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幕間2 金色の猫

今回は、赤毛の子視点のお話です。

 蒼い上着が窮屈だ。安物の、銀メッキのカフスボタンがきらきら光ってる。

 見上げれば、半裸の精霊たちが舞う天井絵の中心に、太陽が在る。

 無数のギヤマンの粒が光る、大シャンデリア。

 その黄昏色の灯りが、赤いベルベットの席に座る人々をほんのり照らしている。

 絹のシャツにレースの襟。金や銀にきらめく刺繍。耳や胸元できらきら輝く、いろとりどりの宝石。

 まぶしくなく。暗くもなく。柔らかで沈んだ光が、きらびやかな人々を浮かび上がらせる。


「壮観だね」


 三階分の高さのある大劇場のどの席にも、身なりの悪い人はひとりも座っていない。

 なぜならここは、白鷹州公閣下の大宮殿。

 三日前、州公閣下はスメルニアの姫と三度目の結婚式を挙げた。スメルニアやファラディア、キールスールなど、名だたる大国からきた賓客たち。ユーグ州の貴族や高位の官たち。そんなやんごとなき面々が、ご成婚を祝うべく召されているのだ。

 豪奢な晩餐、舞踏会。花火に舟遊びに園遊会。それから観劇……

 連日開かれている祝賀の催しは、なんとも絢爛豪華。あと一週間、続くそうだ。

 

「花嫁の、なんてお美しいこと」

「金の髪が見事ですわね」

「さすが、太陽神官族のご血統。気品がありますわ」

「付き添い娘たちも美人揃い」


 ひそひそさわさわ。二階の箱席にいる俺の耳に、貴婦人たちの囁きが入ってくる。

 劇場は三階分もの高さがあり、二階と三階はすべて箱席。一階席を囲むようにそそりたっている。

 花婿たる州公閣下は一階の、舞台の真ん前の席に座している。第三妃となった花嫁は、そのすぐ後ろ。第二妃の隣が定位置らしい。

 新郎新婦が並んで座らないのは、家長制度がことさら強い風土のせいか。それとも、一夫多妻を慮ってのことか。

 さわさわひそひそ。貴婦人たちの話は止まらない。


「お式の直後の巫女舞。とても見ごたえがありましたわ」

「付き添い娘たちの舞ですわね。あの子たち、みんな巫女だとか」

「一番若い娘の舞の速いことといったら。(ステラ)かと思いましたわよ」

「あれはすごかったですわね」

「ええ、風が起こっていましたね」


 (ステラ)? ああ、たしかに。花嫁の後ろに座るあの娘。

 長い黒髪で左右の髪を団子にしている若い巫女。あの子の舞は、見事だった。

 芸術の国、レンディールの舞踊団の舞姫は、(ステラ)と呼ばれるんだけど。たしかに、それにも劣らぬ艶やかさだった。まさか、スメルニアの巫女が花音(かのん)の舞を見せてくれるとはね。あれは眼福だったな……。 


「袖が少し短いですね」

「え、そう?」

 

