13話 飛べない鳥
夜を明かした小鳥たちが、庭の隅でさえずっている。可愛らしい声でおはよう、おはようと。つがいだろうか群れだろうか。挨拶しあってにぎやかしい。
両手を合わせる娘は、肩に冷たい清水をかけた。羽織っているのは薄い単一枚だけ。禊場の空気はひんやりで、鼻を通るとつんとする。
「かしこみ。かしこみ。奉る」
力あるという言葉、祝詞をえんえんと絶え間なく。娘は心こめて唱えた。
「どうか我がみたまを。空の彼方に――」
ばささと勢いの良い羽音。ぴーちくぱーちく、さえずる小鳥たちは屋根の上に昇り、そして空へ飛び立ったようだ。
ふと詠唱を止め、娘はうらやましげにその音を耳で追った。
飛んでいきたい。今すぐ飛んでいきたい。
切に、そう願いながら。
黒髪さま。あなたは今、どこにいるのですか?
クナは太陽神殿の南殿、巫女王の私室のほど近くに部屋をあてがわれた。長い廊下に面していて、従巫女が住まう部屋部屋と連なっているところだ。
萎えた足が感覚を取り戻し、やっとよろよろ歩けるようになったころ。すなわち反魂から三日ほど経ったころ、巫女王のものとなった娘は、はてなく延びるその長廊下をゆっくり進み、一番奥の室へ入った。
体調の回復を待っていた百臘さまが、クナが歩行可能になったと聞いてさっそく、私室にお喚びになったのだった。
「ずいぶんよくなったようじゃの」
「はい……」
「しかしまだ、歩くのは辛かろう」
「はい……」
「シガのことはすまぬ。月神殿でどうしておるかアヤメに調べさせているゆえ、報告を待つがよい」
「はい……」
「なんぞ、顔をあげぬか? そんなにべったり床につけるでないわ」
「は、はいっ……」
うなずいたものの、クナは顔を上げられなかった。
いったいどんな言葉を口にしたら、この感謝の気持ちを表せるのだろう?
百臘の方は、自分を救うために巫女王に昇られたと、アオビたちから聞いた。
部屋の奥から聞こえてくるのは、じゃららと珠が打ち合う音。冠も錦であろう装束もひどく重そうだし、声には疲れが染みている。巫女王のお務めはそれほどお忙しく、非常な心労を伴うものらしい。肌で感じられるその緊張と疲労の雰囲気に、クナはひどく申し訳ない気持ちにもなった。
もはや眼前の人は黒髪さまの巫女団の長ではなく、もっともっと、偉いお人だ。太陽の巫女すべての頂に立たれる方。はるか雲の上の人である。
恐れ多くて、ありがたくて。胸に満ちる想いは喉元までぎゅうぎゅう詰め。気安い言葉など少しも出せなかった。
「さて。アオビによればそなた、ぼちぼち修行を始めているそうじゃが」
「はい……」
「公には、そなたはわらわのもの。すなわち太陽神殿の財産という扱いじゃ。ゆえに律儀に太陽の巫女の日課をこなしてくれるは非常に嬉しきこと。じゃがまだまだ、本調子ではなかろ? 無理はするな」
「はい……でも……」
「なぜに焦って修行し始めたか、まあ察しはつくが」
砂漠へ行ったアオビたちの話を聞いたせいであろう。
言われたとたんクナはたちまち目尻を湿らせ、こくりとうなずいた。
「アオビが申した砂漠の地下迷宮には、魔導帝国の帝都へいたる密かな道があるらしい。すなわち黒髪さまはかの国の都へ密かに入り、とある目的を成さんとしておられた。その目的とは……」
百臘さまはとんとんと何かを指で叩いた。
「この文箱の中にあるものに、したためられておったわ」
これは最近、陽家の当主、太陽の大神官がいけしゃあしゃあと差し出してきたものだと、いらだたしげに鼻を鳴らす。
「中に入っているのは、黒髪さまの遺言状じゃ。しかし伝信同様、これは軍部の大本営に留め置かれておった。すなわちここ、帝都太陽神殿のお偉方の思惑によって、わらわたちはその必要もないのに路頭に迷わされていたのじゃ」
張り手のひとつでもかましてやりたかったが、そこは余裕を見せなければ――
