17話 希望の架け橋
太陽の武人シャンヤンは、クナの女官たちのために船室をいくつか用意してくれた。
アオビを追い続けるよう双子姫たちに命じたクナは、自らリアン姫を支え、その一室にリアン姫を運んだ。
黒い剣を持つ刺客に斬られた。
針金足のイチコに救われた。
柔らかな寝台に身を置いた太陽の姫は、さばさばとおのが身に起こったことを話した。傷が痛むだろうに、このようなこと造作もない、大したことなどないという雰囲気を、醸しながら。
いつもの姫だと、クナは一瞬安堵しかけた。だが、太陽の姫の顔をまじまじと見つめて、あることに気づいた。
姫の瞳が、真っ青になっている――
すめらの神官族はすべからく、幼い頃に神霊玉を呑む。臘を重ねると、腹の中に留まっている玉に神霊力が貯まっていく。そのおかげで様々な技を会得し、行使できるのだが。その玉の影響で、神官族の瞳は必ず、真紅に染まるのだ。
(赤くないということは……まさか、玉が壊れたの? だとしたらもう、リアンさまには……)
リアン姫が典侍となることに、女官たちが待ったをかけたのは……。
傷の具合もさることながら、巫女の力を無くしたせいなのかもしれない。
本人にはっきり確かめてよいものか迷っているうちに、太陽の姫の息が上がってきた。どうか休んでくれと懇願しても、姫は平気だとにっこり笑ってくる。
いつもの口調。いつもの笑顔。目の色以外、どこも変わっていないように見えるけれど――
「リアン様、休みはってください。諸々の連絡事項は、うちが陛下に伝えるよう、新しい典侍様らに託されましたゆえ」
狐目のユィン姫が、薬湯を持って船室に入ってきたとたん。太陽の姫の顔は固くこわばり、その輝くような威勢は、しゅんとしぼんでしまった。太陽の姫はじっとユィン姫を見据えながら言った。
「あの、陛下……あたくしが回復しましても、典侍のお役目は、星の双子姫たちのままでお願いいたします」
「リアン様……!」
「陛下のお気持ちは、大変ありがたいのですけれど。大事なお役目は、それにふさわしい者が務めるべきですわ」
リアン姫は、ユィン姫が差し出した薬湯の入った湯呑をサッと取り、一気に仰いだ。それから勢いよく毛布をひっかぶり、顔を隠したまま、何も言わなくなった。
ユィン姫が複雑な貌をして目配せしてきたので、クナは彼女と廊下に出た。
「陛下、この場での奏上、お許し下さいませ。リアン様の体内には、神霊玉がございません。失われております。それゆえに、あん御方は、うちらに対して遠慮してはります。陛下のご即位直後は、自然とうちらのまとめ役となり、頼もしい号令なぞかけてくだはったのですが……今は一歩どころか、百歩ほども退いてはります」
「やっぱり神霊玉が……でも、」
クナは迷わず断じた。
「神霊力がなくとも、リアン様はきっと、役職を務められます」
「陛下、おそれながら……うちは正直、リアン様はもうあかんと……力を無くしては、もはや陛下のお役には立てへんやろうと、思っておりました。他の女官らもほぼ、同じく感じてはるでしょう。せやけど陛下が、並びかしこまるうちらの列から、リアン様を見つけはりましたとき。陛下のご龍顔を拝しまして、よう分かりました」
狐目の姫は、細い目をさらに細くして微笑んだ。
「あの、喜びに満ちた、輝くようなかんばせ。あれほど美しい笑顔を、うちは見たことがございまへん。リアン様は、陛下に必要なものを、与えることができるお人なのやと思います」
「ユィンさま……」
「それだけではあらしまへん。重傷を負いながらも、すめらのため、そして陛下のために尽くそうという気概と覚悟。異国へ赴かれたご経験。お持ちの人脈。どれをとってもリアン様は、他の者より頭一つ、抜きん出てはります。ゆえに、うちに異存はございまへん。陛下の思し召しに、従いまする」
