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黒の舞師 ~身代わり巫女は月夜に舞う~  作者: 深海
七の巻 御光の女帝
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15話 黒い船団

 アオビが暴れてくれなかったら、クナの船団はあえなく燃え堕ちて、砂塵と化していただろう。

 敵船が次々と航行不能になっていく隙をついて、女帝軍は北の方角へ回頭し、全速力で撤退を始めた。

 しかして敵の船団は、すぐに態勢を立て直した。半数の十隻は、まったくの無傷。瞬く間にきれいに並んで、逃げ行く船を追いかけながら、艦砲を撃ってきた。

 敵船の腹から無数の、真っ黒い鉄の竜(ロンティエ)が吐き出された。びゅんびゅんと高速で飛ぶそれは、まるで羽虫の群れのようであった。

 月のリンシンは、もはやまともに立ち上がれなくなったクナを支えて、平たい御座船の船内にいざなった。


「なんとか、アオビさんを追えないでしょうか」

「陛下、今は安全確保が第一です。ナダ様の保護は改めて、しかるべき軍団を組織して行いましょう。それまでナダ様が、剣将を抑え込んでいてくれることを、願うばかりです」


 クナは喘いだ。燃える鳥は苦しみながら、南へ飛び去ってしまった。船団とは、反対の方角に。

屋上からすぐ下の階に降りると、正面に制御室が見えた。真白の壁に囲まれた、円形の部屋だ。そこへ駆け込んだ艦長が、室内の奥に据えられた大きな伝信玉に取りついて、各船に命令を飛ばし始めた。


「艦砲で迎撃! 各船、鉄の竜(ロンティエ)をありったけ出せ! 陛下をお守りせよ!」


 伝信玉は両腕で抱えるほど大きく、淡い紫色に光っている。その左右には船を操るための銀色の制御盤がずらりと並び、操縦員が幾人も張り付いている。

 クナを支え、真っ白なトンネルのごとき通路を進むリンシンは、仄かに笑った。

 

「あの伝信玉の感度は、すこぶるよろしいようですね。雑音がほとんど、聞こえてまいりません。陛下の即位以前は、どの軍船にも大鏡が置かれておりました。ですが今は皆、水晶で作られたあの玉に代わっております」


 大スメルニアは、もはやどこにもいない。それだけは、ほっと安堵できることだ。なれど……

 重くて動かぬ足を何とか動かし、奥の船室に入ったクナは、視線を落とした。


「神器の封印がすぐ解けるように細工したのは、やはり、大スメルニアなのでしょうか?」


 剣の中にいる鍛冶師は、大いなる鏡があらかじめ滅びを仕組んでいたのだと断じた。けれどそれは本当に真実なのだろうかと、クナは心の内でずっと、疑問に思っていたのだった。


「大スメルニアは一万年以上もの間、飽きずにずっと、すめらを支配し続けてきました。自分が作った世界を深く愛していなければ、そんなことはできないでしょう。自分が死んだら、何もかも滅べばいいだなんて……ずっと愛してきたものを、消してしまおうだなんて……あたしには信じられません。別の誰かが、神器の封印に細工をした可能性は、ないんでしょうか? すめらの帝ならば、神器に触れることが可能ではないですか?」

「帝が、ですか? たしかに即位の礼やそれに匹敵する儀式において、神器の箱を出すことはございますが……」


 月のリンシンは、クナの背をそっと押して柔らかな椅子に座らせた。クナは自分の考えをぽつぽつと述べた。


「大安の悪鬼は、人の世が滅ぶことを望んでいます。彼が神器をこっそり弄った、という可能性は、考えられませんか?」

「ふむ。陛下は大安の悪鬼こそが、神器の封印を弄った張本人ではないかと、疑っておられるのですね」


 リンシンは、難しい顔をして考え込んだのだが。クナの腕の中に在る剣は変わらず、いいや、大スメルニアこそ黒幕だと断じてきた。


『スミコちゃん、すめら全土を牛耳っていた大スメルニアを出し抜くなんて、容易なことじゃないよ。たしかに悪鬼は在位中、ずいぶん好き勝手をやった。僕が知ってる限りでも、北五州に攻め入ったり、神獣を使って都市を消滅させたり、強引なことをやりまくった。でもその実は、大スメルニアの手の上で踊っていただけにすぎないんだよ』

