20話 姫将軍
さてもこれほど雄々しい女性が他にいるであろうか。
驚くクナの耳に、勇ましい軍歌が入ってきた。
くれないの緒 鎧に通し結びしは
願い抱く父母のため――
それは出陣式の時に兵たちが歌ったもの。鎧まとう九十九の方はおのれを鼓舞するかのように、その軍歌を朗々と歌い上げた。
兄弟のため姉妹のため そして愛する妻のため
ふるえつわもの鋼の刃
天の加護まといて進み征け
くれないの緒 鎧に通し宿りしは
天照らしさまのご神光――
何というお覚悟かと、クナが息を呑むと。歌い終えた戦女神はくすくすと不敵な笑いを漏らした。
「ほほ、特注にて鎧を作らせましたわ。朱の錦を緒にして通した綾縅 し。加護紋を胴にしっかと入れてもらいましたえ」
すめらの将の鎧は、色染めされた緒がびっしり通された金属板で作られる。そして胴には決まって太陽紋が刻まれるという。武を司る天照らしさまの加護があるようにとの、信仰心のあらわれだ。
むろん、緒を縅すのも彫金も、一両日でできあがるものではない。
ということは、九十九の方はお嫁入りが決まってすぐ、軍団を指揮なさる覚悟を決めてご準備なさっていたのだろう。
部屋はいやおうなしに武の匂い一色。クナも付き添い巫女たちもみな気圧されて、言葉を出せないでいる中。アヤメが呼んできた二人の将軍が、入室を許され部屋に入ってきた。
「姫さまこれは……」
「な、なんというお姿か」
とたん、この二人もクナたちと同じく驚きに呑まれた。
しばし言葉を失い、たじろぐこと数拍。そうしてやっとのこと正式なる挨拶の言葉を述べ立てる。
金烏将軍と氷昌将軍。花嫁の船を護衛する左右の船それぞれから、鉄の竜に乗って移ってきた彼らもまた、かしゃりかしゃり。冷たい金属の音をたてていた。
「ほほほ、お二人の鎧、えらく素晴らしいものやね。照り具合のよろしいこと。普通の糸縅 しやあらしまへんな。鹿皮の緒で通してますのんか?」
「お、おっしゃる通りこれは、鹿皮を染めた緒を使いました韋縅にて――いえその、姫さまにおかれましては、我らのようなご武装は無用にございます」
「そうです、軍の采配は我らにおまかせを」
うろたえつつ、将軍たちが武装はしないでくれと申し上げるも。雄々しい戦女神は取り合わなかった。
「せやけど十万の兵は、うちのためにつけられたもの。ゆえにうちが指揮をとらせてもらうが道理ですやろ」
「たしかに我らは、姫様の護衛団として出陣しております。おっしゃる通り、姫様の思し召しを至上といたす軍団ではございますが、それは……」
「単なるたてまえと言いはりますか? せやけど出陣式にて、帝が下されし詔。思い出しはってくださいませ」
出陣式は船が飛び立つ広大な基地、大衛府で挙行された。ご祈祷や神楽の奉納、国家や軍歌の斉唱などがひととおり行われたあと。花嫁やクナたち、集結した将軍二人、そして船に乗り込んだ兵たちは、今上陛下の激励文が読み上げられるのを聞いたのである。
「軍団は陽の姫を朕のごとく崇め守りて、北五洲へ無事送り届けられたし――そういう文言やったはず」
「は、はい、たしかに……」
「たしかに崇め守りてと、読み上げられておりましたが」
「帝の御言葉とは、すなわち勅令。そしてすめらの軍は、これみな今上陛下のもの。軍の最高指揮権は陛下のもとにあらします。その最高司令官たる陛下のごとくうちを扱えとの詔。これがうちの指揮権を認めるものでなくて、一体なんでございましょう?」
「そ、それは……」
「仰るとおりでございますが……」
穿つ槍のような一方的な攻勢。理路整然と畳みかけようとする九十九の方に、将軍たちはぐぐっと口ごもった。
あなたはただ、守られていればよい。
二人の将軍は面と向かってそう言いたげだった。
さもあらん、かつてこの二人の将軍は、タケリさまの聖所でクナたちを捕らえたことがある。
彼らが使う龍たちの母、花龍に命じられ、黒髪の巫女団を太陽神殿の囚人とした。若き龍の力と剣による鋼の力でクナたちを脅し、圧倒したのだ。
そんな二人にとって、こたびの花嫁はかよわく非力な者にすぎない。半ば見下しているというのが、実のところだろう。
その雰囲気を読んでか、九十九の方はすらりと腰の剣を抜いた。
「迷いを断ち切り、どうかこの剣に誓ってくだはりませ。こたびの遠征、この陽家の金を長と仰ぎて戦ってくれると」
有無を言わせぬその言いようは、おそろしく冷たくて。クナはびりりと、雷撃のような畏怖に打たれた。息をつめた吐息も、外套を勢いよくまくる音も実に勇ましい。なれど……
(こわい……!)