とはいえ、リアン姫の容態は予断を許さぬ状態だと、ユィン姫は眉を下げた。命からがら剣将の炎から逃れた女官たちは御所に戻りて、リアン姫を交代で看ていたそうだ。薬は、花売りの故郷で作られる薬花。リアン姫を救ったイチコが、自身の花屋から取り寄せて届けてくれたという。
「よく効く薬花のおかげで、リアン様は一命をとりとめました。太陽の大姫様が身まかられたと聞いたときには、本当に危ない状態になりはったのです。せやけど、奇跡的に……」
ミン姫が亡くなったことは、やはり揺るがない事実なのだと、クナは唇を噛んだ。
信じたくない。なれどだれもが、太陽の大姫は……と顔を俯ける。
おのれでもこんなに辛いというのに、ミン姫を親友としていたリアン姫の心痛は、いかばかりであろうか。変わらぬ威勢に小気味よい笑顔。その内に、いかほどの悲しみを抑えているのだろうか。
クナはまなじりにこみあげてくるものを、鉄錦の袖でそっと抑えた。
「リアン様が、黒い剣の刺客は、金獅子家の者だと言っていました。あたし、刺客の向こうに、金獅子の公子様の姿を見ました。たぶん、刺客を止めようとしてくれたんだと思うのですが」
西方風の甲冑を着こんだ男。公子ルゥビーン。リアン姫のためにすめらにとどまった彼は、刺客もろとも、剣将の炎に巻き込まれてしまった。
「もう、生きてはおられないのでは」
「刺客の件について、元老院が焼けた拝所をはじめ、方々に調べを入れております。たしかに、公子殿下は拝所に現れたようで、どうやら存命してはるようです」
重傷の公子を収容したとおぼしき船が、宮処付近の飛空場からこっそり出ていった。隠密から元老院にそのような報告があったそうだ。公子には影のように付き従っている護衛が複数いて、彼らが体を張って公子を守ったのではないかと、推測されているという。
クナは安堵して表情をゆるめたが、ユィン姫はしかし、その端正な顔をきゅっと硬くした。
「陛下、実はもうひとり……刺客に斬られた者がいはります」
クナはこの時ようやく、太陽の巫女アカシが、刺客に襲われたことを知った。
アカシが花売りに救われたこと。そして現在、花売りと共に、ユーグ州の貴族グリゴーリ・ポポフキンの船に乗っていることも。
タケリが消滅し、伝信玉の機能が復活してさっそく、イチコは花売りと連絡を取り、諸々の情報を交換した。イチコは自分が得た情報を、クナの女官たちに教えたのであった。
「イチコ様によると、陛下の船団が砂漠に向かい始めました時、船主たるポポフキン様は、アカシ様に請われて、陛下の船団に加わりたいと打診しはったそうです」
「えっ? でも船団に、グリゴーリ卿の船は……」
「船団の艦長はんは、要請を突っぱねたのです。すめらの巫女を保護してくれはったとはいえ、相手はユーグ州の船やということで、門前払いしたのです」
「ああ……」
九十九の方が廃位されて以来、すめらとユーグ州の関係は冷え切っている。両国は今、ほとんど国交断絶の状態。軍どころか、常駐の大使すら、今はそれぞれの国もとに戻っている。
剣将の出現に右往左往し、敵船の襲撃を受けたすめらの船団には、少しの余裕もなかった。グリゴーリ卿の船が敵性とみなされたのは、仕方のないことなのだろう。
「この件、陛下のお耳には入らへんと、グリゴーリ卿は察しはったそうで。それゆえ、卿の船に乗っておりますサンテクフィオン様が、イチコ様を通しまして、リアン様に伝えたのです。陛下の女官なら確実に、陛下に伝えてくれるやろうと」
「イチコさんは、今どこに?」
