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19話 出陣

 九十九(つくも)の方のお嫁入りは、九の月の一日(ついたち)と定められた。

 すなわちこれが、すめら十万の大遠征軍の出陣の日である。

 

「あとひと月半しかないじゃと?」


 一刻も早く黒髪の柱国将軍を救出し、太陽の巫女王(ふのひめみこ)の治療にあたらせる。 こたびの遠征の大義名分を重々承知してはいるものの。友が遠くへ離れてしまう辛さから、百(ろう)の方は思わずぼやいたものだ。


「わらわのために国が動くなど」

「あんさんはそれだけのお人いうことや。黒髪様に治してもらった暁にはぜひ、不死の薬をお使いにならはってください」

「それは……」


 こそりと九十九(つくも)の方にそう願われたけれど。百(ろう)の方には、この病は天罰に思えて仕方なかった。

 いとしい娘と思うしろがねのためとはいえ、再三、降りてくる太陽神の神託を捻じ曲げ、分不相応な願いを抱いた。その不敬と傲慢の罰なのではないかと。

 

(神のごとく不死になるなど、やはり大それたことじゃ)


 恐れるな、躊躇するなと背を押してくれる戦友はいなくなる。はるか遠く、大陸の果てへ行ってしまう。

 奇跡的に病が治っても、独りで決断できるだろうか。老いぬ薬を飲めるであろうか。

 迷いと心細さが、友をひき止めたい思いを募らせる。

 たったひと月ほどで、嫁入りの準備が整うものか――

 半ば恨めしくそう思う。しかし、霊光殿の大翁様はまったく抜かりがなかった。


「うちの嫁入り道具。すぐにすべて揃うそうですわ」


 九十九(つくも)の方によれば、大翁様は何ヶ月も前から、孫娘の婚姻の根回しと準備をしていたらしい。つまり黒髪の巫女団がかの方を頼ったときからすでに、いや、もしかしたら透視の技でそれよりもっと前に、こたびの縁組を定めていたようだ。


「まったく食えぬお人じゃ」


 空恐ろしいが、情はおありなのだろう。

九十九(つくも)の方は八の月いっぱい、すめらを出るぎりぎりまで、太陽神殿に滞在することを許された。ひと月三十五夜。それだけあれば、なんとか別れのふんぎりもつけられるだろうと。我は冷酷ではないのだと。大翁さまは、そう主張しているかのようであった。

 

「祖父君におかれては、孫娘と水入らずの時間をもっと持ちたかったのではないか?」

「お気になさいますな。(ヤン)家の姫は本来ならば、太陽神殿にて花嫁修業をしはります。ここで待機するは妥当なことですやろ?」

「そうじゃな。太陽の巫女は嫁入りの当日、巫女王(ふのひめみこ)から祝福を受けて、輿に乗り込むしきたりじゃ」

「盛大なご祈祷をお願いしますわ」


 かろころからころ。九十九(つくも)の方が賽子(さいころ)を振る。

 ころげたそれがすごろく盤からこぼれおちた。


「あらまあ、あんさんのひざ元に落ちましたわ」

「ほほ、目は一じゃぞ。盤上のも一じゃわな」

「ほんまですか? わざと一にしはったんやないですか?」

「疑い深いのう。えらく負けてるから、六にしたいのであろ。ほほほほ」


 格子の向こうは銀の星またたく藍色の夜。すごろくをしたり歌留多(かるた)をしたり。はたまた楽を奏でたり。神殿におられる間、九十九(つくも)の方はほぼ毎夜、百(ろう)の方と一緒に過ごされた。惜しむ日々をじっくりと、味わうように。

 

 一方で、クナたち従巫女は大忙しだった。

 九十九(つくも)の方が太陽神殿からご出立なさるということで、発注されていた嫁入り道具が、すめらの各地から続々送られてきた。それらをひとつひとつ検分し、荷造りするお役目を仰せつかったのだ。

 連日のように届けられる品々の華美絢爛さときたら、ため息がでるばかり。幾十もの衣や帯、じゃららと玉鳴る装飾品だけではない。太陽神官族の筆頭たるお家の嫁入り道具は、実に多種多様なものだった。


「ええと。箪笥(たんす)、長持ち、挟み箱。鏡台に茶道具、針箱と。はああ、どれも黒の漆に螺鈿(らでん)のはめ込み細工? お香炉は敬徳鎮(けいとくちん)の青磁と白磁? なんてすごい……それで、本日は何が届きましたの、ミンさま?」

