6話 天使のことば
翌日、帝国舞踊団はすめらの大使に引率されて、選考会の発表会場におもむいた。
会場はクナが飛天を披露した場所、すなわちレンディールの国立劇場で、入り口には報道関係の人々がわんさか。巫女たちの列に連なるクナが姿を見せると、たちまちあたりは歓呼の嵐。みなしきりにかしゃかしゃ、三脚にのせた箱のごとき幻像機で、幻像を撮ってきた。
「スミコさん! なにかひとこと!」
「レヴテルニ帝からのご結婚申し込みはまだですか?!」
劇場の係員が必死に、人々を制止する。頭うなだれるクナは、迫ってくる人いきれの中を急いで抜けた。階段につまずきかけたけれど、とっさに大使が腕をつかんで支えてくれた。
「ふむ、これは予想以上の騒ぎですな」
巫女たちは、一階席にずらりと座って発表を聞く予定だ。しかしクナだけは大使やメノウと一緒に、二階にある貴賓専用の箱席に座るよう命じられた。箱席にいた方が、報道的には格好の絵になるからだという。
ベルベットの椅子に座ったクナは、おのれがすめらの広告塔になったのだということを痛く感じた。いたるところから、視線と幻像機の音が飛んでくる。顔をゆるめるなんて、一瞬でもできそうにない――
「スミちゃんやっほう!」
「あ……」
ダメ押しに直接突撃してきた猛者あり。それはここ数日、クナが赴くいたるところでよく聞く声の主だった。彼はすめらの人で、寄ってくるとなんだか煙ったい。吸い草をいつも吸っているのだろう。すめらのさる広報公司の記者だというが、名前はたしか……
「ユーファン……さん?」
「おお、名前覚えてくれたんだねえ。うれしいよ!」
「まったく、同郷同胞と思って大目にみておれば。なれなれしいにもほどがありますぞ」
「まあまあ。大使さん、そう目くじら立てずに。すめら月報で特集組んじゃちゃったんで、ちいと協力してくださいよ」
すめらの大使がうんざりため息をつく。
ユーファン氏の公司は、月神殿御用達。直属機関と言ってよいもので、すめらのやんごとなき神官族向けに、異国の情勢や文化を伝えるかわら版を作っている。
クナのことが国内に広まれば、国威高揚の効果は計り知れぬ。それで大使は、毎回この人にだけは、特別に取材を許しているのだった。
「レヴテルニ帝が君にご執心だって、みんな書きたててるけど。スミちゃん自身はどう思う? ってキミ、今日はなんだかひどく、顔色悪くない? えらく目が腫れぼったいけど?」
「あの、体調は大丈夫です」
「そうかい? 朝ごはんは何食ってきたの?」
「豆飯粥と……半熟卵をいただきました」
「ほうほう、今日もおかゆにたまご、定番のすめらのおふくろの味っと」
かりかり小気味よく、紙に鉄筆が走る音がする。
「あの、魔導帝国の方って、ここに……いらしてますか?」
「あは、スミちゃんやっぱり、紅燃ゆる髪の君が気になる? 神帝陛下は護国卿と一緒に、キミのひとつ上座の右の箱席にいるよ」
だからこんなに記者たちが興奮しているのだと、ユーファン氏は期待満々だった。
「レヴテルニ帝がキミになんか直接、声をかけるんじゃないかってね。だからみんな、こぞって集まってきてるのさ」
だからしきりにこちらに視線がむけられ、現像機の音がせわしないのかと、クナは得心した。記者たちは、二つ並んだ箱席を熱心に撮っているのだ。クナとレヴテルニ帝が並んでいる絵を。しかも……
(護国卿がすぐとなりにいる? あのこわい人が?)