百臘さまは大神官に意味深な微笑みを投げ、文箱を頂戴してきたらしい。しっかり検閲された跡はあったものの、漆塗りの箱の中のものは無事。墨で塗りつぶされることなく、そのまま入っていたという。
「軍部に読まれることは織り込み済みであったのじゃろう。表向きには、『先の戦で貴重な龍を犠牲にしたことを悔やみ、遠征にてこの命を捧げるを償いとする』としたためてあった。遺産はみな巫女団に遺すこと、巫女団長のわらわを名指して、団の者の行く末をよく見てやってほしいとも、記されてあった」
その遺言状が時宜を大いにはずして今ごろ出現したのは、霊光殿の大翁様の口添えがあったゆえ。祖父君のところへ赴いている九十九の方が、黒髪さまのことについて色々不明瞭がすぎると訴えてくれたからであった。
大翁様のお力がなければ、文箱は神殿の奥の奥に永遠にお蔵入りにされる運命だったらしい。黒髪さまを咎人にしたかった軍部は、「殊勝な自決」を認めたくなかったのだ。
「しかし辞世の句のあとに暗号文が数行並んでおっての。我が家の家の司、アオビにしか読めぬ数字のみの文ゆえ、おそらくこれは解読されておらぬ。そこには……『我はレヴテルニ帝の首級をあげる。その悲願を達するを、我が最期の望みとする』……とあった。すなわちあの御方の真の目的は、それなのじゃ」
「そ、そうです。黒髪さまは、仇を……」
そこでようやくクナは、「はい」以外の言葉を絞りだせた。
「白き女神さまの仇を、取るおつもりなんです。糸巻きがおしえてくれました。そのご覚悟だと。そして本懐をとげたあとはご自分もと」
クナは目からしみてくるものを袖で拭いた。
毎夜糸巻きを抱いて泣き明かしているけれど、涙は枯れない。思い出すたび湧いてくる。
「糸巻き。やはりあれには、そなたしかわからぬ言葉が秘められていたのじゃな。黒髪さまがかつて、白き女神の魔人であったというのは存じておったが……仇というのはいったい?」
「あたしにもよくわかりません。でも黒髪さまは、レヴテルニ帝が白き女神さまを殺めたと」
「なんと……半世紀前のことゆえ、詳細は分からぬが……白き女神さまは、自らのお命と引き換えに災厄を砕き、大陸を救ったと伝わっておる。それを殺されたなどと。いやたしかに、守るべき主人が命を散らすを目にすれば、さぞ無念であろう。誰かのせいにして恨むこと、ありえなくもないが……」
黒髪様が昨年の戦で大金星をあげたは偶然ではなく、周到に策を練ってのことのようであった。そのとき首級がとれなんだと、非常に不機嫌でもあられた。そしてこたびの遠征。味方の軍が退いてしまっても構わずの、捨て身の侵攻。
百臘の方はそれやこれやを挙げて思い出し。なるほどとつぶやいた。
「以前から我が君はレヴテルニ帝を狙っておられたそぶりであったが。それにはそんな思いがおありだったのか。なにやら深いわけがありそうじゃが、しかしそなたは止めたいのであろ? 黒髪さまが人を恨み、刺し違えようとするのを」
「はい……」
クナは肩をわななかせた。
そんなことはどうかしないでくれと、今、切に願っている。
〈あの子〉の生まれ変わりだと言われたとき、もっと素直にその言葉を受け止めればよかった。愛する人の言葉を信じて、過去のことを思い出そうとすればよかった。そうすれば記憶がいくばくか戻り、それをよすがに、黒髪さまを止められたかもしれない。
信じられなくて。頑なになって。
黒髪さまと〈あの子〉との間には、決して割り込めないと思ってしまった。
だから、黒髪さまの願いを尊重してしまった。
「帰ってきて」ではなく。「仇を打つなんてやめてくれ」と、強く願うべきだったのに……
湧いてくるのは後悔ばかり。でもまだ、かろうじて手遅れではない。
「レヴテルニ帝はご健在。黒髪さまはまだ、目的をはたされていません。いまだどこかにひそんでいて、帝のお命をねらっているのか。それとも帝を守るものに囚われているのか、わかりません。ですから……」
