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眠れる龍

今回は屍龍(シーロン)視点のお話です。

 銀星流々。光燦々。

 燃ゆる大地。悲鳴。怒号。祈り――


「音波弾来ます!」

「伏せろ!」


 我がまどろみの鼓膜を裂くのは死の調べ。

 逃げゆく兵どもの頭上。ハディアット・ジェリの城壁より、敵の楽団の音色が不気味に轟く。

 あわてふためく兵たちが地に伏せ盾をかざしたとたん、どどうどう。銀色の光が金属の板を痺れさせる。遅れた者があえなく、手足を裂かれて吹き飛ばされた。


「急げぇ! 撤退! 撤退ぃ!」

「城壁門を駆け抜けろ!」


 楽団の音波弾ほど恐ろしきものはなかろう。

 この光弾を生み出しているのは、すめらの巫女団と同じもの。おびただしい数の奏者と歌い手と舞い手が城壁の上にいる。


 死を。死を。死を――


 恐怖の音色だけではない。鉄の砲弾が雨あられと落ちてくる。

 太陽紋の旗が飛ばされ、無残に焼ける。地が焦げ、風が炎と血潮を飛散させる。


「屍龍! 速く門を抜けろ!」

「ウルセエ……」

「言うことを聞け! この針峰がおぬしの主人だぞ!」


 残酷な騒音を聴くと、我はうつらうつら、あの夜を思い出す。

 すめらの地に星がたくさん落ちた夜を――。





 災厄が大陸をおそった夜。すなわち星が降り注いだ夜、我は死んだ。

 愛する息子たちも娘たちも大勢死んだ。

 すめらの街を守った翼はもがれ、炎の吐息は虫の息。

 みな漆黒の天へ召されていったが、我だけは天河の流れに昇れなかった。

 我は不死なるもの。ゆえに真に逝くことは叶わぬ運命(さだめ)

 

『どうか我にも死を。安らかな休息を』


 あの夜、どれだけ嘆き願ったことか。

 我は翼を広げるのが億劫になり。腕を伸ばすのが嫌になり。人々が我が名を呼ぶのが鬱陶しくなった。

 以来、我はまぶたを閉じたまま。腐った肉をまとい、まどろみ続けている。

 永の年月眠っておれば、思考(あたま)がおぼろになるのはいたしかたあるまい。

 我にとってうつつの諸事は、泥中のごとき重いぬかるみ。

 中のまぶたは開かれることなく。夜明けを告げる鳥の声はいまだ聞こえず。

 我はただひたすら、まどろむのみだ。


屍龍(シーロン)、振り返るな!」


 我の背に乗る愚かなりし生き物が、夢うつつの我を叱咤する。


「あの鉄車を守れ! わが針峰軍団のしんがりにいる、あの車を!」


 人間というものは、あきれるほどせわしない。

 我を氷の棺に押し込んだと思ったら。いくらもたたぬうちに外へ出て戦えという。

 まったくいらつく生き物である。

 

針峰(しんほう)さま! 雷童(らいどう)さまの軍は、ほぼ壊滅っ! 雷龍が兵の生き残りをこちらに合流させようと血路を――」

「待てぬわ! 速度を落とすな!」


 現在、針峰(しんほう)が率いる軍団は情けなくも敗走中だ。

 南の都市を攻略したものの、こやつの軍団は城壁と城壁との間に入りこんだ。敵軍が城壁の上に現れるのをまったく警戒せずにである。なんと愚かなことか。


屍龍(シーロン)! 早くわしを鉄車のそばに!」

「ウルセエ……ダリィンダヨ」 

 

 人間どもがうごめく様を、正気の目でながめるのは御免こうむる。

 我は死んでいたいのだ。

黄金(こがね)にけぶる大地が 人間どもに汚される様を哀しみたくないゆえに。

 奴らを消し去りたいと思いたくないゆえに。

 我はただひたすら、まどろむのみだ。 


「おまえ、動きが鈍いぞ? だから、生贄を食べろと言うたのに」

「ハァ? アンナモノ!」


 我を封印した氷の棺が開かれたとき。針峰はまどろむ我の前にどさりと生き餌を投げてきた。手足を縛られた瞳赤き女。その目の色の濃さをみるに、そこそこの神霊力をもつ巫女か。