 隣の椅子に座る、すらりとした手足の紳士が俺を見て目を細めた。あごにちょびっと生やした髭を撫でながら。

 この人は俺の商会のお得意様。レンディール共和国の上院議員、コジモさんだ。


「ごめん俺、これでせいいっぱいで……」

「大丈夫ですよ。見咎められることはないでしょう」


 白い絹のブラウスに黒のキュロット。刺繍なんてひとつも入ってない蒼い上着。この格好、ぎりぎり、襟首掴まれてつまみだされないレベルだと思う。

 白鷹家の家令は、かなり優秀だ。

 席はすべてきっちり割り振られていて、侍従たちは、客と分厚いリストとをしっかり照合して席に案内している。所作もまったく卒なく美しく、過不足ない。よく仕込まれてる。

 残念ながら俺の名前はリストになくて、ほんとはここには入れないんだけど。懇意にしてるコジモさんが、ぜひにと招待してくれた。もうまじで、すごく嬉しい。

 それにしても……


「花嫁は相当勇ましい方であられるようですわよ」

「聞きましたわ。なんとスメルニアの鎧をまといて式に臨むと、おっしゃったとか」

「でも州公閣下があのみごとな錦を下して、着るようにと命じたそうです」

「ユーグの金繻子(しゅす)ね」

「ええそう、この州特産の、大変貴重な金色の繭糸にて織られたものですわ。すごいですわよね、あの光沢」


 周りのひそひそ、身のない会話だなぁ。だれか国家機密でも喋ってくれないかな。

 花嫁の後ろでがちがち固い顔してる、スメルニアの文官さんとか、ぽろっとつぶやいたりしないかな。今度の遠征のこととか。数と兵種は大体把握できてるけど、指揮官の能力が未知数なんだよね。

 姫将軍って、呼称からして無敵っぽいし……


「どうしました、テシュ・ブラン? 首を傾げて」


 コジモさんはなかなか鋭い人だ。俺はくすりと苦笑して、正直に言った。


「聴力の感度を上げたら、貴婦人たちの口さがない噂がいろいろと」

「ああ……あなたの耳は人工内耳でしたね。そういえば、あなたの猫は? あの金色の猫。今日は一緒におりませんね」

「鼠をとりにいっちゃったみたい。劇を見るのは飽きたっぽくて。あ、幕が上がった」


 真紅の幕がそろそろと上がる。なにはともあれ楽しもう。

 さあ、開演だ――。





 舞台上にあらわれたのは、総勢五十人ほどの楽団。

 さまざまな楽器を持った黒服の人たちが、舞台中央に立つ指揮者を注視している。

 銀の指揮棒がスッと空を裂く。

 と同時に、波が起こった。

 厳かな竪琴(ハープ)の音色が、大劇場に響きだす。

 ほろほろりらりら。きらびやかな音階のさざなみが駆け上っていく。

 ほどなく、竪琴(ハープ)小提琴(ヴァイオリン) の音が加わった。

 和合した波はいったん退いて。そしてまた、さまざまな音色を載せて押し寄せてきた。

 竪笛(クラリネット)角笛(ホルン)中提琴(ヴィオラ)大提琴(チェロ)……

 音の波がどんどん分厚く、高くなる。聴く者を呑み込もうと、襲ってくる――

 

「呑まれる……やっぱり最高(ブラヴィッシミ)

「さすがの演奏ですな」

 

 まずは歌劇の序曲で来たか。

 怒涛の波が退いていき、余韻たっぷりの終音が鳴らされるなり。割れんばかりの拍手がそこかしこから起こった。

 でもコジモさんは、数回手をぱんぱんしただけ。聴いてる間、組んだ足の先が微かに拍子をとっていたけれど、顔は渋顔。今日はあまり機嫌がよろしくない。


「極光楽団は、わがレンディール共和国の公認楽団の中で筆頭位。大陸随一のと謳われし、世界で最も高名な楽団です。式典を彩りし各国の楽団、劇団、舞踊団。州公閣下は、いったいどれだけ招致なさったのか」

「あは。催しが目白押しだよね」

「ずいぶんと奮発なさったものです。しかしこれで三枠、全て埋まりましたな。三人目はやはり順当に、スメルニアの姫でしたか」

  

 北五州の太陽神はしごく寛容で、貴族階級の男は、三人まで法的な妻を持てる。これは古代より戦乱激しい、この地らしい慣習だ。

 嫡子を産む正妃は北五州の州公家から娶り、お家の純血を保つ。

 二番目の妃は臣下の中で最も力ある貴族から娶り、領内の支配力を高める。

 三番目の妃は異国から娶り、強固な同盟を結んで対外的な立場を高める。

 こたびの婚姻は、まったくもって合理的で伝統的な、型通りのものといえるだろう。


「しかし内乱が起こるとは……黒き衣の後見人が、迅速な対応で鎮圧したそうですが。不安定な国に我が国の楽団が出張するのは、なんとも不安です」

 

