7話 入宮
クナの身支度は豪華絢爛。贅を尽くしたものだった。
太陽神殿にとってしろがねの娘は、手の内に転がり込んできた金の駒。同じものを帝に献上した月神殿に負けじと、その威信を存分にかけてきた。
髪の染め色を落とす薬湯には、高価なお香がふんだんに入れられ。体を清めるのには、ふわふわ泡立つ異国の磨き粉が使われ。クナは全身に香油を塗りたくられた。
支度を手伝った太陽の巫女たちは、分厚い手袋をしてクナの肌に触れてきた。黒髪様の加護の印が反応するのは、血が通っている物に対してのみらしい。布や金属といった無機物は、肌に触れても破壊されずに済むようだ。
(生身のものだけ、だめなのね)
重ねの単は、春の香が薫きしめられた最高級の錦。頭には幾本もの、べっ甲や珠の付いたかんざし。耳や首や額には重たい金の装身具。
腰に巻かれた裳はとても長いらしく、支度を手伝った太陽の巫女たちは、廊下をすっかり埋めるほどだと自慢げに言っていた。薄い紗の肩掛けは、天女の羽衣と呼ばれる最高級の絹。ふわり手触りよく、これも巫女たちの垂涎の的となった。
「これって、入内なさるお妃さまのお衣装よねえ」
「巫女王様ですら、こんな最上のものは着られなくてよ」
なんともったいないと、太陽の巫女王は着付けの様子を見守りながらぼやいた。クナに恐ろしい加護がついていなければ、巫女王は今上陛下を誘惑しろと命じたに違いない。
「これほどの器量ならやすやすと、陛下のご寵愛を奪えるでしょうに」
それはどうだろうか。妹のシガは、帝の居殿である大極殿にて一緒に住まっているという。片時も離されないほど、深く寵愛されているのだ。その仲を裂くなどできるだろうか?
(シガの声はかわいいし、将来すごい美人になるって、シズリ姉さんがよく言ってたもの。あたしよりずっと、見目良いはずよ)
いや。もしかして帝は、甘露に惑わされているのかも――ふと浮かんだ疑問は、巫女王のため息で一瞬のうちに吹き消された。
「陛下が龍蝶の甘露の効果を消す秘法をご存知なのが、本当に残念ですわ。そうでなければおまえの体で骨抜きにできずとも……」
甘露で操れ。
この人も、タケリ様と同じことを願うのか。
クナは哀しい気持ちに襲われると同時に、帝が甘露を無効にできると知ってホッとした。
帝は、シガのことを本心から愛でているのだ。
そして。タケリ様の願いは、土台かなわぬものだったのだ。
あの龍の神は、失意を胸に抱いたまま眠らされているというのか。なんと哀れなことだろう……。
(この世で一番強くて怖いのは、人間……なのかも)
唇と頬には紅。まぶたと爪には顔料。化粧も卒なしのクナは、牛車に乗せられ御所へ運ばれた。
付き添いとして太陽の巫女がひとりつけられ、同じ車に乗ってきた。この娘もまたずいぶん着飾っているようで、頭から垂れる珠の音が絶えずしゃりしゃり鳴っていた。
「ちょっとあなた、背筋をみすぼらしく丸めないでくださるかしら? これじゃわたくしまで、無様に見えるじゃないの」
「は、はい」
気の強そうなその巫女の名は、尚家の麗安姫。大神官を代々務める陽家と同じ、第一級の家格の出身である。
あわよくば、陛下の目に止まるように――
野心たくましい太陽の巫女王は、出掛けにきっぱりクナに命じてきた。
「このリアンに、陛下の恩寵が与えられるよう仕向けなさい。万事、新参のおまえたちに注目が集まるよう振る舞うのです。舞ったり歌ったり騒ぎを起こしたり。あらゆる手を使って陛下の気を引くのです」
後宮に入る姫の付き添い女官が帝の寵愛を得るのは、よくあることらしい。恩寵を受けた体が子を宿せば、後見たる太陽神殿としては両手を挙げる慶事となる。
