16話 集いし者
ひゅうひゅう、るるるる。
るるるる。るるるる……
クナが眠りに落ちても、船の音は途絶えなかった。
まるで心臓の鼓動のように規則正しく、黒い船はずっと歌っていた。
るるるる、ひゅうひゅう。
それはどことなく、アオビが唱えた龍蝶の子守歌に似ていた。
(やっぱり、歌なの?)
夢の中で、クナはあたりを見回した。
目が見えるようになってから、夢は音だけではなくなっている。現実と同じように、周りのものがちゃんと見える。
白い船室——細長い寝台に、自分が横たわっている……
(あ。これは夢じゃなくて。もしかして魂が、体から抜けてしまった?)
一瞬どきりとしたけれど、クナの視点は、自分のすぐ真上から少しも動かなかった。
いつもは上に引っ張られる感覚に襲われるのだが、それがまったくない。
おそるおそる扉の方に視線をむけると、ゆっくり右に視界が動いたが、ほどなくがつんと壁にぶつかった。
(出られない?)
結界のようなものは、何も感じられない。でもなぜか、押し返される。
前後左右、そして上下。動けるのは、船室の中だけのようだ。
(天に引き寄せられないっていうことは……これは夢? それとも現実?)
どちらか分からなくなってまごついていると、しゅんっと小気味よい音をたてて、船室の扉がひとりでに開いた。廊下から、白い千早をまとった白い影が、ふわりと入ってくる。
(あ……)
揺れる豊かな金の髪。太陽の巫女だ。
その姿は、シャンヤンが見せてくれた船の核、芙蓉姫にそっくりだった。
すらりと長く、白い手足。陶器のような、すべらかな肌。
室内の光は落としているのに、姫は闇に沈んでいない。千早の白も髪の色も、とても鮮やかに見える。まるで自ら、淡く発光しているかのようだ。
姫の背後に、白い影がいくつも連なっている。たなびく残像かと思いきや、よく見れば、それぞれ顔が違う。
船室から漏れるほどの、長い行列。あたかも、巫女たちを付き従えて大廊下を進む、巫女王の列のごとしだ。姫に連なる者たちは、筒に入れられ、芙蓉姫と繋がっている巫女たちなのだろう。
彼女らを率いる芙蓉姫は、にっこり微笑みながら、寝台に横たわるクナの体のそばにしずしずと寄ってきた。
(こ、こんばんは)
天井近くにふわふわと浮いているクナは、慌てて自分の体に戻ろうとした。
(助けてくださって、ありがとうございます)
もしかなうなら、姫たちに直接そう言いたかったのだが。クナの体はぴくりとも動かず、その口はついぞ開かなかった。
芙蓉姫は満面の笑顔だ。白い手を伸ばし、横たわるクナの頬にそっと触れている。
るるるる。るるるる。
絶え間ない船の音と一緒に、かすかな囁きが姫の口から漏れてきた。
『ひかり、かがやく、じょてい、へいか。あめてらしさまにつかえるわたくしたちは、たいようのふのひめみこであられた、へいかに、つくします』
そのときパッと、クナの頭の近くに置いてある鏡姫が、鏡面を光らせた。
『なんぞ、異様な波動が近づいておる? 我が巫女、無事か? 我が巫女?!』
『ごしんぱいには、およびません。わたくしたちは、すめらのへいかに、いのちを、ささげます。それがすめらの、みこの、さだめなのですから』
(待って)
何か得体のしれない、悪寒のような予感を感じて、宙に浮いているクナはもがいた。
(命を捧げる? 協力してくれるのは嬉しいけれど、でも!)
体に戻って、声に出して言いたかった。
(だめ! あなたの命は、あなたのものよ。あなたのものを、大事にして。無理はしないで)
だが。その強い思いは、声にならなかった。
『どうか、ごあんしん、ください。すめらのために、たいようのみこはよろこんで、いのちを、さしあげます』
『なんと、ありがたき志か』
(鏡姫さま!)
点滅する鏡が、おのが意志を伝えてくれないだろうか。
クナはそう願ったが、鏡は深く感じ入ったと、感心の声をあげた。
『汝の思いこそは、まさにすめらの巫女の鑑じゃな。我が巫女も妾も、大船に乗った気持ちで、汝を頼ろうぞ。勇壮なる船よ、我が巫女に堂々と、汝の命を捧げるがよい』
(鏡姫さま! 待ってくださ……!)
