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4話 飛天(ひてん)

「スミコ! スミコ!」


 どこか遠くで聞こえる呼び声がだれのものか思い出すのに、クナはかなりの時間を要した。

 頭がぼうっとぼやけていて、その人の声すら、水の中に沈んだようにくぐもって聞こえたからだ。


「あたくしの声が聞こえまして? 起きてくださいな!」

「リアン、さま?」

「ずいぶん探しましたのよ。なぜあなた、こんなところで寝ほうけてますの?!」


 ぱちぱち、頬に当たる何かの衝撃。しっかりしろと、兎のお面の上から、リアン姫がしきりにはたいているようだ。

 ハッと我に返ったクナは、うなだれていた頭を上げた。

 ここはどこだろう? 自分はどこに、座っているのだろう?

 ちょろちょろ、噴水の水が流れ落ちる音がする。噴水の縁にいるようだが、先ほどまでいた中央広場の噴水とは水量が違う。全然違う場所にいるらしい。

 

(あたし、誰かと踊ったわ)


 頭の中がどんより重い。まるで濃い霧に包まれているようで、記憶が上がってくるのに時間がかかった。


(そうだ。同じウサギのお面の人と、踊った……)


「ここ、は?」

「中央広場の裏手にある庭園ですわ。政庁が一般人に解放しているところで、今夜はここにも人がいっぱいおりましてよ。あたくしが草履を探している間にふらふら、ここに入ってしまうなんて。草履は、誰かに拾っていただいたようですけれど……」

「すみません。団長さんやメノウさんに怒られますよね?」


 今すぐ戻らねば。いくら無礼講とはいえ、中央広場から別のところへ移動することは、さすがに勝手がすぎるだろう。

 立ち上がると、足がよろけた。クナは思わずぐっとつま先に力をこめ、二足目でさっと後ろへ、体の重心を引いた。

 

『そう、始めの踏み込みはその形で』


 とたん、かわいらしい少年の声が、脳裏によみがえってきた。

 

『出だしは花音(かのん)と同じなんだ。自分が起こした風に身を委ねるところも。でも、手足の型や回転方向は全然違う。軸がしっかりしてないと、尻もちをついてしまうんだ。花音よりもずっとずっと、難しい。そんな技を、見事に舞う人がいたんだよ』


 そうだ。クナは少年の腕の中で、くるくる、くるくる。何度も風を起こした。

 少年はクナと踊りながら、西方ではとても有名だという舞姫のことを語っていた。

 その人の名は、アンブラ。

 共通語で琥珀(コハク)という意味の名を持つその舞姫は、レンディール随一の舞踊団にいた、偉大なる(ステラ)だっだとか。彼女にしかできない舞技で、観客を魅了したのだとか……


『この技はね、飛天(ひてん)の舞っていうんだよ。たしか、スメルニアの巫女舞をもとにして編み出したものだって、聞いた』


 スメルニアの巫女ってすごいね――

 ころころ笑うかわいらしい声が、クナのウサギのお面をくすぐっていた。

 軽やかに。爽やかに。


(踊りながら、ここにきちゃったの? いつのまに? 男の子は、どこへいったの?)


「ちょっとスミコ! なぜここで風の型をとるんですの?」

「あたし、こんな格好して、あの子とくるくるして……」


 ふらつきながらも、ひゅんと回転して風を起こしてみる。頭の中の霧を払うように。

 くるくる、くるくる。そうだ、あれはなんとも心地よい踊りだった。体の重みなどどこへやら。少年の腕の中で、クナはつむじ風になっていた。

 クナの足はほとんど地についていなくて、ふわりふわりと空中を漂っていて。まるで雲の上で舞っているようだった。

 かしゃかしゃしゅしゅん。時折鳴っていた、かすかな音は。あれは……


『ああ、うるさくてごめんね。俺の目、義眼なの。焦点あわせると音が鳴るんだ。腕のいい技師に作ってもらったから、色んな物が見えるんだよ』

 