好機を与えられたリアン姫は、ことのほか上機嫌。道中しきりにすっすと自分の髪を梳き、身繕いに余念なし。「光栄なる任務」への抜擢に感謝したのか、それとも、もともと腹心の部下なのか。女主人を誇らしげに褒め讃えた。
「月神殿が龍蝶を献上してからというもの、太陽神殿の旗色の悪いことといったら。巫女王様がタケリ様の企みを陛下にお伝えしたおかげで、我が陣営はだいぶ持ち直しましたの。さすが、花龍さまに一目置かれていらっしゃるお方ですわ」
遠征の失敗。それに加え、顕現したミカヅチノタケリがいきなり神力を行使。大都市をひとつ消し飛ばした。魔導帝国の皇帝はこれに怒り、神獣の無宣言使用は違法だと大陸同盟に訴えたという。
おかげで大陸におけるすめらの評判はいまやガタ落ち。大陸諸国から批難ごうごうだそうだ。外交を司どる月神殿は、矢面に立って四苦八苦。それゆえ元老院でも宮中でも、太陽神殿をずいぶん責めたてているらしい。
「これは軍部の不始末のせいとかなんとか、まあうるさく騒いでいるそうですわ。でも、被害者面の月の者には、もう大きな顔はさせませんことよ。わたくしたち、まずは来月の花宴にて、我が陣営がよき場所に座れるようにしませんとね」
花宴とは、春の花木を愛でる宮中の催しのこと。年始に菜摘みをする帝宮の裏庭は、春になると見事な花山となるらしい。帝は名だたる公達をすべからく花見に呼ぶが、その席順は現在の情勢をじっくりかんがみて、帝自身がお決めになる。
内裏や元老院にて、三色のうちどの神殿を重く見ているのか。軍事か、外交か、内政か。帝の思し召しが如実に反映されるという。
「陛下のすぐそばの席。そこに我が神殿の大神官さまや巫女王様が座れるかどうかは、わたくしたちにかかっているのですわ!」
えらくはりきるリアン姫にクナは半信半疑。かんざしで重たい頭をぐらりと横に傾けた。
「陛下がお決めになる席順を、あたしたちがどうこうできるとは……」
「何を言っているの。どうこうするために、わたくしたちが送りこまれるんですのよ? 帝のお墨付きや後ろ盾があれば、元老院にて審議される政策が通りやすくなりますし。予算をがっぽりいただけますし。どなたにも大きな顔ができますし。各種の行事に儀式、催しでは優遇されますし。よいことづくめになるんですからね?」
「そ、そうなんですか」
そんなことも知らないの?
そう叫びたげなリアン姫の吐息が、勢いよくクナの頬にかかる。単に薫きしめられたお香と同じ香りが漂ってきた。反射的に鼻に袖をあてると、リアン姫は口を開けろとクナをうながした。
「香り玉は一日二回。朝晩に呑むとよろしくてよ。神官族の娘のたしなみですわ」
おそるおそる開いた口の中に、香り良い粒がひとつ放り込まれる。口臭を良くするためのものらしい。
「ほんとあなたって、ぼうっとしてますわね。これからびしばし、鍛えなくては」
リアン姫はかくも勇ましく宣言したのだが。このうるさそうなお付きは後宮へ着くなり、出迎えの女官たちに冷やかにあしらわれた。
「龍蝶以外何も要りませぬ」「巫女はそのまま、牛車に乗って帰るがよろしい」
けんもほろろなれども。リアン姫は少しも怯まなかった。ふんと鼻を鳴らし、クナの背をばしりとひと叩き。促されたクナはあわてて、この姫をそばにおきたいとおずおず懇願した。
この巫女を帝都太陽神殿にすんなり帰せば、百臘さまたちがどのような扱いを受けるかわかったものではない。陛下の赦しが下されるとはいえ、すんなりとは解放されないのではないか。危害を加えられるのでは? そんな不安が心中をよぎった。