クナは唇をひきむすび、ぐっと拳をにぎりしめた。たちまちふるえが昇ってくる我が身を、なんとかしゃんとさせてみる。
護国卿、宵の君。
かの人の全身から放たれる気配はとても苛烈で、今思い出しても息がつまる。
宵の君というのは本名ではなく、通り名だそうだ。大使曰く、常に黒服をまとっており、漆黒の夜を連想させるので、そう呼ばれているという。しかしその頭髪は、目のさめるようなまぶしい金髪であるらしい。「獅子のたてがみのよう」とよく形容され、顔はかなりの美形だそうだが……
(でも声は、雷か獅子の咆哮か……こわかった……あたし、ただただ、こわかった……)
昨晩クナは、ほとんど眠れなかった。
いただいた時計の中には、恐ろしくも悲しい物が入っていた。
まるでそれを形見にしろといわんばかりに、いとしい人の髪がひと房。
甘い血塗れの髪の毛は、黒髪さまがどんな仕打ちを受けたか、容易に想像できるものだった。
心配でたまらなくて。会いたくて。
クナはひと晩、いとしい人の髪を抱いて泣き明かした。
(大翁さまと一緒に黒髪さまを探したとき……怒鳴ってあたしたちを追い返したのは、あの方にちがいないわ。だってあのときとおなじ、びりびりした気配がしたもの)
怒れる獅子のような人は十中八九、クナの正体に気づいている。黒髪様を助けに来た者だと知っている。いや、もしかするとそれだけではないかもしれない。
黒髪さまがレヴテルニ帝が殺したと信じて疑わない、「あの子」。白の癒やし手レクリアルであると、気づいているかもしれない。魂だけになったクナを看破し、特定する力があるのなら。大翁様やトリオン様同様、クナの前世が誰だったか視る力は、十分にあるだろう。
ゆえに護国卿は、黒髪様の髪を渡してきたのではなかろうか。
ただならぬ縁をもつ者として。
(そんな気がする……あの方もきっと、あたしのことをよく知ってるんだわ……)
正直、こわくて二度と会いたくないのだが。しかしかの人は、黒髪様の居所を知っている。その身に触れて、髪を切り落としたのは彼自身ではないかもしれないが、まちがいなく体の一部を手に入れることができる。
魂だけになってこっそりあの人についていけば、きっと黒髪様に会えるだろう。
クナは寝台でしくしく泣きながら、腰に巻いた注連縄をとりたい誘惑にかられた。
けれどもなんとかこらえた。
どうせやってみたところで、またネズミ呼ばわりされて、怒鳴られて、跳ね返されるのがオチだ。それに我が身にはつきものがつけられている。決して飛んではならぬと、大翁様に釘を刺されている……
『肌身離さずもっているがいい』
ひと晩泣き明かしたあと。クナはこわい人にいわれたとおり、黒髪様の髪を時計に入れ直して、懐に入れた。声を刻んだ糸巻きと一緒のところに。
心配で心配で、胸が痛む。髪を通して、この想いが黒髪様に通じないだろうかと思ってしまう……
――「それでスミちゃん、明日から、北五州で巡業するってほんと?」
「はい?」
目を閉じて美声の人を念じていたクナは、あっけらかんとしたユーファン氏の声で、現実に引き戻された。反応が遅いクナに嘆息し、となりに座っているメノウが代わりに答える。
「ええ。まずは、すめらとゆかりの深い北五州で、順ぐりに公演を行います。すべての州公家が、我が舞踊団を招きたがっておりますのでね」
「あは。メノウさんには聞いてないんだけどなぁ」
「っ……」
玉黄氏の屈託ないつぶやきに、メノウの息が硬くつまった。クナがあわてて、先生に聞いて下さいと願っても、なれなれしい記者は軽く笑うのみ。礼儀も何も、あったものではない。
「みんなが知りたいのは、スミちゃんのこと。だから俺としては当然、スミちゃんの言葉がほしいんだよね」
それからしばらく、メノウは石のようにだんまりだった。
大使がもうよいだろうとユーファン氏を追い出し、舞台の幕が上がり、そしてついに、期待した通りの結果が発表されたときでさえ。舞踊団に与えられた栄誉を一番に喜ぶべき人は押し黙って、ただ、しなびた拍手を数回、打ち鳴らしただけだった。
「すばらしい! 実にすばらしい! やりましたぞスミコどの! 公認をとりましたぞ! メノウどのも、大義でしたな!」
「きゃ?!」
だから大使がメノウを抱きしめた気配を察したとき、クナはとてもホッとした。
「なにをされますかっ」
「いや、すみませんな。長く異国におりますと、どうしても西洋式の作法が身についてしまうのです」
大使は、メノウの固い表情をほぐそうとしてくれたのだと、クナは思った。ここ数日、受けるべき賛辞を指南役が十分に受けていないことを、大使も気にかけていたにちがいないと。
(あ、でもリアンさまだったら、大使さまはきっとメノウさまに惚の字なんですわよって、おっしゃるかも)
リアン姫の脳内ではいつも、だれかがだれかに恋をしている。だからこのことを話したら、きっとそんな反応をするだろう。
想像をたくましくしたクナは、やっと微笑みを浮かべられたのだが。ひとしきりの喝采のあと、レンディール元首が祝いの言葉を述べるや、たちまちその顔がこわばってしまった。
「すめらの帝国舞踊団におかれましては、公認取得、まことにおめでとうございます。本日、魔導帝国のレヴテルニ神帝陛下が、ぜひこの場で、栄光を勝ち取りました舞踊団にご祝辞を送りたいとの思し召しでございます。みなさまどうかご静粛に、玉音を拝聴ください。では陛下、どうぞ――」
レヴテルニ帝が喋る? 一体何を?