「体を砂漠へ運べればよいが、それは難しい。ゆえに幽体になりて、黒髪さまを探しに行こうと思うたのじゃな。それで修行を始めたか」
幽体になる術は、巫女の技の最たるものだ。体から魂を放し、遠くへ飛んでいき、離れたところにあるものを探る。いわゆる千里眼の力である。
「奥向きを守るおなごは、夫の意向には逆らうな。すめらのおなごは、そう教え育てられる。たとえ夫の生死に関わることでも、口出しはならぬと。わらわはいただいた遺言状を謹んで受け止めるべきと思うたが。しかしそなたは……」
百臘の方はふふっと口元から笑みを漏らした。
「そなたはまこと、あの方の妻なのじゃな。黒髪さまが特別と思い、糸巻きを託すも納得じゃ。しかし幽体の技を会得するのは至難の技ぞ」
「でも、探さなければ、なりません」
「まあ任しやれ。なんとかしようぞ。とにかく、顔をあげるがよい」
「はいっ」
「いや、じゃから顔を」
「は、はいっ」
石のように固まり、ますます床にびったり顔をつけるクナの頭に、ふわりと暖かな手が降りてくる。
「しろがねよ。わらわは神でもなんでもないぞ? なんぞ欲を言えばそうじゃな、わらわのことは、母と思うてくれたらよい」
「そ! そそ、そんな恐れ多い……」
「ほほ、なにを」
さっと疲れを払った真摯な声と。雅な濃ゆい香りが柔らかくクナを包んだ。
「母が子を救うは、当然であろう?」
会見の時間は一刻もなかった。アカシが呼びに来て、百臘さまは大神官たちとの協議に駆り出されてしまったからだ。
しかしその日のうちに、クナは太陽の巫女王の従巫女のひとりに任じられ、百臘さまの世話をする者のひとりとなり。
「青厳の滝へ参る。ついてまいれ」
なんと翌日、御成りに随伴するよう命じられた。
行き先は宮処のすぐ西。翠の山並み美しい、景勝として名高い地だ。
むんと夏の空気がたまる宮処を離れて涼をとると言われたが、そこは清らな水が流れ落ちる聖域でもある。ゆえに特別な修行を行うつもりなのだろうと、クナは期待した。そこでぎちぎちにきつい修行と指導が行われ、クナが望んでいる技が伝授されるのだろうと。
(百臘さまが、幽体の術を叩きこんでくださるにちがいないわ)
当日、ガラゴロほどよい速さで走る鉄車に乗り込んだ一行は、全部で五人。アカシやほかの従巫女二人と一緒の道中、はりきるクナは席の上で座禅を組んで、ずっと祝詞を唱えていた。
「ちょっと、久しぶりの御成りなのだから。修行するのはやめてくださる?」
ほどなく従巫女のひとりが文句をたらたら。その声があの尚家のリアン姫のものだったので、クナは少々驚いた。
「ただの龍蝶じゃなくて巫女だというのは本当ですのね。熱心ですこと」
もう一人の従巫女は陽家の姫。
現地に着いて先に二人が降りたところで、アカシが苦笑まじりにクナに囁いた。
「あの二人の姫を従巫女にせよ……百臘さまは、霊光殿の大翁様からそう指示されました。陽と尚の当主、すなわち大神官様と第二神官様がすんなり百臘様を認めてくださったのは、この見返りが約束されていたからだったようです」
本来従巫女には、巫女王候補である巫女が選ばれるという。
「陽家の姫は先代様のときも従巫女でした。リアン姫は後宮へあがる道が閉ざされましたので、進路を転進なさっての就任です」
つまり二人の姫は、次代を虎視眈々と狙っているということだ。その競争の渦中に巻き込まれていますと、アカシはなんとも恐縮そうに言った。
「その気は全然ありませんのに、ことあるごとに力を比べられて困っております。しろがね様も、お気をつけくださいね。力試しなど、ことあるごとに持ちかけられますよ」
そんなにも修行熱心だというのに、リアン姫は、今回はただの外出だと言う。陽の姫も冷めた感じだった。首を傾げながら車を降りれば。どうどうざあざあ、滝の音が聞こえてきた――
「ちょっとしろがね! 危ないですわよ!」
ここで水に当たって祝詞を唱えるのではなかろうか。
さっそく水の中に入ろうとしたクナは、リアン姫にしっかと腕を握られ阻止された。