「こっそり何かをしても、大スメルニアが、気づかないはずはない……と?」

『うん。百歩譲って、悪鬼が神器を弄ったのだとしても、大スメルニアはそのことを把握していたはずだ。つまり、すめらが恐ろしい爆弾を抱えることを、看過したんだよ。わざとね』


 永らくすめら百州の支配していた、大スメルニア。絶対の女神であった彼女は考えたのだろう。 

 おのれが健在ならば、箱を開けただけで飛び出す恐ろしいものも、決して日の光のもとに出さないよう制御できる。なれど、おのれが万が一、いなくなれば――


『自分が居ない世界なんて、全く価値がない。自分が作った世界が他の誰かのものになるなんて、とんでもない。そうなるぐらいなら、全部無くしてしまいたい。それが、支配者の心理ってものさ』

「信じられない考えです。だってこの世界は、自分ひとりのものじゃないのに。みんなが、懸命に生きている場所なのに」

『うん……自分のことは二の次三の次っていうスミコちゃんには、理解できないだろうな。狂った支配者の気持ちは』


 船室の床が、ずんと揺れた。生き残った敵船が放った艦砲が、船体をかすったらしい。大きな船窓に顔を向ければ、迫りくる鉄の竜の群れが目に入ってくる。クナは、息を呑んだ。

 

「船に取りつかれるわ……!」


 玉体に結界を張らせていただきますと、月のリンシンはぶつぶつ祝詞を唱えて、クナの身を彼の神霊力でくるんだ。彼は疲れた顔で自分の水晶玉を示した。


「陛下、信じたくありませんが、大安の帝を支持する者は、龍蝶だけではないようです。大陸各地に置かれております大使館から続々と、由々しき情報が……大安の帝は、大陸全土から大々的に兵を募っております。それを受けてすめらを敵国とする国が、大安にこっそり、軍団を派遣しているようです」

『なんと、大陸同盟はおおむね、我が巫女を支持してくれておるというのに』


 不機嫌な声を出す鏡姫に、リンシンはうなずいた。


「はい。大陸同盟軍に資金や物資を拠出しながら、大安には兵を送る。卑怯にも、二股をかけている国がいくばくか、あるようです。それと……非常に遺憾ながら、一部、すめらの神官族も、大安の悪鬼に(くみ)しているとの情報が入っております。極東の州はもともと中枢に反抗的で、しばしば反乱を起こしておりましたが、かの地方の神官族たちがあらかた……悪鬼は反中央派においしい餌をぶらさげ、味方に引き入れたようです」  


 すめら百州は、一枚岩ではない。宮処(みやこ)を破壊した悪鬼の恐れおののき、三色(みしき)の神殿に従わなくなった者もいるのだ。

 クナは急いで、リンシンに命じた。


「悪鬼の真の目的を、大陸全土に知らしめましょう。大安の帝は、大陸の破壊をもくろんでいるのだと、皆に教えるのです。そうすれば、異国の人々は、兵を引いてくれるのではないでしょうか」

「御意。大陸各地の月神殿に、声明を出させます」


 黒い鋼の影が、勢いよく船窓を横切っていく。

 御座船から、そして味方の船から、敵のものと全く同型の鉄の竜(ロンティエ)が繰り出していく。しかし、その数は敵方とは比ぶべくもない。剣将復活で急遽召集された船団ゆえ、もともと武装は不十分だった。相手は百の単位で群れを作ってきているようだが、こちらは十の単位で小隊を作るのがせいぜいである。


「多勢に無勢。これでは、まともな交戦はできませんね」


 ため息をついたリンシンの体が揺らめいた。また艦砲がかすったのかとクナは思ったが、床は揺れていない。クナはハッと気づいて、月の大神官に手を差し伸べた。


「リンシンさん! 大丈夫ですか?!」

「いえ、たいしたことは……」


 片膝をついたリンシンは、ぶるっと頭を振った。顔色が悪い。藍色の髪がはかなく、肩に落ちる。


『絶えず元老院と話し合い、月神殿や各所に命令を飛ばしながら、神霊力を駆使して我が巫女を守る。想像を絶する激務じゃな。体力が切れて当然じゃ。各所への伝達は、(わらわ)に任せよ』


