12話 呼び声
白雲が飛ぶように過ぎていく。
鎧姿たくましき九十九の方は、ギヤマンの船窓近くに佇み、流れゆく雲間を睨んだ。
損失は、甚大というほどではない。すめらの軍とユーグ州軍合わせて十一万のうち、生き残ったのは 八万強。
さきほどそんな報告が、撤退する軍を空から俯瞰する副艦から上がってきた。視認での計算ゆえ、正確な数字は陣に落ち着くまで分からない。もとより、裏切り者のキールスールの軍は、勘定には入っていない。
すめらの軍は逃げている。空を裂いたまばゆい光線に度肝を抜かれ、味方であったはずの兵に襲われ、踏んだり蹴ったり。いまや必死に、逃げている。
「しつこい蠅やわ。とにかく一旦、貴国から出たいと言うてるのに」
白雲の中に、ひたとついてくる船影がある。キールスールの将軍が乗っている軍船だ。
こたびの反乱は数少ない一軍が起こしたことだと、同士討ちは誤解の産物であると、向こうからは伝信がひっきりなし。必死に同盟の継続を求めてきている。
そうしたいのはやまやまなれど、すめらの軍の恐慌は、伝染病のように打ち広がっている。無理にキールスールにとどまれば、軍の士気も指揮官への支持も、たちどころに消えてなくなってしまうだろう。
「困りましたな。追いすがって参りますか」
九十九の方の背後で、茶の先生がやれやれとため息をついた。ともに船窓に映る景色を伺いながら、香炉に棒状のお香を立てている。黒の線香で、戦死者の御霊を弔っているのだった。
「すでにキールスールにありし本営地は畳まれ、わが軍は撤退の一途。ひたすら東進し、ユーグ州とキールスールの国境線にある基地に、全軍向かっておりますのに」
「内政でごたついている国になど、ようよう間借りできまへんわ。元老院が増援を渋ってくるやろうし」
「さよう。陣地は、信のおける強い同盟国に在るのが望ましい」
「本国は、さらなる兵を送ってくれるやろか……」
総力をあげて攻略したはずの国境は、難攻不落。
敵軍の得たいのしれぬ兵器によって、火力の要である光龍と氷龍が真っ先にやられた。大型の鉄の竜も、おそろしい光線で木っ端みじん。敵軍の破壊力の圧倒的なことといったら……
「あれは、神獣より強力かも。あれの解析を、同盟復活の条件にしたらどうやろうか」
「それがよろしいですな。あの兵器のいかなるかを探っていただき、確たる同盟の証を見せていただかねば、すめらのつわものどもは納得しますまい」
龍の子らがまた死んだ。タケリさまの名代を名乗るあの紅蓮の龍は、怒り狂うだろう。金烏将軍と氷晶将軍が生き延びたのは、もっけの幸い。手駒は失えど将は残って、九十九の方は正直ほっとしていた。
元老院が求めれば、龍生伝は渋々、新しい龍を出してくれるかもしれぬ。しかしまたぞろ龍と鉄の竜をそろえたところで、魔道帝国の兵器に太刀打ちできるであろうか?
『迷わず、おゆきなさい』
白鷹の後見人が九十九の方の背を押してきたのは。
暗に生け贄となれと示唆してきたのは、こたびの戦には勝てぬと見ていたからに違いない。
「うちが死ねば、多少なりとも魔道帝国に打撃を与えられたのに……」
しかし敵の船はことごとく、目前に身を投げ出したこの船を無視した。まるで九十九の方が意図していることを、十分心得ているように。どんなに艦砲を撃とうが、ばちばちと結界ではじいて涼しい顔。特攻よろしく突っ込んでも、ひらりとかわす。そうは問屋がおろさぬと、なんだかくすくす笑われている気がしたものだ。
形勢を良くする道筋は遠い。もう一度大軍をまとめ、オニウェルの国境を襲うことは、至難の技だ。なれど、なんとかせねばならない。
病の友を助けるためには。不幸な娘を幸せにするためには……
「オニウェルと国境を接しているもうひとつの国。そこと同盟すればなんとか――」
軍の立て直しと再展開をぶつぶつ考える、九十九の方のもとに。
「将軍閣下! 白鷹のトリオン様より伝信です」
伝令が、食えぬ人からの打診を伝えにきた。
うやうやしく捧げられた水晶玉を受け取って、覗いてみるなり、九十九の方の顔色がさっと変わる。眉間にはひとすじ深く、しわが刻まれた。
「なんや? 後見人はんや、あらしまへんのか?」
『九十九さま……!』
耳に飛び込むその声は。銀の杖もつ人のものではなかった。
『どうか、ご無理なさらないでください。どうか、帰ってきてください』
「スミコはん?!」
