14話 眠りの風
平たい軍船の屋上。膝を折ってしゃがむクナの背後で、月のリンシンが明るい声をあげた。
「やりましたね! 緑の鬼火は、太陽の大姫様が命を賭して封じ、赤い鬼火もこのように!」
広大なる砂漠に繰り広げられた、赤と青の炎の衝突。それは、砂が舞う砂漠を一瞬、紫紺に染めた。激しくも神々しい光のまばゆさに目をしばたきながら、リンシンは肩で息をするクナを励ました。
「これで、鏡将や珠将が復活する可能性は、無くなったかと。剣将封印、その一点に注力することができます!」
「ええ、封印箱が来るまで、アオビさんを援護しましょう」
クナはうなずいたが、くらりとよろめき、手を地につけた。
この船上には、高御座のような、膨大な神霊力を貯める器がない。そのために、体にかかる重圧は、今やとてつもないものになっている。なれどクナは歯を食いしばり、磁石のように船に吸い付く我が身をなんとか起こして、立ち上がった。
「いつでも、アオビさんを守れるようにします。剣将がまかり間違って、アオビさんが乗っている船を攻撃しようとしたら、すぐ妨害できるよう、神柱を、練り続けます」
『我が巫女、無理をするのは――』
「鏡姫様、あたしは大丈夫です。軍船二隻に乗っている神官族の皆さんは、あたしに向かって、祈りの波動を送り続けてください。アオビさんたちが乗っている船に詰めている兵たちは、ただちに、堕とされた船に乗っていた人々を、救援してください!」
クナの勅命は、ただちに実行された。
砂丘に墜落して燃え上がっている船に向かって、あまたの鉄の竜が繰り出された。
船体はばらばら。黒焦げの船の残骸が、砂上に散らばっているのが見える。生存者はわずかだろう。
『我が巫女、神官族を乗せたさらなる援軍が三隻、こちらへ急行しておる。それまでアオビに任せ、しばし休んではどうじゃ?』
鏡姫が心配げに提案するも、クナは少しでも神柱を強くしておきたいと、また舞い始めた。
複数の軍船にいまだ乗っているアオビの生き残りたちは、レイス・ナダの幻像を映す水晶玉を、砂漠に落とし続けた。
剣将は、理性のない猛獣のごとしだ。
腕を下げ、燃え立つ太刀をずるずる引きずり、もう一方の手で水晶玉を拾っては、おぞましい声で咆哮する。その肌は炎に焼かれて黒ずみ、もはや、もとは人の肉体とは思えぬ様相を呈している。
それでも、天地を焦がす火力はまったく衰えない。ごうごうと火柱をあげながら、紅の炎で玉を割り、次の幻像へと、じりじり近づいていく。
鏡姫が軍船に居るアオビに確認したところ、大安近くの伝信大塔にただ一体だけ、幻像を送るためにアオビが残っているという。
『あとは軍船に乗る者ども、三体。アオビは全部で、四体のみとなったようじゃ』
風が吹き抜ける船の屋上で、舞い続けるクナは、悲しみに目を伏せた。
自分たちを救うために、これまでアオビは一体どれほど、我が身を犠牲にしてきたことだろう。
それを思うと、クナの胸はずきりと痛んで、ひび割れてしまいそうだった。
――――『陛下! お願いがございます』
ぎりぎりと胸を苛む罪悪感。それゆえに、アオビであった龍蝶が、鏡姫を介して伝信を送ってきたとき、クナは拒否できなかった。
『幻像では、もうもちません。船に乗る我ら三体、砂漠に降り立ち、我が君とじかに、対面させてくださいませ!』
いっとき舞を止めたクナは、龍蝶の訴えに一も二もなく、うなずいた。即座に、鍛冶師の剣が危険だと叫んだけれど。鏡姫も、今少し、時間を稼げないかと提案したけれど。鏡に映る美しい龍蝶の顔はひどく泣き濡れていて、クナはどうしても、待ってくれと言えなかった。
