はあ……でもほんとに北五州って、湖ばかりですのね。湖をはさんで夜景が見えるのはとてもきれいですけど、セーヴル州とあんまり、景色が変わりませんわ」


 リアン姫がけだるげに嘆息する。窓から吹き込んでくる寒風は湿々として重い。ミン姫がつんとした口調で窓を閉めるよう求めた。


「風邪など引いては大変ですので。私たち、しっかり体調管理をしなくては」

「はいはい、分かりましてよ。ちょっと景色を確認しただけですの。ええと、ユーグ州での公演期間は二十日間ありましたのね。セーブル州では十五日間。あと三州の日程はもっと短くて……センタ州は移動日含めて十三日。ザパド州は十二日。最後のヴォストーク州は九日だけ、でしたっけ? これって、如実にすめらとの関係が反映されてますわよね、ミン様?」

「その通りです。すめらとの友好度と公演日数はほぼ比例しています。ユーグ州は州公妃にすめらの巫女を迎え、すめらと強固な軍事同盟を結んでいる。それゆえ一番始めの公演地となり、滞在も長かったのです」


 最後の公演地、ヴォストーク州の日程がとくに短いのは、この州の廷臣団の多くが魔道帝国を支持しているからだ。反すめらを謳う貴族たちの力は強く、数年前、州公の第三妃を魔道帝国から娶らせたほどだという。

 ミン姫は寝台でくつろぐ太陽の巫女たちに蕩々と、そんなうんちくを垂れた。


「北五州の州公の第一妃は五つの州公家より、第二妃はその州の大貴族より、そして第三妃はすめらの神官族より娶る……というのが、古来より続いてきた州公家のしきたりですが。ヴォストークの魔道帝国派たちは、その慣習を覆したのです。青鹿の州公閣下は彼らの要求にすんなり応えました。なぜなら現在の青鹿州公家は、魔道帝国の後援で復興したものだからです。残念なことに、すめらの女の血は一滴も入っておりません」

「ふっこう……ということは、青鹿家は、かつて無くなってしまったことがあるんですか?」

「そうですスミコさま。由緒正しき青鹿(アリンシーニン)家は、一世紀ほど前、センタ州を統べる金獅子州公家に滅ぼされました。そのためヴォストーク州は一時期、センタ州の属州となっていたのです。ですが半世紀前に起きた災厄のすぐあと、くれないの髪燃ゆるレヴテルニ帝が、青鹿家の直径子孫を見いだしてその後見人になったと、大陸同盟に発表しました。神帝の庇護のもと、青鹿家の子孫なる少年メルサリスは金獅子州公家と交渉し、無血で復興を成し遂げたのだそうです。たしか、大陸同盟公式の大陸歴書にはそう記されていたかと」


 ミン姫曰く、この青鹿州公家復興は「鹿(アリン)の再生」と呼ばれており、西方諸国においては、実に歴史的な大事件として知られているという。一切戦を起こすことなく青鹿家の州公位と領地を回復させたレヴテル二帝は、平和を愛する神帝として不動の名声を得たそうだ。

 青鹿家がくれないの神燃ゆる君の後見を受けているとなれば、ヴォストーク州はまったくもって、魔道帝国の子飼いのようなもの。州公が神帝を支持する貴族たちの意向を汲むのは、至極当然のことだろう。


「このセンタ州も、魔道帝国派の貴族が多いと言われておりますが……三番目の公演順となったのは、すめら支持派の貴族を援護するためと思われます。センタの州公閣下は現在、十四歳になられるお世継ぎの三番目(・・・)の婚約者を探しているそうです」

 

 実父である太陽の大神官からミン姫のもとに送られる差し入れものには、必ず手紙が隠されている。

 親心をあらわす衣や茶袋といった品々の中に、野心あふれる(ヤン)の家の素顔が埋もれているのだ。今回の情報は茶壺のふたの裏に貼り付けてあったと、ミン姫は声をひそめて報告した。


「将来正妃や第二妃になる方は、お世継ぎがまだ母君のお腹の中に居た頃から決められていたそうですが、三番目の婚約者だけはまだ選定中だそうです。しきたり通りにすめらの巫女が選ばれればよいですが、ヴォストーク州の例がありますので……」

「なるほどねえ。魔道帝国派の貴族たちが、かの帝国出身の姫をねじこんでくる可能性が高い、というわけですのね」

「はい。ですから到着早々私たちは、センタ州に駐在なさっているすめらの大使から、訓示を受けることでしょう。私たちの舞が、すめらの行く末を決めると」

「え? まさかそれって……舞踊団の巫女たちの誰かが、第三妃候補に推されるかもしれないってこと?! それじゃあたくしにも、アカシ様のような幸運が転がり込んでくるかもしれませんわね!」

「ああ、リアン様は結婚はあきらめて、修行に専念なさった方がよろしいかと」

「はあ?!」

巫女王(ふのひめみこ)には、有能な片腕が要りますので」


 ちょっとそれはどういう意味ですのと、リアン姫が野心を隠さぬ(ヤン)の姫に問うたとき。

 ここんと扉がノックされ、花売りが中に入ってきた。

 

「巫女様方。ホテルの屋上にて、儀式の準備ができました。祭壇に香りかもす灯り玉や、霊気を高める花などを配置しております。どうか、すめらの星を護る結界が強められますように」


 それは「出発」の合図だった。


「ふふ、準備できたそうですわよ」

「さっきお伺いをたてたとき、メノウ様がまあよろしいでしょうと言ってくださいましたから。堂々とできます」

「ありがたいことです」


 太陽の巫女たちは寝台から身を離し、船から降りた時のようにぴちりと二列になって屋上へ登った。

 結界が乱れるからと、花売りが屋上に出ようとする騎士たちを止めてくれた。

 その隙にクナたちは、屋上の端に急いだ。

 たしかにそこには、薔薇の香り漂うかすかな熱気が漂っていた。灯り玉の熱が、玉の中にくべられた花香を溶かしているらしい。

 

「騎士様たちを階段の踊り場に待機させました。鍵穴を塞ぎましたので、ここが覗かれる心配はありません」


 言いながら、花売りが駆けてくる。

 

「さあ、儀式をお始め(・・・)ください!」


 「乗り込め」という合図とともに、巫女たちは屋上の端からふわふわ浮かぶものに移った。

  一人乗るたび、それはわずかに沈み、また浮かんでくる。


「大丈夫ですわ、スミコ。とてもきれいな鳥ですわよ」


 乗った瞬間びくりとしたクナを、リアン姫がしっかと支えた。


「ハヤブサですので、ペリカンよりもおそろしく速いです。それに大人数でも楽々です! あ、風よけありますけど寒いので、毛布をひっかぶっててくださいね!」


 最後に乗り込んできた花売りが、誇らしげに囁いた。


「これならたった数刻でエルジへ行けます。朝までに帰れば問題なし! お任せください……!」


 ひゅひゅんと、羽がせわしく音を立て始めた。踊っているような軽やかな音だ。

 

「幸運を」「ええ、幸運を」「上がった……速いです!」「まあ本当に!」

 

 巫女たちはやわらかな席に並んで座り、毛布でくるんだ身を寄せ合った。

 動き出した鳥船の羽音は、次第にどんどん大きくなっていった。

 めくるめく舞う、羽虫の大群のように。 

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