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20話 舞姫

 これはいったい、どんな化け物の咆哮か。

 襲ってきた轟音は形容し難く、娘は両手で耳を塞いだ。

 地が揺れる。空気が激しく震えている。何かが、後ろから来る――


「ひいいい! スミコ様駄目です! いったん車の中に!」


 熱波。

 荒れ狂う爆風にさらわれるすんでのところで、娘は鬼火に押し戻され、鉄車の中にころげた。とたん、ごおうごう。空気を割るような轟音が、凄まじい勢いで車の外を走り抜けていった。

 鉄車が爆風に押される。ガガガと音を立ててひどく揺れ動き。地を滑り。


「きゃああああっ!」


 何かに衝突してどえらく跳ねた。


「スミコさまぁー! うぎゃっ」


 車内の壁にびたり。叩きつけられたのか、あわれ鬼火の悲鳴がこだまする。立ち上がろうとした娘も、膝をついたところでまたころげた。 

 車はまだ滑り、激しく何かと衝突している。おそらく他の車だろう。めきりばきりと、分厚いものが裂ける音がする……。

 娘は頭を守るように抱え、体を縮めた。窓が割れたか壁がひしゃげたか。ごおうと燃え盛る音が、ずいぶんはっきり聞こえてくる。落ちた粥鍋はほぼ空だったが、倒れた火鉢から炭と灰がぶちまけられたようだ。足元をじりっと、熱いものが焼いてきた。


「ああ! 車寮が一面燃えてますっ。どこもかしこも火の海ですっ……!」


 鬼火が悲壮な声をあげる。 

 柱国将軍の巫女団の車は、西手の車寮に並べられていた。

 後宮におわす婦人たちの牛車や馬車が並ぶ御車寮とは別棟。西手の一番南に在り、婦人たちの住まいである寝殿とは、人工池で隔たれている。

 鉄の馬や生身の牛馬は外されて、車体だけがずらり。ゆえにこの車を動かして逃げることは残念ながら不可能だ。


「まさかこんなに早く爆発が起こるとは! 緊急事態ゆえ、戦時装甲を降ろします!」 


 鬼火が車輛の端に飛んでいき、ガチャガチャ金属音をたてる。操作盤をいじっているようだ。

 巫女団の鉄車は戦場において、戦車のごとき性能を発揮できる。屋根から折りたたみ式の装甲を降ろせば、防弾も防火もできるのだ。しかし……


「陛下のおわす御所では、戦時のような武装も護装も許されません。それゆえまったく無防備な状態で、置いておりましたのですっ」


 それで不穏な声は、「鉄の車も吹き飛ばせる」と言ったのか――

 クナはぞっとしながら、よろと立ち上がった。肩が少々痛むが、足はなんともない。装甲が降りればなんとかなると思ったのもつかの間。鬼火が怖ろしいことを告げてきた。


「あああ、そんな! お、降りませんっ! 装甲の格納口が潰されたようですっ! こ、これでは、火を完全に防げませんっ」


 つまりほどなくここは、火にかけた鉄板と同じになるということだ。

 

「そ、それじゃ、ここから逃げるしか、ないってことですよね!?」

「は、はい! 私がスミコさまを防護いたします!」

 

 クナはがくがく震える足を奮い立たせた。

 不穏な声のものどもは、なぜこのような大罪を犯したのだろう? ここは帝がおわす御所の中。神聖なる、すめらの中枢だというのに。

 ところがアオビは、火事が起こったことについてはまったく驚いていなかった。


「いやあほんとに、怖ろしいですっ。これがすめらの後宮ですよ、スミコ様。お妃さまたちは、巫女団が西手に入ってきたのが、お気に召さなかったのでしょうねえ」


 陛下の寵を受ける婦人たち。そのうちの誰かが何者かに命じて、車寮を爆破させた? 

 まさかそんな。理由としては短絡的すぎよう。  

 クナは釈然としないものを胸に覚えつつ、へしゃげた車から、ごうごう燃える海に踏み出した。たちまち手や頬が痛む。肌に噛み付いてくるこれは、なんだろう?