「あたしは、アオビさんを、信じます」
クナは鏡面に映る龍蝶を、まっすぐ見つめた。
「蒼い炎であった人よ。あなたには、感謝してもしきれません。あなたに頼ってしまうあたしを、どうか許してください。蒼い空が輝く世界を、救ってください!」
かくて、強風吹き抜ける砂丘に、ほのかに蒼い神気を放つ龍蝶の霊体が三人、降り立った。
すめらの軍船から出された鉄の竜が、彼女たちを丁重に、炎の柱が進んでいる少し先の地点に運び降ろした。
「レイス・ナダ様、着陸いたしました!」
『了解じゃリンシン、アオビたちの様子を中継するぞ』
アオビであった龍蝶たちは、それぞれが鏡姫に繋がる水晶玉を持っている。その玉が映す映像を、鏡姫が鏡面に映し出した。左右の二人が真ん中にいる者のもとへ集まり、水晶玉をそっと砂上に置いたようだ。横並びになった三体の姿が、見上げる形で鏡面に映る。
剣をゆっくり振り薙ぎ、神柱の風を維持しながら、クナは鏡を見た。
美しい龍蝶は、しろがね色の長い髪をなびかせ、紫紺の瞳をきらめかせ、すめらの巫女がまとう千早のような、白い衣をまとっている。
美しい霊体たちは、静かに歌いだした。
るるるる らららら
「これは……いったい何をしようと?」
クナの神柱のそばに控えるリンシンが、首を傾げた。
澄んだ歌声が、砂丘を流れていく。アオビであった龍蝶たちは、妙なる声で歌詞のない節を、優しく歌った。そうしながら三人は、手のひらを合わせて向かい合った。
「この歌は……」
水晶玉から鏡姫へと、妙なる歌声が中継されたとたん。クナはハッと全身を震わせ、剣を回す腕を止めた。
るるるる らららら るるらら るるらら……
これは、どこかで聞いたことがある。
ひと目みればあなたと分かる……あの世界の開闢の歌に似ているけれど、違う。
ゆるやかで、穏やかで。とても古くて、懐かしい和合。
「龍蝶に伝わる、古い歌だわ」
記憶の蓋が、開いている今。クナの奥底から、前世の記憶が飛び出した。
「これは、子守歌よ……!」
歌詞などないように聞こえる、澄みきった唱和。
それは、龍蝶たちの間に代々伝わる古い歌だった。鏡から漏れてくる歌声に、クナのそばに控えるリンシンも、なんと美しいと感心した。
ふわりと踏み切り、数度回転して風の勢いがおとろえないようかき混ぜたクナは、風の柱の中でリンシンに説明した。
「この歌は、眠りの韻律。アオビさんたちは、歌っています。眠ってくださいって。言葉ではないんです。旋律で、そう伝えているんです。龍蝶は、大昔の龍蝶こそは、歌うことで奇跡を起こす、偉大な種族だったんです」
るるらら るるるる
ああこれは本当に、なつかしい節だと、クナは思った。
クナとして生まれ、生きてきた中では、ほとんど聴いたことがなかったけれど。前世の記憶と龍蝶の血の中に、それはしっかり、刻みこまれていた。
『歌で奇跡を起こす? つまり龍蝶は歌で、この星の御魂を鎮めていたというのか』
得心した鏡に、クナが抱える剣が、不機嫌につぶやいた。
『そうなのかもしれない。いにしえの灰色の技師たちは、それを応用したんだろう。神獣の制御装置も、封印箱も、絶えず振動している。中にある空間が渦を巻いて、自動的に歌い続けているからね。それはさておき、アオビは本当に、剣将を鎮めてくれるの? ちょっと信じきれないんだけど』
「眠りなさいという旋律を歌っていますから、まちがいありません」
眠りなさい 眠りなさい
どうか、夢の中へ
龍蝶たちが歌っている歌に、歌詞はない。なのにクナの耳には、なぜかそう聞こえた。
眠りなさい
その身を、私の腕に委ねなさい……