「社長命令とやらで、御所に残ってはります。まあおそらくは、情報収集のためでしょう」
くしゃりと、ユィン姫は貌を崩して苦笑した。
花売りたちは頼もしい味方であるが、異国人である。ゆえに、完全にすめらのために動くわけではないと、達観しているようだ。
それからもうひとつと、ユィン姫は、白く長いひとさし指を自身の面前に立てた。
オムパロスにおわす上皇は、女帝陛下を奉る今のすめらのことが大変に不服で、伝信を全く寄こさなくなっているらしい。どうやら強引に通信規制までしているようで、月神殿が情報を得るのに四苦八苦しているそうだ。
「そのため星の大姫様が、こそりと、元老院宛てに密書を送ってくれはりました。それによりますと、太極殿の方がつつがなく、姫君をご出産あそばした、とのことです」
「シガが、無事に……! よかった、女の子なのね。それなら将来、コハクさまの御子と帝位を争うようなことには――」
「いえ、それが。上皇様は、太極殿の方の御子を東宮にしたいと、画策されてはるようです」
「えっ……」
「湖黄殿の女御様は、上皇様の意を汲まれました。太極殿の方の御子が第一位の継承者になることを、お認めにならはったそうです」
「つまりコハクさまが、波風たたぬようにしてくださったと……」
「御意にございます。他にも、元老院や各神殿から山のように、陛下への報告がございます。文書になりましたものをお持ちいたしましたので、のちほど、お目通しくださいませ」
狐目のユィン姫は頭を深々と垂れ、船室前の廊下から辞した。
クナはリアン姫の様子を伺おうと、船室に戻った。薬には強い催眠の効果があるのだろうか、おそるおそる毛布をずらしてみると、太陽の姫は眠りに落ちていた。
その寝顔を見つめながら、クナは考え込んだ。
シガが無事出産したことは、素直に嬉しいと思った。コハク姫の気遣いがとてもありがたい。
オムパロスで燻っている帝の御心を鎮めるため、すめらの帝室をすめらに戻すため、一刻も早く大安の悪鬼を倒さなければならない。
なれど、誰かを失うことは。耐えがたい犠牲が出ることは。もう二度と……
「リアンさま……アカシさま……」
太陽の姫の息は浅かった。肩を上下させていて、傷が疼くのか、時折眉をしかめ、ひどくつらそうな貌をする。薬には痛み止めの効果もあるはずだろうに、痛みは相当なようだ。
アカシも同じ剣で斬られたのなら、たぶん同じように苦しんでいるに違いない。もしかしたら、彼女の瞳も、もはや赤くはないのかもしれない……
「だめ……無理をさせては」
クナはきゅっと唇を引き結んで、リアン姫が眠る寝室から出た。
女官たちのいる広間に戻ると、そこは妙なる神楽の音色に満ちていた。
遠見を続けている双子姫のために、女官たちが神霊力の結界を作って援護しているらしい。手を合わせ、向かい合わせで座している双子姫の周りをぐるりと囲んで、雅な旋律を巻き付けている。
狐目のユィン姫も輪に入っており、しかもびぃんびぃんと琵琶を奏でているので、クナは思わず目を閉じて、聴き入ってしまった。音色の調子がどことなく、九十九の方の奏でる、あの懐かしい音と似通っていたからだった。
きりのよい節まで奏でて、結界を固定させると、女官たちは演奏を止め、クナに向かって一斉に頭を垂れた。
「陛下、紫の鳥が、大きな都を越えました。禄州の州都かと思われます」
双子姫の片割れが、鳥の行方を告げた。
「禄州の都というと……」
「陛下に、すめらの地図を」
女官のひとりが輪から離れて、かしゃかしゃ、鉄錦を鳴らして動く。
眼前に差し出され、広げられた地図には、すめら百州の州名と大きな都の名前が記されていた。