「あの、あたしひとりでは、不安ですので――」
遠慮がちに言うクナにいたたまれず、リアン姫はずいと一歩前に出て。強気の押しで女官たちに迫った。
「この龍蝶は大変申し訳なきことに、体が加護の印に守られ、伽のご奉仕ができませぬ。ですのでわたくしが代わりに務めよと、太陽の巫女王さまより仰せつかってございます」
「そ、それは殊勝なれど。伽のお相手は要りますかどうか」
「ぜひ! 陛下にお伺いをたてて下さいませっ!」
太陽の巫女王のことを口に出すと、相手はたちまち軟化した。タケリ様の野望を阻止した手柄は、宮中に広く伝わっているらしい。女官たちは渋々ながら陛下に鬼火を遣わし問い合わせた。
それからほどなく。長い廊下を進み、橋のようなものを越えて入った御殿の中で、クナたちはその返答を聞かされた。
――「よいのではないか? 褥には呼ばぬと思うが、そこの龍蝶が心細いというのなら……」
目の前から響いてくる声で、直接に。その声は御簾を越えてきているのだろう。とても若く、少しくぐもっていた。
「今上陛下! ご龍顔を拝謁できまして、光栄至極に存じ奉ります! なんというご温情、このリアン、これほどの幸せを感じたことは、いまだかつてございませぬ!」
リアン姫がクナの隣で手をどんと床につけ、礼を申し述べると。
――「あら。その龍蝶には鬼火ひとりで十分よ」
くつくつ笑いとともに女の声が聴こえてきた。帝の声が流れてきたのと同じ処から、なんとも艷やかで濃ゆい声が冷々と。
「お付きの女官なんて要りませんでしょう?」
「シガはそう思うか。ふむ……」
(え? シガ?! でもこの声は……)
クナはうろたえ、息を呑んだ。
「そなたがそう言うのなら。この巫女は神殿に帰すとしよう」
(嘘……! シガの声はもっと……)
「へ、陛下! ですがしかし! この龍蝶が伽をできませぬのは大変申し訳なく、巫女王さまはわたくしをこうして――」
伝家の宝刀を再び抜きながら、リアン姫がぐいぐい、隣でクナを肘でつついてくる。早くおまえも加勢しろというそのせっつきに、呆然とするクナは応えられなかった。
(そんな。嘘よ。全然、シガの声じゃない。でも、陛下はたしかにシガって……)
喉が詰まる。声はすっかり驚きに呑まれてしまった。
クナは十五。その妹のシガは、十歳になったばかり。ころころあどけない、かわいらしい声の持ち主だったはず。なのに御簾越しに聴こえてくる声は、なんとも妖めかしい。
「伽など必要ないわよ。主上にはわたしがおりますもの」
シガと呼ばれる者は自信満々。熟れきった女そのものの声で断じた。その齢は二十か、三十か。わずかに低いその声はまごうことなく。すっかり成長しきった大人の女のものだった。
「そちらの巫女はもうお帰りになって。主上に必要なのは、龍蝶だけですの」
「……そ、そのようなわけで本日、しろがね様は後宮へと運ばれました」
床に盛られた聖なる土に、一番目のアオビは蒼く燃える頭を打ちつけた。
「すなわち、太陽神殿よりの献上品として、錦にくるまれ牛車に乗せられましてございます」
「おのれ……」
窓のない暗闇の小部屋。半日前、しろがねの娘が居た部屋の中央に、ぼうっと人影が浮かび上がっている。青白い鬼火の燐光が照らすは、固く目を閉じ座禅を組む女性の姿。
袁家の雷姫、通称黒女。帝の後宮で出会いて幾十年、アオビが永らく仕えてきた主人は、つい先ほど地下牢から出されたばかり。幸い拷問などは受けずに済んだのだろう。七日七晩囚われていたものの、あまりやつれてはいない。