なんと鋭く尖った覇気だろう。
「うう……」
「ひ、姫様」
きっと泣く子も黙るような鬼のようなまなざしで、将軍たちを睨んでいるに違いない。迫られた将軍たちはたじろぎ、喉をつまらせている。
「答えやいかに?」
戦女神が問う。ぶん、と、剣が振りかぶられる音と共に。
(剣をかまえた?!)
鎧まとう女神は、あたかも峻厳をきわめた山のよう。天つくようにそびえたち、なんぴとたりとも近寄りがたい気配を醸している。もし将軍たちが拒否すれば、抜いた剣をふり降ろしそうな勢いだ。迷いなく。容赦なく。ざっくりと――
クナと同じく、アカシもミン姫もリアン姫も、戦女神のおそろしい気配に圧倒されて固まった。
だれも何も言えず、その場にいっとき、完全なる沈黙が降りる。
(ああ、息が……できない!)
そう感じるほど緊迫し、重苦しくはりつめた空気は、しかし――
「ほほほう。まったく、姫さまには勝てませぬなぁ」
なんともやわらかな声によってぱりんと割られた。
茶の師の、あっけらかんとした、笑い混じりのため息によって。
「姫さま、その剣の構えは北神一刀流でございましょうか。たいしたものでございますなぁ。なれど将軍どのらのお返事はゆるりゆるり、茶でも飲みながらお聞きしましょうぞ」
その吐息はほのかに笑いが混じり、実に軽かった。まるでことの成り行きを面白がってもいるような。そんな大いなる余裕を放っていた。
「茶を飲みながら?」
「さよう。さあさあみなさま」
ぱん。
その場の重い空気を割ってしまうかのように、茶の師は手をひと打ちした。
「まずは、茶を一服」
通玄先生は実に不思議な人であった。
光り輝くタケリさまや花龍のような龍たち。力ある巫女たちや、うがつような視力をもつ大翁さま。クナの周囲は超常の力をもつ者たちばかりいる。なれど、こんなに柔らかな気配をはんつお人はひとりとていない。力をもつ人たちはみな、切れ味鋭い剣のような人がほとんどだ。
先生は大翁様のように強い視線をもつ人なれど、極力その力は抑えているらしい。
「みなさま、どうぞ楽になさってくだされ」
主人たる姫の返事を待たず、通玄先生は部屋のすみで何やら事を始めた。
器を出したり蓋を開けたり。クナの耳にそんな物音が入ってくる。
すると数拍たたぬうち、九十九の方はぷふっと吹き出した。
「なんやそのおかしなすまし顔。先生ったら、どうしても茶を点てるおつもりなんやねえ」
その笑い声を皮切りに、アカシやリアン姫が続けて笑い声を漏らす。アヤメとミン姫があきれたようなため息をついているところからして、茶の師はずいぶんと愛嬌ある表情をしているようだ。
広がる笑いが、鋼のような硬さを失ったあたりの空気をさらにやわらかくした。
すうっと、九十九の方の剣が鞘に収まる気配がする。
(ああ、九十九さまから、こわいのが抜けた……!)
