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黒の舞師 ~身代わり巫女は月夜に舞う~  作者: 深海
六の巻 不死の皇帝
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17話 剣の舞

  狂ったような嗤い声が轟き渡る。

 目の前で起きたことに驚きながらも、面白くてたまらぬと言わんばかりに。

 腹を抱えて嗤っているのは、黄金の衣まとう龍蝶の帝。白く長い髪をさらさらと床に流す彼は、列柱並ぶ大広間にひとり残った「敵」に、憐れみのまなざしを投げている。


「くはははは! この唐突な奇跡はなんだ? 夢幻のごとく、龍蝶の娘が消えるとは。置いてけぼりをくらったな、哀れな魔人よ」


 黒髪の人は、龍が放った黒い網に囚われたままだ。まったく動けず、斬られた右腕をかばうこともままならぬようで、真紅の血を流している。

 帝が放つ嬌声に呆れたのか、玉座の周りにとぐろを巻く黒い龍が、不機嫌なため息を吐く。龍はみるみる長いその身を縮め、人身の姿を(かたど)り、帝の横にしゃがみこんだ。


『笑いごとではないぞ。今のは、我がかつて行使できた力。上の世界から行われた干渉だ』

「その〈神〉が成したことを見るがよい、わが守護獣。結局は朕とおまえの前に、格好の獲物をひとつ、残していっただけではないか」

『たしかに魔人など、どうとでも御せる。だが、油断はするな。我がアリステル』

「アリステルだと?」


 一歩も動けない黒髪の人が、龍蝶の帝をぎりりと睨む。

 クナがなんとか帝から引き出した魂たちが、狂ったように飛んで、大広間から逃げていく。また吸い込まれるのを恐れるがゆえに、もはや自分の体に戻るのをあきらめて。

 そうだ逃げろ、ここから早く――

 慌てて逃げる魂たちを、動けぬ黒髪の人が清かな色合いの目で追った。

 

「なぜタケリはおまえを、古きメニスの王の名で呼ぶ? おまえは、すめらの大國帝とナス・ティリスの子、フンミー。かつて私の隷印を受けた者だというのに」

「ああ、そんなこともあったな。百年の昔、おまえは朕を制御しようと、朕の名前を以て黒の技を行使した。だがもはや、あのちんけな束縛は効かぬ。朕が魔人となった時、呪いは消し去られ、我が内に眠る輝かしき過去生がよみがえった。朕の魂には、アリステルであった記憶が刻まれているのだ」

「なんだと……」

「アリステルであった朕は、永らく龍たちと共に生きた。何千年も、平和に。幸福に。青の三の星より、四塩基の者どもが来たるまで」


 そうだ。そなたこそ、我が巫子王(ふのみこ)だと、帝のそばで黒いタケリがうっとり囁く。帝の頭上で舞う三つの御魂が、くるくると舞い踊る。まるで呪文のように、賛美の言葉をえんえんと連ねながら。


アリステル。レイスレイリ。アイテリオンの、その果てに。

今再び、アリステルが降臨する。永遠に輝け、再来の王――


タケリを見据える黒髪の人の双眸に、帝の足元が映り込む。龍蝶の娘が落としていった背負い袋があるのにハッと気づいて、彼は戒めを解こうともがいた。


「ふん、無駄だ。おまえが魔人である限り、その戒めは解けぬ。タケリよ、そいつを封じろ(ころせ)!」


 黒いタケリが蠢く。それは一瞬にして多くの頭を持つ蛇となった。蛇の頭たちはしゅうしゅうと音をたて、黒い網に囚われている人にみるみる迫った。


『哀れな魔人よ、知っているか? 龍蝶の魔人とは、一体何か。なぜに不死身であるのかを』

『お前の主人は、ただ死なせたくないがために、おまえを魔人にしたらしいが』

『無知蒙昧もはなはだしいわ』


 蛇たちが冷たく嗤う。一斉に、臓腑を抉るように。魔人が龍蝶の護衛、守護者などというのは、勘違いも甚だしいと。

 魂を不老不死の体に縛りつけ、輪廻を不可能にし、魂が育って上位世界へ昇ることを阻止する。

 これ以上の呪いがあるであろうか?