思わずかたく身構えたクナが捉えたのは、何人もの声が重なっているような変な響きをもつ声だった。
「朕と朕の魔導帝国は、千のことほぎをすめらの帝国舞踊団に贈ります」
拡声器を使っているのだろう。元の声がどんなか、よくわからない。しかしとても穏やかだ。
不思議に広がる声はとうとうと、舞台にいる者たちに語りかけてきた。
「芸術は国境の垣根を越え、万人に等しく愛でられるべきもの。ゆえに朕は、あらゆる国の芸術を愛します。たとえそれが、剣を振り上げ向かってくる国のものでも」
「む……」
そばにいる大使がうろたえている。喜びを反転させたような吐息が、クナの耳に入ってきた。
「朕は、心より愛します――」
放たれる言葉を聞き逃すまい。そんな思いで、みな息を潜めているのだろう。
しんと静寂が降りた場内を、穏やかな声が優しく撫でた。
「この想いがどうか、すめらの人々に伝わることを。
そして大陸のすべての人々に届くことを。
そして朕が差し出すこの手を、やさしく握り返してくれる人がいることを。
朕は、切に望みます」
ふわりと、クナの頬を微風が撫でた。それは声が流れてくる方向から吹いてきた。
とてもかすかで心地よく、思わず手を出して触れたくなるような風だった。
妙なる玉音は、会場にいるすべての人々を魅了した。
柔らかなれど、強い意志を持つ言葉をもって。
「大陸に平安を望む心。互いを愛し合う精神が広がることを。朕は、心より望みます」
その日の晩、すめらの大使館では公認取得を祝う祝宴が開かれた。
食堂に通された巫女たちは、ごちそうを出され、酒杯を捧げられてと、大変ねぎらわれたのだが。祝辞を送る大使の声には陰りがあった。
言うまでもなくそれは、劇場で聞いたレヴテルニ帝の玉音のせいである。いまやこの勝利は、手放しでは喜べぬものとなっていた。
あの博愛に満ちた言葉を聞いた直後、大使は唸り声をあげたものだ。
『これは、してやられましたな……』
魔導帝国はすめらに憎しみなどもたぬ。むしろ愛している。だから攻められたらとても悲しい――
神帝は一見、子どものようにあどけない感情を述べたにすぎない。
しかし、心から勝者をたたえ平和を唱える玉音は、公式に発せられたもの。またたくまに大陸中に広められる。
もしすめらが容赦なく遠征を始めれば、大陸の世論はどうなるであろうか。
『すめらは自国のみしか愛さぬ狭量な国、まこと野蛮な国であるという烙印を押されましょうぞ。あの天使のようなかわいらしい微笑……せつなげに手をさしのべたお姿……みごとに機先を制されました。大陸諸国はみな、魔導帝国に肩入れするやもしれませぬ』
玉音が発せられた直後、月神殿は大わらわ。ただちにすめら本国に、遠征の延期を打診したという――
そんなわけで、おめでたい祝いの席を、クナはまったく楽しめなかった。
そもそも戦が始まらなければ、黒髪様を救うことは叶わない。停戦条件として出すものだったものゆえ、どうあっても遠征はしてもらわねばならないのだ。
まさか、その大前提を根底からくつがえされる事態になるなんて。
飛天を繰り出さなければ、レヴテルニ帝の目には止まらなかったかもしれない……
青ざめてそう自分を責めたクナに、大使はきっぱり断じてくれた。苦虫を潰したような、ひどい声で。
『飛天がなくとも、帝国舞踊団が勝っても負けても。神帝陛下は、あの演説を行う筋書きであられたのでしょう。ですから決して、あなたのせいではありませんぞ、スミコどの』
(たしかに、戦をするのはおろかなこと……平和を愛するのは、立派なことだわ。神帝陛下は、間違ったことは仰ってない……でも……)
救う手段がそれしかないのなら。それにすがりたくなるのが、人情というものだ。
(遠征がだめになったら、どうしたらいいの?)