渡州(としゅう)塗りの箸と(さじ)、椀やお膳一式です、リアンさま」

「南部から漆器類がきたんですのね」

「あと、野点(のだて)の用具が一式。渡州真紅梅(としゅうしんこうばい)漆塗りの妻折傘(つまおりがさ)やら、龍面風炉(りゅうめんふろ) やら」

風炉(ふろ)って茶釜を沸かす器よね? なにこの彫刻……宝物殿に収められるような価値のものじゃなくて?」

「彫師、河世弥(かわせみ)の作とありますね。数世紀前の巨匠です」

「あらまあ」


 部屋にただようは墨の匂い。リアン姫とミン姫は届いたものを(はく)に書き付けて、長い長い目録を作成した。つややかなその絹の巻物は、とても一巻では収まるものではなかった。アカシは品々を保管しておく部屋をいくつも確保して、アオビたちにてきぱき置き場所を指示した。クナは鬼火たちと一緒に、品々を畳んだり拭いたり磨いたり。このときは、漆の匂い新しい椀を、乾いた布で拭いて手入れしていた。


「ねえ、神殿では巫女修行優先で、茶事はさらっと基本だけしますでしょ? 嫁いでから本格的に習う方が多いですけれど、北五州では習えるのかしら?」

「あちらにはあちら独特の茶道があるようです。こちらの方式のもおそらく、知られていると思いますが」

「さすがに家元はおられませんわよねえ。というか……」

 

 リアン姫は感心しきりといいたげに深いため息をついた。


「この支度品、花婿の礼物(れいもつ)だけでまかなってるものではないですわよね。大翁様は、ずいぶんと奮発なさったに違いないですわ」

「れいもつ?」

「しろがね、覚えておきなさい。やんごとなき姫の嫁入り道具は本来、花婿が納采(のうさい)請期(せいき)の儀でお渡しになった礼物で準備されるものなんですの」


 すめらの神官族の婚姻は、六礼(りくれい)という六つの儀式を経て成立するのだそうだ。

 まず花婿が花嫁に礼物を贈り、求婚の承諾を得る。

 次に花婿が花嫁の姓名と星辰をたずねる。

 次に花婿が先祖の御霊に、花嫁の星辰を占う。

 

「その占いの結果がよければ、花婿はまた礼物を贈って正式な婚約をなす。

 で、次に花婿は結婚式の期日を選んで、花嫁の承諾を待つ。

 最後に花婿と仲人が花嫁の親と先祖の御霊の祠に出向いて拝し、報告をする。

 道具が集まり、もはや現地へ行くだけということは。九十九(つくも)さまのご婚儀は、すでに六礼(りくれい)が済み、ほぼ婚姻が成立している、ということですわ」


 リアン姫が述べあげた儀式は、とても数ヶ月ほどでできるものではない。

 占いなどは良き卦の日をこれまた占いて行うし、定められた日数をあけて行わねばならない。

 帝に乞われて後宮に召される姫は、一年かけて帝とかようなやりとりをするという。

 遠い異国とのやりとりならば、数年単位になることもある。


「このご婚儀、幾年も前から準備されていたにちがいありませんことよ。大翁様ったら、孫姫さまが黒髪の巫女団におられるのを気に入らなかったのかしら」


 リアン姫がころころ笑いながら、冗談めかして言う。

 とたん、クナの中に暗く重いものが芽生えた。


(黒髪さまのことが、気に入らなかった? それじゃ……)

 

 黒髪様に対する太陽神殿の冷遇。あれは花龍(ファーロン)による、龍を見殺しにしたということへの制裁というだけでなく……


(まさか、大翁様も望まれたこと?)