『遠征にともない、大本営がまた生贄を支給してくれた。大きな街にある太陽神殿の巫女だ。この娘を食らうがよい』

『誰ダオ前ハ?』

『我は針峰(しんほう)の柱国。お前の新しい養い主だ』

 

 毎度毎度だれかに似たようなことを言われるが。だれが認めるものかと、我はさらに眠りに落ちる。腐った皮膚にだらりとまとわせるのは、寝ぼけてろれつの回らぬ夢のかけら。

 

『イラン』


 我の寝言はすこぶる明瞭である。腐った口はだれきり、組織が絶えず足元に落ちているが、音量は起きているときと変わらぬ。我はごうごう、氷の棺を揺らしてやった。

 

『飯子。メシコ。メシコヲヨコセェ!!』


 我の寝相はすこぶる悪い。腐った体はあたかも起きているときのように動く。

 翼を広げ。手足を動かし。ひどく臭い寝息を吐き出す。

 氷の棺をわざと壊せば、針峰はおびえ、ざざと後ろにあとずさった。

 薄情にも、生贄の娘を我の足元に置き去るていたらくであった。


『甘クナイモノハ、イラン! コイツハ下ゲロ!! 甘イ飯子(メシコ)ヲヨコセエ!』





 龍蝶。

 それこそ、我の求めるもの。

 まどろむ我はつい最近、白き甘露の芳香を浴びた。

 なつかしい香り。なつかしい味覚。郷愁のごとき懐古を誘うものを。

 その娘は菫の瞳をたたえ、しろがねの髪をなびかせていた。

 細い四肢から漂うは、甘い甘い魅惑の風。

 間違いなかった。あの娘は、白きものたちの子。かぐわしい甘露の香りを放つ、偉大な生き物の末裔であった。

 甘露を思い出したからには、もはや我の鼻には、何の匂いも漂って来ぬ。唯一あの、甘やかな香り以外は。


『あ、甘いメシコとはなんだ? ま、まんじゅうか? 砂糖菓子か?』


 盛大にぼける針峰の前で我は忍び笑ったものだ。

 愚かな生き物は何も知らぬ。龍蝶が――龍を操る蝶たちこそが、かつて我らの主人であったことを。彼らが分泌する白き甘露こそ、不死の魔人や龍たちの糧であったことを。



 白きものたちは、幾千年もの寿命を誇る種族であった。

 人間どもがこの地に降りたつ何万年も昔、白い彼らは紫の四の星よりやって来た。

 彼らは巨大なトカゲや恐竜をかけ合わせ、知恵ある我ら――龍を生み出した。

 我らは白き者たちに不死の玉を与えられ、寿命をもたぬものとなり、使役された。

 空飛ぶ乗り物として。大地耕す農耕機として。炎吐く戦車として。

 我らは()く白き主たちに仕えた。

 青の三の星より来た人間どもが、大地に降り立ち。白い者たちを地の底に追いやるまで。



『す、好き嫌いしないでほしいんだが……』 

『ダマレ愚カ者!』


 まどろむ我は、おののく針峰に取引を持ちかけた。

 飯子(メシコ)をくれればこの背に乗せてやろう。甘露を出すあの娘をくれればお前の敵を蹴散らしてやろう――

 

『甘露を出す? も、もしや龍蝶がほしいというのか?! しかしあれは今、陛下がお飼いになっておられるものしかおらんぞ?』


 ああ、我の飯子(メシコ)は御所にいた。あの甘露の匂いが鼻先をつついてきたとき、正直びっくりしたものだ。

 御所のはじっこが焼けたとき、甘露の匂いと、我があの娘に植え付けた印が我を呼んだ。あの娘の背に埋め込んだ〈鳴き蟲〉が、きゅるりきゅるりと急を告げたのだ。

 〈鳴き蟲〉はごくごくちいさな豆粒の如き蟲。皮膚の下に埋め込むものゆえ、うっすら痣のようなものとしか視認できぬ。蟲は特殊な電波を発し、我にその居場所を伝えてくれる。

 しかしたしかにあそこは御所であった。

 まさかメシコはすめらの帝のものになったのか?

