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黒の舞師 ~身代わり巫女は月夜に舞う~  作者: 深海
七の巻 御光の女帝
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8話 真紅の太刀

 黒い龍が落ちていく。

 嗤いながら、ゆるゆると。

 渦巻く虹色の柱を砕きながら、落ちていく――



 ひたすら剣舞を続けるクナは、メノウが背後で風を起こしているのを肌で感じた。

 凛としたそれは、激しいつむじ風を成しているようだ。なれども、クナが起こす風にはまったく干渉してこない。神柱を守るために、分厚い結界を張ってくれているのだ。

 さすが手練れの舞巫女だと、クナは舌を巻いた。

 しかしメノウは、一体誰と戦っているのだろう?

 風は来ないが、音はかすかに通ってくる。バチバチと、炎が弾けるような音が、結界を超えてくる。力と力が、激しくぶつかり合っているようだ。大丈夫だろうか……


『我が巫女! 振り向くな!』


 不安に駆られるクナの胸元で、鏡姫が叫んだ。


『そなたの相手は大神獣。気を抜くな!』

『スミコちゃん、もう一度花音(かのん)を! 僕の力を巻き上げて!』


 手に持つ鍛冶師の剣が、ぎゅるぎゅる唸る。

 そうだ、おのれは、タケリを倒すことに集中しなければ。

 クナは、天を仰いだ。黒い雨粒に混じって、ざんざんばらばら、漆黒の石のようなものが落ちている。

 タケリの鱗だ。

 いまや黒き龍はふらふらと、崩れそうな体をなんとか浮かせて、虹色の柱の周りを回っている。

 もう少しだ。あと一撃か二撃、刺すことができれば、きっと……


―—「はは! 何人たりとも、この剣には勝てません!」


 剣を構えたクナは、びくりと固まった。メノウと戦っている者の声が、背中を刺してきたからだ。それは大きく、はっきりと響いてきた。メノウの結界が、急激に弱まったのだろう。

「両手無しでは、もはや舞えないでしょう? さあ、そこをどきなさい」

「両……?! メノウさま?!」


 ばちばちごうごう。ひときわ激しい燃焼音と共に、背後の結界が揺れている。

 結界の厚さは、もはや紙一重。今にも割れてしまいそうだ。

 なれども、メノウの声は聞こえてこない。ただ、弱々しい風が、結界の向こうで渦巻いている。


『だめじゃ我が巫女! 振り向くな!』

『スミコちゃん! まずはタケリに、とどめを!』


 剣と鏡が、動揺するクナを制した。

 クナは唇を噛み、ぐっとこらえて、剣を天にかざした。

 閃光が立ち昇る。目を焼く、虹の渦巻き。

 剣が放った渦がタケリを捉えた。凄まじい咆哮が降ってくる——

 舞台となった御座(みくら)の上で、クナの体は渦風に巻き上げられた。高く高く、光と一緒に飛んでいく勢いで舞い上がっていく。

 見上げれば、黒い龍が落ちてきていた。ひどくゆっくりと、そしてだらりと、長いしっぽを垂らしている。長い腹に大穴が空いているが……


『クハ! クハハハハ! 見事……!』


 タケリは笑っていた。力ない声で、だが、実に楽しそうに。

 ばらばらと、黒い鱗がさらに、雨あられと降ってきた。

 タケリの黒い体から、フッと雷が消えた。暗雲が、みるみる退いていく。

 消えそうだった青空が、広がる。一気に、広がる。広がる。広がる……

  