宴の最中、さすがに笑顔を作ることはできないクナを、太陽の巫女たちはいたく気遣ってくれた。昨夜ひと晩、黒髪を握って泣いていたことを、リアン姫はしっかりアカシやミン姫に打ち明けていたのだった。
「大丈夫ですか? 遠征のこともそうですが……先方はずいぶん酷なことをなさいますね。部分返還……とでもいうべきものなのでしょうか」
「返すなら御髪だけでなく、まるまるお一人分お返しいただきたいものですね。さあ、おいしいものがたくさん並んでおります。今は心配事を忘れて、たんと楽しむが吉です」
「スミコ! ほらアオビが来ましたわ!」
めらめら燃えるアオビは、励ましの使い。なんと、うれしい贈り物を捧げ持ってきた。
「みなさまに、大姫さまからご祝辞ですっ。ユーグ州の九十九さまからも、来ております!」
百臘の方からは、薫香焚きしめた文と、最高級の醍醐が。九十九の方からは、西方風の花の香りがする封書と、ユーグ州特産のリンゴの砂糖菓子が届いていた。
クナの活躍を聞き及び、審査結果を知る前にこぞって、ねぎらいの品を送ってくれたらしい。
菓子類は太陽の巫女四人だけでなく、舞踊団全員に行き渡るほど大量にあった。おふたりとも、さすがの心遣いである。
激励の言葉が並ぶ百臘の方の文をみたアカシは、涙ぐんでいた。書かれた字はどこも揺れることなく、とても流美。ひと目で、体のお具合がよろしいようだという。
九十九の方の封書には、「我が軍は、百万の軍勢を得たごとし」としたためられていた。
読んだクナはたちまち、眉を下げた。
遠征が行えないことになったら、九十九の方はなんと思われるだろうか……。
宴もたけなわ、アオビがせっせと、美味なるお祝い品を配り終わったころ。すすっとひとり、舞踊団の巫女が、心晴れぬクナに近づいてきた。
「あの、スミコさま……なんというか、助けていただいたというのに、わたくしお礼をまだ……」
もじもじ喋るその声は、舞台の中央で舞っていた月の巫女のものだった。
大使館づきの侍医の見立てでは、足にひびが入ったのだそうで、しばらくは舞えないそうだ。
「治ったらまた、前と変わりなく?」
「ええ、同じように舞えると思います」
「よかった……! どんな具合か、心配だったの」
「まあ、スミコさま……」
クナの手に相手の手がそっとのせられたとき。背後でなれなれしい声が響いてきた。
――「おお、決定的瞬間!」
「あ……?!」
煙たい匂いが鼻をつく。なんとあのおっかけ記者のユーファンが、しれっと祝宴にもぐりこんでいた。
「ふむふむ、やはりそういう裏事情があったと!」
「い、いえそのあの! 違います! あれは完全にメノウさまの演出で!」
クナは一所懸命取りつくろったが、万事休す。ユーファン氏はかなり前から、クナがとっさに舞台を救ったのではと推測していたらしい。これで確たる証拠を得たと、喜々として酒の盃をこきゅっとあおり、ささっとどこかへ姿を消してしまった。
翌日、秋風がさやかに吹く中、帝国舞踊団は飛行場へ向かい、船で一路、北五州へ向かった。
晴れて公認となったからには、そのお墨付きを最大限に利用し、すめらの威光を示すべく、大陸諸国を巡業するべし。
元老院にて、そう可決されたからだった。
はじめの公演先は、先月行ったばかりのユーグ州。
行き先がそこになったのは、大翁様のお力によるものらしい。
ミン姫のもとに父から贈られた祝いの品が届いたのだが、霊光殿からの密書がまたもや、まぎれこんでいたのだ。
それには、「月神殿に根回しして、一番目の公演先をユーグ州公家とさせた。その地でつけられた憑きものはおそらく、その地でのみ解呪が可能と推測されるためである」と、書きつけられていた。