 あわれな屍である黒髪から、取り上げられたのか?

 

『陛下のものを望むなど、なんと不遜な……』

『ハ! フザケルナ!』


 まどろむ我はとうとうと馬鹿者に教え諭した。

 我ら龍の住まいし聖地の上に都を置いた皇家こそ、不遜きわまりなかろうと。

 千の時をいくつかさかのぼりしはるかな昔。白き龍蝶を(うしな)った我らは、人間の守護神となった。以来、粛々とすめらの地を護ってきたのである。

 半世紀前、星降る夜に我らが一体何を成し得たか? 


『我ラノ偉業! 忘レルコトハ許サヌ!!』

『わ……わかった……なんとかする』


 説教ついでに柱をひとつふたつ壊してやったら、針峰は青ざめ、我の取引を受けた。

 どうせ空約束、我をたばかる気であろうが、こやつに我を御す力はあるまい。

 この猿の声音は腰がなく覇気がない。臓腑もふやけておる。胆力底なしの黒髪とは大違いだ。

 水晶打ち鳴らすがごとき黒髪の美声は、天の使いかと聞きまがうが。あれの腹黒さは髪の色より黒い。地龍も火龍も容赦なく犠牲にしたうえ、同胞を喪った我の怒りなぞまともに取り合わなかった。

 惜しきかな。若き火龍は、我を越える偉大な神龍となれたであろうに……。

 なれど黒髪は、あわれなる半壊の魂。龍蝶によって屍より蘇った卑しい下僕。我と同じ、不死なる屍にして、龍蝶を崇めるもの。

 ゆえにまどろむ我は渋々慈悲をくれてやり、この背に乗せてやったのだ。


『ククク……メシコヲクレナンダラ、ドウナルカ分カッテルダロウナ?』


 しかしこの針峰なる猿には、なんの義理も借りもない。 

 裏切りの気を見せたなら、頭から食らってやろう――

 




「よし、城壁を抜けたぞ!」

「閣下! 追撃の軍が! 敵軍が都市から波打って出てきていると伝令が!」

「な……まだ兵が潜んでいただと?!」


 鉄の竜で我の隣を飛ぶ副官の報告に、我が背の猿があわてふためく。

 針峰(しんほう)は黒髪よりも年老いて見える。齢は四十か五十ほどか。人間の齢はこれぐらいで中堅と聞く。となると、若気の至りで軍を突っ込ませたとは思えぬ。

 この無能ぶりをさらけだす敗走劇。正直、解せぬ。


「音波弾、また来ます!」

「伏せろぉ!」

 

 伏せて構える兵たちの盾がびりびり振動する。

 攻め入る前に塹壕(ざんごう)を掘っておけばよいものを。我が軍団の兵はただ、敵の攻撃に薙ぎ払われるのみ。ひたすら後退の一手である。

 城壁めがけ、我が毒の息を吐き出してやれば、どれだけの兵が助かることか。黒髪ならばそうしろと我に命じたであろう。不死身の我らは常に軍団の先頭にいて暴れ、退くときは最後の最後まで居残っていた。

 だが我が背に乗る針峰は、いの一番に劣勢の陣から逃げ出した。退けよ退けと我に叫びたて、逃げる軍団の先頭、すなわち攻め手の時はしんがりにいた、大きな鉄車を護ることばかり気にかけている。