 アリステルは、罪を犯した罪人たちに「死」という慈悲を与えなかった。魔人にされるというのは、重大なる罪を犯した者が受ける、この世で最も恐ろしい罰なのだ。

 哀れなり。この世でもっとも恐ろしい呪いを受けるとは、哀れなり――

 多頭の蛇は黒髪の人にしゅうしゅうと、おぞましい声を浴びせた。


『我がアリステルは、大陸に災厄をもたらした罪を悔いて、自らその罰を受けた』

『罪人であることを自覚したがゆえに、あえて魔人となりて、未来永劫この大陸と共に在ると覚悟を決めた。なんと潔いことか』

『まこと、我が巫子王(ふのみこ)は偉大なり!』

(つみ)びとにして、皇帝よ。永遠なれ!』

「私とて、罪人だ!」


 怒鳴った黒髪の人はなんとか、黒い網の戒めを解こうとした。だが拘束の輪は狭まるばかりで、胸を締められた彼の声はほとんど音を成さなくなった。


「伴侶の望み……解できずに、みすみす死な……永……償う覚悟は、できて……!」

『我がアリステルの偉大さに、おまえが及ぶものか』『苦しめ。愚かな奴隷よ!』


 黒い蛇たちが黒髪の人の左腕に巻き付く。蛇は鋭い刃となり、ざっくりと腕を切り落とした。

苦痛の声とともに、真紅の飛沫が舞い上がる。

 蛇たちは止まらない。今度はしゅるしゅると、黒髪の人の首に、胴体に巻き付いていく。

 きつく、きつく、締めあげたあと。蛇の体が刃に変わる――

 




「いやああああっ!」


 クナの悲鳴が、恐ろしい光景を砕いた。細かい欠片となった幻像が四方に飛散する。

寝台から跳ね起きたクナの手のそばで、鏡姫が何事かとちかちか点滅した。クナは大丈夫だと言おうとしたが、体が震えてしばらく声が出なかった。


「く、黒髪さまが、ばらばらに」

『落ち着け、我が巫女。そなた、夢を見たのじゃ』


 魔導帝国の神帝がおわす御座船に乗って、丸二日。船はまもなく、すめらの国境へ至ろうとしている。航行中、クナは神経が立っているせいでなかなか眠れずにいたのだが、体が限界にきていたらしい。いつのまにか、意識がまどろみのなかに落ちていたようだ。


『黒髪様は不死身の魔人。どんな目に遭おうとも、死ぬことはないぞ』

「でも、苦しむわ。護国卿に囚われていたときと同じか、それ以上に」


ミカヅチノタケリは、魔人を御す力に特化している。竜蝶の帝はそう言っていた。

タケリはその言葉通りに、魔人の腕をたやすく切り落とした。圧倒的な力に加えて、不死身の体に苦痛を与える方法を、知りつくしているに違いない。

 

「体の再生を遅らせるって言ってたわ。傷ついたまま、元に戻らなくなるかも」

『うん、僕らも心配だなあ』


 船室の壁に立てかけた剣から、鍛冶師の声が割り込んできた。


『黒髪はむろん、君のこともだよ、スミコちゃん。僕らの主人には、万全の状態であってほしいものだ。でないと、僕らの敵を倒せないからね』

「大丈夫です。ごはんは、ちゃんと食べてますから」


 玉座の間の謁見にて、神帝は客人をもてなすようにと、船に乗っている官たちに命じてくれた。おかげで食堂で出される食事は、まるで宴の席のように豪勢だった。葡萄や麦の酒。果実と甘未を混ぜた飲み物。香辛料たっぷり羊の肉。砂漠のオアシスで採れる、新鮮な魚介類。それから、ランジャのナツメヤシ。クナはそれらを無理やり口に入れた。船内を自由に見てまわってよいと言われたので、気を紛らわせるためにロビーや室内庭園をうろうろ歩いた。

 その間、クナたちが神帝に会うことは一度もなかった。ウサギ曰く、金獅子が神帝をぎっちり抱きしめていて、皆に会うことを許さないというのだった。


「金獅子によるとさ、君らが玉座の間で〈超絶かわいい〉神帝陛下に謁見できたのは、一回きりの、特別中の特別の、〈俺様の好意〉十割の、この上なき恩寵なんだってさ。でも、見せたら減るから、もう会わせないって言われたわ」

「減る? 減るって一体……」

「うーん、何が減るのか、オレもちょっとよく、分かんない」


 ウサギは首を傾げたが、クナのものになった剣はくすくす笑ったものだ。


『金獅子は、神帝陛下がかわいくて仕方ないって感じだね。解るよ僕には。大事な子は、誰にも見せずに、大切にしまっておきたいものなのさ』


 聖剣と瓜二つだという剣は、実に美しい姿をしている。宝石をちりばめた鞘に収まっており、柄は黄金竜を模したもの。たしかにその手触りは、花売りの剣とそっくりだった。

 竜の目を成しているのは、大きな真紅の貴石だ。その中にいる鍛冶師は、いやに陽気で素直だった。神の力を使ってくれたことにクナが感謝したら、鍛冶師はひどく申し訳なさそうに、黒髪の人を助けてやれなくてすまないと謝ってきた。