クナは無理矢理、自分の体の中に突っ込んだ。ようやく戻れたと思い、すかさず身を起こす。
ぞくりぞくりと、背中に嫌な悪寒が走る。身震いしながら、クナは叫んだ。
「待って! 犠牲は、いりません!」
しかし――
列を成す巫女たちの姿は、どこにもなかった。船室は暗く、だれの姿もない。
ぴかぴか点滅していた鏡姫も、光っていない。鏡面は、眠りの状態で真っ黒だ。
「そんな、どうして? 今ここに、巫女たちがいたはずなのに……鏡姫さま……鏡姫さま!」
クナは沈黙している鏡を揺り起こした。何事かと鏡姫が寝ぼけた声で応えてくる。
それでようやく鏡面がじわじわ明るくなったので、クナは息を呑んだ。
「今、お目覚めではありませんでしたか? 芙蓉姫と、話をされませんでしたか?」
『なんじゃと? 船の核たる姫が、どうしたのじゃ?』
慌てるクナの様子を察知して、寝台近くに立てかけていた鍛冶師の剣が、心配げに様子をうかがってきた。クナは今見たことを話したが、剣はきっぱり、それは夢だろうと断言した。
『僕は常時、索敵してるからね。完全に休止はしないで、警戒の波動を出している。この船室には、だれも入ってこなかったし、君が起きるまで、だれも会話してないよ』
「そ、そうですか」
船に繋がれた、太陽の巫女たち。彼女たちを見て、クナはたじろいだ。
我が身を捧げて軍船そのものとなるなんて、なんという覚悟であろうか。本当にためらいはなかったのかと、呆然としたし、胸が痛んだ。
その思いが、夢の中に現れたのだろうか。クナの心の中に湧いてきた思いが、あのような幻を見せた、ということなのだろうか。
「鏡姫さま。あたしは……大スメルニアがいなくなったら、すめらの人々は自由になると、思っていました。誰の制約も受けずに、自由にものを考えて、したいことをするようになると」
クナは、柔らかい光を放つ鏡を抱き寄せた。
「正直あたしは……三色の神殿が、悪鬼に対抗するためにあたしを担いで、軍団を作ってくれるとは思っていませんでした。すめらはもっとひどく混乱するんじゃないかと、百州は百の国に分かれるんじゃないかと、思っていました。でも、そうはならなかった……こわい鏡がなくなっても、生まれてからずっと、大スメルニアが作った制度のもとで生まれ育ってきた人々は……全然変わらない……」
『巫女は、神意のために、迷わず身を捧げるべし』
鏡姫は淡々と言った。まるで、機械そのもののように。
『神意とはすなわち、すめらを司る者の、思し召し。三色の神々のご神託。それを踏まえて出される、帝の詔と元老院の施政。月神殿は、三色の神殿に絶対服従するよう民を教導してきたが、支配階級たる神官族も同様じゃ。各色の神殿で育てられ、神意に従えと教育され。おのれが所属する色の神殿こそ最優であると、刷り込まれる。
ゆえに我が巫女、翔殿もこの船の巫女たちも、喜んで命を捧げるであろう。太陽神殿こそ随一である、ということを示すためにな』
背中がざわつく。嫌な感覚が全身に広がっていく。この船は強い。他の船とはたぶん桁違いに。でもそれゆえに、尋常ならざる立ち回りを、あえてしようとするかもしれない。特殊で無敵だと、自負するがゆえに――
「自分が属する勢力のために、一所懸命になるのは分かります。でも、率先して命を捧げるのは、何か、違うような気がするんです。翔さまや巫女たちの思いは、とてもありがたいものですけれど……」
クナが俯いてつぶやくと、剣が痛いところを突いてきた。
『スミコちゃんはそもそも、この船の在り方が特異だから、困惑しているんじゃない?」
「そ……そうです。ためらいなく、自分を捧げる。そんなすめらの民の在り方に、あたしは……」
『僕は技術者だから、単にすごいって思うだけなんだけど。たしかに人の命で動く船っていうのは、一般の倫理で考えると残酷な技術かもしれない。でも、太陽の巫女たちは、自ら望んで我が身を捧げている。司令塔だけじゃない、すめらの社会制度を一から変えないと、そういう民の気質は変化しないと思うよ』