 くすくす笑われながら、クナは少年に何か言われた。何か……

 うねる風の合間に載せられた言葉は、たしか……


『あは。残念だな。そのつきものがついてなかったら、俺の家に招待したのに』


 そうだ、たしかそんな風に言われた。

 不思議な音をたてる少年の目は、クナのつきものを捉えていた。

 これはやはり、場所に関係するもの。どこかに持っていってはいけないものだったのだ。 

 

『のぞき鏡がべったりついてる子なんて、連れて帰れないよ。俺の家、すっごくちらかってるもの。まあ剥がせないこともないけど、付けた人に呪われそうだからやめとくね。ああ、心配しないで。この鏡、付けた人のそばにいけば消滅するから』

 

 のぞき鏡。

 クナの肩についているものは、すべてを見通す目――

 ああ、だから。


「だから大翁様は、あたしの宮処(みやこ)入りをとめたのね」 

「スミコ? まさか、つきものの正体が分かりましたの?」

「はい。きっと、なにもかも見える鏡なんです……」


 大翁様がくわしく話す間もなく、急いでクナから離れたのは。おそろしい映し鏡に感知されないようにするためだったのかもしれない。

 つけたのは十中八九あの人だと疑っているけれど、信じたくない……

 そんなクナの頭の中で、少年のかわいい声がきんと鳴り響いた。金属の鉢を打ったような、清廉なれども甘い声が。

 

『黒き衣の導師って、ほんとにすごいね。いま俺が君と踊ってるの、白鷹の宮殿にいるあの人に丸見えなんだろうな』

 

 少年はいつのまに姿を消したのだろう。白鷹家の後見人のことを、よく知っているようなそぶりだったけれど、何者なのだろう。ああ、それよりも。

 

「トリオン様……なぜ……」

「スミコ! よろけてますわ。大丈夫?」


 クナはリアン姫に支えられて公園から出た。

 黒き衣のトリオン。白鷹家の後見人は、白き女神レクリアルの伴侶だったとクナに告げた。

 クナの前世と、夫婦であったと。なのに……

 

「黙って〈のぞき鏡〉をつけるなんて。あたしを利用するようなことをするなんて。そんな……」


 このような仕打ちはおよそ、愛する伴侶に施すものとは思えない……。

 けれど。

 あの御方は、パーヴェル卿を退けたほどの、高位の御技を駆使するお人だ。少し魔力のある人ならば、だれでも分かるようなものをわざわざつけるなんて、なんとも解せぬ。本気で悪意あるのぞき見をするつもりなら、もっと感知されにくいものをつけるのでは……

 いや。これは何か理由があるとか、何かのまちがいだと思いたいのは、クナがトリオンを憎からず思うどころか、浅からぬ好意を持っているからなのだろう。


(だって黒髪さまと、同じだもの。同じ声なんだもの)


 だから、嫌いになどなれるはずがない。たとえどんな仕打ちをされようとも、信じたくなるのだ。そんなはずはないと。


「スミコ?!」

「う……うえっ……ふええっ……」


 リアン姫がうろたえる。もしかしてすっころびでもしていたのかと、クナの体をぱたたと触って確かめてくる。

 クナはじわじわ濡れてきたまぶたを拭い、泣き声を殺そうとした。

 胸がぎゅうとしめつけられるように痛んで、喉の奥が熱かった。こみ上げてくるものが、鋭い叫び声になって外へ飛び出ていきそうだった。


「おな、じなのに。声、おなじ、なのに……なんで……」


 ほろほろぽろぽろ、クナの目から涙が落ちていった。とめどなく。

 



 

 中央広場に戻ると、クナとリアン姫の不在はちょっとした騒ぎになっていた。

 メノウがいらいら、付き人たちに今すぐ探せと指示を飛ばしていたのである。

 もうだいぶ夜もふけて、大使館へ戻る時間が来たらしい。

 

「みなの和を乱すようなことは、慎みなさい!」


 いや、太陽の巫女を隅に追いやるあなたこそ。

 そっくりそのまま返してやりたい言葉を浴びせられ、太陽の巫女たちはすごすご、馬車に乗り込んだ。

 馬車の中でクナはずっとしゃくりあげていて、リアン姫はじめアカシやミン姫に心配された。

 大丈夫だと言うも、胸が痛くてたまらなくて、どうにも嗚咽がとまらなかった。

 