 猿は飛びゆく我の背から、眼下の兵に怒鳴り散らした。


「兵ども、鉄車を囲め! わしのアイ姫を護るのだ!」


 護衛の鉄車を幾台も周りに従える、巨大な鉄車。豪奢な彫刻板で壁が装飾されたその車に乗っているのは、地龍に食わせるはずであった月の巫女姫だ。


『どうにも離れがたくてなぁ』


 猿はかくほざき、鉄車に夜な夜な通うほどの執着ぶりであった。


『なんとも美しいゆえ、地龍にはもったいないと思ったのだ』


 針峰の目はふし穴だ。月の姫はおよそ凡庸な顔で無愛想きわまりない。

 正直あれのどこがよいのか、まどろむ我は理解に苦しむ。なぜに生贄としなかったのか、なぜに惜しいと思ったのか、不可解極まるのだが。

 月の姫はどうやら、この愚かな猿にあやしげなものを盛っているらしい。

 まどろむ我の耳は起きている時と変わりなく、遠くの物音もはっきり拾う。ある晩、鉄車の中の褥でいき果てた針峰のそばで、月の姫はくつくつ笑っていた。


『媚薬で潰れて、なんとまあかわいいこと』


 我が白い娘から甘露を得るように、針峰は月の女から日々の活力を得ている。そう言えなくもないと思っていたが。こやつはただ脳みそをとろかされ、骨抜きにされただけであったようだ。

 

「オロカスギル。自軍ヲミスミス、城壁ノ間ニ入レルカヨ?」

「うるさい! わしのアイ姫が! アイ姫がこうしろと言うたから! こうすれば必ず勝てるでしょうと、都を包囲すればよいと、姫が……」

「オマエ……自分デハ何モ考エナカッタノカ?」

「だ、大本営もその作戦でよいと許可をくださったっ! 伏兵がいないことを確かめればそれでよいと! しかし姫がそのようなもの、いようはずがないと言うたから! ただちに兵を動かしたのだっ」


 針峰は完全に女の操り人形であった。

 愚かなり。愚かなり。愚かなり――!

 我は嗤った。女入りの鉄車ばかり気にする針峰をあざけった。

 この猿は、我が背に乗せるにまったくふさわしくない奴だ。

 そんなに女と一緒にいたければ、鉄車に共に乗るがよろしかろう。

 

「な! なにをする、屍龍(シーロン)!」

 

 鉄車にぐぐっと近づいた我は、猿を落としてごろりと転がした。とたん、さわぐ猿の気配を察した月の姫が、鉄車の窓から身を乗り出してくる。


「針峰さま、軍を左右にお分けください! 追手を挟撃するのです!」

 

 月の姫こそはまことの司令官か? 堂々と指図するとは、針峰をいいように操る気満々のようだ。


「正面にロン家のトワ姫さまが……不知火(しらぬい)軍団がおります。敵をひきつけてくださるそうですから、急ぎ挟撃体制をお作りくださいませ!」


 猿は女の言葉をそのまま軍団に命じた。朗々と、声をはりあげる女の言葉を。


「退け! 左右に退けえ! 不知火(しらぬい)どのが、敵を釣ってくださるぞお!」

「大丈夫です、針峰さま。私たち月の巫女にお任せくださりませ!」 

「おう! 我が姫! 頼んだぞ!」


 愚かなり。愚かなり。愚かなり――!

 我はまた嗤った。猿の目はぎらぎら、熱に浮かされている。女の顔のなんと勝ち気なこと。目を細めて余裕ともとれる微笑を浮かべている。

 月の巫女に任せろだと? ロン家のトワだと? トワ姫とはたしか、火龍が喰らいそこなったという月の巫女姫ではないか。不知火(しらぬい)将軍も針峰と同様、月の女に操られているのか? しかもトワ姫はこのアイ姫と通じているそぶりだ。

 なるほど。女たちの後ろにいるものが透けて見えるぞ。

 

「ククク……月ガ太陽ヲ食ラッテイルノカ」

 

 この愚策は月の神官たちがたてたもの。わざと遠征を失敗させるつもりなのであろう。

 軍事力を誇示する太陽の権威を失墜させ、月の土俵である外交交渉で事を収めようという腹か。

 いや。月神殿はもうすでに、魔導帝国と密約を結んでいるのやもしれぬ。


「売国奴メ!」


 愚かなり。愚かなり。愚かなり――!

