7話 渦柱
頼もしい鏡姫の笑い声は、クナをたちまち力づけた。
思えばいつでもそうだった。
この御方の強さが、クナや黒の塔の者たち、そして太陽の巫女たちを導いてくれた。
だから辛いときも哀しいときも、みなは絆強く前へ進めたのだ。
鏡姫はまたもや、クナの道をしっかと指し示してくれている。なんとありがたく、いとしく、偉大な存在なのだろうか。
『祝詞を唱えてたも、我が巫女』
円い鏡は、歓喜に目を潤ませるクナを促した。
『黒髪様の手に置くだけでは、我が力は発現せぬぞ。妾の力を引き出す巫女が要る』
「巫女がいないと、いけないんですか?」
『そうじゃ。すめらの霊鏡はすべからく、そのように造られておる。大スメルニアはそれを逆手にとって、神官族を支配しているがの。本来、霊鏡とは、巫女が使役するものなのじゃ。さあ、妾を使ってみやれ』
はい、上臘さま。
クナは懐かしい尊称で返事をして、祝詞を唱え始めた。
あめてらす大御神に、かしこみかしこみ、白しあげる――
たちまち、あたりに神霊の気配が降りてくる。それは、さきほど黒髪様が降ろしたものとは打って変わって、実に軽やか。まるでそよ風のよう。
花売りが思わず、なんて柔らかいと声を漏らした。体が浮き上がりそうだと彼はぎょっと驚いていた。
「黒の導師が、韻律を使う時に発するものと似ていますね。でもなんというのか、はんなりしているというか。優しいというか」
肌に心地よいであろうと、鏡姫が上品な笑い声をかもした。
『祝詞は、西国の韻律とほぼ同系統のもの。なれど、韻律とは違う旋律を奏でる。世に及ぼす作用も、微妙に違うぞ』
鏡は誇らしげにきらりと光った。
『導師の韻律は、有無を言わせぬ魔力で、精霊たちを従わせる技じゃ。ゆえに魔力が弱ければてんでお話にならぬ。一方祝詞は、偉大な精霊たちに請い願いて、その大いなる御力をどうか借したまえと願うもの。精霊たちは、気に入った者には実に慈悲深い。ゆえに、たとえ持ち前の魔力が微力であっても、精霊に好かれたら、目を瞠るほど強力な技を行使できるのじゃ』
我かしこみて、願う
汝の御力が、我の周りに満ち満ちることを
鏡姫は自身を捧げ持つクナを、くっきりと映し出した。
『我が巫女を見るがよい。偉大なものを畏れ崇める謙虚さ。それは人が持ちうる、かけがえなき美徳のひとつ。ゆえに妾は、今も昔も変わりなく、すめらの巫女の技を心底誇っておる。巫女の祝詞こそは、大陸一の、奇跡の御技であろう』
さやさやと神霊の気配が舞う中、クナは静かに点滅する鏡を黒髪様の右手に収めた。
手を放さず、唄い続けろと鏡姫が指示してくる。クナは言われるがまま、雅な節を、ゆたりゆたりと唱え続けた。
我かしこみて、唄う――
鏡の点滅が速まる。それが目にも止まらぬほどの瞬きとなったとき、鏡面からクナの姿が消え去った。代わりに現れたものは、まばゆい渦。ぐるぐる回るその渦の回転は、非常に速い。目が回りそうだ。
鏡に当てたクナの手が急激に熱くなってきた。離さなければ火傷してしまう――そう思った瞬間、ずぶりと、沈み込む感覚が襲ってきた。
引き込まれる……!
思うと同時に、クナの魂はすこんと抜けて、鏡の中へと引き込まれていった。
クナは焦った。体から魂が抜けやすい体質は、羽化しても変わらないままらしい。
(やってしまったわ、ど、どうしよう……!」
ぎゅるぎゅると、クナは猛烈な勢いで鏡の中へ落ちていった。
あたかも、流星のごとくに。
落ちる。落ちる。落ちる――!