かしゃりかしゃり。鎧をつけた将軍たちが動いて、神妙に席に座す。
茶の教示をしようとして用意されていた部屋には、姫の席に向かいあうようにして長椅子がいくつか並べられていた。
将軍たちの後ろに座したクナは、驚きつつ茶の師が醸し出す音に聞き入った。
からから。茶釜の蓋を開ける音。
ふつふつ。湯気がたっている音。
こぷこぷ。これはおそらく、風炉で暖められた茶釜から、器に湯が注がれたのだろう。
香ばしい茶の香りが部屋に広がっていく。と同時に、重い空気がみるみる駆逐されていく。
かしゃかしゃという繊細な音は、器をかきまぜているのだろうか。香りがさらに立ちのぼる。緊張と驚きでうち騒いでいた胸がじんわりじんわり撫でられて。優しく宥められていく……。
(なんて心地よいのかしら)
クナはうっとり、そのやわらかな空気に浸った。
それはひとつの音楽だった。
静寂の中で奏でられる、かすかでやわらかで香りよい音色。
「どうぞ召し上がれ」
まずは九十九の方に。次に将軍たちに茶がふるまわれた。
「おお、この器は天芽茶碗?」
「金烏様はお目が高うございますな。おっしゃる通り二世紀前の敬徳鎮の逸品です。そういえば、あのあたりでかつて内戦がございました。今郡の戦と呼ばれるものですが」
「あれは私が指揮をとりました」
「霊光殿にご滞在の折、姫さまはよくわしに、あれやこれやと戦のことを話されましてな。とくに金烏様による今都の戦のご平定。なんとみごとな采配やと、感心されておられましたぞ」
「なんと……?」
ほわり。金烏将軍が放つ硬い気配が、みるみる柔らかくなる。
茶の師はすかさず、氷昌将軍もその柔な魔法の中に取り込んだ。
「それに松陽の戦。これは氷昌どのが、蛮族の侵入を食い止めまして、大勝利をあげました防衛戦でございましたな」
「そうです。あれは実に大変でした」
「あの戦の策もすばらしいと、わが姫さまは痛く熱弁されましてな」
「なんと……?」
ほわり。
氷昌将軍の気配も鋼の硬さをみるみる失くした。
茶の師は将軍たちをえらく褒めそやした。
姫様はおふたりに心酔している。そう主張するかのように。
すると九十九の方がとうとうと、その二つの戦について話し始めた。
策の奇なること。兵の損失の少きこと。兵站の完璧なること。
まるで、その目で見てきたかのようになんとも詳細に。
クナは半ばあっけにとられて、舞の師が質実剛健な鋼の物語を語るのを聞いた。
巫女団内で九十九の方は、あたかも軍師か参謀のようであったのだが。なんとそれは天性のものらしい。
「……とくに補給線を死守せしあの防衛戦はなんという神がかりかと、うちは思った次第です。定石では使わぬ籠車を囮にするなど、なかなか考えつかぬこと」
「おお、姫さま。あれを評価してくださるか」
「あれは古代の、稲生の戦をご参考にならはったのでは?」
「おっしゃる通りです。あれは伝えられし経典を紐解き、捻り出した策にて……」
茶の香りが漂う中。
九十九の方と二人の将軍は、歴代の大戦を挙げて語らい始めた。
名だたる戦。名だたる将軍。名だたる奇策。そんなものが次々と三人の口から飛び出して、時折、和やかな笑いが起こりさえした。
「除公望はんは、すめら随一の名将軍。そう思いますやろ?」
「同意ですぞ姫さま」
「私もあの武将に憧れておりまして……」
今や将軍たちの驚愕と疑念はすっぽり、やわらかな茶の香りの中。影も形も見えなくなっていた。
(すごい……! 九十九さまもお茶の先生もすごいわ)
「さあどうぞ、召し上がれ」
感心するクナの手に香ばしい茶の入った器が渡された。先生にすすめられるがまま、口に含めば。苦味の中にふわりと、やわらかなぬくもりが喉を通っていく。
「姫さま、奥州の内戦についてはどう思われますかな?」
「ぜひご見解を」
「あの戦は多勢に無勢、にもかかわらず見事な勝利をおさめたもの。一騎当千の柱国将軍がはじめて出てきた戦と聞いておりますが、はたして当時は当千の力があったのかどうか」
「さようです、おっしゃるとおりで私もそこが気になりまして」
「私はまだまだ、あの当時の将軍の力は十分ではなかったと思いますぞ」
もはや会談は宴のときの歓談のよう。夢中で語る将軍たちに、通玄先生はさりげなくゆるりと、さらなるものをすすめた。