 きな臭い事情のせいで、結婚式も催しも、急遽場所替えになった。

 異国の賓客たちはみな、コジモさんと似たようなことを思ってるかもしれない。ユーグ州の中枢、白鷹城が爆破されるなんて前代未聞だ。花嫁もまさか、城内で派手に殺されかけるとは、思いもしなかっただろう。

 淡い黄金色の錦をまとったスメルニアの姫は、お伽話の絵本からぬけだした女神のよう。

 すました顔をしているけれど、その心中はいかばかりだろうか……

 

「さすが白鷹公、大陸一のものをこんなに集められて」

「由緒ある古い王家ですもの。新興の王族とは格が違いますわ」


 隣の箱席にいる婦人たちがころころ笑う。コジモさんにも聞こえたみたいだ。彼の片眉がくわりと上がっている。不機嫌ここに極まれり。とても険しい。

 スメルニアの姫が州公と初めて相まみえたのは、一連の手続きや催しの準備がすべて整ってからのこと。すなわち、豪奢な結婚式も連日続く絢爛な宴も、花嫁への愛を現すものではない、と言いたいのだろうか。席にひしめく貴婦人たちが、頬を染めてひそひそ。なんと幸せな花嫁かと羨んでいるのは、まったくもって的外れだと。

 俺はわざとらしく、首をわずかに傾げてみせた。

 

「今回の催しは……白鷹家の威光を世に知らしめるため?」

「それ以外の何が、ありますか?」


 やんわりと山なす冷徹な瞳が、俺を映す。真っ赤な髪の、痩せぎすの少年を。

 コジモさんが求めているものを察した俺は、大げさに肩をすくめた。

 

「なるほどね。うん。俺こういうの、あんまり好きじゃないな」

「古典音楽は好みではありませんか?」

「ううん、俺もあなたと同じ。権力を誇示するために芸術を使うのは、好きじゃない」

「テシュ・ブラン……」


 たちまち、あごひげ紳士の顔に微笑が浮かぶ。同志を得てとても嬉しそうだ。


「前のオーナーなら、招致を断ったと思うよ。芸術一筋の人だったでしょ」

「残念ながら今のオーナーは、そうではありませんな。金の棒を積まれれば、簡単にあちらへこちらへ。尻軽で、節操がありません」

「困るよね。あちこち行かれたら、追っかけるの大変だし」


 俺を見るコジモさんの微笑みがますます優しく、明るくなる。


「先月のファラディア公演のとき、あなたが箱席にいたの覚えてるよ。その前のトバテ公演のときも。レンディールの音楽祭は、言うに及ばずかな」

「私も各国の劇場であなたをよくみかけますよ、テシュ・ブラン。私はレンディールの上院議員で極光楽団の後援会員。よって望めばいつでも、〈私の席〉があるわけですが。商人であるあなたは、席を取るのにかなり苦労なさっているのでは?」

「うん。今日みたいに誰かに招待されないと、なかなか……」


 じゃーんと、妙鉢(シンバル)が鳴り響いた。

 第二曲目。交響曲が始まった。

 俺はしばし黙り、怒涛の波に身を委ねた。

 がんがん、鋭い波が打ち寄せてくる。肌に痛みを感じるぐらい。

 いい音だ。この劇場もすばらしい。天井の形がよいのだろう、音響効果がすこぶるいい。あらゆる方向からめくるめく、音が襲って来る。

 第一楽章の終わり。荘厳な大時化(しけ)がやって来て、清らな余韻を残して退いたとき。コジモさんはすっと手を伸ばして、俺の頬に触れてきた。


「かわいそうに……空賊にやられたのですか?」

「うん。交易中に船に乗り込まれちゃって、刀でスパッて。なかなか消えないの」


 頬の傷を優しく撫でてくる手を、俺はそっと押しのけた。


「ねえ、このあとレンディールの舞踊団が連続で舞うでしょ。認定団二つも呼ぶなんてすごいな、白鷹家……」

「我が国随一を誇る舞踊団、すなわち大陸最高峰の聖堂舞踊団は、来ておりません。青燕舞踊団も、蓮華舞踊団もです。極光楽団も一流の舞踊団のように、その誇りと矜持を保てるとよかったのですが。楽団の腕が落ちていないのだけが、救いですな」