『トリオンさまが、百臘さまを救ってくださると。黒髪さまのことも、ご尽力くださると、仰ってくださっています。だから……』
「ちょ、待ち。あんさん、なに言うてはりますの?」
『だから九十九さまが、ご無理なさることは、もうありません』
おずおず囁く声は、まるで何かに脅されでもしているかのよう。背後にいる者の気配を感じて、九十九の方はますます、顔をけわしくした。
「なんでしろがねはんが、白鷹家に? いったい何があったんや?」
『――お聞きの通りです、第三妃さま』
「トリオンはん!」
水晶玉から、銀の杖もつ人の声が流れてきた。至極冷静で淡々とした口調で。機械のような声が。
『ご懸案の事項についてはどうか、この私にお任せいただきたいと存じます。ユーグ州公閣下はお妃さまのことを、ひどく案じておられます。よってユーグ州の臣下団は、同盟軍を引き上げ、お妃さまにご帰国の要請を行うことを決定いたしました』
「なっ……まだ戦は、終わっては――」
『有り体に申し上げれば。獲物は餌に食いつきませんでしたので、こたびの戦はここまで。これ以上、何をしても無駄です。お妃さまにおかれましては、ただちにすめらの将軍に全権を委ね、白鷹の宮殿にお戻りください』
「待ちや、トリオンはん! なぜあんさんのとこに、スミコはんがいはるんですの?!」
『すめらの星は現在、わが白鷹家の庇護下にあります。詳細は文書にて送りますので、お目通しくださいませ』
「庇護?!」
『それでは。御身つつがなきを、お祈り申し上げます』
ふつりと、水晶玉の点滅が切れた。くわしく根掘り葉掘り聞きたかったが、後見人はしたたかだ。回線をつなぎ直そうと試しても、向こうは拒否しているようで繋がらない。
「おのれ。言うだけ言うて!」
水晶玉を伝令に押しつけ、九十九の方はいらいらと船窓に視線を戻した。
「うちはあん人にとって、たんなる手駒のひとつ……それは重々、分かってるのやけど」
白鷹家の後見人として、トリオンは非常に優秀である。だが、好感をもって全面的に信用できる人ではない。
出陣のとき贈られた言葉は、真摯な励ましではなかった。
覚悟を貫き通せという言葉は、九十九の方にとっては何にも代えがたく、心底望んでいたこと。ゆえに躊躇なく、敵の船団の前に身を投げたけれど。決して、あの後見人の思惑に踊らされたわけではないけれど。「死んでこい」と暗に言われたことは、決して気持ちの良いものではない。
こたびだけでなく今後も、トリオンは容赦なく、九十九の方を利用しようとするだろう。いや、対象は彼女だけでない。後見人はこの世のすべての人々を、盤上の駒としてしか捉えていないように見える。そんな情のない者のそばに、しろがねの娘が居るとは……
「どういうことなんや……」
「さて面妖ですな。スミコさまはつつがなく、劇場で公演しておられる。伝令たちは、そう報告してきておりますが」
さくりとまた一本、茶の先生が思案顔で香炉に線香を立てた。
「それはともかく。ご夫君が、お呼び戻しに?」
「そのようや。本当に閣下のご意向なのか、後見人の指し手なのか、わからしまへんけど」
「金烏将軍は重傷ゆえ、指揮はとれますまい。氷昌将軍に、すめらの軍をお預けなされ」
「このまま退くなど……」
「姫さまは我が身を賭して、兵士たちを守りました。この船が盾にならずば、船団の追撃が兵たちを襲ったことでしょう。損失は現在の倍ほどになっていたかと。それに、地に落ちた将軍さまたちを救われたのも、姫さまでございます。将軍たちは治療の床で口々に、姫さまへの感謝の言葉を述べたてておりますぞ」
舞台から降りても、誰も後ろ指を指す者はない。
茶の先生はそう仰ったが、九十九の方は釈然としなかった。
負け戦の責任をとることは、将たる者の務め。このまま遠征軍と、運命をともにするのが筋であろう。しかし、婚家の要請に逆らえば。すめらはきっとまたひとつ、同盟国を失うことになる……
「仕方ありまへん。退場する前に、やれるだけのことをやります」
しつこくついてくるキールスールの船を、じっと見つめつつ。九十九の方はぎりりときつく拳を握った。無念なる思いをなんとか、なだめながら。
ぐすぐす、鼻をすすり上げながらクナは目をこすった。
けぶるまぶたはとめどなく、ぽろぽろほろほろ涙をこぼす。
すめらは負けない。助けはいらない。自分たちで、なんとかできる。