鏡姫に映る三体の龍蝶たちが、重なり合ってひとつになる。融合したのだ。
ひときわ大きな歌声が、鏡から流れてきた。
だが、澄んだ星の輝きのようなそれは、恐ろしい咆哮にかき消された。
『剣将がアオビに近づいてくる! もはや目と鼻の先じゃ』
「炎の柱に、御座船を近づけます!」
リンシンが、艦内に控える艦長に通信管で命令を送った。
船が旋回する。砂丘を焦がすほむらの柱が、船のすぐ横に見える。
剣将が、アオビであった龍蝶の眼前に迫りくる――
『ナダ、なぜ我を眠らせる』
炎に包まれし肉体が、ごうっと轟音を発した。
『そなたは、我の妃ではないのか。なぜ、封じようとする!』
ごおうごうごう。恐ろしい轟音が、眼下の砂漠を震わせた。
なれど、アオビであった龍蝶は、歌詞のない節を歌い続けている。剣将が苛立たしく吠えているのに、まったく動じない。変わらず、歌い続けている。
「アオビさんを、援護します!」
これが鎮めの歌であるのならと、クナは即座に決断した。
「鏡姫さま! 歌を! 皆で一緒に!」
『ぬ……』
「二隻の船があたしに送ってくれる神霊力に加えて、アオビさんと同じ歌を歌ってくれるように、お願いしてください! 伝信の中継を!」
この子守歌こそは、技師が作る封印箱と同じもの。これが龍蝶の、鎮めと封印の方法なのだ。
皆で歌えば。そうすれば……
クナは歌いだした。と同時に、勢いよく剣を振り回し、柱の風を練り上げた。眠りの子守歌を歌いながら、自身が織る風も、子守歌になれと願った。
眠ってください
どうか怒らないで
どうか目を閉じて
眠ってください
そんな思いを込めて、クナは歌詞のない歌を歌い続けた。ぎゅるぎゅると風が舞い上がる神柱の中。歌う龍蝶に合わせて、声高らかに。
『我が巫女、援軍が来たぞ! あれらにも、力と歌を送るよう命ずるか?』
はるか東の空に、船影が見える。神官族を乗せた船団だ。勅令に従い、地方の神官や巫女たちが集まりて、この砂漠に飛んできてくれたのだ。クナは大きくうなずいた。
「お願いします!」
るるるる らららら るるらら ららるる
砂漠に歌声が響く。
柔らかな波動が、クナの神柱の風に乗って広がっていく。ほどなく、援軍の船が御座船の近くに寄ってきた。とたん、クナの神柱にどっと重みが増した。クナは思わず剣を地につけ、膝をついたが、歌うことも舞うことも止めなかった。
『我が巫女、剣将が太刀を落とした! 両腕を伸ばして、アオビに迫っておる。動きが鈍いぞ。心なしか、炎も弱まっているようじゃ』
鏡姫が告げてくる。歌が、効いているようだ。
るるるる らららら るるらら
そうだ。歌うのだ。子守歌を、みんなで。そうして、歌が乗った風を送るのだ。
そうすれば。そうすれば――
クナは、歌を乗せた波動を剣に絡め、思い切り、炎の柱に投げつけた。
眠りの風が飛んでいく。ぎゅるぎゅると、大いなるうねりとなりて、燃え上がる者に巻き付いていく。
『おお、ほとんど動きが止まったぞ。しかしなんという熱……伝信の波動が歪んできおった』
「たしかに、龍蝶の霊体の目前で、停止しております!」
鏡姫と、眼下を見渡すリンシンが同時に叫ぶ。
砂漠に轟いていた咆哮が止まった。炎の柱はまだ燃え上がっているが、湖を干上がらせた時ほどではなくなったようだ。鏡姫の鏡面が真紅に染まり、時折ばちばち点滅し始める。
『おお、アオビが剣将に近づいて……待てアオビ、何を――うう、映像が歪んでおる! 灼熱で伝信の玉が壊れたかっ』
鏡面が激しく点滅した。鏡姫が悲鳴をあげる。
アオビが剣将に腕を広げ、自ら炎の柱に身を投じたと叫んだ。
『アオ……ビ!!』