「でもあの、修行」
「はぁあ?! 何を言っているの。今日はそんなものはしませんの。完全休業ですわ」
「え。でも――」
「ああああもう、これ食べなさい!」
「ふが!」
口の中にふんわり甘みが広がる。それは粉雪のようにすぐ、サッと溶けた。
「さらし飴ですわ。こちらは金平糖。ああ、草餅もありましてよ」
「季節折々の御成りは巫女王さまに許されている特権。これにお供することこそ、従巫女の最大の役得」
陽の姫が滝が落ちる川の岸辺に、ぱんと何かを広げながらのたまわる。さあそこにお座りになってと、クナは広げたものの上に引っ張りこまれた。
「錦?」
すとんすとんと、姫たちが隣に座ってくる。
「空気が良い。生き返るのう」
クナのすぐ後ろに、百臘様が腰を下ろしてきた。ほうっと息を吐いて深呼吸している。
周りには木がたくさん植わっているらしく、耳をくすぐるのはそよそよ枝が揺れる音。陽射しは枝に遮られているのだろう。少しも暑くなくて、身が休まる。
何か聞こうとするたび、クナは口にお菓子を放り込まれた。アカシが川にひたして冷やしてきた竹筒の中には、しゅわしゅわする不思議な飲み物が入っていて。
「おいしい」
「ぶどうの炭酸水ですわ」
「たんさん?」
それはとてもあとを引くものだった。
ひとしきり食べて飲んだあとは、今様の歌い合い。それから陽の姫が神楽鈴を出してきて、しゃんしゃん鳴らし始めた。今度の奉納舞の振りを考えようというのだが。
打ち鳴らすその拍子のなんと陽気なこと。姫はわざと変な振りを披露しているようで、周りからくすくす笑いが漏れ出した。
「ほほ、その回転はゆるりすぎるぞ」
「では速さは今の倍に。腕の振りはこの角度で?」
「あら、それじゃ鶴には見えませんわ。もっと上げたらどう? こうするのよ」
リアン姫も加わり、二人は好き勝手に舞いだした。
あたりの空気が動き出したのでクナの顔はほころんだ。まだ回転できるぐらいには体が戻っていない。もっと元気だったら一緒に舞えたのに。
まるで九十九さまやアヤメも、ここにいるような気がする。
黒の塔の巫女団が戻ってきたような、そんな和やかさだ。
しゃんしゃん くるり
しゃんしゃん くるり
姫たちが空気をかき混ぜ、風を起こす。
しゃん くるり
しゃん くるり
ああなんと。心地よい風だろう――
いつの間にまぶたが落ちたのか。
クナはいつしか眠っていたのに気づいて、慌てて身を起こした。
ざあざあ、滝の音がやけに大きく聴こえる。
「百臘さま? アカシさん?」
みなの気配がなぜか無い。手探りすれば、広げられた錦はそのまま。竹筒もお菓子もまだ残っている。でも周りに人の気配は……。
ふっと心細くなったとき、かさかさと足音がした。クナはひくりと耳をそばだて、その音を拾った。
袴に草履を穿いた、楚々とした女性の足音が複数。その後ろからもうひとり。ざくざく、勢い良く草を踏みつけてくる人がいる。
「大姫どのはこわいな。手柔らかに頼むと睨まれた」
「鉄車にて、お待ちにならはるそうです。お望み通り、引き合わせたらうちらも引き払いますが、どうか苛めんといてくださいね?」
「とって食らうつもりはないが」
「そんな御顔をしてはりますがな」
強い足音の人に答えた女性の声は、とても懐かしいものだった。
「つ、九十九さま!」
「なんやしろがね。ごりごり痩せはって」
「しろがね様、いきなりすみません」
女性の足音は、九十九の方とアヤメのもの。もうひとりは……。
顔に笑みを浮かべかけたクナは、女性たちの後ろにいる者の視線を感じた。
なんとも圧倒される気だ。まっすぐ刺すように頬に当たってくる。
「そなたが、回来人が隠していた子か」
「ふい……?」
威圧的な声。視線が痛い。このまなざしは異様だ。
クナはそろろと胸元をつかんだ。じわじわざくざく、体が軋む。まるで鋭い刀で幾度も刺されるような痛みが襲ってきた。
(なにこれ? 痛い。すごく痛い……!)