鏡の中はさながら、怒り狂う大きな渦潮だった。
白と黒の明滅が、さえずるような異様な高音を出しながら渦を成している。クナの魂は、そのめくるめく回転の中心へと、あっという間に流し込まれた。
落ちる……!
ぎゅうと我が身をきつく絞られた直後。クナは一直線に、ものすごい速度で落とされた。口の狭い漏斗から押し出されて、桶の中に落ち行く水。クナはおのれが、そんな物になったように感じた。
あたりには、白と黒に明滅する無数の粒が雨あられと降っている。異様なその雨に打たれながら、クナは固いところにずんとめり込んだ。魂だから体にはなんら影響ないはずだが、その衝撃は、四肢がバラバラになったかと思うほど、激しかった。
「う……ここ、は」
頭がふらつくような感覚。なんとか視界の焦点が定まってくると、玉の雨が細やかに砕けて、砂塵のごとく舞い上がっているのが分かった。
きらりひらりと、粒がまばゆい輝きを放つ中。クナは「魂の目」をじっとこらした。光の砂塵の向こうに、何かがそびえているのが見えたからだ。
見上げてもてっぺんが見えぬほど、巨大なもの。まるで蜃気楼の中にぼうっと浮かび上がっているような、ぼやけた輪郭。九十九様が生み出した光の塔に、どことなく形が似ている。
クナは恐る恐る、巨大な建造物に近づいた。
「黒い……まっくろ……」
それは、天突く漆黒の塔だった。その中腹に、白く輝く円盤が嵌まっている。
カチコチ、そこから時計の針が進んでいるような音が降ってくる。
「この塔って、まさか」
さらに近づくと、なんとも分厚そうな両開きの扉が見えた。大輪の花の紋様がびっしりと浮き彫りにされている、絢爛極まる黒い扉だ。
「ほほほ、やはり鏡の中へ来てしまったか。心配いらぬ。牡丹の扉を開けて、登ってきやれ」
巨大な塔の中程から、鏡姫の声が降ってきた。
「妾は、松の間におるぞ」
「松の間? じゃあこの塔は……!」
鏡姫の明るい笑い声が、クナをじんと揺さぶった。
「そなた、この塔を〈見る〉のは初めてであったか。鏡の中ゆえ、本物とは比ぶべくもないが、見てくれは、よう似せてある。我らの家とそっくりにな」
「黒の塔……これは、黒の塔なんですね!」
「そうじゃ。さあ入ってきやれ。アオビ! アオビぃ!」
鏡姫の呼び声が響いたとたん、黒い花紋の扉がごごっと開いた。中からめらめら燃えるものが一体、ひいふう言いながら飛び出してくる。扉が重たすぎると、鬼火は細かな炎をあたりに散らしながらぼやいた。
「アオビさん?!」
「残念ながら本物ではない。妾が創った僕に、アオビの姿を与えたまでのこと。なれどあやつらのように、よう働いてくれるでの。重宝しておるわ」
めらめら、ぱちぱち。
なんと懐かしい音だろう。クナは泣き出しそうになりながら、扉の中にするりと戻った鬼火に続いて、黒の塔の中へ入った。かつて毎日嗅いでいた、なつかしい匂いが漂ってくる。お香と、少しかび臭い匂いが入り混じった、古めかしい匂い。これは間違いなく……
「ああほんとに、黒の塔だわ……!」
一階の広間を「目」で見るのは初めてだった。おぼろげながらも、天井や壁に美しい紋様が描かれているのが見える。基調となっているのは金の格子柄。その中に、黒い大輪の花が配されている。
「ここは牡丹の間です。塔にお住みの皆様の出入り口。そして、客人をお迎えする部屋にございます」
まごうことなきアオビの声で、鏡の中の鬼火が説明してくれた。
クナはかつて、黒の塔をすみずみ掃除しまくった。だから間取りはしっかり覚えている。上の階へ行く階段は、部屋を突っ切った奥にあるはずだ。