「やったわ……!」


 黒い巨躯は、墳墓の山の向こうに、ゆるゆると落ちていった。その姿が見えなくなったとたん、大地が揺れた。裂け目ができるのではと思うぐらい、強く、激しく。

タケリの体が、地に着いたのだろう。御座(みくら)に降り立ったクナは、あまりの振動に均衡を崩して、膝を折った。


「く……あ……」


 そのとき。メノウのうめき声が、クナの耳に飛び込んできた。


「メノウさま!!」


 タケリはまだ、死んではいない。でもたぶん、しばらくは動けない。だから――

 メノウに加勢しようとしたクナは、振り向いたとたん、青ざめた。

御座(みくら)のはるか後方。石畳の参道でうずくまっているメノウの足元に、真紅の溜まりがある。燃えるような色のその中に、千早の袖が一対、転がっている……


「メノウさま、腕が……! いやあああっ!」


 メノウの眼前に、何者かが仁王立ちになっている。

 風に裂かれたのだろう、藍色の髪もまとっている白い着物もずたずた。背は高く身は細いが、男なのか女なのか、髪に隠れて面立ちが見えない。左腕は風に斬られて無くなっており、鮮血がしたたり落ちている。右腕はひどく焼けただれているが、まだ動くようだ。黒い炎を放つ大剣を、しっかと抱えている。

 剣には、くっきりと、獅子の紋章が刻まれている。それを捉えた鍛冶師の剣が、声をあげた。


『金獅子州公家の秘剣、ゲヘナの鏡じゃないか! やばいよあれは。大昔に僕が作ったやつだけど、最凶最悪の剣だよ!』

「ルデルフェリオさんが作った剣?! と、とにかくもう一度、剣の一撃を! あの刺客に!」

『だめだスミコちゃん。力が尽きちゃった』


 剣は、柄に嵌まっている赤い宝石を、弱々しく点滅させた。


『神殺しの技を連発しすぎた。高御座(たかみくら)に集められた力は、もうほとんど残ってない。僕らもひどく消耗している』

「そんな! もう一度なんとか……!」

『ごめん、遠隔攻撃は、当分無理だ』

「それなら、近接で……!」

  

 クナは、壁がすっかりなくなった高御座(たかみくら)から飛び降りた。

だがその瞬間、恐ろしい重圧が全身を襲ってきた。手足はまるで、鉛のよう。拝所に降りた時よりも、はるかに体が重い。


「っ……息、が……!」


 クナはどっと、地に倒れた。一瞬で肺が押しつぶされて、呼吸がままならない。

 がむしゃらに手を前に出し、硬い鉄壁のような空気をかきわけ、メノウのもとへ進もうとするも、体は少しも、前へ動かなかった。やっと少し動いた手から、剣が離れて転がっていく。


『剣よ、しっかりせい! 飛べ!』


 クナの胸元で鏡姫が叱咤したが、剣は弱々しく点滅するばかり。無理だごめんと、囁き声が返ってきた。

 仁王立ちの刺客が、片手を差し上げている。その掌の先に、黒く燃える剣がすうっと浮かんだ。

 黒い剣が、うずくまるメノウの頭上を狙っているので、クナは声にならぬ声で叫んだ。

 

「……! ……!!」


 その必死の念が、届いた。藍色の髪を振り乱す刺客が、ゆっくりと顔をあげてこちらを見る。

 その顔がなんとメノウそのものであったので、クナは目を大きく見張ってたじろいだ。

 

「この剣にはもっと、生贄が必要かと思っていましたが。力尽きた獲物を狩るには、今のままでも十分すぎるようですね」


 刺客がニタアと、口角を引き上げる。黒く燃える剣が、焼けただれた右手に収まる。〈彼女〉はメノウの脇をすり抜け、ゆるりゆるりと、クナに近づいてきた。


『大神官ども!』


 身を起こそうともがくクナの胸元で、鏡姫が怒鳴った。


『何をしている! 新帝陛下を護りやれ!!』


 まばゆい光が、鏡から迸った。けん制するようにびかびかと、強く激しく。

まるで、日輪のように。

 





 きらめく点滅が目を焼いたので、月のリンシンはそろそろと、崩れかけた拝所から我が身を出した。雨は止んだが、まだばらばらと、黒い鱗が降っている。タケリの着地で揺れた大地は、境内にたくさん、地割れを作った。亀裂ばかりのところを進むのは恐ろしいが、鏡の叫びが、月の男を奮い立たせた。