 第二楽章はそよ風のような調べ。

 第三楽章は打って変わって、ハリケーンのような嵐。

 第四楽章には合唱が入ってきた。太陽神を称える神殿の歌を編曲したもので、まこと結婚の祝にふさわしいものだ。これは選曲最高といわざるをえない。

 この交響曲、久しぶりに聴いたな。大満足だ。

 州公に召された貴族たちが、割れんばかりの喝采を浴びせる中。幕がいったん降ろされ、しばしの休憩のあと、舞踊団が出てきた。なんと、舞台の上で演奏していた極光楽団が伴奏するようだ。期待に膨らんだ俺の胸はしかし――舞が始まると、たちまちしぼんでしまった。

 

「あ……! 音に負けてる」


 原色系の衣装をひるがえす舞い手たちの技術は、すこぶる高い。演目は古典もので手堅い構成。見事だが……どことなく切れがない。音に遅れまいと焦っているようだ。

 

「伴奏に引っ張られてる。あーあ」


 がっくりうなだれた俺の手を、コジモさんが慰めるようにきゅっと握ってきた。


「あまり息が合っておりませんね。聖堂舞踊団と共演するときは、こんなことはないのですが。一流の音には、一流のものしかふさわしくない、ということでしょうか」


 俺と同じものを愛する人は、俺の耳に熱っぽく囁いた。


「来月、私の本宅にいらっしゃい。我が国の首都、フロリアーレで舞踊祭が開かれます。聖堂舞踊団の舞を見せてあげましょう」

「え……ほんと? 大陸一の舞踊団の舞を?」

「すでに箱席を取ってあります。オーナー席のすぐ隣で、花音(かのん)の舞の乱舞を堪能できますよ」

「わ! すごい! 貴賓席で?!」

「はは。目の色が変わりましたな」


 だって舞はいっとう好きだから。楽曲よりもなによりも。

 無機質な物を使うのではなく、指先足先、自分の体をすべて使って奇跡を起こす。

 空気を震わせ風を起こし。見る者を一瞬で魅了する――


「実は光栄にも、魔導帝国のレヴテルニ帝をもてなすことになりましてね。私が陛下の隣で、演目の説明をするのです」

「そんな大事な場に俺を?」

「ブラン商会を、陛下に紹介したく思うのです」

「えええ! ほんとに?! わああ、ありがとう! ぜひお願いする! お礼に、いっぱい割引してあげるね!」

「おやおや、勝手にそんなことをしたら、父上に叱られませんか?」 

「大丈夫だよ。パパは、あなたとの取引は俺に一任するって言ってたもん」


 大きな手をぎゅっと握り返すと、あごひげ紳士は、俺の手の甲に口づけを落としてきた。

 まるで美しい貴婦人にするように。


「では、注文数を倍にしましょう。今回も指定の葡萄酒を、期日までに私のセラーに入れてください」

「倍? そんなにいいの?」

「テシュ・ブラン。取引相手があなただというのなら、いくらでも買います。ですから、どうか必ず……」


 冷徹な瞳に熱が宿る。


「必ず来月、私の館に来てください」

「うん、そうする!」


 俺はにっこりうなずいた。

 大丈夫。約束が破られることはないよ。安心して。

 心の中で、そうつぶやきながら。

 俺は来月、コジモさんの館に必ず(・・)泊まる。コジモさんの望み通りに。

 だって。それはすでに半年前に、俺自身が決めたことだから――





 舞踊団の舞のあとは、地元の一座の仮面劇が披露された。悲劇がひとつと、喜劇がふたつ。

 その日の長い長い催しがようやっと終わり、劇場から解放されたら、窓の外は真っ暗。すっかり夜になっていた。

 コジモさんは晩餐にも俺を連れて行きたがったけど、ごちそうが出されるのは貴族専用食堂。無礼講となる大広間じゃないから、一介の商人を連れ込むのは無理だった。

 「私の息子のふりをすればよいでしょう?」って食い下がる彼の誘いを、俺はもじもじはにかんで固辞した。

  