しかし――その姿は、呼び名通りではなくなっている。薄い白千早を羽織る肩にかかっている髪は、ほとんど白に近い金色。まるで銀糸のようだ。
「九十九もアヤメもアカシも皆、さきほど一斉に牢から出された。それがこのようなわけであったとは。陛下がしろがねの繭糸をお望みになるなど……」
主人の声は老婆のようにしわがれ、いつもの覇気がない。白粉が塗られていない顔は病に侵されているように蒼白く、深い皺が目立つ。
アオビはそんな尊顔を見るのがいたたまれず、土につけた顔をあげられなかった。
「は、はい。ですがしろがね様はあの髪の色からすると、おそらく純血に近い龍蝶。ですので繭になられるのは、まだまだ何十年も先かと」
「たしかに、純血の龍蝶の成人年齢は六十歳前後と聞く。じゃが……」
白金の髪の主人は一瞬言いよどみ、言葉にため息を混ぜた。
「帝室は龍蝶を扱う術に長けておるそうな。甘露の影響を受けぬ薬。それから龍蝶を短時間で成長させる秘薬。そんなものを使いこなすと、前の君から聞いたことがある」
「先帝さまから? そ、そんな……このアオビ、まこと無知で役立たずで、申し訳ございません! そうと知っていればもっと食い下がったものを」
アオビはふるふる冴えない燃焼音を立てた。
半日前、蒼い鬼火は太陽の巫女王にすがって乞うた。どうかしろがね様の献上はおやめになってほしいと。どうかご温情をたまわってくださいと。
『どうか、黒女さまに免じまして! あの御方は、しろがねさまを大変気に入っておられるのです。我が子のように、大事にされておられるのです!』
しかし願いは聞き届けられなかった。巫女王はにべもなく鬼火に言ったものだ。太陽の巫女だというのに、地を温める天照らし様のぬくもりなど、かけらもまとわぬ雰囲気で。
『ほほほ。そんなに龍蝶を飼いたければ、巫女王になったらよろしいのですわ』
「ほう? あれはそう申したか」
「は、はい。はっきり、そう仰られました」
主人の眉がくわりと上がる。その眉間のしわのなんと深いこと。ちらと見上げたアオビはその怖さにふるえてまた顔を地に向けた。
「あれは今、龍の巫女王を兼任しているが。いずれ近いうちに、新しい太陽の巫女王が選ばれるのであろうな?」
「はい。選出の儀が近々行われる予定だそうです」
「なるほど?」
「あ、あの。せめて奥様がもっとよい部屋にお住まいになれますよう、掛け合って参ります。この部屋は、奥様には狭すぎます」
アオビは身を翻して部屋を出た。
「ふん。あれがわらわに快適な思いをさせるものか」
つんとうそぶく主人の言葉が背に刺さる。窓のない土部屋は、まだ数臘もいかぬ巫女がお篭もりをして苦行するためのもの。アオビの主人は百臘を越えているというのに、未熟な巫女のための部屋に入れられている。これは辱め以外の何物でもない。
九十九の方も、アヤメもアカシも主人と同じ扱いだ。それぞれ、ろくに調度品のない土部屋をひとつあてがわれただけである。みなさまの様子も見てまいらねばと、いそいそ足を早めると。
「おや。ライ姫の鬼火。そなたとはよく会いますこと」
実に目障り。そういいたげな雰囲気を醸して、太陽の巫女王がすすすと廊下の向こうからやってきた。
幾重も重ねられた聖衣は、あざやかな朱色。手に持つ下げ灯籠に照らされて、びっしり刺された刺繍がきららと輝いている。黄金の頭冠もじつに見事なきらめき具合だ。
美しき女王は鬼火の主人に会いに来たらしく、お付きの巫女とともに土部屋へ入っていく。
「わざわざお越しになるとは……」
会いたい者を呼びつけないのは、自室に入れたくないからだろうか。