「スミコさま。その不思議な少年というのが、つきものはトリオン様のしわざだと?」

「は、はいっ……」

「それであなたさまは、トリオン様はとても善い人だと思っていたのに、違っていたからひどく打ちのめされたと?」

「はい……だって、黒髪さまと、おなじ、声で……黒髪さま、そのもの、みたいなのに……」


 千早の袖をしとどに濡らすクナに、事情を聞きだしたアカシは深いため息をついた。

 容姿はそんなに似ておりませんのにと、当惑たっぷりにつぶやく。同じくため息をついたリアン姫は、しっかりしろと言いたげに、がしりとクナの肩を掴んできた。


「スミコ。あたくし、あなたの旦那様だという黒髪の柱国さまのことは、お噂しか知りませんけれど。いいこと? 黒髪さまとトリオン様は、別人ですのよ? たとえ声が似てようが、全然違う人ですの。ですから、そんなに動揺するものではありませんわ」

「べつの、ひと……そんな……」

「なにその、否定したげなへの字口は。ええ、別の人ですわ。まったく違う人! いいこと、ここは呪詛のひとつでも投げてやるところですわ! 泣くのじゃなくて怒りなさいっ」


 こわい声の励ましに、クナはようやく気を落ち着けた。だがなぜか、納得はできなかった。 

 

(でも同じなのに。まったく同じなのに……)


 トリオンのもとへ行けばつきものは消える――

 不思議な少年が言ったことは本当だろうか。すめらへ、百(ろう)さまのもとへ戻るためには、またユーグ州にいかねばならないのだろうか。

 

(ああそうしたら、九十九(つくも)さまに会える。でも、トリオンさまに会うのは……)

 

 トリオンの声を思い出すと、たちまち胸がしめつけられる。

 黒髪さまその人に裏切られたような気がして、クナはひと晩、やわらかな枕を濡らした。


(あの人に会うのは、こわい……)





 選考会はさっそく翌日の夜、舞踊祭第一日目より始まった。

 舞台はレンディールの国営劇場。一日に行われる公演はニ団体。

 審査院のお歴々は日々それを鑑賞し、後日協議審査をするという形だ。

 クナたち帝都舞踊団の出番は、二週間後の最終日。舞踊祭を華麗に幕引きする役目を与えられていた。


「もっとお休みが欲しかったですね。美術館に入り浸りたかったです」

「ミンさま、そこは川下りをしたかったと言うべきですわよ」

「私の嗜好はあなたとはちがいます、リアンさま。俗な趣味は持っておりません」

 

 会期中、クナたちは一日か二日、息抜きで美術館や音楽堂を巡った。しかし大体は、大使館内にある広間でぎっちり練習し、夜になると決まって選考会場へ移動した。

 すべての公演を見学せよという、月神殿からのお達しがあったためである。

 しっかり敵情視察して、それを越えるものを披露しろ、というわけであった。

 

「大トリを勝ち取るのに苦労いたしましたぞ」


 大使はクナたちの練習を時おり見に来て、参った参ったと、しごく大らかに笑っていた。


「案の定、魔導帝国の舞踊団と取り合いになりまして。みごと当たりクジを引き当てたのが、この私というわけです」


 先に敵の公演を見ておけば、ぎりぎり直前での修正が行える。相手よりも優れたものを繰り出せる。ゆえにすめらも魔導帝国も、熾烈に最終公演枠を狙ったらしい。

 

「審査官たちを、すめら有数の湯治場にご招待しました。くわえて、錦と珊瑚(さんご)をたっぷり積んだ飛空船と、鉄の竜(ロンティエ)を少々。さらに、適当な縁組一件。まあそれで、運命の女神は私にほほえんだのですよ」

「おまかせくださいませ大使さま。このメノウ、大いなるご尽力を無駄にはいたしませぬ」

「期待しておりますぞ。それにしても、口惜しい……レンディールのあらゆる報道機関に、連日我が舞踊団の特集を組ませ、かわら版をすめら一色にしようと手を尽くしたのですが。魔導帝国の皇帝陛下がレンディール入りした記事を、でかでかと載せられてしまいました」