羽化する前には見ることがかなわなかったものだが、かつて百臘の方がひとつひとつ教えてくれた州の名を、クナはなんとか読むことができた。
「西の砂漠が、ここでございます。鳥は砂漠から南へ、南へと、じりじり進んでいっております」
鳥が進んでいるという経路を指でまっすぐたどると、やはり――
「大安に当たる……」
剣将はアオビの意識を読んで、大安におのれを歓迎する者がいると知ったのだろうか。
それで、身を寄せようとしているのだろうか。それとも。悪鬼自身が何か、剣将を呼ぶような細工を弄しているのだろうか。
「シャンヤン様に、鳥の軌道を報告してまいります」
―—「お待ちを」
「どうかお待ちを」
「もうひとつ、気がかりなものが」
制御室へいこうと動いた女官を、手を合わせる双子姫が止めた。
「みえます。うちらのふねに……」
「うちらの船団に、ついてきてはります」
「あおい……」
「蒼い船」
「はるかうしろ……」
「船団のはるか後ろから、密かについてきてはります」
もしや、その船は――
クナは、ハッと気づいた。
「それ、グリゴーリ卿の船じゃ……ユーグ州の紋章とか、どこかに付いてませんか?」
「しろ……」
「白い鷹の紋が、船体に」
間違いない。
クナは制御室へ行く女官に、友軍の存在を告げるよう命じた。船がついてきているが、決して攻撃しないようにと。そして、月のリンシンを呼んだ。
「リンシンさん。あたしは、グリゴーリ・ポポフキン卿と、直接会談しようと思います」
突然何事かと面食らう彼に、クナは事情を話し、ユーグ州との関係と現状を改めて問うた。そうして小一時間ほど、詳しく説明を受けて話し合ったのち、鏡姫に頼んだ。
「どうか、花売りさんのもとへ、伝信を飛ばしてください」
鏡姫はさっそく、ポポフキンの船に乗っているであろう花売りのもとへ、伝信を飛ばしてくれた。イチコと密に連絡を取り合っているらしい花売りは、すべて心得ているといった顔で、鏡を見つめるクナを迎えた。
『ご無事でなによりです、陛下! よかった、イチコさんの伝言が、届いたのですね』
花売りはかつかつと船内を移動し、伝信玉を船主に渡してくれた。
グリゴーリ・ポポフキン卿。アカシを救ってくれたその人に。
「グリゴーリ卿、申し訳ありません! すめらの軍のふるまい、お許しください!」
鏡に貴公子の微笑が映るやいなや、クナは開口一番、すめらの船団の対応を詫びた。
大丈夫です、こちらはユーグ州の船ゆえ、致し方ないと思ったと、貴公子は共通語で口調穏やかに返してくれた。なれどアカシの容態を聞くと、その涼やかな貌は、たちまち曇り顔に変じた。
『スメルニアの皇帝陛下。実のところ私は、アカシどのを連れて、ユーグ州へ戻りたいと……そのような願いを抱いてしまっております』
クナの懸念通りだった。アカシもリアン姫のように腹を裂かれていて、まだ起き上がれないという。
『陛下、アカシ殿は神霊玉を失っておられます。しかもイチコ殿から、彼女の主人たる太陽の巫女王の訃報がもたらされました。アカシ殿は二重の喪失に苦しみながら、主人を弔わねばと、太陽神殿へ戻ることを望んでおられます。その思いを無視してはいけない……すめらにお戻しするべきだということは、十分理解しております。ですがせめて傷が癒えるまでは、安全なところで養生していただきたいのです。つまりその、このまま、私のもとで』
「グリゴーリ卿。あたしは――いいえ、すめらは、アカシ様を保護してくださった卿に、深く感謝いたします」
クナは深々と、鏡姫が映し出す金髪の貴公子に頭を下げた。
「アカシさまは、すめらの宝のひとりです。あたしにとっても、すめらにとっても、失うわけにはいかない人です。なぜなら将来、すめらとユーグ州とを結ぶであろう、国交を回復させるであろう御方であると……私は、そう信じているからです」