なんとすばらしい慧眼と配慮であろうか。
クナはいたく感謝しつつ、船上の人となったのだが――
「『驚愕の真実! すめらの星は舞台を救っていた!』 スミコ! すめら月報が今朝、号外のかわら版を出しましたわよ!」
嫌な予感が当たってしまった。
あのユーファン氏が、昨夜手にした情報を、大々的に記事にしてしまったのだった。
「まずいですわスミコ、メノウさまも号外紙を持ってますわ。お顔が真っ青!」
くだんのかわら版は、飛行場でたんと販売されていた。
なぜ劇的な主役交代劇が起こされたのか、記事はつらつら、推測を述べていた。
ほぼ、真実に近いことを。
「『厳しすぎる練習で、女神役の月の巫女は疲弊しきっていた……指南役の指導に、問題があったのだと思われる』……あああ、スミコ、メノウさまが、すごい顔でこちらを睨んでますわっ」
悲しいことにメノウとの溝は開くばかりだ。距離が縮まることはないのだろうか……
クナは逃げるようにして船室に入った。メノウが投げてくるまなざしはきつかった。呪詛だと言ってもおかしくないほどに。
「号外紙は独占情報というわけですわね。ほかの各紙には全然載ってませんわ」
リアン姫はいつものようにどっさり、飛行場からかわら版を手に入れてきていた。
他国の各紙はみな一様に、レヴテルニ帝のおことばを全文、載せていて。神帝を称賛する言葉や、すめらは一体どんな反応をみせるのかと推測する記事がつらなっていた。
「さしのべた手をどうか握り返してくれるように」という帝のおことばは、これからクナへ結婚を申し込むひそかな宣言。そう断じるものも多かった。
けれど……
「すめらの公司が出してるかわら板には全然……レヴテルニ帝のおことばが載ってませんわ」
ぱらりぱらり。紙をめくるリアン姫の声が硬くなる。
「ああ……これも、こっちも。すめら語の活字のもの……すめらの民が読めるものに書いてあるのは、あたくしたちが勝利したことだけ。そのあとに起きたことは、なにも……」
「リアンさま、それって」
「スミコ……あたくしたち、まったく心配しなくて、よろしいかもしれませんわ」
すめらにとっては必要で、喜ばしいことなのに。
リアン姫の声は、どことなくもの悲しかった。
「すめらは……太陽神殿は、きっと、遠征を取りやめたりしませんことよ」
その予測はたがわなかった。
数日の航行を経て、ユーグ州の飛行場に船が降り立ち、巫女たちが地に足をつけたとき。
飛行場には九十九の方についているアオビが三体そろいぶみで、クナたちの到着をいまかいまかと待っていた。
「長旅お疲れ様でございます! お待ち申し上げておりました!」
「さっそくのご報告です! 申しわけございませんが、ユーグ州公の第三夫人たる九十九さまは、帝国舞踊団をおもてなしすることができません! この非礼、どうかお許し願いたいと、仰せであられます!」
「九十九さまは姫将軍として、三日前に、遠征軍大本営にお入りになられました! 指揮下の十万の軍勢はただちに進軍を開始! ついさきほど目標地点にて仮本営設置完了を確認しましてございます!」
たてつづけにアオビたちがまくしたててくる。
クナは息を呑んで聞き入った。まさか情報が入ってこなかったわけではないだろう。
月神殿は遠征の延期を求めたはず。なのに太陽神殿は、そして九十九の方は、少しの躊躇もしなかったのだ。
なんということか――
「姫将軍閣下は、大いなる覚悟を以って、宣戦布告をお発しになられました! まもなく、展開されし魔導帝国軍に対して第一波の攻撃がなされます!」
めらめら、ばちばち。鬼火の炎が、激しく燃えた。
まるで勝利を確信しているかのように、高らかに。
「いざ輝けすめらのつわもの! 天照らしさまの栄光を!」