深く深く、肉をえぐられているような気がする……
「しろがね、怯えんでもええ。この方は霊光殿の大翁様や。うちのお祖父様で先代の太陽の大神官であられた。一度お忍びであんさんに会いたい言うから、こうして百臘はんに連れてきてもらったんや」
九十九様の声が柔らかくてほっとするも。クナは我が身をかばうように胸をおさえてうずくまった。
「あの、あの……み、み、見ないでください」
「ああ、すまない。つい本気でひん剥いた」
くすくす、大翁様だという方が笑う。
「凄い加護をつけられている。回来人……黒髪どのがこれを?」
「はい……」
「なるほど。まあ、あの人らしい所業ではある。さきほど大姫どのは、そなたが幽体の技を覚えたがっていると言っていたが……」
「しろがね、幽体の技はうちや百臘はんでも、なかなかできへんものや。あんさんが覚えるには何十年かかるか分からへん。せやから百臘はんは、人智を越えた千里眼を駆使されるおじ様に、黒髪様を探していただくのがええと思し召してはる」
横から説明を入れる九十九の方を、大翁様はやんわり遮った。
「いや、私があの人の行方を透視する必要はなさそうだ。この子はまさしく黒髪どのの伴侶。おそらく、少しの導きで魂が飛べるようになる」
鋭い視線がすっとクナの体から抜けていく。
くたりと錦に手を突いたクナは、長い袖越しにそっと、大翁様にその手を取られた。
「これから手ほどきする。数刻時間をくれと、大姫どのに伝えてくれ」
九十九の方とアヤメが、かしこまりましたと踵を返して遠ざかる。
クナはみるみる心細くなった。手をつかむ人の導きに従って立ち上がるも、ひどくよろけてしまう。
「怖がらせたか。だが、透視というのはただ見せてもらうだけのもの。体には何も影響を及ぼさぬ」
この人から発せられた痛い視線は透視であったのか。じっと見つめられていたのだろうが、それで相手はクナのことを色々読み取ったらしい。
黒髪さまの伴侶。そう断じるなんて。これは黒髪さまの巫女団に所属する娘という意味で言ったのではないだろう。すなわち……
「そんなに緊張せずとも」
「だって、すごく、刺してきました」
「加護の分厚さに呆れたのでね。炎の聖印もつけられているようだし、なんとまあ」
「こ、これは黒髪さまがつけたんじゃなくて……」
月の者のしわざであろうと、大翁様は迷わず仰った。クナがどうやって黒髪さまのもとへ
来たか、事前に調べ上げてきたようでもある。
「そなたほどの者が、記憶を持たぬ普通の転生をするとは驚きだ。またしても龍蝶として生まれ落ちるというのも、なんという因果であろうか……まあとにかく、感ずるところを素直に述べよう」
じわり。
袖越しにクナの手を包む手が、熱と力を込めてきた。
「久しぶりだ撫平人。白の癒やし手レクリアル……また会えて嬉しい」