 我は盛大に嗤った。哀れな猿の踊りようが滑稽で、ごうごう嗤った。

 兵士共がどれだけ死のうが我の知ったことではない。

 儚い生き物が次々倒れようが、まどろむ我は痛くも痒くもない。

 これは悪夢。夢なのだ。我は夢を見ているに過ぎぬ……

 だがそのとき。

 きゅるりきゅるりと蟲が騒いだ。わが腹に飼っているものが激しく鳴る。近くに迫りくるものに呼応したのだ。

 我が埋めた〈鳴き蟲〉に――。


「メシコ?!」


 たちまち、我の嗤いは凍りついた。

 白い娘がこの戦場に来ているだと? 御所にいたのではなかったのか? 陛下のもとにいたのではなかったのか?


 ぎゅるりきゅるり ぎゅるりきゅるり


 蟲が騒ぐ。いままでにないほど暴れている。

 まさかメシコはまた焼かれているのか? だれかが我のものを、我の甘露を奪おうとしているのか!?


「黒ノ塔!」


 はるか遠目に、あの塔が見えた。濁ったまぶたを下ろしたままの、我の眼に。

 なぜにここにある? なぜに不知火軍団とともにいる?

 敵の砲が。楽団の音波弾が。雨あられと黒の塔に襲いかかる。

 

「ソコニイルノカ? マサカソコニ? メシコォッ!」

「あの塔が敵をもっとひきつけるまで攻撃を待って!」


 月の女が鉄車から叫ぶのが聞こえた。

 おのれこの女、何をほざくか。あの塔には我が蟲を宿した娘がいるというのに。


「シ、屍龍(シーロン)どこへいく! わしのアイ姫の言う通りに――」


 まどろむ我は急いで飛び立った。なんという悪夢かと舌打ちしながら。


「グハ!」


 銀色の音波弾が我が翼を射抜く。地にもんどり打った我は、歯ぎしりして翼を再生させつつ、地を走り出した。

 塔は淡くしろがねに輝き、敵の砲をはじいている。

 なんと美しくも残酷なきらめきか。空中に散るあの光の粒は、音波弾のかけらだ。塔の結界を中和しようとしている。

 

「飯子……飯子メシコメシコメシコメシコォオオオオ!!」


 

 黒の塔が大きな砲門を開いた瞬間。大きな音波弾が、走る我のすぐ脇をかすめた。

 ああ――塔に当たった。開かれた砲門に。結界が一瞬消えたところに。

 折れる! 折れてしまう。塔が。

 落ちる! 落ちてしまう。せりだす舞台から。

 ぎゅるると、我が腹の蟲が悲鳴をあげる。あそこにいる。我の。我の。我の――


「メシコォオオオオ――ッ!!」


 なんとか穴をふさいだ翼のひとなぎで間に合うか? 否――腐った翼では間に合わぬ。

 伸ばした我の手は届くか? 否――腐った腕では届かぬ。

 ならぬ。この光景だけは、夢とすることはできぬ。

 では、いたしかたない。


「龍ノ娘!!」




 目覚めねば。




「我が命の糧! 龍を操る白き蝶よ! 死なせぬ!」 


 我が声は、雷鎚(いかづち)のきらめき。

 我は中のまぶたを開いた。と同時に腐った鎧をずぶりと脱ぎ捨てた。

 黒い汚泥が地へ落ちる。ああ、随分と重たい鎧であった。体が軽い。 

 羽毛まばゆい白金の翼がはばたく。輝く腕がぐんと伸びゆく――





 今は昔。

 千の時をいくつもさかのぼりしはるかな昔。

 白き主を(うしな)った我は、すめらの民の手によって生まれ変わった。

 西の竜王を倒す神獣として。すめらを護るものとして。半分機械で半分生身のものに造り直された。

 民は雷槌(いかづち)まとう我を崇め、その名を祝いだ。

 今ふたたび。我はその名を名乗ろう。

 永い夢から、覚めたゆえに――



始龍天尊(シーロンティンツォン)御神槌ノ哮(ミカヅチノタケリ)! ただいま参上つかまつった!!」


 

 倒れ来る塔のてっぺんを輝く左手でつかむ。

 ほろほろぽろぽろ折れた塔からこぼれるものどもを、我は受け止めた。


 大きく広げた、真っ白な我が右手に。  

屍龍(シーロン)さんは始龍(シーロン)さまでした……。

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