「まずい! 高御座(たかみくら)の後ろで、何か大変なことが! 行くぞ、チャオヨン!」

「先輩、星の大神官が気絶してますよ?」

「起こせ! そして、神器を忘れるな!」


 リンシンは月の帝都神殿に伝わる神器、美須麻流之珠(みすまるのたま)が収められた箱をしっかと抱えて走った。

 壁のない高御座(たかみくら)の向こうで、鏡が激しく明滅している。

 その光に浮かび上がるものを見て、彼はウっとたじろいだ。


「なんと、刺客か!」

 

 黒く燃える剣が、しろがねの髪波打つ新帝の眼前にある。どうか間に合えと、リンシンは右手を突き出し、祝詞(のりと)を唱えた。

 たちまち神霊の気配が降りてきて、刺客の持つ剣から噴き出す黒い炎をごうと煽る。

 しかし結界の息吹だけでは到底、退けられるものではない。そう瞬時に悟ったリンシンは、神器の箱を迷わず開けた。


「大いなるしろがねの月女様の名において! いまここに、鉄壁の加護の珠を開帳す!」

 

 錦帯が結ばれた箱を解き開けたとたん、まばゆい光がカッと箱から飛び出した。

 新帝のもとへ駆けるリンシンは、その光を黒い炎噴き出す剣に向かってかざした。

 剣をもっている女らしき者が、うっと怯む。光に熱はないのに、なぜか苦し気に顔を覆い、一歩に歩と後ずさる。

 そのとき、太陽の大神官チャオヨンが、リンシンのもとに駆けつけてきた。右手と左手にそれぞれ、神器の箱を抱えている。

 

「先輩、やっぱり星の大神官殿はだめです。すっかり参っているので、剣の神器を借りてきました」

「分かったチャオヨン、剣の封を解いて、陛下に渡せ!」


 ひょうひょうとした様子で、太陽の大神官はするすると、長い箱の錦帯を解いた。

 

「私、太陽の男なんですけどねえ。大いなる(またた)き様の名において! いまここに、草薙ぐ御剣(みつるぎ)を開帳す!」

『は……だめだよそんな剣じゃ……都牟刈太刀(つむがりのたち)は、ただの複製で――』


 新帝のそばに転げている黄金龍の柄の剣が、弱々しく言い放つ。なれども太陽の大神官は、箱から真っ赤に艶光りしている太刀を取り出した。


「わあ! これはなんと。ただの剣? そんなことはない。すごいですよ!」

『な……嘘、だ……!』

 

 鍛冶師の剣がうろたえる。さもあらん、箱から出された太刀は神々しい赤光を放ち、たちまちぽつぽつと、あたりに人魂のような赤い炎を発生させたからだ。霊力にあふれていることこの上なく、太刀を持った太陽の大神官はにっこりと会心の笑みを浮かべた。


「すごい。いやあすごい。ちょっと、使ってみていいですか?」

「やめろチャオヨン! それは陛下のものだっ。陛下に渡せ!」

「先輩だって、勝手に珠を使っているではないですか。そら!」


 太陽の男が剣を振り薙いだとたん、紅の炎が剣から噴き出して、黒い炎を一瞬にして消し飛ばした。刺客の手から、黒い剣が離れ、激しく回転しながら石畳に落ちる。


「すばらしい! そら! そら! そら!」

「こら調子に乗るな! チャオヨン!」

「ひ! が! ぐっ……!」


 紅の炎が、刺客の体を次々と穿つ。太陽の大神官は情け容赦なく、メノウの顔をした刺客を撃ち倒した。


「ほら、私にも十分使えますから。ええ、もういっそ、帝なんてものは、いらないんじゃないんですかね」

「チャオヨン?! おまえ一体なにを――」

「タケリを倒せば、大安にいる帝は無力も同然。先輩、帝なんて、永らくお飾りだったではないですか。そろそろ、その飾りを取ってしまうべきですよ。すめらには、三種の神器と、それを奉じる三色の神殿だけあればよいのです」