『君たちと同じ所に移動させようとしたんだけど。ほんとにごめんね。力不足で』

「いえ、とんでもありません。あたしこそ、無理なお願いをしてしまってごめんなさい」

『僕はね、ピピ師やアスパシオン様は、もっと世の人に称えられるべきだと思ってるんだ。だから君らを動かす前に、二人を褒め讃えるようなものを、大陸のそこかしこに置いちゃったんだよね。山のふもとにウサギの像とか。黄海の真ん中にウサギ型の島とか』 


 鍛冶師は、師匠たちの偉大さを知らしめたかったんだと苦笑した。


『あそこにも、ここにもって、夢中になってるうちに、力尽きちゃったんだ』

「そうだったんですか。ルデルフェリオさんは、ウサギさんとそのお師匠様を、心から尊敬しているんですね」

『うん。二人は、僕の両親も同然だからね』 


 クナは鍛冶師の言うことをすんなり信じた。妖精たちがウサギに報告してきた天変地異は、鍛冶師の自己申告の通りであったし、無理な願いをしてしまったおのれこそ悪いと思っていたからだ。鍛冶師が、お詫びに全力を貸すと、快く請け負ってくれたのも大きかった。

 

『僕とエクステルが入っているこの剣は、聖剣の複製。本物と少しも変わらない力を持っている。柄に嵌まっている精霊石は、黒髪の力を吸い込んだ義眼とまったく同じ仕様なんだ。龍蝶の魔人以外、どんな魂も吸い込める』

「あたし、剣を使ったことがないんですけど」

『大丈夫。僕が使い方を教えてあげるよ。さあ、手に取ってごらん』


 広刃の剣はずしりと重たく、クナが両腕で踏ん張ってもなかなか持ち上がらなかった。


『あは、覚えてる。前世の君も非力だった。持ち上げて素振りできるようになるまで、だいぶかかってたな』

『神霊力を使えばよかろうぞ』


 船室の卓に置かれた鏡姫が、剣を持つクナを映した。


『風を起こして、浮かせるがよい。我が巫女よ』


 敬愛する師に言われた通り、クナは神霊の気配を降ろし、くるると舞ってから剣を持った。

 ふわりと剣が浮く。重さも先ほどとは全然違う。羽のように軽くなったとクナが驚くと、鍛冶師が自分で動いてみたと言ってきた。

 

『聖剣はある程度、自分の意志で動くことができるんだ。君の腕力では自在にぶんまわすのは無理だろうから、手助けするね。胸の上まで持ち上がったら、振り下ろしてみて』

 

 クナが腕を動かすより速く、剣が動いた。びゅんと風が唸る。空気が割れる。でも、斬るまでには至らず、舞い上がった風の勢いは止まらなかった。


『僕の力だけでは、そんなに激しく動けない。息を止めて、もっと早く下ろして』 

『風を載せてみてはどうかの? かまいたちになるのではないか? 我が巫女よ、剣を浮かせて舞ってみるがよい』

「はい!」


 風を刃でかき混ぜ、持ち上げるようにする。それから縦に斬り裂く練習を何度も試すうち、クナは剣の動きについていけるようになった。風を巻き込んだ刃はぎゅんぎゅんうねり、小さなつむじ風が左右に飛んで行った。いい調子だと鍛冶師は褒めてきて、今度はもっと広い所で練習してみようと促してきた。クナは鏡と剣を抱えて階上に上がり、広い甲板に出た。


『大きな果物を斬ってみたらどうかな?』

『そうじゃな、前方に複数、目標を並べてみたらよかろう』

「はい。斬ってもいいものを、いただいてきます」


 ほんのり意気投合した鍛冶師と鏡姫が励ます中。クナは厨房から大きな瓜をいくつかもらいうけて並べた。


(黒髪様を救うのよ。絶対に。他の誰でもない、あたしが、助けなきゃ)


 クナは口を引き結び、剣をきつく握って必死に稽古した。

 ぐるぐる舞って風を起こし、風の中で剣を薙ぐ。右に。左に。上に。下に。何度も、何度も。

 背後に置いた鏡姫が、祝詞(のりと)を歌い出す。軍歌のような、心が勇む調子のよい拍子で朗々と。

 クナはつむじ風をまとって飛んだ。花音(かのん)をやろうとして、何度も無様に転んだ。もう一度。さらにもう一度。重い剣が浮いてくれるのに合わせて、何度も飛んだ。

回転しながら思い切り、剣を振りおろす。剣の刃が瓜をめがけて落ちていく。

 