 しばし休めと、鏡姫が鏡面を点滅させた。なれども月の大神官は、気丈に首を横に振った。


「いえ、栄養剤を服用しておりますので、まだしばらく大丈夫です。欲を言えば、戦闘指揮は太陽神殿にお願いしたいところですが――」

―—『第十七折衝府より、直電を許されたし!』


 リンシンがはかなく苦笑したとき、天の助けが舞い降りた。彼の水晶玉が煌々と光り輝いたのだった。


『我が名は、翔洋(シャンヤン)! 大本営の命により、第十七折衝府の折衝都尉を務めております! 現在は勅令に応え、援軍を招集して船に詰め込み、送り出しを行っているが、我も陛下の御身をお守りしたく、急ぎ、出航いたしました。我が船団が合流いたすこと、お許しあれ!』

 

 聞こえてきたのは、自信に満ちた、朗々とした声だった。艦長が帝都太陽神殿に、急襲を受けたことを緊急連絡したのだろう。それが兵を集めている西の折衝府に、伝信されたらしい。

 相手の名を聞くなり、月のリンシンは安堵の息をついた。


「太陽のシャンヤン殿。存じております。かつて、柱国将軍に推されたほど神霊力のある軍人です。黒髪の柱国将軍が登用されたゆえに、龍に乗る将軍とはなれませんでしたが、その後はたしか……」

『永らく極東州に派遣されていた武人じゃな。反乱鎮圧軍の指揮官を務めていた者であろう』

「その通りです、鏡姫様。さすがの情報力ですね」  

『今は各所から、膨大なる情報を瞬時に、取得できるからのう。しかし(シャン)家は妾の生前から、なじみ深いお家じゃ。家格第二等で、(イェン)家の派閥に属しておる。若君は黒焦げになった(チャオ)家のあれと同等の才人と聞いているぞ。惜しいことじゃ、龍が生き残っておれば、柱国将軍に任命できたであろうに』

 

 もし一騎当千の力を持つ龍が生き残っていたら、クナの船団はやすやすと、敵の船団を焼き払うことができただろう。なれど今のすめらには、一頭たりとて龍はいない。ミカヅチノタケリが悪鬼に与して龍生殿から大安へ飛んだ時に、龍たちは皆、殺されてしまったからだ。おかげですめらの軍事力は、以前とは比ぶべくもないほど、低下してしまっている。

 自走できる守護の塔はあらかた健在だが、敵を撃てる圏内にはいない。土台、伝信の中継を行う要塞であるので、俊敏な船や鉄の竜を落とすのには不向きだ。


『心配めされるな! 必ずや、女帝陛下をお救い申し上げます!』


 クナの不安を感じ取ったかのように、リンシンの水晶玉から自信に満ちた声が飛んできた。


『この翔洋(シャンヤン)にお任せあれ! 我が軍船の威力を、とくと御覧じろ!』





 それからものの数分とたたぬうち、太陽の武人、翔洋(シャンヤン)が率いる大船団が、東の彼方からやってきた。

 彼の船は全身漆黒で、鳥のように大きな両翼がついていた。従えている五隻の船もみな黒くて、ほぼ同型。いずれも、ひゅうひゅうるるるると、まるで歌声のような、耳に心地よい機関音を立てていた。


『極東第七十七折衝府で開発された、最新鋭艦! 〈黒鵬(ヘイハン)〉にございます!』


 リンシンの水晶玉がびんびんと鳴り響く中、黒い船団はあっという間に、被弾して煙をあげるクナたちの船団と敵船団の間に割り込んだ。


「極東の折衝府……」

『第七十七折衝府は、極東の反乱鎮圧軍を集めておった衛府じゃ。シャンヤンはそこの司令官、すなわち折衝都尉に任じられていた。なれど帝都太陽神殿が、宮処(みやこ)の防衛のために、西に異動させたようじゃな』