「くれないの髪燃ゆる神眼の御方は、大陸で最も有名な英雄です。それはいたしかたございませんわ。ですが祭りの最終日には、我らがすべて、すめらの色に染めてみせます」


 練習は出番が近づくにつれ、厳しさが増した。

 メノウは太陽や星の巫女たちだけでなく、かわいがっている月の巫女たちも、容赦なく叱り飛ばした。

 

「一拍遅れましたよ! それでは降りたときに、次への溜めができませぬ!」


 とくに舞台中央で(ひと)り舞する巫女には、集中砲火。

 月神殿よりぬきの神楽(かぐら)団の伴奏の速度はそのままに、連続の花音(かのん)を漏らさず入れろと、怒鳴りたてた。


「無理です先生、この速さでは、回転しきれません」

「いいえ、伴奏の速度を落としてはだめ。昨日のファラディアの舞踊団の、怒涛のような勢いを見たでしょう? あれより遅いものはいけません!」

 

 演目は日々、改良された。(ひと)り舞いの時間が伸ばされ、終盤には円舞が加えられ。振りつけはひどく複雑になった。

 落ち込むクナは、とにかく舞に集中しようとつとめた。

 トリオンの仕打ちにはとても傷ついたけれど、うじうじふさぎ込んでいる場合ではない。

 無心になろうと、ひたすら波を模した裳を揺らした。

 幸い、体を動かしていれば、いくぶん気がまぎれた。

 そうして舞踊団の緊張が高まりゆくなか。クナは時おりきしきし、変な音を耳にした。それはしごかれている巫女たちの体がたてる、骨の悲鳴だった。

 

(大丈夫かしら。今にも折れそうでこわい……)


 その音は、端役の太陽の巫女たちからはほとんど聴こえない。前衛で複雑な舞を舞う、月の巫女たちの体が発しているようだ。

 技を連発する舞は、ひどく体力を消耗する。月の巫女たちはみな、連日の激しい練習で疲労がたまっているのだろう。


(ああどうか、みんなの体がもちますように)  


 祈りつつ迎えた、祭りの最終日。

 帝国舞踊団の巫女たちは、みな腕に鈴をつけて舞台へとのぼった。 

 実のところ、ずっと隣で舞うリアン姫の気配を追えば、なんら困ることはないのだが。昼間のうちに試演を数回行なったので、クナはすっかり、ほのかに灯り玉の熱が降りてくる舞台の広さを把握していた。

 

(十歩の跳躍で中央に集まって、それからまた十歩、斜め右後方に跳び下がったら、独り舞が始まって……円舞は、ここから五歩前に出たところで……すごい……大使館の特設練習場とまったく同じ広さだわ)


 まだ降りている幕のすきまから、観客のざわめきが漏れてくる。

 メノウがちらと幕を開けて、様子を伺ったからだった。

 

「あらまあ、貴賓席をごらんになって。くれないの髪燃ゆる方が、渋顔をなさってますわ」

「さきほど舞ったお国の舞踊団が、へまをしたからですな。独り舞をしたあの(ステラ)、何か別の舞技を見せようとしたようですが」

「新しい技かしら? でも、失敗しておりましたわね」 

「勝負に出ないで、いつもどおりにやればよろしいのに……」

 

 そういえば今朝首都中に配られたかわら版には、魔導帝国のレヴテルニ帝は、舞の鑑賞が大変お好きであるという記事が載っていた。帝は連日、選考会の舞を熱心にごらんになられているらしい。

 ざわめきが閉じられると同時に、メノウの喝が高らかに飛んできた。


「さきほど申しましたように、修正は要りません! このまま、最終調整のとおりに! 月女(つきめ)さまのご加護あらんことを!」


 メノウは勝利を確信したのだろう。

 最強の競争相手、魔導帝国の舞踊団が、一歩遅れをとったのだから。 

 