 

 孫の九十九(つくも)の方が危機的な状況にあるというのに、大翁様はこちらが助けを求めるまでずっとなにもしてこなかった。

 あの方は、孫を取り戻したくて静観していたのだろうか。

 もしかしていろいろ手を尽くしもしたのだろうか。着々と、水面下で準備をしながら。

 いや。

 いやそれは、考えすぎだろう――。

 ぞくっと冷えた肝を温めるように、クナは背を丸めて椀を磨くのに集中した。

 

「まあともかく。大翁様の懐が多少痛むのは致し方なきことですわね。今日来るのはここまで?」

「いえ。予定表によれば、輿(こし)が三台参ります」

「さ? 三台?」


 リアン姫が驚いて聞き返す。用途別に使用するのですと、(ヤン)家の姫はさも当然のように説明を垂れた。

 

「公式行事用と私用とお忍び用ですわ」

「え……ということはこれから納品される予定の牛車も、まさか三台?」

「むろんです。行事用は金装飾、家紋入り。私用は銀装飾、略式家紋入り。お忍び用は黒塗り家紋なし。(シャン)家は三台用意しないのですか?」

「え? あ、それはもちろん。三台、だったと思いますわよ? 後宮にあがるとき、父上はそれはそれは立派な車を用意してくださいましたわ。ほほ。ほほほ」

「ああ、門前払いくらったときですね」

「う」

「今回は、後宮へあがる時よりはるかに豪華な道具揃えになりますね。異国の方々に我が国の力を見せつけねばなりませぬもの。それゆえ古式にのっとったものだけでなく、最新式の鉄車も持っていかれるのでしょうね」

「ええと。それも三台かしら?」

「ええ、もちろん」

 

 クナは息を呑んだ。ざっと錦をつめた長持ちだけで何十箱もあるというのに、たくさんの乗り物も嫁入り道具として持って行かれるとは。

 想像するだに長い長い花嫁行列となるのではと思いきや。ミン姫はそれどころではない物品をさらっと予定表から読み上げた。


「飛空船もまるごと一隻。明後日に納品されます」





 かくして炎月はあっという間に過ぎ去り。九の月の一日(ついたち)、すめらは大々的に出陣式を挙行した。

 兵を集めた名目は、(ヤン)家の(ジン)姫の輿入れの護衛。なれどその実は、北五州に十万の兵を移動せしめ、小国をひとつ獲るためである。

 帝都のすぐ西にある大きな基地、真徳衛府より飛び立ちし船は、嫁入り道具満載の花嫁の船を含めて三隻。丸一日西進するうち、各地の衛府より続々と、兵士を乗せた船がこれに合流する予定であるという。

 軍を率いるは、柱国将軍の筆頭金烏(きんう)将軍。序列二位の氷昌(ひしょう)将軍を副官とし、五万ずつを統轄する。

 花龍(ファーロン)にそそのかされた龍の巫女王(ふのひめみこ)が、龍の出陣はまかりならんといっとき主張したようだが、そこは大翁さまが腕をふるってくださった。九十九(つくも)の方いわく、征服地の領主権を一部龍生殿に付すという条件で、うまく丸め込んだらしい。


「なんて空が青いのかしら。雲海のひろがりのはてないことといったら」


 うっとりつぶやき、リアン姫がはしゃぐ。

 ふおんふおんと、かすかに床が鳴る船の中で。


「ああもう。それにしてもしろがね、あなたその格好なんとかなりませんの? いまだに腰に注連縄なんて」

「すみません、これは外したらだめなんです」

「重量感はんぱないのよねえ。それに髪の毛。髪染めのにおいが随分匂いますわ」


 船室は広くないから匂いがこもるのよねと、リアン姫がぼやく。

 クナはひさかたぶりに髪を黒く染め、スミコとなった。百(ろう)の方が手ずから染めてくださったのだ。

 クナたち従巫女は全員、長持ちに荷造りをして、花嫁の付き添い巫女として空行く船に乗り組んだ。九十九(つくも)の方は固辞したのだが、百(ろう)の方は、これはたっての願いじゃからと無理を押し通したのだった。


『式に参列させ、見送らせる。行きはそなたの船、帰りは兵を降ろした船に乗せて戻らせる。そなたに随行する、すめら随一の楽団や劇団と一緒にな』

『せめてしろがねはんは、留守番した方がええんちゃいますか? 付き添い巫女はアヤメひとりで十分。そのまま侍女にする予定でおりますよってに』

『いいや。これはわらわの気持ちじゃ。どうか受け取ってたも』


 だれよりも自分自身が、花婿に花嫁を渡す役目を負いたい。それがかなわぬゆえ、我が子と思う大事な娘を、大事な友を送るために遣わす。

 それが友への手向(たむ)けだと、百(ろう)の方はきっぱりおっしゃっただけでなく。出立当日の朝は熱が出ている不調を押しやって、天照らしさまの祭壇に渾身のご祈祷を捧げた。