「火? 炎? なんて熱さ……! もしかして、いまここって、赤い? すごく赤い?」

 

 カッと熱い火は、赤。母にそう教えられた娘に、鬼火は一面真っ赤だと答えた。

 物が焼ける匂いと音は、山木燃やす雷まじりの嵐のよう。しかし肌刺す痛みは、風雨の比ではない。耳も鼻もひりひり灼け上がる。背を低くして煙を吸わぬようにと、鬼火が叫ぶ。


「私がお包みしますので、匍匐(ほふく)で、そのまま前へお進みくださいっ」


 めららめらら。鬼火の体があたりに広がる気配がする。熱くない炎が、熱い炎を遮断してくれたようだ。肌刺す痛みがすうっと消えてゆく。

 包むということは、つまり鬼火は今、体を膨らませているのだろうか?

 

「アオビさんは、火が燃えるような音がするんですけど、赤いんですか?」

 

 吹き飛んだ車の破片で地面はじゃりじゃり。地を這う娘の声は恐怖とあたりの轟音で消え入りそうだ。しかし鬼火はその言葉をしっかり拾ってくれた。


「いいえ、赤くないんですよ。私はその名のとおり、蒼いものでして」

「あお…‥水の青? 氷の蒼? でも冷たくも熱くもないです」

「私は芯の部分で燐を燃焼させております。炎ではなく、光に近いものなのです」

 

 鬼火の声はいやに明るい。恐怖を和らげようとしてくれているのかもしれぬ。

 なんとありがたいことか。


「私ども蒼いのは、皆さまのお世話をするのが得意です。対しまして赤いのは戦闘に特化したものです。緑のものは蒼と赤両方の能力を備えてまして、陛下のおわす太常殿にのみ配属されます」 


 ゆえに緑のものは気位が高いのだと、鬼火は笑った。

 障害物があります、避けましょう。右へ進んでください。今度は左へ進んでください――

 鬼火の言うとおりに、娘は一所懸命腕を動かした。


「後宮は広いですからねえ、皆さま各所にばらばらですが、すべからくご健在ですよ。ご主人さまははるか北東の寝殿、奥様たちは南西の小寝殿。屍龍は東南の龍舎におります」

「龍舎って、馬屋のような?」

「はい、この車寮のように広い建物です。龍はいつもそこに繋がれます」


 もう少しで出口だと、鬼火が嬉しげに囁く。その声が如実にすぼんできたので、娘はハッと体をこわばらせた。めららめらら、燐を燃やす音が……ひどく弱々しくなっている。


「アオビさん?! だ、大丈夫ですか?!」


 無理をさせたようだ。平気ですとか細い声が返ってくるも、その声にじじじと変な音が混じっている。


「もうスコシですからね。あと十ポほどで、ソトに」

「アオビさん、こ、声が変ですっ!」

「ア。出グチが……」


 すぐ目の前でどうんと、破裂音がした。焼けている車の中にあった何かが、新たな発火剤となったらしい。ばちばちぱりぱり、細かな破片が雨あられと降ってきた。


「アアアア……」


 吹き飛ばされた車が重なり、出入り口がふさがったと、声が変わった鬼火が呻く。

 立て続けに爆発音が鳴る。次々と車が内部から破裂しているようだ。


「ダイジョウブです。防護シマス」


 空気が割れた。ひときわ大きな爆発音が耳をつんざく。

 とたん熱くない炎がザッとかき消え、娘のそばにほとりと何かが落ちる気配がした。


「アオビさん?!」


 返事がない。喋ろうとしているのか。断末魔の声なのか。

 倒れたそれはじじっと、空に消え行く花火のごとき音を燻らせている。

 

「アオビさん、しっかりして!」


 熱の波がざくりと、肌を刺してきた。うろたえつつも娘は立ち上がり、腕を舞の形に構えた。肩にびきりと痛みが走るが、ぐっとこらえる。


(ああ、炎を払わないと)


 足元を起点に舞えば風が起こる。このあたりだけでも、いっとき炎と煙を退けられるのでは。

 迷っている暇はなかった。

 クナは急いで、凪から一気につむじ風となった。腕を広げてくるくる回転し、まとわりつく煙と炎を吹き飛ばす。しばらくこれで時間を稼げば、鬼火が回復してくれぬだろうか――

 

(風。風。風よ吹いて。もっと速く、旋風を!)