鬼火は、クナが予想した所へまっすぐ導いてくれた。花模様の広間とは反対に、階段の壁の基調は黒一色。そこに一面、黄金色の星の紋様が描かれていた。夜空にまたたく星々を模したのかと、クナは息を呑んだ。
「すごいわ。塔の中って、こんなに美しかったのね」
鬼火に導かれるクナは、緩やかに螺旋を描く星空模様の階段を昇っていった。
瞬き様は、一体いくつ描かれているのか。無数に輝く星の中、クナは本当に、天の高みへ向かって飛んでいるような錯覚を覚えた。
かつてこの壁に手をつけ、支えとしながら、階段を昇り降りしたけれど。頬を押し当てるような感覚で確かめてみれば、本物の壁に触れた時とまったく同じ。壁には艶やかな触感がある。鏡の中の虚構の産物とは、とても思えぬ堅さだ。
鬼火は各階の入り口に至るごと、ここは大釜処だとか、倉庫階だとか、書記の間だとか、使い女が住まう階だとか、かつてのアオビのように教えてくれた。
「こちらは、梅の間にございます」
かつて自分が住まっていた階は、どんな模様に満ちていたのだろう。
思ったとたん、クナの魂は階段から離れて、その階の中に入ってしまった。
梅の間はその名の通り、ふすまも屏風も、格子窓の彫刻も、上品な梅の花で満ち満ちていた。
奥の間を隠す御簾にもうっすら、梅の紋様が織り込まれている。香炉や花瓶といった調度品も、全部梅模様だ。若々しい梅の花の匂いを混ぜこんだお香の煙が、奥の間から漂ってきていた。
「すごい。ほんとに、梅のお部屋だったのね!」
急いで階段に戻ったが、ひとつ上の竹の間に至るや、クナの魂はまた、その階の中に惹かれてしまった。
かつて九十九の方がお住まいであった階は、竹づくし。艶やかな廊下には白玉石を敷き詰めた升庭が造られており、そこにはなんと、竹が数本植えられていた。
奥の間は御簾が半分上がっていて、ふたりのアオビがせっせと掃除をしていた。隅に置かれた竹模様の香炉から、清かながら渋みのある、大人びた香りが漂っている。部屋主のために据えられた畳の台座には、脇息が置かれてあった。しかも、そのそばには。
「琵琶?」
きっとそうだろう。弦が張られた楽器が置かれている。持つところは細く、抱えるところはなめらかに丸く。穴のあるところに描かれているのは、瞬き様の紋様であろうか。凹凸なく真っ平らにはめ込まれた星の紋様が、てらてら虹色に光っている。
なんと美しい楽器だろう。九十九の方の琵琶は、きっと本当に、あのような装飾の名器であったのだろう。
ここには今も、九十九の方が住んでいる――
そんな雰囲気であったので、クナの心は打ち震えた。梅の間や竹の間を、クナや九十九の方が住んでいた時のように整えておくよう、鏡姫はアオビたちに命じているに違いなかった。
「鏡姫さま……!」
万感の思いを噛みしめながら、クナは急いで階段へ戻り、竹の間からさらに上に昇った。
松の間はいわずもがなの松づくし。クナは松模様の壁が連なる廊下を急いで進み、床が真っ黒に輝く松の間に入った。とたん、感嘆のため息を漏らした。
部屋の壁には四方四面、流麗にたなびく黄金色の雲が描かれている。その雲の合間に、松を中心とする極彩色の庭園図が、絶妙に見え隠れするよう配されていた。
絢爛なる松の庭園。その奥間には、松の紋様を織り込んだ御簾が降りている。そこからくゆりくゆりと、あの、とても濃ゆい香りがわずかに流れてきていた。
御簾の向こうの畳の台座に誰か居る。その御方は、しきりにハタハタ、扇を動かしている……