 どうっと、メノウの顔をした刺客が地に倒れ伏す。と同時に、太陽の大神官は、すぐそばにいるしろがねの髪の新帝に、くれないの剣の切っ先を向けた。


「ええ、帝なんてものは要りません。すめらには、剣と鏡と珠を持つ三将がいればよろしい。すなわち、」


 あろうことか。にっこりと清かな笑みを浮かべるチャオヨンの声が、みるみる別の男の声に変っていった。


『剣将たるこの私が、大安の悪鬼を退治してしんぜよう!』

『スミコちゃん! かわしてっ――』


 鍛冶師の剣が、かすれた声で叫んだ。

 リンシンはあっけにとられて、珠が入っている箱を取り落とした。太陽の大神官はいまや、くれないの太刀を新帝の頭上に振り上げている。

 必死に退こうとする新帝の胸元で。そして、少し離れたところで。新帝の鏡と剣がわめいた。

 

『何をするのじゃ、このたわけ!!』

『大神官に、何か乗り移った……! たぶん剣から! スミコちゃ……!』

 

 赤い炎が燃え上がる。太刀がごうっと炎を放つ。

 新帝が焼かれる――

 リンシンはとっさに、護りの珠を箱からつかみとって、その光を新帝に当てた。炎がかろうじて、帝の鼻先で弾けて消えていく。

 

『邪魔をするな、珠将たる男よ。この剣将とともに、我らがすめらを統べるのだ。大いなる時代、王朝開闢の時のようにな』

「あっ、あなたは一体、誰なのですかっ?!」


 もはや太陽の大神官に、何かが乗り移ったのは間違いがなかった。本人の声とは全く違う。そしてぎらぎらと、目はなんと緑に光っている。神霊玉が染める、あの赤色ではない。

 

『我こそは、剣将ハバギリ。都牟刈太刀(つむがりのたち)に宿りし、すめらの高祖。すめらを統べる、三将の一角……』

「待て! これは、どういうことか!」


 大神官が、炎立つ剣を再び振りあげたとき。がしゃりがしゃりと、鎧の音を立てながら、剣をもつ男が乱入してきた。我こそは金獅子州公家の公子だとその者は名乗り、刺客が落とした黒い剣を拾い上げる。


「なんと、もはや、我が家の不埒者は倒されたのか? すまぬ皆の者、こたびは我が家が大変、迷惑をかけ――」

『黙るがよい。西の者よ』

「ふご?!」 


 赤い炎が、走り寄ってきた鎧の男を吹き飛ばした。容赦なく、ごうっとひと薙ぎで。

 鎧の男はごろごろと石畳を転がり、そしてほどなく、動かなくなった。

 気を失ったのか、死んだのか、リンシンには分からなかった。しかし炎に焼かれたからには、決して無事では済んでいないだろう。

 

「いけない……これでは、いけない!」


 リンシンは新帝と剣を持つ大神官の間に割って入った。どけよと、緑の瞳をぎらつかせる大神官が、にやりとほほ笑む。


「だめだチャオヨン! 入ってきたものを追い出せ! 正気に戻れ!」

『この体の持ち主は、我を歓迎しているぞ』

「しているものか! 私は新帝を守る! それが、月の者の総意だ!」 

 

 血だまりの中に居るメノウを視界に入れたリンシンは、叫んだ。祝詞を唱え、神器の珠を掲げる。

 やわらな光が、剣から噴き出す赤い炎をばちばち弾いた。

 

『我に与した方がよいぞ。我は無敵。そなたらの敵など、かわいいものぞ。そら……』


 ずんずんと、地が揺れる。

 太刀から放たれる波動ではない。墳墓の向こうから、恐ろしい勢いで何かが近づいてくる、その振動だった。

 ばくりと、リンシンの眼前に地割れが起こった。地震は収まらない。どんどん激しく、凄まじくなっていく。


「陛下を、高御座(たかみくら)へ……」


 虫の息であろうメノウの囁きが、リンシンの耳に入った。月の男は歯を食いしばり、しろがねの新帝を背負って、後退した。

 炎の太刀を持つ太陽の大神官は、ただただ、にっこりとしている。悪びれた様子はなく、その笑顔はさわやかな青年のもの。邪気などひとつもない気配だ。なれども、手に持つ太刀は、一直線に新帝を狙っている。