 鉄線がすべる音がして、幕が上がった。すめらの神楽がおごそかに流れ出す。

 しゃらんしゃらん、清き鈴の音。

 ふおーふおー、澄んだ笙の音。

 ぴいひゃら、勇ましい笛の音。

 しゃーんと銅拍子が鳴らされたとたん、舞台の上の巫女たちはそよぐ風となった。

 

(大丈夫。きっと、大丈夫)


 そう願いながらクナは大きな裳をまわしたけれど。たちまちまた、あの悲鳴を耳にした。

 ぎしぎし、みしみし。今にも折れそうな、骨の音を。

 

(ああ……折れそう)


 とたたん、たたん。

 神楽の調子が速くなる。そよ風のうねりが、どんどん勢いを増していく。

 一斉に跳ねる月の巫女たち。とんと、着地音がみごとに重なる。 

 すばらしい同調だ。直後のつむじ風の乱舞はわざとその同期を乱すもの。

 荒れ狂う嵐。空をつんざく稲光り。

 月の巫女たちが激しく動く。

 ぎしぎし、みしみし。骨の音が大きく軋む。

 

(おねがい最後までもって……あ……!)


 クナの不安は的中した。

 しゃららん、しゃらん。ふおー。

 鈴と笙の呼び音とともに、嵐が縮んで中央に収束したとき。集められ、ひとつになった風の渦が、わずかに歪んだ。

 中心で芯のごとく舞う月の巫女の回転が、ゆるりゆるりとゆらいだ。回転軸がぶれているようだ。たちまち、渦の勢いが弱まっていく。

 

「回れない……!」


 泣き声と変わらぬ苦痛の囁きが、クナの耳に飛び込んできた。

 と同時に、びきりと、ひどくおそろしい悲鳴があがる。

 

(まさか足が!? でもこれから、独り舞が始まるのに!)


 独演する月の巫女が、目の前でうずくまる気配がした。彼女はとっさに、伴奏似合わせて(なぎ)の型をとったようだ。

 しかしこのまま、みなが四方に散ってしまえば……このまま、彼女が動けなければ……


(そんなのだめ!)

 

 失敗したら、黒髪さまは救えない。この舞台は成功させなければ。勝たなければならないのだ。

 不安の吐息を落としながら、巫女たちが周囲に散っていく。動けない巫女を中央に取り残して。


(だめ! あの人、ひとりではもう舞えない!)


 数歩下がりかけたクナは、ぐっとかかとに力を入れ、踏みとどまった。

 そして瞬時に、覚悟を決めた。

 ぎゅんとすばやく、かろやかにまた中央へ跳ぶ。

 指先を固め、足先を伸ばし、クナはうずくまる巫女のそばに、ふわりと降り立った。


(お願い立って!)


 ぎゅん。

 ぎゅん。

 回転しながら彼女に風を当て、近づいて腕を掴む。

 

『二人舞は楽しいよ? ほら、俺が浮かせてあげるから。回ってみて?』


 あの少年の声が、クナの頭の中で響いた。


(そうよあたし、浮かせてもらった。こうやって――!)

 

 風の力を瞬時に溜め、クナはしっかと掴んだ相手の腕を離した。浮いた相手がくるくる回転する。

 おおと、観客席からどよめきがあがるなか。着地できぬであろう相手の腕を、クナは自身も回転しながらまたつかんで、しっかと支えた。そして本能のまま、また凪の型をとって固まる相手の周りを、かまいたちのようにすばやくめぐり――

 

「スミ……!」

「花音じゃない……!」


 クナは飛んだ。

 熱を降ろしてくる灯り玉を、天照(あめて)らしさまにみたてて。熱い光をめがけて、飛んだ。

 

「飛天だ!」


 瞬間、だれかが叫んだ。少し上の観客席の中から、とても嬉しげに。

 優雅にはばたきながら着地したクナは、間髪いれずにまた飛んだ。

 腰の注連縄の重みなど、舞台の四方から巫女たちが送る風柱のおかげで、ないも同然だった。

 高く、高く。

 クナは舞い上がった。

 まるで背中に翼を生やした、天女のように。


 


 




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