 ああ、だめだ熱い。

 回転するクナは、こふっと焦げ臭い息を吐いた。

 炎も煙も周囲に引いたようだが、熱気はいかんともし難い。

 このままでは焼けてしまう。ぼうぼう、火の柱になってしまう――

 

「アオビさん! アオビさんっ!」


 熱に焼かれる肌の痛みが、痺れに変わってくる。

 熱風となった娘は、じじじと蠢く鬼火を呼んだ。一縷の望みを抱いて。


「お願い、よみがえって……!」




 

 この雪が少しでも。

 黒髪たなびかせ、寝殿から走り出た百(ろう)さまは、ぎりりと歯噛みした。

 空からしんしん降り落ちるは、ましろの雪。暖かい季節であれば大雨となっていたであろうほどの降りようだ。これが、池の向こうで燃え盛っているものの火勢を削いでくれまいか――。

 池の向こうは真紅の炎幕。ごうごうと、ぬばだま色の空を真っ赤に染めている。


「なんぞ、すさまじい音がしよったと思えばっ」

 

 西手の南、池の向こうにあるのは御車寮のみ。目を凝らしてどこが燃えているか分かったとたん、百(ろう)さまは小寝殿から飛び出した。戦場で使う鉄の箱車の中ならば、十分に安全。そう判断し、娘を置いてきたというのに。


「なぜに裏目に出る?!」


 これは太陽神官族の巫女団への牽制か。それとも、被害者面をして陛下の同情を買いたい、いずこの巫女団の自作自演か。アオビは、嫉妬にかられた後宮の婦人たちが黒幕だと主張しそうだ。

 真相は分からぬが、御所を焼くなど、とんでもない大罪であろう。


「あんさん、履物履いてまへんがな!」

「そんな暇なぞないわ!」

  

 長年の戦友(とも)が後ろから追いかけてくる。

 百(ろう)さまは振り返らず怒鳴り、足を速めた。

 

九十九(つくも)! 琵琶か笙か、持ってきておるな?」

「言われへんでも!」

「聖結界をまとって車寮に入るっ」


 そして黒い娘を救い出すのだ。いまだひとりでは結界を張れない、未熟な巫女を。   

 池に渡し橋がないのがもどかしい。雪で真っ白な岸辺をザクザクなぞるように走り、百(ろう)さまは炎燃え立つ棟に近づいた。

 燃え盛る炎幕を目の前にしたとたん、彼女は気色ばんだ。振り返れば九十九(つくも)の方も、厳しい睨み顔だ。

 白の袴に白千早。そんな出で立ちの女性の集団が、燃える車寮をゆるやかに囲みつつあったからである。

 

「なんぞ先客か? いったいどこの巫女団じゃっ」


 大きく見開かれる朱の瞳に、白一色の女性たちが一斉に腕をあげる様が映る。


「こ、この構え」


 舞だ。女性たちが凪の型を揃えると、ふおーと笙の音色が響き渡った。

 笛。鈴。銅拍子。それぞれ五、六人はいるかという大きな一団が、舞い始める白巫女たちの後ろに並びたっている。


「白袴……ということは、こやつら、月のものかっ?」 

――「ご災難だな! 柱国将軍の巫女さま方は!」


 たじろぐ百(ろう)さまの鼻先を、白い裳がふわりとかすめた。


「いったい誰がこんな不埒な真似をしたものか。後宮の婦人が黒幕だと、ここの鬼火どもは一様にわめく。だが、違うよな?」


 快活な声と共に、りん、と、白い裳についた鈴が鳴る。

 裳をもつ腕はむきだしで、細くしなやか。足も膝の少し上まであらわで、肌色は真っ白。

 