「ありがとう、でも俺、こんな格好だし。言葉遣いもスラムあがりでこんなだし。きっとあなたに恥かかせちゃうよ。箱席に招待してもらうだけで十分だから……」

「その屈託ない言葉使いが、私には新鮮なのですがね。仕方ありません、ではまた明日、一緒に歌劇を楽しみましょう。午後になったら、あなたの部屋に迎えを送ります」 

「わあ、ありがと! うれしい!」

「こちらこそ。死んだ息子とそっくりのあなたと過ごせて……嬉しいですよ」


 コジモさんは何度も、俺の手に口づけを落としてきて。名残惜しげに振り返りつつ、上の階へと姿を消した。

 州公に招待された賓客たちは、何人もの使用人を従えてきている。宮殿の下の階層には、そんな者たちが泊まる小さな部屋がずらりと並んでいる。

 本来ならば対岸の町に泊まるべき俺は、コジモさんの口ききで、その一室を貸してもらった。祝宴が終わるまであと七日、そこに泊まって、観劇三昧する予定でいたんだけど。

 

『極光楽団の演奏を聴いたのなら、十分だろう。帰るぞ』


 岩壁むきだしの狭い部屋に入るなり。寝台の上に座っている金毛の猫に唸られた。


「え、でも。明日は、キールスールの七星座の歌劇が――」

『くそトリオンの顔を見てきた。もうここに用はない』

「見つけたの?」


 白鷹家の後見人は、劇場にいなかった。礼拝堂での式の時も、それに続いた式典や催しにも。

俺が見られたものには、まったく姿を現していない。どうやら貴族しか入れぬ上階、城のてっぺん近くで、今回の祝賀の一切を取り仕切っている……ということしか、分かってなかったけど。

 今日一日、別行動した猫がやっと見つけたらしい。 


『相も変わらず隠し部屋でコソコソしていた。すぐに気づかれて、尻尾に火をつけられて追い払われたが。まあ、ちんけな使い魔と思われただろうな』

「それなら大丈夫でしょ? もう少しここにいても……」 

『だめだ。荷造りしろ。すぐに船に乗れ』

 

 猫がすとんと、簡素な寝台から降りてくる。金と青、二色の(まなこ)で俺を刺しながら。


『注文は取ったんだろう? コジモは、翠鉱弾(ぶどうしゅ)をいかほど買ってくれるんだ?』

「前回の倍……要塞(セラー)に納品してくれって」

『上々だな。では帰るぞ』

「やだ。もう少しいたい」

『七星座が観たければ、おまえの宮廷に呼べばいい』

「来てくれないよ……」

『ああ、この前うやむやに断られたか』

「そうだよ。キールスール王国は、ユーグ州と組んでて親スメルニアなんだから。黒き衣のトリオンが、根回ししまくってるせいで」


 トリオンは、白の癒やし手レクリアルを信奉する教団の教祖だ。

 レクリアルの伴侶であると自称し、女神亡きあとは、大陸中の信者が捧げた奉納地を実質、我が物にしている。すなわち、大陸中に土地をもつ大地主なのだが、その領地はとくに、ユーグ州やその周辺に集中している。

 彼がユーグ州の後見人を務めているのは、そのためだ。点在する自領を白鷹の行政とつなげ、実質ユーグ州に併合し、この州ごと支配している。

 困ったことにトリオンは、どちらかといえば親スメルニア。魔導帝国にはすこぶる愛想が悪い。


『ふん。ならばトバテの銀鍋座を呼べ。七星座に勝るとも劣らぬだろう』

「ねえ、なんでそんなに急ぐの? 俺になんか、隠してることない? なんかやましいことした?」

『隠し事もやましいこともたくさんありすぎて、どれがどれやらだな』

「ちょ……」


 それ、どや顔で言うこと? 