 どうどうごうごう、地の揺れは耐えがたいほどになり、御座に到達したリンシンは、新帝を座にもどしたとたんに、倒れこんだ。

 その刹那。

 黒い波動が、拝所の向こうから来たりた。

 それはあたかも、大波のごとくであった。丈の高い黒い影が一気にせり上がり、高御座のすぐ真ん前に、叩きつけるように落ちてきた。


「な……! これ、は!」

「あ……タケリ……さま……!」


 ひどく咳き込みながら、新帝が声を絞り出す。

 墳墓の向こうから、地を揺らして迫ってきたもの。それはまさしく、ミカヅチノタケリだった。

 もはや飛ぶことができずに、地を這ってきたのである。

 

『ヤルナア! メシコォ!!』


 黒き龍は大きな口を開けた。牙の並ぶその口は、体と同じく、漆黒の闇だった。

 だめだ、呑まれてしまう。なにもかも。

 リンシンは目をつぶった。新帝をかばって護りの珠を掲げたが、結界ごと呑み込まれてしまうだろうと、覚悟した。

 ああ、終わる――

 そう感じた時。タケリが、恐ろしい怒号をあげた。

 

『オノレエエエエエエエエエッ! ガハアアアアアアッ!』

「えっ……!?」


 リンシンは、おそるおそる目を開けた。

 背後で新帝が仰天している。紫の瞳を大きく見開いて、固まっている。  

 左右を見れば――


「な……これは!?」


闇が、まっぷたつに裂けていた。

 タケリを斬っているのは、くれないの炎。高御座(たかみくら)の後方にいる、太陽の大神官だった。

 新帝を呑もうと突っ込んできた龍が、みるみる左右に裂かれて焼けていく。

 真っ赤な炎が、焼き尽くしていく……。

 新帝もリンシンも、ただただ呆然と、その炎を見つめた。

 こともなげに闇を駆逐する、太刀の炎を。





―—「ああ、間に合わなかった……!!」


 広がりゆく青空。果敢にその中へ突っ込んだ飛行船の中で、アカシはどっと膝を折った。

 グリゴーリ卿に無理を言って、船を宮処(みやこ)へ戻してもらった。傷が開くと心配されたのをおして、なんとか、しろがねの新帝のもとへと、行きたかったのに。ミン姫から託された、真の神託を伝えたかったのに……。


 船窓ごしに、大墳墓が見える。

 ミカヅチノタケリが横断して、恐ろしい足跡――なんとも太い亀裂ができている、その大山のふもと。墳墓の入り口にあたるところで、あろうことか、真紅の柱が立ち昇っている。

 黒いタケリは、まっぷたつ。長い体がなんとすべて裂かれて、じりじりと、無残に燃えている。

 船は、はるか上空にあるというのに、アカシにはくっきりと、炎の柱がどこから出ているのかが見えた。高御座のすぐ近くで、まっかな太刀が輝いている……


「なんということ……あれこそは……。ああ……神器を、開帳してはいけないと……太刀を、陛下に近づけてはいけないと……伝えなければ、ならなかったのに……!」



『どうか、しろがねの陛下に、この言葉を。

 神器(かんだから)の太刀を、使ってはなりません

 まっかな太刀は、すめらの大地を、燃やし尽くします。

 タケリも、大安の帝も、その太刀を使えば、簡単に滅ぶでしょう。

 なれども。

 太刀を使えば、私たちも滅びます。

 すめらはすべて、燃やし尽くされます。

 燃える太刀が、恐ろしいものを、召喚してしまうでしょう……』


 

 苦しげな息を吐きながら、ミン姫は言った。

 そのような未来が、見えたと。

 すめら百州が、すべて燃えてしまう幻を見たと。


「お許しください……どうかお許しください……! ああ、どうか! せめて、護らなければ。陛下のお命を。護らなければ……! 」


 

 アカシは、透明な窓に両手をつけた。無念の涙が、彼女の頬をしとどに濡らした。

 恐怖と悲しみに潰されていく彼女を、青空を照らす日輪が、煌々と照らし出した。

 容赦なく。とても、無慈悲に。




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