鏡が、すっかり暗転した。あまりの熱量に、伝信の波動が正常に飛ばなくなったらしい。
リンシンが目を凝らし、眼下の様子を肉眼で確認した。
「ああっ! 炎が……くれないの炎が……!」
ごおう、ごうごう。
剣を回し、歌い続けるクナの目も、変化を捉えた。ひときわ高く、炎の柱が天に向かって燃え上がったからだ。なれどその炎の色はもはや、真紅ではなくなっていた。
「これは……」
「そうです! 蒼い炎に!!」
炎の温度が下がったわけではない。むしろ炎の熱さが増しているようだ。
アオビは、剣将を抱き締めたのだろう。歌いながら良人たるこの星を抱擁し、そして……
「剣将が倒れました! 黒く焼け焦げた体が、青く燃える龍蝶の足元に、倒れました!」
鏡姫の鏡面がばちりと点灯する。その鏡面は真っ青で、歌う龍蝶の足元を映し出した。リンシンは振り返り、鏡姫を覗き込んだ。
「チャオヨン……! うう、黒焦げで微動だに……これはもしや、チャオヨンから星の御魂が抜けたのでしょうか?」
『アオビが、食らったのじゃ!』
鏡姫が苦し気に叫んだ。
『アオビが、剣将の御魂を吸い取ったのじゃ。剣将の御魂は、今やアオビの中に在る!』
「な……依り代となったのですか?!」
『アオビ! 大丈夫か? アオビ!!』
「歌い続けましょう!」
クナは風を練り、今一度、青く変じた炎の柱に向かって眠りの波動を放った。
「アオビさんごと、眠らせましょう! きっとアオビさんは、そのつもりで我が身に剣将を受け入れたんです!」
『くっ……アオビのそばにある水晶玉が全部割れた! もはや、映像を受け取れぬ』
「肉眼で確認します!」
リンシンが立ち上がる。蒼い炎の柱を見定めた彼は、おおっと喜びの声をあげた。
「炎の勢いが、どんどん弱まっております! レイス・ナダ様はしゃがみこみ、体を縮めておられます」
『眠りかけているのか?』
「おそらくそうです! みるみる炎が、消えていきます!」
クナは今一度、眠りの風を蒼い龍蝶に飛ばした。
やった。剣将を封じられた。アオビがその身に包んでくれたのだ。
これでもう、心配はいらない――
「完全に炎が消えました! ナダ様は完全に眠られたご様子です。身を縮めたまま、倒れました!」
『アオビを回収するのじゃ。軍船に乗せ、至急、どこぞの僻地に運びて、その身ごと封印するがよかろうぞ』
「お任せください、すぐに手配いたします!」
リンシンが方々に伝信を飛ばし始める。
その間に、クナは何度も眠りの風を蒼い龍蝶に飛ばした。もはや、天を焦がすような炎は消えた。
大丈夫だ。このまま、炎は消える。完全に――
ホッと安堵したとたん、クナは倒れた。リンシンが慌てて近づこうとするも、風のうねりが邪魔をする。
神柱を解かなければと、クナは手から離れた剣を再び握った。
「う……体が……動かな……」
『風を解いて休め、我が巫女。顔が真っ青じゃ』
タケリとの闘いで消耗していたのに、ずいぶん無理をした。もう立てない。
クナは苦笑した。疲弊しきったが、ようやく休める。アオビのおかげで、世界は救われたのだ。
「アオビさん。ありが……」
―—「南方より、船団接近!」
クナが弱々しい声で囁いた、そのとき。艦長が屋上に上がってきて、報告してきた。
『おお、さらなる援軍か?』
「ち、違います! 船籍不明……おそらくは、大安から……」
『なんじゃと?』
『ああ、疲れ切った僕らを堕とすつもりかな?』
鏡姫は慌てたが、鍛冶師の剣は至極冷静に反応した。
『僕らは満身創痍。敵にとっては、絶好の機会だものね。船団は何隻?』
「に、二十おります!」
『なるほど。大安を結界で閉じておいて、その中でこそこそ、僕らをせん滅するための、大軍団を組織してたってわけか』