「ほほほほ、来たか」
「ああ……!」
先導するアオビがかしこまりながら、御簾を上げた。麝香がたっぷり混ぜ込まれた練香の香りが、ふわりとあたりに広がりゆく。扇を持つ人は脇息にゆたりと、その身を預けてくつろいでいた。
床に流れる黒い髪。その先端はわざと染めていないのか、黄金色に輝いている。
まとっている単は、なんという襲であろうか。黒の薄様の上に鮮やかな朱の衣を被せていて、実に絢爛だ。特に、鳥の模様が織り込まれた朱の衣は、まるで天照らし様の光を吸い込んだよう。輝き麗しいものだった。
「百臘さま! あたしの上臘さま!!」
こちらへ近うよれと言われて前に進めば、クナの魂はその思いに正直に、鏡姫の胸元に飛び込んでいた。まるで幼い子が、母親に飛びついてすがりつくように。
おやおやと嬉しげに笑われたクナは、慌てて黒い床間に戻ろうとした。だが、はしたない真似をしてしまったと恐縮するクナを、母のごとき人はここでよいと、自分のすぐ前に据え置いた。
「ま、まるで本物と変わりません! この塔も、百臘さまも。まるで、生き返ったみたいに……!」
「我が鏡の内では、思う通りになんでも作れる。この衣もこの通りじゃ」
「それは、巫女王の聖衣ですか?」
「いや、後宮に居たとき着ておったものじゃ。ちと、思い入れがある逸品でのう。先帝陛下にえらく褒めていただいたものよ。いやはや、ここはすごいぞ。妾の望みは何でも叶う。大翁様はよくぞ妾の願いを汲んで、鏡に我が魂を入れてくれたものよ。それだけではない。今までの恩、計り知れぬ。その大恩を返したかったが……」
もうそれは叶わない。
鏡姫の言葉に、クナはぎゅうと痛みを覚えた。
「大翁様は大安で、黒い悪鬼に殺められてしまわれた。すめらの中枢に在る方々が、宮処の危機に抗さんと、故宮に集まったのじゃが。そこで急襲を受けて、あえなく……」
「そんな……! あの大翁様が?」
「モエギが伝信で最期の言葉を聞いた。我が巫女よ、そなた悪鬼とタケリ様をどうにか鎮めるつもりでおるようじゃが、仇討ちとも思うて、それを成さねばならぬぞ」
色々な思いが積み重なっていく。ただひとつの理由ではなく、たくさんの思いが集まってくる。
痛みに耐えながら、クナは気丈に「はい」と答えた。
「さあ、大事を果たすため、黒髪様には即刻、起きていただこう」
鏡姫は威勢良く扇を閉じて、すっと立ち上がった。たちまちきらきら輝きながら朱の衣が霧散する。その光の粒は、姫の周囲に別の衣の形を成しながら寄り集まった。
なんという早業かとクナが驚いている間に、鏡姫は額に鉢巻きを巻き、上下にしゃりしゃり音のする衣を着込んだ戦巫女と化した。
「鉄錦!」
「そなたも早う着替えるのじゃ」
「あたしも……?」
ハッと我が身を見下ろせば。いつの間にやら、クナはちゃんと手足のついた人間の姿になっていた。肌は半ば透き通っているが、見た目は本物とほぼ変わらない。胸元に落ちている髪の色は、まぶしいくらい真っ白だ。
「本物のそなたをできるだけ忠実に、映してみたぞ。美しい娘に羽化できたようで何よりじゃ」
さあ、まとえ。
姫に言われるがいなや、クナの身はきらきら、上品に煌めく鉄錦に包まれた。
鋼の糸を織り込んだ錦には、小鳥の紋様がびっしり織り込まれている。
「お、重たいです。本当に着ているみたい」
「さあ、舞台へ参るぞ。ついてきやれ」
舞台。黒の塔からせり出しているあの場所も、ちゃんとあるのだ。