 鏡姫の説明を聞いたクナは、目を見開いた。眼前に割り込んできた黒い船団に次々と、敵の鉄の竜(ロンティエ)が突撃していく。群れが一斉に方向を変えて、黒い船に向かっていっているのだ。


「これはいったい……」


 見れば船を守ろうとしている味方の鉄の竜も、黒い船に引き寄せられている。

 リンシンの水晶玉から、太陽の武人が怒鳴ってきた。


『陛下! 磁力波動を展開しております。どうかご容赦ください!』

「じりょくはどう?」

『うるさい蠅どもを一掃する結界ですが、味方も巻き込んでおります! 申し訳ございません!』

『ぬ……では、味方のロンティエに帰還命令を出さねば!』 

 

 ただちに鉄の竜を船に戻すよう、鏡姫が制御室にいる艦長に伝信を飛ばした。

 なれど黒い援軍の船が放つ磁力は、とてつもなく強力だった。あっという間に、敵味方両軍の鉄の竜があらかた、黒い船体に引き寄せられて、びたりと貼り付いた。

 船にびっしりと鉄の竜がついた船は、なんとも異様であった。鋼の翼や手足が折り重なり、ガシャガシャともがき、蠢いている。粘着玉についた蠅のようだと、リンシンがぼそっと口の中で言った。

 味方だけ逃がす方法はないのか。クナが、リンシンの伝信玉に声をかけようとしたとき。


「ああっ! 船体が!」


 恐ろしい閃光が、船窓を一面、赤く染めた。黒い船の船体が真紅に光ったのだ。その瞬間、船にびっしり付いていた鉄の竜が、バラバラと砕け散った。無残にも、木っ端微塵に。

 無数の鉄の塊が、池に墜ちていく。

 雨のように細かな破片が、たくさんたくさん、墜ちていく……。


「味方の竜も全部……」

『なんと、情け容赦ない』

『うわあ、凄い船だね。磁力で引き寄せて、焼き払うなんて』


 鍛冶師の剣がうきうきと言う。引きつるリンシンの手の中で、伝信玉が光った。


『陛下、申し訳ございません! 陛下を救うのに、一刻の猶予も無いと判断いたしました。どうか、お許しください!』


 盾のごとく眼前に浮かんだ黒い船団に、敵の艦砲が直撃した。赤い光が空を染める。そのまばゆさに、クナは目をつぶった。

 だめだ、黒い船は盾となって砕かれる――――そう思い、恐る恐る目を開けると、なんと黒い船は全くの無傷だった。それどころか、艦砲を跳ね返したらしい。はるか彼方で、敵船が一隻、真っ二つに砕けて墜ちていくのが見えた。


「すごい……! なんて船なの」

『陛下、敵を一掃するので、しばしお待ちを。落ち着いたら、こちらへお移りください』 


 黒い船団が動いた。目の前から少し前に出て行ったかに見えたと同時に、赤い閃光が空を走ってきた。敵船が放つ赤い光弾が、黒い船に襲いかかる。

 直撃も直撃。先ほどのはまぐれではないか。大丈夫だろうかと、クナは息を呑んだ。

 しかして黒い船たちは、頑丈この上なかった。敵の艦砲をことごとく跳ね返している。どの船も、まったく微動だにせずに。

 一隻、また一隻と、敵船が砕け始めた。反射された赤い光弾はまっすぐ空を走り抜け、激しく攻撃してくる敵船を次々と、無残に射貫いていった。

 クナの腕の中で、鍛冶師の剣がこれはすごいと笑い出した。


『まっすぐ反射してるんだから、そりゃ命中するよね。特殊な磁力結界のようだけど、一体どうやって作ってるんだろう?』

 

 その答えを、クナはすぐに知ることとなった。一刻も経たぬ間に、黒い船団は見事に、敵船すべてを撃沈せしめたからだった。

 

『陛下、迎えの鳥にお乗りください。こちらへ移っていただく方が、断然に安全です』

 