「は、裸足?」

「地に力を注ぐには、裸足でないとな」


 白い衣装は異国のものだ。丈短いものなれど、幾枚もの衣がふわりと波打つ。

 その娘はいまだ少女のようで、長い藍色の髪を背に長く垂らしている。しかしその瞳は百(ろう)様と同じ、神霊玉を飲み込んで成長させた、力ある巫女のもの。赤鋼玉のような真紅の輝きを放っている。

 少女は足取り軽やかに、白袴の巫女団の先頭に躍り出た。

 

「そなたら、どこぞの巫女団の御方か知らんが、ここは我らにお任せあれ! このトウのコハクと月の巫女団が、この炎を消し去ってやろう!」 

「トウの?!」 

 

 百(ろう)さまはぎょっとして、生き生きと舞い始める姫を眺めやった。

 

「まさか明日、後宮入りの叙位を受ける姫? トウ家の養女? なんとではあれが……」


 呆然とつぶやく背に九十九(つくも)の方のため息がかかる。


「マカリ姫か!」


 かつて都に流布していたトウのマカリ姫の噂はたおやかしとやか、百合花のような可憐な姫というのがもっぱらの噂。しかしこの、トウのコハクと名乗った姫は……


「なんぞ、少年のようじゃが」

「コハク……伝説の舞姫の名を名乗るとは……」

 

 髪が長くなければ闊達な男児。そうと見紛う細身と男勝りの口調。一瞬眉をひそめた二人の奥様方は、たちまち息を呑んだ。

 

花音(かのん)……!」

「なんと見事な」

 

 白い裳が生き物のように舞う。華麗で軽やかな高速の回転が、みるみる大風を起こす。他の舞い手の回転と合わさった花音の舞が、聖なる神楽を車寮に吹き付けるや。燃え盛る炎が見るだに怯んだ。

 

「一気に押す!」


 舞姫が華麗に舞いながら、ずいっと前進する。神楽の一団もじりじりと後に続いて熱気放つ寮に迫る。

 まるでろうそくの火を消すように、炎を風で吹き消そうというのか。

 奥様方がそう訝しんだ瞬間。活力著しい舞姫の手のひらに、光の玉がカッと現れた。

 

「あの玉は!」

「聖天明王! 巫女王(ふのひめみこ)の技や!」


 神霊力が凝縮された煌々たる玉が、ぎゅんと炎の中に放たれる。

 刹那ぱあっと紅蓮の炎の花びらが当たりに飛び散り、花火のように広がった。

 大風に押されて飛んだ玉が、車寮の中で破裂して炎を押し出したのだ。きららと輝く光の破片が、みるみる炎熱を喰らう。あっというまに、火勢がおとろえていく。

 

「さらに押す!」


 楽しげに笑い声をあげ、舞姫がしなやかな足をたんと踏み切る。

 その飛翔のなんと高きこと。蝶か鳥か、羽もつ者のごとしだ。

 回転する姫の手のひらから今一度、こうっとまばゆい光の玉が放たれた。

 聖なる玉が再び弾ける。いまやもう、車寮は大雨を浴びたかのようだ。火勢は哀れなぐらい、ちろちろの断末魔。

 

「だめ押しだ!」


 まばゆい白の裳が、目を眩ませるほど光を放ち始めた。


「あはは! これで終いっ」


 りりんりりんと、裳についたいくつもの鈴が灑音を放つ。

 少年のような舞姫は妙なる呪言を唱えながら、車寮の中へ裳を投げつけた。

 白い裳が変化する。煌めく光まとう、生き物の姿に。

 それは一瞬にして角もつ馬となり、ひひんと鳴いて車寮の中へ駆けていった――

 

「変天開王……!」


 百(ろう)さまが食い入るようにその技を見つめた、その瞬間。


「またはじけやった!」

 

 ほぼ鎮火した車寮に目を凝らした九十九(つくも)さまが、ざざっと走りだした。煌めく一角獣が突然ぶれて破裂した処へ。

 

「なんでみな、あそこ(・・・)で割れるんやっ」


 その言葉に百(ろう)さまがハッと青ざめ、後を追う。


「まさかっ!」


 ほぼ焼け落ちた車寮に足を踏み入れるや、二人はウッとたじろぎ両手で顔をかばった。

 