『いて!』

「あっ、また外れた……」

『あはは、自分を動かすのって、結構難しいね』 


 狙いを定めたところに我が身を落とすのは難しい。でも上から叩き斬るのは威力が増すだろうと、鍛冶師は上機嫌に言った。


『兜割りっていう技だったかな。これを必殺の一撃として使うといいかもね』


 いつしかクナの周りには船員や花売りやらが集まってきて、遠巻きに剣の舞を眺め始めた。

動く剣を使うことに慣れている花売りが、剣を動かすコツをいくつか教えてくれた。互いに声を掛け合って軌道を決めるとか、あらかじめ、決まった振り方の型を作るとか。


『なるほど。じゃあ、右、左、右、回転、振り下ろしって感じでやってみようか。他にも技のパターンを色々作ってみよう』


 おかげでクナはほどなく、一つ目の瓜を斬ることに成功した。

 二つ目も、剣の刃を使ってきれいに割れた。

 三つ目は、振り下ろしている途中で鋭い風が刃から出てきて、瓜に当たった。だが、斬れなかった。だからもう一度強めの風を起こして、離れたところで勢いよく振り下ろし、意識してかまいたちを出してみた。今度こそは瓜が見事にすぱっと斬れたので、鍛冶師も鏡姫も大いに喜んだ。

 クナは剣の動きに舌を巻いた。


「動きが速くて、すごいです!」

『うん、僕らの息はぴったりだ。きっと敵なんか目じゃないさ。楽勝で倒せるよ』

「でも、龍蝶の帝は魔人なんです。タケリさまはなんとか倒せても、帝は不死身だから……」

『大丈夫。僕は一万二千年生きてる聖剣の記憶を共有しているから、何でも知ってる。魔人を殺す方法もね』

「えっ? 魔人を殺す? そんなことできるんですか?」


 できるよと、鍛冶師はさらりと答えた。


『魔人の魂は、その体から決して引きはがすことはできない。でも、体の中にある魂を破壊することは可能だよ。僕の刃で、敵の魂を砕けばいい。そうすれば敵は、生ける屍となる』

『ほほほ、我が巫女が、勇ましき剣の使い手となるとはのう。さてもすばらしき剣舞であったわ。見ごたえがあったぞ』


 鏡姫の後ろにいる見物人たちから、拍手があがっている。ありがとうとクナが頭を下げると、すごいすごいと、頭上からあどけない声が降ってきた。


「みてパパ、スミコちゃんってほんとに、まいがじょうずだね!」


 見上げれば、くれないの髪燃ゆる君が、船の天蓋付近に浮かんでいた。金の獅子と一緒に、虹色に透き通った球体の中に居る。顔と小さな両手をべったり球につけて、こちらを見下ろしている。

なんだあれは、シャボン玉みたいだと、花売りが目を丸くした。幼い帝はぷかぷか浮かぶ玉を乗り物にして、船内を見物してまわっているようだ。


「こちらを見るな! 天に輝く太陽を直視すれば、目が潰れようぞ!」


 みなが一斉に見上げるやいなや、獅子は幼い帝を引っ張り、長いたてがみの中に隠して、雷のような怒鳴り声を落としてきた。


「もう一度舞え、すめらの星! 俺の太陽に舞を捧げよ!」


 舞っている間に、船はすめらの最西の州に入る。一刻も早く大安へ乗り込みたければ、船から降りろと、獅子は命じた。

 

「この船一隻だけで大安に侵入する気など、さらさらないからな。国境付近で大陸同盟軍を組織し、然るべき理由をつけて展開する。軍の集結と展開には、それなりの時間がかかろうぞ」

「スミコちゃんたちがおりるのはだめだよ。いそいでぐんたいをあつめるから、いっしょにいこう」

 

 金色のたてがみの中から、赤毛の帝がぽすんと顔を出した。


「まってるあいだに、まいをみせてよ。おねがい」

『いいとも。僕らの敵は手ごわい。確実に、一撃で仕留められるよう、もっともっと練習しないといけないからね』

 