 月のリンシンとしばし話し合い、クナはそれが妥当と判断した。

 鉄の竜が出ていく格納庫に移動してみれば、黒い船からやって来た迎えは、鉄の竜ではなかった。そこには、大きな生身の鳥が二羽、飛び来たりて待っていた。鳳のような姿形だが、全身まっ青。光沢のある、涼やかな色合いをしている。その蒼い鳥は飛び去っていったアオビを彷彿とさせる姿で、クナの胸はずきりと痛んだ。


「女帝陛下と月の大神官様であられますか? どうか、蒼鵬(サンハン)の背にお乗りください」

  

 鉄の竜と同じく、鳥の背にはそれぞれ、騎乗兵が乗っている。操縦桿がないだけで、鞍は全く同じものだ。

 

「我ら極東の精鋭、黒鵬(ヘイハン)船団は、鉄の竜(ロンティエ)を搭載しておりません。磁力波動に反応しない有機生物、すなわち生身の(おおとり)を生成し、鉄の竜(ロンティエ)に代わるものとして使用しております」


 クナとリンシンを乗せた騎乗兵たちは、空を飛びながら、そう教えてくれた。


「我が船団の磁器波動は、有機物を引き寄せません。ゆえに、蒼い大鳥を小型の戦闘機として、採用しているのです。僭越ながら、すめら全軍が、この大鳥を採用することをお薦めいたします」


 騎乗兵は申し訳なさそうな貌で、クナを振り向いた。


「先ほどのように、味方の鉄の竜(ロンティエ)も一緒に砕いてしまう、ということが二度と起こらぬように」 


 旧式の平たい軍船に比べて、黒い鳥のごとき船は、どこもかしこもぴかぴかだった。床も壁も艶々した黒い鏡面で、通路や階段はどんな仕組みなのか、自動で動く。クナは自分の足を使わずに、蒼い鳳の格納庫から三階上の制御室へと至った。

 

「便利というか、なんというか。歩かずともよいとは、戸惑ってしまいますね」


 背後に控える月のリンシンが、額にうっすら浮かんだ汗をくたびれた袖で拭った。剣将の炎にさらされて少し焦げたし、数日、着の身着のまま。クナも同様に、火に炙られた鉄錦(たたらにしき)を着込んだままだ。貴人と対面するのは(はばか)りたい姿だが、制御室で二人を出迎えた翔洋(シャンヤン)なる人物は、クナたち以上にくたびれた黒糸(おど)しの鎧を着込んでいた。


「ああ、よくぞ来てくれた! 心の底から嬉しく思います、女帝陛下!」


 クナの姿をみとめるなり、シャンヤンはがしゃがしゃ鎧を鳴らして走り寄ってきて、片膝をついて両手を合わせ、頭を垂れて最敬礼をした。


「味方のロンティエを潰してしまったこと、強引に過ぎたと反省しております。赦してくれと、嘆願はいたしません。処罰を甘んじて受ける所存ですが、今後も、陛下が大望を果たすことに寄与したく存じます」


 太陽神官族特有の、まぶしい金髪。長くてまっすぐで、両肩に垂れている。すっと上げた顔は、実に端麗だ。切れ長の赤い目は、すめらの帝を救えたという喜びで満ちている。黒焦げになった太陽の大神官よりは少し上、三十になるかならぬぐらいの歳であろう。


「助けて下さったこと、心より感謝申し上げます」


 クナは、太陽の武人に深々と頭を下げた。


「とても素晴らしい船で、びっくりしました」

「苦節十年、極東の折衝府で最強の船団をと、開発いたしました。陛下のお役に立てて、光栄の至りです」

「どうか、このまま南へ向かってください。飛び去ってしまったアオビさんを、追って下さい。復活した剣将をその身に封じたのですが、燃える鳥と化して、飛んでいってしまったんです。一刻も早く、保護しなければ。どうか、紫色に燃える鳥を、探して下さい。あなたへの処罰は、その後に……」


 一体どんな罰を与えればいいのだろうと戸惑いながら、クナは救い主に願った。あの太陽の大神官にくらぶれば、この武人はしごく真面目で誠実そうだ。真紅の瞳は真摯で色濃く、神霊力に満ち満ちているのがひと目で分かる。