「一から、全部を、ですか」
『うん。でも、変えるって本当に大変なことだ。どんな風に変えるのか、どうやってそれをするのか。それをまず、旧来のものに代わる制度として、確立させないといけない。それにね、新しいものを浸透させるには、結構時間がかかるものさ。君の理想が具現するまでには、たぶん、十年二十年じゃなくて、数世紀っていう年月が必要だろうな』
「そんなに……」
クナは青ざめた。自分はなんと、簡単に考えていたのだろうと愕然とした。
異常な神託を出す鏡がなくなれば、民は幸せになる。自由に暮らせる。ただ、そう思っていた。
おとぎ話のように、悪者を倒せば、大団円になるのだと、勘違いしていた。
自分はまだ、何も知らない。なんと愚かで無知なのか――
身震いするクナを励ますように、鏡姫が優しく閃いた。
『焦るでない。新しい制度を考えるのも、それで民を幸せにするのも、悪鬼を倒して内なる混乱を鎮めねば、できぬことじゃ。我が巫女よ、翔殿や巫女たちの思いを、その働きを、今はありのままに受け取るがよい。今の彼らを、拒んではならぬ』
「ありのままに……」
『そうじゃ。たとえ心の内では悩み考えていても、臣下の思いを笑顔で受けよ。すめらの民はそなたの子ぞ、女帝陛下。子を育てるためには、子を厭うてはならぬ』
「つまり、母になれと?」
『そうじゃ。神意に従う民は、親に尽くす子のようなものじゃからの』
まだ子を持ったことのない自分が、なれるものだろうか。
すめら全土の民を慈しむ者に。龍蝶を虐げてきた人々の、親たる者に。
できないから、大安の悪鬼は宮処を破壊し、人の世もなくそうとしているのだろう。
対して自分は。龍蝶である自分は。すめら百州に住む何千万という人々の、母と成れるのだろうか。
「わかりました」
クナは、深くうなずいた。
「子の思い、踏みにじることなく。なれど、子を守る。あたしは、そんな親になりたく思います」
まだ背中がざわざわしている。たぶん、今しがた見た夢は、予知夢にちがいないと、クナは思った。近い将来、この船は危機にさらされるのかもしれない。となれば、巫女たちは躊躇なく、すめらのために命を散らすのだろう。
そんな事態にならないように。これ以上、犠牲を出さないように。
クナはきりりと、唇を噛んだ。
(考えなくては)
ちゃんと休めと、鏡姫や剣が薦めるので、クナは再び寝台に身を横たえた。
どんな危機がこの船を襲うのか、もう少しはっきり分からないものか。
悶々と考え、また夢が降りてこないかと思ったが、思考が邪魔してもはや、眠ることはできなかった。
朝陽が船窓を煌々と照らすころ。クナは船窓を見やって、さらなる援軍がやってきたことを知った。戦船が数隻、増えている。神官族を詰め込んでいるのだろう、平たい船だ。
シャンヤン自慢のこの黒い船にくらぶれば、旧式であるとの感がいなめないが、かなり大きな船である。
ほどなくリンシンが、遠慮がちに様子を伺いに来た。
「お休みの所、大変申し訳ございません。星神殿より、第三位の大神官が、まかりこしましてございます」
シャンヤン率いる船団が帝を救ったとの報は、昨夜のうちに元老院に伝えられた。
月の第一位の大神官リンシン。太陽神官族の優秀なる武将シャンヤン。帝のもとに二色の官が揃ったことに、星神殿は焦ったらしい。後れを取るまいと、第三位の大神官が、第二十衛府より援軍として送られた戦船に乗り込んだそうだ。
「生き残った船、四隻。黒い船五隻。今朝がた来ました二隻。まだ続々と、各地の衛府から援軍が参るとの伝信を受けております。我らは全部で二十隻の船団になる予定でございます」
クナはさっそく、くたびれた鉄錦をできるだけきれいに拭き、鏡姫の前で髪を梳いて身支度を整えた。
謁見の間として用意された階下の広間に赴くと、ほどなく、即位の礼で目にした覚えのある星の大神官が、頭を低くしながら入ってきた。