『陛下……それは……』
「ゆえに、私の方こそ、お願いしなければなりません。どうかアカシさまを、守ってくださいませ」
そばにいてくれたら、どんなに心強いか。
たとえ神霊力がなくとも、アカシには経験と教養がある。巫女たちの筆頭として、これ以上のまとめ役はいない。なれど――
クナは心の底から願った。
アカシがどうかこの先永く、つつがなく生きてほしいと。そして、幸せになってほしいと。
「さきほど、月の大神官と相談して決めました。アカシさまを、ユーグ州大使補佐官に任じたく思います」
―—『陛下……!』
鏡姫が映すグリゴーリ卿の背後に、誰かが近づいてくる。
アカシだ。そばについて看病してくれる人に伝信が来たのに気づいて、寝台から無理矢理、起きだしてきたらしい。
『陛下、た、大使補佐官、とは……?』
クナの言葉が、グリゴーリ卿が持つ伝信玉から聞こえたのだろう。驚きで目をみはっている顔は、血の気がなく真っ白だ。心なしか、やせ細っているようにみえる体に、律義にも、白い千早を羽織っている。クナは、まなじりにじわりと染み出してきたものをサッと拭って、できるだけ凛とした声を出した。
「アカシさま。まずはグリゴーリ卿のもとで、しっかり養生してください。ミンさまのお弔いは、悪鬼を倒したのちに執り行うよう、太陽神殿に命じます。その時までどうか、グリゴーリ卿の船で、傷を癒してください」
『大安を陥落させるまで……』
「なぜ、卿のもとにいてほしいのか。それは、お弔いが終わりましたらすぐに、ユーグ州に赴いていただきたいからです。壊れたものを直すのは、とても難しいです。少しずつ、時間をかけて修復していかなければ……だからまず、国交回復の礎を、アカシさまに作っていただきたいのです」
鏡に映るアカシの目が、みるみる丸く、大きくなる。
その瞳は、やはり赤くなかった。リアン姫と同じ、澄んだ蒼色だ。アカシは両手でおのが口を覆い、その美しい瞳を潤ませた。
『陛下……』
「具体的には、かの地にある、すめらの大使館の管理をお願いします。放棄されている大使館を整備して、将来ユーグ州に派遣されるであろう、すめらの大使を迎える準備をしてください」
『なんという……名誉なお役目でしょうか……』
グリゴーリ卿が、震えるアカシを支えている。
すめらの軍人がユーグ州の船を拒否したように、ユーグ州に行ったら、アカシはあちらの人々に冷遇されるかもしれない。両国の架け橋となるには、多大な心労を伴うだろう。
なれどアカシのそばには、グリゴーリ卿がいる。果敢にも彼女を救い、守らせてくれと願う人が。
これ以上の守護者がいるであろうか。
アカシ自身も、責務を得れば、それをなんとしても遂行せんとする、強い人だ。きっと奮起して、成し遂げてくれるだろう。
クナはもう一度頭を下げた。深く深く、心をこめて。
「アカシさま。グリゴーリ卿。すめらの未来のために、どうか、お願いします。今はこの船団から離れて、安全なところで待機してくださいますよう」
アカシを支える貴公子は、即座に答えた。
愛する者を守りたい。その一心に染まる彼の声音は、とても頼もしかった。
まるで、おとぎ話に出てくる英雄のごとくに。
「ありがたき勅令、しかと拝命いたします! お任せください、女帝陛下!」
かくてクナは元老院に、太陽の巫女王の葬祭は、悪鬼が退治されてから行うよう勅令を出した。そして月のリンシンには、アカシの任官の手続きを頼んだ。外交は、月神殿の管轄であるからである。善処すると、リンシンは額に浮かんだ汗を拭いながら答えた。