クナは舞う。九十九さまは遠征を成功させる。そうすることで、なんとか――
そう答えたかったけれど。
白鷹の後見人は、このままでは九十九の方が危ないと、憂いの色こめてクナを説得してきたのだった。
『レヴテルニ帝は新兵器を出してきて、すめらの軍を圧倒したそうだ。龍たちは死に、柱国将軍たちは重傷を負ったと報告がきている。第三妃様は、今回は運良くご無事であられたようだが、毎回そうとはかぎらない。今後無理に遠征をおし進めれば、あの方も無事では済まない事態になるかもしれぬ。ゆえに州公閣下はご心配のあまり、帰国要請を出されたんだ』
頑固そうな第三妃がすんなり帰国するよう、どうか本人に願ってほしいと、トリオンは頼んできた。すめらの遠征は完全に失敗であったと、結論づけて。
『君にとって第三妃さまは、とても大事な人だと思う。本当ならば、戦に身を投じることなど、してほしくないはずだ。大丈夫。君の望みはこの私が必ず、叶えるから……』
たしかに。できることなら戦など、してほしくない。
望みを叶えるためにやむなく、九十九の方は軍を率いている。その望みが、別の方法で叶うとしたら……
ゆえにクナは、囁いてしまった。おろおろおどおど迷いながらも、トリオンに差し出された水晶玉に向かって言ってしまったのだ。
『どうか、帰ってきてください』
いいのだろうか。これで万事、うまく収まるのだろうか。
舞うのは今年いっぱい。北五州での公演が終わるまで。そのあと自分は、白鷹家に身を寄せる。無事生還した、九十九の方がおわすところに。
そうすれば、助けたい人たちは救われる……?
『ありがとう、君のために全力をつくすよ。君が私のそばにきてくれるという返事を信じて』
白鷹家に身を寄せることはなんとか許容できる。なれど、後見人の妻になることはできない。
きっぱりそう訴えたクナに後見人は苦笑して、「では君の心を得られるようがんばろう」と返してきた。
(あたしの気持ちは、変わらないわ……永遠に)
隠していることはあれど、後見人は善き人。クナはそう感じたがしかし、この人に自分のすべてを委ねる気持ちには、ようようなれなかった。
これでよいのか。すめらを捨ててよいのか。胸が痛くて、たまらない……。
『あら、泣いてるのですか?』
どこからか不思議な声が聞こえたので、クナはふと顔をあげた。
声の主はどこにいるのだろうとあたりを探り、ああここは、現実ではないと思い出す。
悩んで悩んで、ぐすぐす泣きながら眠ってしまった。だからここは、夢の中だ。
『あなたおでかけするんですって? 北の州へ行く前に、天の島へ寄るとか? それは楽しみですねえ』
その声はとても快活で、憎らしいほど明るかった。
『それにしてもあなた、鈍すぎますね。回線つなぐの苦労しました私』
「あの……どなた、ですか?」
その声は、知っているどの人のものとも違っていた。どことなく、出会ったばかりの花売りのような気もするが、なんだか異様な自信に満ちている。
『接続ちゃんねるを探すのに、丸一日かかりました。聞こえてないとは気づかずに、よろこびのあまり、もーつぁるとの歌劇を全幕歌いきった私、バカみたいです。ほらあれです、魔法の笛のやつですよ。ばすにてのーる、そぷらのあると。ひとり全役、ええ、器用なんです私。とくにえもいわれぬ、こんとらころらとぅーら! この出会いをことほいで、夜の女王のありあを完っ璧に歌い上げましたのに。って、あらやだ。あなたまだ、私が分からないんですか?』
「すみません、あたし、目が……」
『目がふし穴なら、心の目を使えばよろしいでしょう』
「心の目?」
『ほらあれですよ、すぽんと体から抜けるやつです。あれならどこへでもいけますし、なんでも見られます』
変な声に惑わされて、注連縄を外すなんて。そんな危ないことはできない。
クナはふるふる頭を振って拒否した。するとふしぎな声は機嫌を損ねて、実に長々と文句を垂れてきた。
『悪いことは言いません、あなた私の言うこと聞きなさい。何せ一万二千七十七年と七十七時間四十五分、生きてきたのです私。そんじょそこらの剣とは段違い平行棒の、膨大な蓄積情報を誇っているのです私。ここで会ったが百年目――ええ、まさしく百年目! 私の言葉を聞けばあなたははっぴぃ。私もはっぴぃ。超うぃん-うぃん! というやつです』
「あの……」
なんとも奇妙な夢だ。ちゃんねる? こんとらころら? はっぴぃ?