「三色の神々のご加護著しい陛下におかれましては、ご武運輝かしく、敵の船団を撃退されましたこと、言祝ぎ申し上げまする」
淡い蒼髪を編んで肩に垂らしている大神官は、かなり年を取っている。祖父と呼ばれるにふさわしい面の持ち主だ。クナは星神殿の意向を慮って、彼に頭を下げた。
「日々、星神殿が整備してくださっている伝信塔が、とても役に立ちました。大陸全土に建てているかの塔のおかげで、私たちは、瞬時に連絡を取り合うことができます。感謝申し上げます」
「滅相もございません。陛下のご奮戦、まことあっぱれでございまするが、これまでいかほどのご不便を被られたかと、我らの無力さに、忸怩たる思いでございます。少しでも楽になっていただきたいとの一心で、私が乗りました船に、内裏勤めの者どもを乗せてまいりました」
「内裏の……」
「ご支障なければ、戦死なさられた典侍様の、後任をお決めになるのがよろしいかと存じます。陛下のもとに参じました者たちの中から、ご選定くださいませ」
謁見の間にぞろぞろと、鉄錦を羽織った婦人たちが十二人、入ってきた。
クナの目は、たちまち輝いた。
彼女たちは、クナが内裏に居る時に側仕えするべく選ばれた女官たちだ。各色の家格よろしいお家から選ばれた姫ばかりだが、その中に、大好きなあの人がいる――
「リアンさま!」
「参じるのが遅れまして、申し訳ございませんわ」
かしゃかしゃと錦を鳴らして、太陽の姫はまぶしい金髪の頭を下げた。
クナは、一も二もなくリアン姫をメノウの後任にしようと、彼女のもとへ近づき、その両手を取った。
「リアンさま、どうか典侍に――」
「お待ちください!」
しかしその時、女御の列に連なる、淡い藍色の髪の星の姫が、異議を唱えた。
「その太陽の姫君は、立っているのがやっとというほどの重傷の身。本来なら大人しく、床に伏していなければあきまへん」
「え……」
「なのに無理を押して、船に乗り込んできはったのです。こんな状態で、まともに務めを果たせるとは、到底思えまへん」
星の神官族特有の、はんなりした口調。じっと睨んでくる星の姫の面差しに、クナはたじろいだ。鋭い狐目が、懐かしくいとおしい誰かを彷彿とさせる。たしかこの姫は曇家の出身であったと、クナは思い出した。
「九十九さまのご実家の、姫?」
「ちょっと銀姫! 公然と足を引っ張らないでくださいます? たしかにあたくし、お腹を斬られましたけど、ちゃんと治療を受けましたし、脳みそは正常ですわよ?」
「斬られた?!」
「大丈夫ですったら! そりゃあ、イチコさんに救出されたあと、三日三晩うなされましたけど」
「三日三晩?!」
「ででででも、内裏で、腕のいい典医を手配していただいたんですの。ですからこの通り、歩けるようになりましてよ?!」
リアン姫は即座に抗議したが、狐目の姫は引かなかった。
「なりまへん。鎮痛薬を飲んでの空元気、もつのは一刻程度でしょう。あんさんはまだ、横になって、安静にしていなければあきまへん。陛下、おそれながら、五体満足な他の誰かに、ご指名をお願い致します」
クナは他の婦人たちを見渡した。女官は各色から四人、皆、女御として選ばれているが、だれもが、ユィン姫の言がもっともだという顔をしている。リアン姫と同色の、太陽の姫たちまでも。
リアン姫の容態はそんなに芳しくないのかと、クナはたちまち青ざめた。
「リアンさまはあたしにとって、かけがえのない御方です。元気であれば、側にいてほしい。手を貸してほしい。そう思う一番の人です……」
「なれば陛下、リアン姫が回復なさるまでの代役で、よろしゅうございます」
すぐに譲歩してきたことといい、穏やかな声音といい、狐目の姫は、権力が欲しくて申し立てているわけではないらしい。ちらちらとしきりにリアン姫の方に投げる視線は、本当に太陽の姫の身を心から案じているようだ。
他の女官たちも一斉に、ユィン姫の提案で良いとうなずいてきたので、クナは渋々、リアン姫を即刻典侍にすることを諦めた。