「しかしながら、ユーグ州とはもはや、伝信の繋がりも切れている状態でございまして。まこと国交回復は、一からの再構築となりましょう」
時間がかかることは承知の上だと、クナはうなずいた。
婚姻政策を行ってはいるものの、すめらは戦では極力同盟を嫌い、大陸同盟でも孤立する立場にしばしば立ってきた。それは大スメルニアの意向であったが、長きにわたって慣習化していて、すめらの国民性に成ってしまっている。それが貿易制限や、鎖国のごとき国交閉鎖といった施策になって顕れているのだろう。
「あたしは戦時限定の帝として、玉座にある身ですが……もっと気軽に、異国に助けを求められる国であればと、たびたび思うのです。すめらがもっと開けていればと」
「御意。実のところ私には、開けたすめらがどのようなものか、想像しがたいのでございますが。陛下の思し召しを、さっそく元老院にかけまする。おそれながら、再び大使を派遣できるようになるまでには、数年かかるやもしれません。なれど、すめらの建築物の維持とそのための人員派遣は、ただちに可決されるでしょう」
「はい。よろしくお願いします」
リンシンが仕事をしに私室へ辞すると、シャンヤンが意気揚々と広間にやってきた。
曰く、アオビが船の索敵装置で捕捉できるようになったという。
全速力で駆けているので、距離がどんどん縮まっているそうだ。
「青鳳たちを出しました。まもなく、お目当てのものを捕獲できるでしょう」
クナはシャンヤンにいざなわれて、制御室に入った。船から繰り出される青鳳が捉えた映像が集積され、制御室の水晶玉に映し出されると、言われたからだった。
「どうか、ご覧下さいませ。我が鳥たちが見ているものが、こちらに映ります」
音は聞こえてこないが、大きな水晶玉にはっきりと、空と大地が映っている。
たなびく雲。地に広がる森林。流れゆく大きな河。
「大香河。北から南へ、街道に沿いまして流れゆく、すめらの動脈」
水の色は濁っていて黄色い。この河は最終的には黄海に流れこんでいくという。その大河の上を、シャンヤンの青い鳥たちは飛んでいるようだ。
はるか前方に、紫色に燃え立つものが見える。
「アオビさん!」
みるみる、燃える鳥が近づいてくる。鳥たちが迫っているのだろう。
アオビはぐるぐる、大河の上を廻っている。なんとか方向転換しようとしているが、うまくいっていない。ずるずると、大河に沿って後退しているかにみえる。当初見たときより、全体的に赤みが濃くなっているようだ。剣将の力が、アオビを上回っているのかもしれない。
シャンヤンが秒読みを始めた。十、九、八……と、楽しげに声を出している。
燃える鳥は目と鼻の先。
三。二。一。
玉が一面、炎に覆われた。鳥たちが、アオビを取り囲んだようだ。
燃える。燃える。炎が暴れている。
「網を出しまして、くるんでおります。特殊な合金で編んでおりますので、溶かされる事は無いと思いますが……う?」
シャンヤンの貌が崩れた。鳥の視界が炎から離れたのだ。しかもぐるぐる、せわしなく回転している。
「どうした? 青鳳たち!」
『敵襲!』
制御室に置かれているたくさんの、小さな水晶玉から悲鳴が飛んできた。
『波動攻撃、来ました!』『回避しております!』
「なんだと? まさか、大安からまた船団がきたのか?」
『ち、違います!!』『生物です!』
大きな水晶玉に映る鳥の視線が、空に向かう。とたん、黒く長い影がいくつも、空を横切っていく。
クナは息を呑んだ。
(この形は! まさか、そんな)
クナの背中に、悪寒が走る。
(まさか……まさか……!)
並ぶ小さな水晶玉から一斉に、信じられない言葉が飛んできた。
『龍!』
『龍の群れです!!』