まったく分からぬ言葉が多すぎる。
クナはかっくり首をかしげつつ、声に訊ねた。
「どうして、そんじょそこらの、〈剣〉よりも……? なんですか?」
『は? それを聞く? この私に? なんとそこから? まあよろしいです。出会いの記念にあなた、何か食わせなさい』
「え、えっと、ごはん?」
『犬か猫かネズミか。まあそのへんで、我慢してさしあげましょう。いい奴ですから私』
「ええっ? いぬやねこを食べるんですか?」
それはかわいそうだと、クナが眉をひそめると。不思議な声はふんと鼻を鳴らしてきた。
『可哀想? あなた菜食主義者?』
そういえば肉は巫女には禁忌だし、魚も毎度というわけではない。似たようなものかもしれぬ。
「あのう、パンとかじゃだめ?」
『……。バカにしてる? この私を? まさか』
「そ、そんなつもりじゃ。でも、パンはおいしいです」
『……。やっぱりバカにしてる? 血が通ってますか? パンに』
「通ってないとだめなの? 生き物じゃないと?」
『ぴっちぴちの活きのよいのがよろしいです。連れて来なさい何か、てきとうに。喰ってさしあげます私』
「あのでも、あなたは……だれ?」
『……。いるでしょう私。あなたの目の前に。まったくもう』
クナは手を出して前を探った。ひたりと何かが手に当たる。
それはずいぶん硬い、金属のようなもの。つるりとした石が嵌まった精巧な彫り物の下に、薄くて長くて硬い板のようなものがついている。
このような形のものに、クナは一度だけ触れたことがある。武者鎧をまとった九十九の方が、揃えとして腰に佩いた武器だ。持つところはこんなに豪奢ではないが、これと似た形をしていた。そう、これは――
「剣?!」
目を覚ますと、そばに花売りが居た。
伸ばした手は、夢の通り。ひんやりした金属の板に触れている。それはまさしく花売りが所有している剣で、なぜかクナのすぐそばに置かれていた。
「おはようございます。あの、剣が、あなたのそばに行きたいとうるさいので」
やはりしゃべっていたのは、このごつくて硬いもの?
寝室に勝手に入って悪かったと、花売りは決まり悪げに謝ってきた。しかしもう昼前で、出発の時間が迫っているという。
「トリオン様は日延べしてもよいと仰ったのですが、剣がしきりに、あなたを起こせと」
「出発! ああ、天の浮島へいくのね」
日延べなどとんでもない。クナは念入りに身支度していた。身繕いはもとより、荷づくりも一所懸命したのだ。劇場の観客たちからもらったものを詰めたものも、白鷹家からいただいた衣装の箱も、かなりの数。いずれこの城へ戻ってくるのだから身軽でよいと、トリオンは言ったけれど。クナは自分のものを全部、この城から持って行くと決めた。どうにもここが将来、自分の住まうところになるとは想像できなかったからだ。
それにしても、剣が花売りに指示するなんて、実に不思議だ。クナは耳を澄ましてみたが、夢の中で聞いた声は今はだんまり。何も聞こえてこない。
(夢は、ほんとのことじゃない? あたしの想像?)