 呆れて眉間に皺を寄せる間に。金色の猫は、俺の背負い袋をぐいとくわえて引っ張ってきた。


『ほら。とっとと荷物を入れろ』

「ねえ……州公の弟が謀反を起こしたのって、ほんとに自分が州公の座に付きたかったってだけのこと? もしかして誰かにそそのかされたとか、そんなんじゃないの?」

『さあな』


 猫のしっぽの先がひくひく動いている。俺の推測が当たってるということを、如実に証明してくれる反応だ。俺はさらに一歩踏み込んでみた。


「ジェニが……焚き付けたの?」

『ふん。白鷹(アリョルビエール)の小僧ごときとなど、遊ぶものか』

 

 しっぽが激しくぱたたと動く。

 なるほど? 直接会ったんじゃなくて、分身かなにか使ったのかな。

 

『とにかく。早く戻って、またあいつを殺したい』

「ジェニ……!」


 猫は青ざめる俺を見上げて、きっぱり言った。


『殺したい』

「殺すのは……もういいから」

『いやだ。また殺してやる』

「お願い……」

『黙れ、俺の子』

 

 金の猫の意志は揺るがない。俺がどんなに頼んでも……これだけは譲れないって、耳を貸さない。

 もう何度も何度も、あいつを引き裂いて殺してるのに……


『あいつは俺の子(おまえ)に傷をつけた。おまえがなんと言おうと、決して許さぬ』 

「かすり傷だった」

『あいつの刀は、魂を傷つける霊刀だった!』


 猫の口から、低い咆哮が漏れる。ぐおんと、もっと大きな獣が出すような声が。 

 

「輪廻しても残る呪いをつけるのは、黒の導師のデフォでしょ。あいつだって黒き衣の導師なんだし、そんなに怒るようなことじゃ――」

『許さぬ! 殺してやる。何度でも! 殺してやる! 俺の子にこんな傷を……! こんな……!』


 床が震えた。雷鳴のごとき声を轟かせて、猫は、みるみる大きくなった。 

 太くなる手足。伸びてくる鋭い爪。目を焼く、金のたてがみ……

 美しい金の獅子になったそいつは、ごうと吠えて俺を押し倒した。


『人に向かって神獣をくりだすなど。あんな刀を使うなど……! 許さぬ! 未来永劫! あいつを苦しめてやる!』

「やめて……恨まれて当然でしょ。だって俺ほんとに、レクリアルを殺――」

『おまえは悪くない! 本人に頼まれてしたことだ!!』

「ジェニ……!」


 頬になにかがぽつりと落ちてきた。驚いて手を伸ばして、たてがみを掴むと。それはたちまち、人間の髪の毛になった。目の覚めるほどまぶしい、金の髪に。

 

「ジェニ、ごめんなさい……言うとおりにするから。すぐ、ここを出るから」


 俺は輝く人の首に腕を回して、抱きしめた。白くて、精霊のようで。とても美しい人を。


「だからお願い……泣かないで」

『俺の子……おまえを守れなかった。おまえを……』

「守ってくれたよ。俺の首、つながってるじゃない」

『っ……』

 

 きつい抱擁が体を締めてくる。

 俺は目を閉じ、その熱に身を委ねた。

 それはまばゆくて。とても甘くて。激しいけれど、優しい光だった。

 俺を包む光はふわと俺を抱き上げ、一階の港に降り。小さな小舟に乗りこんだ。

 音もなくするする進む舟の中。俺はこぼれ落ちてきそうな銀の星々をずっと眺めていた。

 

 黄金の光と一緒に。いつまでも。



敵の要塞に新兵器入ります。

がんばれ九十九さま。

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