「風……!」

「つむじか? いや……」

――「花音(かのん)だろ?」


 快活な月の姫が、ふわりと二人の奥様のすぐ後ろに舞い降りた。


「そやつに回転速度を合わせた(・・・・)んだ。いいコマだよな、これ」

「あんさん……わざとこの子に当てはったな!」


 九十九(つくも)の方がぎりっと細身の姫を睨む。


「スミコ!!」


 百臘さまが叫んで走り寄ると、えんえん回っていた風がぐらりと速度を下げた。

 宙を舞っていた長い黒髪がはらりと垂れる。風はゆっくり回転を落とし、そして――百(ろう)さまの腕の中にどっと倒れ込んだ。


「すっ……スミコ! しっかりするのじゃ! スミコおおっ!」 

「あお、びさ……あお……さん……」


 止まった風は目を見開いたまま、硬直しながらつぶやきを放つばかり。剛毅な舞姫は焦げた床に落ちている白い裳をひょいと拾い上げ、からから笑った。


「速いなあ、その子。車寮の中でコマみたいに回ってるから、格好の拡散棒になったよ。変天の玉をまともに受けて砕くなんて、大したもん――」


 姫の言葉はばちりと、きつい平手の音に遮られた。

 とっさに手をあげたのは九十九(つくも)の方。朱色の狐目をかっかと怒りで燃え上がらせ、ふりあげた手はがくがく震えている。

 

「人に一撃必殺の玉を当てるなど! このわっぱ、なにしさらすんや!」


 しかし剛毅な姫は打たれた頬をさっと拭い、怒気放つ目線をまっこうから受けてにやり。まったくたじろがなかった。


「なにっていわれても。火は消さねばならんだろ?」


 その態度に狐目の方はますます気を損ね、どえらい剣幕で責め立てた。


「光玉を三発もなんてあほか!? 少しでも回転が鈍れば、スミコは木っ端微塵やあらしまへんか!」

九十九(つくも)落ち着け! スミコの手当てが先じゃっ」


 百(ろう)さまが宥めるも、憤る戦友(とも)の怒りは収まらなかった。


「うちの子ぉになにかあったら――」

九十九(つくも)!」

「あんさん殺したるッ!!」

――「いけませんー!」


 般若そのものの狐目の方の袴に、ものすごい勢いで蒼白いものが飛びついた。ぶすぶすと燃焼不良の音をたてる鬼火である。体がいつもの十分の一ほどしかなく、今にも消え入りそうだ。


「呪い、いけませ……巫蠱(ふこ)も、いけま……どうか、どうか気を……」


 虚を突かれた九十九(つくも)の方は、ぐっと唇を感でこらえた。しかしその身は殺気満々。怒りの眼差しで月の舞姫をぶすりと刺す。

 剛毅な姫は、さも面白そうにその視線を飄々と受け流した。


「その子スミコっていうのか。うちの巫女団に欲しいな。こんな連携、できる子なんてそうそういない」

「はぁ? だれがあんさんになんぞ――」

 

 呆れて非難の言葉を放とうとした九十九(つくも)の方は、しかし眉をひそめて言葉を呑み込んだ。百臘の方も月の姫も、あっと声をあげ怪訝な貌をする。

 なぜならば。

 ずずんずずんと、あたりの地が揺れているからであった。

 

「あ、あれ、なん……ですか、これ。え、この振動……まさかっ?」


 九十九(つくも)の方に貼りつく鬼火が、びくりと身を縮める。

 と、転瞬の間もなく――ほぼ崩れ落ちていた車寮の入り口が、完全に砕けて地に落ちた。

 どおうどおうという凄まじい地響き。辺りに満ちる、怖ろしい咆哮。

 重たそうな鎖を引きずる音をたてながら、吠え猛ったものは固まる女たちの前で盛大に口を広げて。


「ダァアアアイジョウブカアアアアッ!!」 


 ぐおんぐおんと、黒の叫びを吐き出した。


「助ケニキタゾオオオオッ! 飯子(メシコ)ォオオオオオッ!!」 

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