「私はここで九十九さまのお帰りを待ちます。どうかお気をつけて」
「道中、ご無事でありますように!」
冷たい秋風ふきすさぶその日。すなわち花売りと出会った翌日、クナはアヤメとアオビに送られて、白鷹の宮殿から出た。
飛行場で乗り込んだ乗り物は、ぼうぼう、頭上で派手な燃焼音が聞こえるもの。空気が燃える匂いが鼻をつく。花売りが所有する、気球船と呼ばれるものだった。
同行者は船主である花売りと、白鷹の後見人。それから騎士の位をもつ護衛兵が五人。船は貨物を運ぶだけあり、かなりの広さ。小ぶりの軍船とあまりかわらぬ大きさだという。花売りはふだんこの船に花を積んで、北五州のいたるところに赴いているらしい。
「ユーファンは宮殿の地下牢につないでいる。縛り首にするか手足を切り落とすだけにするか。審議の末に決められるだろう」
出がけにクナは後見人から、狼藉者が受ける報いについて知らされた。宮殿で起きた不祥事は州公閣下への不敬罪ともとられて、重罪となる。ユーファンは最低数年、牢獄で暮らさねばならぬそうだ。
「あたしの甘露のせいなのに……」
「君のせいじゃない。西方では龍蝶自身だけでなく普通の者も日常的に、甘露に影響されなくなる薬を飲んだり、甘い匂いを遮断する香油をつけている。予防措置をとらなかったあいつが悪い」
「でもトリオンさま、あの人はあたしが龍蝶だってこと、気づいてなかったんです」
「ああ……すめらの市井には龍蝶がいないから、対処する知識もないのか。しかし変な下心などなければ、たとえ甘露に冒されていたって、君を襲いはしなかったと思うよ」
――「島が見えてきました! この船は大きいので、ペリカンを使って浮島へ行きましょう」
呼ばわる花売りがしきりになにかを、ぎゅるぎゅる引っ張っている。と思ったらそれは、どるるると変な音を立て始めた。どうやらそれがペリカンで、機関部が動き出したらしい。
「天蓋開きます! 発進しますよ」
「さあ、いやな話はやめにして、空の旅を楽しもう」
トリオンはクナをいざない、それに乗りこんだ。
「こいつは、すめらの鉄の竜と構造はほぼ同じだ。陽光を動力源とするところとかね。しかし姿形はまったく、鳥の形をしている」
船から飛び立ったペリカンの乗り心地は、なるほど、鉄の竜によく似ていた。
上空は風が強くて、クナの髪ははたはた、後ろへ勢いよく流れた。西方風の毛皮つきの外套のすそも巻き上がる。トリオンはクナの腰に手を回して支えたがったが、まだユーファンのことが頭から消えないクナは、触られることを拒否した。
「ああ、渡り鳥だ」
自分はずいぶん、ひどい貌をしているのだろう。トリオンはクナの意向通り、手をひっこめてくれ、いたわるようにわざと明るい声を出していた。
「ほろほろ鳥たちだ。きれいな陣形をとっているよ」
花売りのペリカンは、鉄の竜より速さが劣るらしい。すぐ先の島に渡るのに、クナはずいぶん長いこと、びゅうびゅう吹きすさぶ風に顔をはたかれた。
そうしてずどんと、降り立ったところは。
「ここが、天の浮島?」
なんだか前に来たときとはまったく雰囲気が違っていた。
かぐわしいりんごの匂いはしないし、滝の音も聞こえない。木のざわめきも、ほとんどない。
(本当にここは、あそこなの?)
ここが、黒髪さまと甘い日々を過ごしたあの場所?
なぜかそうとは思えなくて、クナは耳を澄まし鼻をくんくん。しきりにあたりをさぐった。
もしかして、全く別のところにだまされて連れてこられたとか?
いやまさか。そんなことはさすがに――
みるみる不安になるクナのそばで、トリオンがうめき声を上げた。
「くそ、目印が違っている。ここは八番島じゃない。三番島だ」
「島が、違う?」
どうやらトリオンは、特殊な信号を発するものをたどってここに至ったらしい。しかし思い描いた行き先とは違ったようだ。
「八番島に埋めた目印がなぜここに? まさか……あいつが移したのか? 場所を分からなくするように。たしかにあいつがやりそうなことだが、なんて迷惑な」
(あいつ? あいつってつまり……!)
確信が、クナの気持ちを押し出した。
「やっぱり、黒髪さまのこと、知っているんですね?」
動かぬ証拠をつかんだ――クナはそう思って、早口で訊ねた。
「あの島を隠してるのは、黒髪さまですよね? そうですよね? トリオンさまはほんとは、あの人のことを、ごぞんじなんでしょう?」
「いや、それは……」
まくしたてる勢いに押されて、相手が言葉を詰まらせる。
「どうか教えてください。あなたは本当に、黒き衣のトリオンさま? それとも、トリオンさまとレクリアルの子ども? あなたは一体……」
クナは怯まず攻めた。隙を突かれまいと、口調をかちかちに固めながら。
「一体、だれなんですか?」