こちらは七隻。圧倒的に不利だ。
「アオビさんを軍船に乗せて、急いで撤退を!」
「陛下、それはなりません! ナダ様の封じ込めは、完全ではないかもしれませぬ。万が一再燃しましたら、船が焼け落ちます! 何重もの結界をかけ、それ専用に艤装しました輸送船に乗せなければ」
『リンシン、船団が迫っている。特殊艤装の輸送船を待つ時間はない。とりあえず他の船に乗せるんだ』
剣が冷たい声で意見したとき。南の空が、まばゆい赤に染まった。
「艦砲!!」
艦長が青ざめ、叫ぶ。細長い赤光の軌道が、御座船のすぐ目前を横切り、空を裂いた。
『ぬう! 砲撃してきよったか!』
「長距離砲です! まだ遠方のため、命中精度は低いですが、おそらくあっという間に、鉄の竜の群れが飛んでまいります!」
「落ちた船の救助作業は?」
「陛下、生存者はほぼ、船に収容できたかと」
「では即刻、アオビさんを軍船に乗せて、逃げましょう!」
クナの号令一下、御座船はただちに、迫る船団から逃げ始めた。
他の軍船から出された鉄の竜が二騎、うずくまる蒼い龍蝶めがけて飛んでいく。
アオビを回収するために出されたものだ。それらが、そばに降り立とうとした瞬間――――
「そんな……!」
赤い閃光が、機械の竜たちを貫いた。
逃げ行く船の屋上で膝をつき、眼下を見渡すクナは、がっくりと両手を地につけた。
「まさか、アオビさんも狙われてる?!」
光弾が直撃したら、封印が解けてしまうかもしれない。
青ざめたクナの頭上を、赤い閃光が駆け抜ける。
「全艦、退避! ただちに回頭、退避!」
鋼の弾ではない。悪鬼の船が撃ってくるものは、ものすごい熱量の光だ。しかもみるみる、迫ってくる。南の方角にぽつぽつと、船影が見えてきた。
最新の翠鉱機関で動く軍船だろうと、リンシンがぼやいた。
「ああ! 船が!」
御座船の後ろについて飛ぶ船に、閃光が当たった。神官族を乗せた船だ。船尾から爆発が起き、ゆるゆると砂丘に落ちていく。恐ろしい光景に、剣がため息をついた。
『アオビの回収どころじゃないね。逃げ切れるか微妙だ』
「アオビさん!!」
クナは腕を伸ばした。
もはや、神柱の風は消え、神霊力の波動は撃てない。敵の船に反撃することは不可能だった。
クナは砂上の蒼い龍蝶に向かって手を広げた。
「アオビさぁあああん!!」
その声が、届いたのかもしれなかった。助けたいという、切なる思いが。
小さく縮こまっていた龍蝶の背中から、突然、炎が立ち昇った。
完全に収まっていた蒼い炎が、再びごうっと燃え上がる。
「嘘?! 封印が……!?」
赤い鬼火の霊を倒した時のように、蒼き炎はみるまに、大きな両翼となった。
しかしその炎の色は徐々に変化した。かすかに赤みを帯びて、紫になっていく。
苦し気な叫びをあげながら、炎の鳥と化した龍蝶は、空に飛び立った。
ついてきてくれるのかと思いきや。紫に燃え上がる鳳は、迫りくる敵の船団に突っ込んでいった。
一直線に、迷いなく。
鳳は敵の船を次々と貫いていったが、突如、恐ろしい悲鳴をあげた。
「あたしたちを助けようと……ああ、でも、アオビさんの中にいる剣将が、邪魔してるんだわ」
空が割れるような甲高い声をあげながら、紫の鳳は南の空へと飛んでいく。
何度も何度もこちらにこようと、方角を変えようと、必死にぐるぐる旋回するのが見えた。
だが、燃える鳥はついに、クナのもとへは来られなかった。
すさまじい悲鳴で空を裂きながら、燃える鳥は空の彼方へ消えた。
次々と落ちていく、敵の軍船を後にして。
苦しげに。とても辛そうに。
悲しみを振りまきながら。