なんとも、やわらかい声で。
「菓子は、みずみずしい水羊羹をご用意いたしましたぞ。さあさあ召し上がれ」
これは魔法だとクナは思った。
人の心をとろかすとは。なんと優しい御技なのだろう――
ふおんふおんと、船の床がかすかに歌う。
ぶ厚いギヤマンの大窓に手を当てるクナは、隣のリアン姫が船団の数を数えるのを聞いた。
「十八、十九、二十……ああ、将軍さまたちのおっしゃるとおり、二十隻いましてよ。壮観ですわ」
「七日でそんなに」
出陣から七日七晩。西へ西へと飛び行く間に、花嫁の船団は大きくふくれあがった。州の衛府や属州の都護府から次々軍船が合流し、いまや大軍団を結成している。
「一隻につき一千人乗れると聞きましたわ。つまり二万の兵がいるということですわね」
遠征軍は総勢十万。残りの八万は、なんとユーグ州の一都市を本営とし、すでに集結しているらしい。
七日前、あのお茶会のとき、将軍たちが九十九の方にそう奏上していた。
「今回の遠征が決まったのってもう何年も前のことなんですってね。それからユーグ州と交渉して少しずつ準備して本営を設営して。あちらにはすでに常駐になった兵が、総勢三万」
「それから出陣式の前までに少しずつ、本国から軍を送った……」
「ええ、こっそり数百とか数千単位でこつこつとね」
五月雨式の兵団送りは、敵にこちらの兵数を把握されぬようにするためであるという。
かしゃりかしゃり。
リアン姫から、金属板が擦れ合う音がする。
九十九の方から身に着けよと下された、軽鎧を着ているのだ。
姫将軍はぬかりなく、自身に付き添う娘たちの戦装束も用意していた。
『付き添い娘の鎧もうちと同じ、朱色の綾縅し。みんなおそろいや』
クナも同じものをまとい、腰に注連縄をつけている。
巫女の鉄錦とさして変わらぬ重さなのは、軽装型であるためか。むろんこれは錦をまとわぬ花嫁に合わせてのこと。クナたちは実際には、軍の本営に入るわけではないのであるが。
「ねえしろがね、九十九様は本当に、結婚式でも鎧のままで臨むみたいですわね。つまり、あたくしたちもずっとこの格好のまま……」
「だと思います。これが付き添い娘の衣装だと、おっしゃってましたから」
「あああやっぱりそうなのね」
残念そうにリアン姫がこつりと窓に頭をつける。
花嫁に付き添う娘たちの衣装はおそろいで、花嫁が準備するもの。リアン姫は、豪奢な錦を仕立ててもらえると思っていたらしい。
「あんな勇ましい花嫁をご覧になって、花婿はどう思われるかしら。それにしてもほんと、あのお茶会は不思議なひとときでしたわね」
リアン姫はしみじみ、将軍たちが呼ばれたときのことを思い出してつぶやいた。
花嫁が武装しているという驚きの光景と、ひょいと出された茶とお菓子。
それまで九十九の方を半ば見下していた将軍たちは、意表を突かれ。やわらかな茶の香りにすっかり呑まれて。
『よろこんで、姫将軍閣下に忠誠を』
『共に勝利をつかみましょうぞ』
部屋を出ていったときには、なんと「姫将軍」の賛美者に変わっていた。
緊迫の空気を砕いたあの茶の先生のおかげで、将軍たちは今や、花嫁の船に入り浸っている。暇さえあれば、九十九の方とこたびの遠征の作戦を練っているのだ。
その小難しい話の席には必ず、お茶の香りも漂っていた。
通玄先生はずっと九十九の方のそばにいて、将軍たちをもてなすのだった。
(さすが、大翁様のお弟子さまだわ)
九十九の方は時折、鋭く厳しい物言いをする。集中すればするほど、周囲へのあたりはきつくなる。茶の先生は、まるでそれを暖和するかのように、絶妙な時宜で茶をすすめたり菓子を出したり。ときにはやんわり横槍を入れたりしている。
九十九の方はそんな先生に苦笑しつつ、かなり頼りとしているようだ。
なんとも心強いお人である。結婚式と式典が終われば、クナたちは帰国しなければならないのだが。この先生がおられるなら、花嫁をひとり異国へ置いていくという不安が軽くなる気がした。
「しろがね、湖が見えてきましたわ!」
リアン姫が、手甲に覆われたクナの腕をこづいた。
「いよいよ到着ですわよ」