 

『せやけどあんさんの看病は、だれがしはりますのや?』

 

 さすがに九十九(つくも)の方は、声をわずかに湿らせていた。


『アオビたちがおるであろ。そなた、あれらをいく体か連れていくが良いぞ』

『ああそれは……えらい助かりますわ』

『なんじゃ? あれは機械でたよりない奴らじゃと、憎まれ口を叩かぬのか? そなたがこれほど緊張するとはのう』

『緊張なんぞ。うちは再婚の再婚ですわ』

『言うておくが、(ふみ)なぞいらぬぞ。どんなご夫君かなんぞ知りとうないわ。どうせそなたのことじゃ、二枚目で白い歯ですらりと竹を割ったような若々しい美丈夫じゃと、どえらく自慢するに決まっておるからの』

『いいや、それはぜひ書かしてもらいます。あんさんが嫌がる顔を想像するんは、おもろいよってに』

 

 別れを惜しむお二人の笑い声はさやかで明るかった。わざと元気に聞こえるよう出していた声音だったが、とてもかろやかだった。


『では。大事な娘はんたちを、しばしお預かりいたします』

『たっしゃでの』

『西の果てより大姫はんのご快癒を日々、お祈り申し上げますわ』


 お二人の会話を聞いてアカシは鼻をすすりあげて涙ぐんでいた。

 クナが聞くとお二人は、ひしと抱きしめ合って別れたという。

 

『ああどうか。これが今生の別れとなりませぬように』 


 クナも切にそう願った。

 

(お二人がまた会えますように)

九十九(つくも)さまが、どうか幸せになりますように――)


 船はまったくの軍船だった。天井も強固な装甲ですっぽり覆われ、張り子のよう。中には幾層もの甲板が連なっており、各層の天井はずいぶん低い。外見は黒くて丸みを帯びた三角であるという。尖った大砲の弾のようだと、アカシもアヤメも同じような形容をした。

 ものすごい速さで空を飛んでいるというのに、床はほとんど揺れず、まるでしっかと動かぬ大地のようだ。


「ああ、渡り虫が飛んでいったわ……ねえ、甲板に出ましょうよしろがね。船室は狭くてたまらないわ」


 窓の外を眺めていたリアン姫はすぐに飽きて、クナの腕を引っ張った。

 

「まるで小さな街ですわね。楽器を持っている人たちが、休憩席に大勢たむろってますわよ」

 

 中央甲板に連れてこられるなり、リアン姫の声があたりにびりりと広がった。

 甲板にいる人々の話し声の、なんとにぎやかなこと。ごうごうざわざわ、大風にざわめく木々のようだ。ここはきっと、お堂のように大きな空洞なのだろう。


「給仕や船員が忙しそうに行き交ってますわ。ああでも、兵士たちは下の層でじっとしてるんでしょうね」


 この船に乗り組んでいるのは、総勢一千人ほど。

 式典にて芸を披露する各種楽団や劇団、それから護衛兵団などが、何百人という単位で乗っている。


「ねえしろがね、あたくしたち、結婚式の祝賀会にも出席しますでしょ? とても楽しみね。あちらの国ではきっと舞踏会など開くんですのよ。そうそう、ユーグ州公閣下には、男のご兄弟が大勢おられるそうですわ。閣下はすでに四十を過ぎておられるそうですけど。末の弟君はまだ十代とか……ってしろがね?!」

 

 天井はどのぐらいの高さだろう。そう思ってクナが上の方に意識を向けたとたん。

 するりと魂が抜けた。

 やってしまったと思いつつも、みるみるクナは船の天蓋を突き抜け空へ至った。

 あたりにぱあっと、輝く雲海があらわれ広がっていく。


(雲! 雲の海ね)


 少し下ると、大地が視えた。

 きらめく川やうずくまる山。すでに都は遠く、かすかな影しか視えない。

 

(ああ、ずっと見ていたいけどもどらなきゃ)


 輝く世界の美しさにうっとりしつつ、クナは急いで船へ降りた。

 すとんと体にはいると、腕をがっつりリアン姫に掴まれている。


「ちょっと。急にふらつかないでくださる?」

「すみません。抜けちゃいました」

「もう。こんなに太い縄をつけてるのに」


――「ほほう、あなたがたが金姫さまの付き添い巫女どのかな」


 くいとリアン姫にひっぱられたそのとき。クナの背中にやわらな声が降り掛かった。

 と同時に、じいっとねぶるような視線も。

 瞬間、クナの体はぞくりと粟立った。そのまなざしは大翁様の透視のまなざしそっくりで。まるで一瞬、刃物で刺されたかのような感覚がした。


「あなた様は?」

 