アオビはそろろと踵を返し、ほんのり開いた扉の隙間から様子を伺った。
「ごきげんいかがかしら? この土部屋、懐かしいでしょう?」
「スミコを……後宮へやったそうじゃな」
「スミコだなんて、もはや隠し立てするような名で呼ぶ必要はございませんわ。あの娘の汚らしい黒髪は、すっかりもとのきれいなしろがね色にしてさしあげましてよ」
部屋の真ん中に座す主人の顔の険しさといったら。まるで鬼のようだ。ほんのり怒る肩にかかっている白金の髪を、巫女王がすうと手を差し伸ばして指に絡める。
「あなたさまも、日の光こもりし黄金の髪を闇夜の色に染めるなど。天照らし様の巫女の風上にも置けませんことよ。亡き方を偲ぶのはもうおやめなさいませ。少々白くなっておりますけれど、このお色の方が断然、美しゅうございます」
「おまえに言われる筋合いはない」
「あら、大いにございましてよ」
太陽の巫女王は手に取った髪を口元に寄せている。口づけているのだろうか。この色が。この髪がいとおしくてたまらぬと言いたげに。
鬼火の主人がサッと相手の手から髪を引っ張り戻すと、巫女王は朱の袖を口に当て、くつくつ嗤った。
「とにかくも、あなた様は無罪放免ですわ。どこへなりと行ってよろしいご身分となりましてよ? よかったですわねえ」
「そうじゃな。九十九たち三人は、我が君の所領へ帰す」
主人の声は実に毅然としていた。さきほど鬼火に語っていた時のような弱々しさをすっかりひっこめている。意識して出しているのだろう。
「これより九十九を、黒髪様の巫女団長とする。わらわは今回の責を取り、巫女団より辞する所存じゃ」
――「お、奥様……!」
アオビが炎の我が身を硬直させると同時に、巫女王の嗤いがフッと消えた。
「あら。では実家に出戻るおつもりかしら? 袁家のご当主が、あなた様を受け入れてくださるかしらねえ。お兄様は、お父様より厳しいですわよ?」
「実家には戻らぬ。太陽の巫女に戻り、ここに住まうことにする。古巣のここにな」
きっぱり宣じる主人の言葉にアオビは震えた。さてもわが主人は一体何を言い出すのか。たしかに主人はかつて、この帝都太陽神殿の巫女であったが……
「新しい巫女王選出を近々行うそうじゃが。太陽神殿では、神霊の技の手合わせに勝った者が選ばれるのであったな」
「ええ。二十臘以上の太陽の巫女ならばだれでも、挑戦の資格があります。完全に実力勝負ですわ」
「その選出の儀、とっとと開くがよい」
「あら。まさか……」
「わらわが出てやろうぞ」
一瞬の沈黙を経て。けたたましい笑い声が土部屋に満ちた。
「本気ですの?! 清らでなく、老いたあなた様が、霊力猛々しい若い巫女に太刀打ちできるとでも?」
巫女王が体を折らんばかりにして笑うのを、鬼火の主人は険しい顔のままぎりりと睨んだ。
「ま、まあよろしいですわ。とても面白い見世物になりそうですものねえ? ほほほほ!」
「ふん。おまえは昔からまったく変わらぬわ。意地の悪さは大陸一じゃな。このわらわを笑い飛ばすとは」
「これが笑わずにいられますか! せいぜいがんばりなさいませ、お姉さま!」
――「な、な、な……大変なことに……!」
パッと扉から離れアオビは走った。九十九の方がいる土部屋へと一目散に急いだ。
「九十九の奥様! た、大変です。大変です! どうか。どうかお知恵を! お力添えを!」
主人を止めるべきか否か――そんな迷いは露ほどもなく。忠義厚い鬼火は、狐目の婦人の部屋に飛び込むなり叫んだ。蒼い火の粉をパッと散らして。
「お、奥様をどうか! 勝たせて下さい!!」