 お任せあれと、太陽の武人は制御室に居る操縦員に、ただちに命令を下した。

 

「磁力放射解除! 遮蔽壁を開け! 南方へ移動する熱源を索敵せよ!」


 制御室の正面、艶やかな黒壁がみるみるまくれ上がり、透明な船窓が現れた。青い空が室内を明るく照らしだす。


「磁力というのは、いったいどういう力なのですか?」

「話せば陛下は、眉をひそめるかもしれませんが。艦内を案内がてら、説明いたしましょう」


 くたびれた甲冑をまとう武人は、微笑みを浮かべてクナとリンシンを制御室の外にいざなった。


「すめらの軍団は、神官族の神霊力を戦力として利用いたします。太陽の神官兵は個々人で神霊力を発揮し、白兵において超人的な活躍をいたしますが、太陽の巫女は要塞や塔を守るべく、集団で結界を作るのです」

「ええ、そうですね。あたしも黒の塔を守るために、結界を作ったことがあります」

「この船は、そんな巫女たちの力を最大限に利用しております。翠鉱を燃やす機関室とは別に、とても重要な部屋があるのです。ここが、そうです」


 自動で動く床と階段で中の階へ降りると、シャンヤンは長い通路の真ん中で、手に持つ小さな細長い板についている宝石を押した。どうやらそれが、動く床を止めたり動かしたりする遠隔の装置らしい。動く床が止まり、すぐ目の前の、両開きの扉が左右に開いた。リンシンがクナを支えて、おそるおそる中に入る。とたん、クナもリンシンも、ウッと顔をこわばらせた。

 

「五十人、おります」


 シャンヤンがさらりと言う。円形の部屋にずらりと、透明な円柱が並んでいる。淡い緑の液で満たされたその中には、無数の管で円柱と繋がれた全裸の女性が、一人ずつ入っていた。


「この人たちは……太陽の巫女なのですか?」

「はい、陛下。東部全域から、力の強い巫女を募り、本人の了解をとった後に、かような措置を施しました」

「了解をとった? でも……」


 たじろぐクナに、シャンヤンは大丈夫ですと、目で二つの山を作った。


「巫女たちはつつがなく生きております。繋がることで一つの融合意識を形成し、この船そのものとなっているのです」


 正面奥に、ひときわ太い円柱がある。他の円柱の管は、その一柱にすべて集約されて繋がっているらしい。そこに近づいたシャンヤンは、いとおしげに太い円柱を撫でた。

 中には長く豊かな金の髪を漂わせる巫女がひとり、入っている。

 すらりとした白い肢体。目を閉じているが、その瞳はきっと、燃えるような真紅だろう。


「これが、この船の主人格。他の巫女をまとめ、おのが意識の中に取り込んで融合させている大巫女。芙蓉姫です」

 

 太陽の武人は誇らしげに言った。胸を張って堂々と。

 

「彼女は、私の妻です。今も昔も変わらず、私と妻は共に在ります。決して離れずに」

 




 黒き船団がひゅうひゅうと、日の落ちた宵空を飛んでいく。

 三階にある広い船室を貸してもらったクナは、壁一面の船窓から、星が瞬く空をじっと眺めた。

 

 ひゅうひゅう、るるるる

 

 この船特有の機関音は、やはり歌声のようだ。聞いているとまるで、子守歌を聞いているような心地になってくる。


「もしかしたら、巫女たちは、本当に歌っているのかも」


 黒い船の巫女たちは、クナを歓迎してくれているようだ。体を張って助けてくれたし、快く、こうして乗せてくれている。

 シャンヤンが索敵を始めて間もなく、日が暮れた。燃える鳥はまだ、見つからない。

 飛び去った方角が南だというのが、どうにも気になってしまう。


「南……まさか、大安へ向かっているんじゃ……」

 

 どうか、そうなりませんように。

 アオビの意識が剣将を抑え込んで、戻ってきてくれますように。

 黒くて柔らかい寝台に、クナは疲れ切った体を沈めた。 拭い難い不安を抱えながら、彼女はまどろみの中に落ちていった。しばし、休息するために。



 


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