しかし、他の姫とは、ほとんど初対面。いったい誰を指名しようかとしばし迷っていると、狐目の姫がまた、穏やかな声で奏上してきた。
「お悩みなら、仕合で決めてもかまいまへんか? 巫女王を決めるときのように、神霊力で勝負いたしたく思います」
かくて、広間でいっとき、帝の片腕となる、典侍を決める仕合が行われた。
神霊力を決める実力勝負。とはいえ、広間を舞台代わりにするには、狭すぎた。よって、戦いは精霊を呼んで戦わせる、という絢爛なものではなく、千里眼の能力を競い合う仕様となった。
立会人はクナの他、三色の神官三人。リンシン、シャンヤン、そして今日来た星の大神官が、広間に並んだ。
姫たちはまず、クナが檜の塗り箱に入れた貝の絵柄を当てた。
しかしそれは、神殿で臘を重ねた巫女には児戯に等しく、どの姫も遜色なく的中させたので、クナはさらなる課題を課すこととなった。
シャンヤンがこそりと、探し物が難航している、捕捉できないと報告してきたので、クナはそれではと、女御たちに願った。
「どうか、アオビさんを探してください。空の彼方に飛び去った、紫色に燃える鳥を。それがどこへ向かっているか、今、どんな様子でいるのか。教えてください」
真の千里眼は、体から魂を飛ばす。非常に高度な術で、できる者はほとんどいない。
もし誰もできなかったら、クナ自身がおのが魂を飛ばして、アオビを探しに行こう。
そう思ったのだが。
「一直線に、南へ飛んではります」
「なんだか苦し気に、叫んではります」
見事に遠見ができる者がいた。しかも二人。淡い蒼色の髪の星の姫だが、狐目のユィン姫ではない。
「さすが、王家の双子姫!」
ユィン姫は、まるで我がことのように、嬉しげに目を細めた。
「キン姫様とリー姫様。やはり遠見では、群を抜きはりますな」
星の者の活躍に、星の大神官は鼻高々。あからさまに顔を上気させて、喜んでいる。
クナは固唾を呑んで、双子の姫に訊ねた。
「もっと詳しく、教えてください」
「はい。もういちど、二人で飛んでまいります」
「しばし、お待ちを」
どうやら姫たちは協力し合って、お互いの体から相手の魂を引っ張り出し、一緒に飛んでいくらしい。仲良く向かい合って座している二人は、ことりと頭をうなだれた。
ほどなく、星の姫たちの片割れが体の中に戻ってきて、アオビの行方を詳しく語りだした。
「キンが、紫の鳥の傍らに残りました。私と繋がっておりますので、目を閉じれば、その光景が見えます。鳥は、泣き叫びながら、大きな都を越えていきはりました。あの都のあるところは、ここからおよそ、一千里。鳥は北へ行きたいと思ってはるようですが、どうにも、体が言うことを効かない様子です。大きくぐるぐる回りながら、じわじわと、南へ進んではります」
このまま進めば、とリー姫は、眉間にしわを寄せた。
「飛んでいる方角をまっすぐ進んだ先に、大安があります。悪鬼の結界に、ぶつかるかもしれまへん……」
「大安に……!」
もしかして、剣将は、悪鬼のもとへ行こうとしているのかもしれない。
アオビは必死に抵抗しているのだ。急がなければ――
お任せあれと、太陽のシャンヤンが制御室へと駆けていく。船団は、ただちに動き出すだろう。
クナは女官たちに、双子の姫を暫定的に、典侍に任命することとする、と宣じた。それでよいか確認するように、リアン姫にまなざしを向けたとき。太陽の姫は、真っ青な顔でその場にうずくまった。
「リアンさま!」
クナは血相を変え、震える姫を支えた。
「だ、大丈夫、ですわ」
「全然、そんな風に見えません!」
やはりリアン姫の状態は、良くないようだ。それでも無理を押して、来てくれたのだ。クナのもとに。
太陽の姫を抱きしめながら、クナは目に涙を浮かべた。
嬉しさと、申し訳なさ。様々な思いが怒涛のようにあふれ出て、ひとつの言葉になった。
「リアンさま。ありがとう……」