北五州は何百何千もの湖がひしめく地だという。ユーグ州はそのいちばん南の地で、人々の多くは船上で生活しているそうだ。
かしゃりかしゃり。かしゃりかしゃり。
中央甲板に出てきた花嫁の周りに、クナたち付き添い娘たちは急いで集結した。
「しろがね、大丈夫か? よう動けますか?」
「はい、大丈夫です」
姫将軍に聞かれたクナはこっくりうなずいた。
重い鎧に注連縄。走るには辛いが、普通に歩くことはできる。
「お荷物、すべて鉄車に搭載いたしました!」
「牛車も準備完了です! すぐに行列を始められます!」
「飛行場に、降下開始しました!」
めらめら燃えるアオビたちが、次々と報告してくる。
百臘さまが連れていけとおっしゃったので、九十九の方は三体、鬼火を頂戴したのだ。
「ほうほう。いよいよですな」
茶の先生がそばに来る。輿のそばにつかせていただきたいと、先生が申し上げると。九十九の方はいいやとやんわり断った。
「先生。うちは輿には乗りまへん」
「では、何に乗って花婿のところへいかれますのかな?」
「鉄の竜に乗って降ります。一緒に乗っていってくれますやろか」
「ほほう。それは喜んで」
九十九の方は、船が着陸するのを待たなかった。
いますぐにと、アヤメと先生の三人で鉄の竜に乗り込み、急降下。
なんとご自分で操縦しての飛行であった。
クナたち付き添い娘たちも、操縦士がついている鉄の竜に二人ずつ乗りこんで、後に続いた。
「きゃああああ! いやあああ! うそでしょおお!」
「リアンさま、うるさいですっ」
「そんなこと言ったってえええ! 空飛んでるんですのよー!」
「今までもずっと飛んでましたっ」
「でもこれはちがうでしょ! 全然ちがうでしょー!」
たしかに鉄の竜は、外装にすっぽり包まれている乗り物ではない。生身の龍に乗るのと同じだ。
船から出るなり、クナの顔に、体に、すさまじい風がばちばちあたってきた。
「ひい! 光龍と氷龍! 大きいですわ! 鉄の竜の倍はありますわー!」
柱国将軍ふたりも、自身の龍たちに乗ってついてきているようだ。
「意外と操縦簡単!」「おります、おりますー!」「着陸準備ー!」
近くの竜からアオビたちの歓声が聞こえる。彼らも鉄の竜に乗って降下したらしい。
なんという飛行軍団であろうか。
吹きつけてくる風はとても涼しく、とても強く。クナは屍龍に乗せられたときのことを思い出した。黒髪さまの腕の中で感じた風を。
(戦に勝てば。遠征が成功すれば)
またあのときのように、一緒に空を飛べる日が来るのだろうか。
あの人に抱きしめられて――
「きゃあしろがね! 危ない!!」
「えっ?」
地が轟くような低音が、はるか下から響き渡る。
しゅるしゅるそれは高速で立ち昇ってきて。すぐ近くでどおんと弾けた。
衝撃でがくりと鉄の竜が揺れる。
「きゃああああ!?」
「な? 花火?」
「そんなんじゃありませんわ! た、大砲よ! 本物の、大砲!」
リアン姫が金切り声をあげる。
「な、なによあれ! 飛行場に並んでるのって、迎えの人たちじゃないの?! あれって軍団!? うそでしょ!」
操縦士が慌てて、回避しますと怒鳴った。
どおんとまた、すぐ近くで爆発音が響く。
「ひるむな!」
離れたところから、九十九さまの叫び声が聞こえた。
「撃たれているが一気に降りよ! もし敵であった場合はそのまま殲滅する!」
敵?
それとも、味方?
ふわりと、クナの魂が抜けた。下にいるものを視るために。
みるまに輝きの世界が広がる。はるか眼下に、黒い点々がたくさん現れた。
(あれは?)
(あれはなに? あれが、大砲を撃っている軍団?)
操縦士が竜を降下させているのだろう。ぐぐっとその点々が近づく。
どおん。
そこから放たれたものがたちまちこちらへやってきて。クナのすぐそばで弾けた。
「きゃああああ!!」
リアン姫の悲鳴と同時に閃光が広がる。
まばゆく白い輝きがあたりを包んだ。
(熱い! 大砲が当たった?!)
幸い、翼はもがれなかったようだ。しかしまさか、これからいきなり戦いが始まるのだろうか。
鉄の竜は、煌めきながら飛んだ。まるで星のようにきらきらと燃え、ちりちりひかりの粒を放ちながら、おそろしい勢いで降りていった。
黒いものが蠢く、大地を目指して。