 クナが返事する前に鍛冶師が明るい声で答え、自ら動いてクナの腕をひっぱった。稽古は望むところだったから、クナは大きくうなずき、舞い始めた。

 鏡姫の勇ましい祝詞に合わせて、剣が動く。クナが動かしたいと思った方向に、すうっと薙いでいく。たたん。たたん。たたたん。風を斬る白刃がきらめく――





 はやる気持ちをぐっと抑えて、クナは剣舞の稽古をしながら、神帝の船で時宜を待った。

 同盟軍の招集は、早くても数日かかるらしい。ウサギ曰く、獅子はすめらの宮処(みやこ)に異変が起きたときから、すめらに干渉するためにこつこつと根回しを始めていたそうだ。体感で三年ほど、外との連絡が取れなくていっとき途方にくれたものの、外の時間がほとんど過ぎていなかったので、今は俄然、やる気に満ち満ちているという。


「考える時間は、いっぱいあったからね。神帝の復活を待ってる間、あとは実行に移すだけっていう策を、山ほど作ってたらしいよ」 


 船がすめらの国境で停船した翌日。ウサギはモエギと一緒に船から降りて行った。

 白く輝く塔の付近で、奇妙なものが発見されたと妖精たちが知らせてきたからだ。

 しかしウサギは行って数刻たたぬうちに船に戻ってきた。金獅子が、早く帰ってこいと命じたからである。幼い帝がウサギを抱き枕にして眠りたがっているから。というのが理由であったが、ウサギは嘘だろそれとぶつぶつ文句を言っていた。


「陛下じゃなくて、獅子がオレを抱き枕にしたいんだろうが。あいつ、オレの師匠以上にウサギが好きなんだよな」


 ウサギは仕方なく、発見物を船で検分することにした。彼が船に持ち込んできたそれは細長く、蓋に奇妙な文字がびっしり刻まれた棺のような箱だった。地が黒くて金枠に縁どられており、文字は白く染められている。

 ウサギが持ってきたものをよく見たいと剣が騒いだので、クナはウサギがいる船室に入った。


「うーん……どう見ても、岩だよなあ」


 蓋が開けられた箱の前で、ウサギは腕組みをして盛大に首を傾げていた。見れば箱の中には、真っ黒な岩の塊が入っていた。しかしその形はどうにも異様であった。ほんのり人の形をしているのだが、両足を変な格好に広げて、手を突き出しているように見える。


「なんか大陸屈指のお笑い芸人、リューノ・ゲキリーンの決めポーズ……にそっくりなんだけど」 

「え? ゲキリーン? あ……!」


 よく見ようと箱に近づくなり――剣が、勝手に動いた。

 クナが慌てて両手で柄を握るも、剣はするりと鞘から抜けて、クナの頭上に振り上がる。待ってと制動をかける間もなく、剣は勢いよく、黒い塊めがけてその刃を下ろした。ウサギが驚いて飛び上がる。

 

「うわ、ビシッてヒビが入った! ビシッて!」

『ピピ様、岩じゃないですよ!』——「きゃああっ!」


 剣がまたもや強い一撃を加えたので、柄を握るクナは悲鳴をあげた。風を起こしていないのに、剣は猛然と動いた。その激しい動きについていけず、つんのめる。


「ま、まって、ルデルフェリオさ……!」


 いきなり引いてまた一撃。強引に引きずられたクナは、どっと倒れた。

 剣に打たれた黒い塊が、ぼろりと欠ける。とたん、ウサギが目を丸くして、塊に飛びついた。


「嘘! お、お師匠様! お師匠様だ!!」

『ほら、やっぱり。そうだと思ったんだ』

 

 剣がくすくす笑って、鞘を念動力で引き寄せる。岩の中からあらわれたのは、石のように硬直した人間――いや、魔人だった。眠っているというより、凍り付いているといった感じである。ウサギはびたびたと固まっている人の頬を叩いた。


「起きて! お師匠様! ああだめだ、すっかり昏睡しちゃってる。しかしルデルフェリオ、よく分かったねえ。すごい! ありがとう!」

『礼はスミコちゃんに言ってください。僕は、彼女の生命力を吸わないと動けないんですから』


 えっと驚くクナに、鍛冶師はごめん、そういう仕様なんだと囁いた。


『そういうことだから、しっかり体力をつけておいて。僕が君の命をすっかり、吸ってしまわないように。ああでも、君はきっと、すばらしい〈剣の英雄〉になるよ』


 今やったように動いて、敵を倒すんだ。

 大丈夫、君ならできる。君は見事に、敵を倒すだろう――

 クナは剣の言葉を、励ましだと思って疑わなかった。まるで優しい師のように、穏やかで明るい声で言われたから、露ほども怪しいとは感じなかった。

 まさか鍛冶師が恐ろしい復讐を企てているなんて。

 そんなことはまったく想像もしなかった。

 微塵たりとも。

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