 きりっとたずねるリアン姫の真ん前に、足音が近づく。静かな草履の音とともに、かつりかつり。硬い杖の音が一緒に聞こえた。


「わしは通玄(トンシェン)。このたび我が師たる識破(シーポゥ)様の思し召しにより、(ジン)姫さまの侍従となり、茶を教えることになりもうした」

「大翁様の命で……」 


 クナは驚いて頭を下げた。偉大な祖父君が嫁入り支度として集めたのは、物品だけではなかったようだ。ずいぶん低いしわがれ声からして、年を召した老人であろうか。

 

「姫さまにつく侍従は他に三人おる。いわば家庭教師のようなもので、これより数年ほど、お仕えすることになっておる。もしよろしければユーグ州へつくまでの数日、姫さまとご一緒に学ばれてはいかがかな?」

「まあ……!」


 心よい誘いにリアン姫は色めきたった。

 巫女ひとすじの道を歩むと定めたものの、姫はまだ年若い。後宮に入れなかったという心の傷もある。嫁した婦人のたしなみである茶事には、並ならぬ憧れがあるのだろう。

  

「ええぜひに。ぜひにお願いいたしますわ」

「そちらの黒髪の姫はいかがかの?」 

「あ、あたしは姫では……でも、ご一緒させていただければうれしいです」


 ちくりと、視線が刺してきた。やはりこの人のまなざしには力がある。

 察したクナが半歩下がると。茶の師はほほっとかすかに笑い声をもらした。


「ほほ。我が視線がこわいか。そなたは仙女であるのかな?」

「せんにょ?」

「体より魂が抜けるを尸解(しかい)という。その術を会得した者のことをちまたでは仙人、仙女とよぶのじゃが。そなた、さきほどそれを行わなんだかね?」

「あ、それは……」


 怖がることはないと、茶の師を名乗る人はおだやかに告げた。

 

「単に、仙術を会得するとは相当な巫女じゃとおもったまで。さてさて、ではさっそく姫さまのもとへ共にまいりましょうぞ」

「はい! いくわよしろがね」


 はりきるリアン姫がクナを引っ張る。

 はたして九十九(つくも)の方は、一番上の甲板の最後尾にある船室におられた。

 すでにアヤメとアカシ、ミン姫がそろっていて。クナは、彼女らも茶の師に誘われたのだろうと察したのだが。

 

通玄(トンシェン)先生。何人連れてこようが、今は、茶飲みなんぞしてるヒマはあらしまへんで?」


 雅な時間が始まると思いきや。呆れ混じりの声と一緒に耳に飛び込んできた音は異様なものだった。

 かしゃり。かしゃり。


(これは……)


 それは金属がすれあう高い音で。


九十九(つくも)さま? その格好は一体?」

「お支度できました」


 リアン姫が驚いてたずねる中。アヤメがりんと筋ある声で、主人のお召しかえが済んだことを告げた。

 

「ふふ。銀一色や。うちが何を着ているかわかるか、しろがねはん」

「あ……は、はい」


 かしゃりかしゃり。

 その音はまごうことなく、分厚く重い鎧がたてる音だった。


「さて、さっそく左右の船にいはる将軍たちを呼んでもらいましょか」


 はいっと気合のはいった返事をして、アヤメが操舵室に命令を伝えに出ていく。

 

「姫さま、しかしこのお時間は」

「先生。軍の進行は、予定通りにはいかへんものや」

 

 茶の師が不服そうに申し上げるも、武装した人は取り合わない。

 クナは驚きのあまりしばらく声が出せなかった。

 友と別れ、哀しみに(しお)れているのでは。

 そんなクナの心配など無用だというかのように、不敵な笑いが目の前から漏れてきた。


「十万の軍はうちにつけられしもの。よって、うちはこの軍の総大将として、軍の面倒をみるつもりです」

 

 九十九(つくも)の方は、剣を()き、鎧まとう神と化していた。

 強く神々しい、戦の女神に。

 

「これがうちの、花嫁衣装や」





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