想いがあふれすぎて、クナはぐすぐす泣き出した。なんじゃしっかりせいと、鏡姫は笑いながら、しゃらしゃらと鉄錦を鳴らして、星空模様の階段を昇っていった。
「我が巫女、そなたいまだに、長袴に慣れておらぬのかえ? 遅いぞ」
「だ、大丈夫です、すみません!」
「唄い手と舞い手はいるが、弾き手がおらぬ。でもまあ、なんとかなろう」
何段も階段を昇りて、クナは塔からせり出す舞台へと出た。細い鉄の柵に囲まれたそこにはすでに、大きな鏡を置いた祭壇がしつらえられていた。鬼火ではない輪郭を持つ者がひとり、祭壇の前に居る。おぼろげながらもその姿形を捉えたクナは、息を呑んだ。
「つくも……さま?!」
鉄錦に身を包んだその者は、琵琶を抱えていた。きららと虹色の星輝くそれはまさしく、竹の間でかいま見た、あの楽器であった。しかし鏡姫は、そうであったらよいのじゃがと、苦笑いした。
「これなるは琵琶姫という。アオビと同じ、妾の創造物じゃ。はじめ九十九本人の複製を造ろうと思ったが、なんだかおこがましゅう感じてのう。もしあの狐が娘を生んだなら、きっとこういう子であろうと。まあ、勝手に想像した結果の産物じゃ」
琵琶を持つ巫女は金の髪を揺らし、にっこりクナに笑いかけてきた。
親子という設定ゆえ、姿形はあの九十九の方に幾分似せられているのだろう。しかし放ってくる雰囲気はまったく違った。琵琶姫の視線は柔らかで、優しい香りを放つ可憐な花のようだった。よろしゅうおたのもうします、という声も、はんなり柔らかい。
「妾が覚えている九十九の琵琶の音を、この姫に再現させる」
鉄錦に身を包む鏡姫は、クナに緑の榊を手渡してきた。
「我が巫女よ、我が内で舞うがよい。そなたの思いは、妾の力を大いに殖やすであろう。眠れる人を引き寄せる風を、共に起こそうぞ!」
『黒の塔、戦時体制に移行完了しました!』
祭壇に据えられた鏡から、アオビの声が響いてきた。とたんにごごっと舞台が揺れた。
まさか黒の塔が動き出したのか。
仰天するクナのそばで、琵琶姫が琵琶の弦を弾き始めた。
「塔をゆるりと回転させる。吸い込みの渦を作り出すゆえ、そなたは思い切り風を起こすのじゃ」
「は、はい!」
我、かしこみ、かしこみ、白したてまつる――
鏡姫が唄い出す。
艶やかで懐かしい響きに打たれたクナは、歓喜のあまり全身が震え上がった。
(百臘さまの祝詞を、また聴けるなんて……!)
鏡姫は祭壇の前で片手をばっと振り、注連縄で四角く囲った結界の中に火を起こした。
まっかな炎がたちまちごうごう燃え上がる。びんびんと、琵琶の音色が姫の歌に和合する。
かつて、本物の黒の塔の舞台で舞ったあのとき。まさしく初陣のときのように、鏡姫の歌声は力強く美しい。そして琵琶姫がかもす音色は、まるで本物の九十九の方が奏でるあの音のように、鋭く冴えていた。
鏡姫は、完璧に覚えているのだ。比類なき友の、あの美しい音色を。
「風を。大いなる風を」
神楽に合わせて、クナは舞い始めた。
腕を大きく薙いで、榊で無限の印を描きながら、ぐるぐる回転してつむじ風を起こした。
回れ。回れ。もっと。もっと。
『塔の回転速度を速めます!』
鏡からアオビが叫んでくる。
クナが練り上げた風の渦を、塔がさらに回して、大きな渦を作らんとしているらしい。
回れ。回れ。速く。もっと速く……!
クナは念じながら、さらに大いなる風を起こした。
懐かしい舞台の上で、思い切り回り、思い切り飛んだ。
(黒髪さま。黒髪さま……! どうか、この風に気づいて。この渦に)
つむじ風は花音となりて、塔の上空に舞い上がった。クナは何度も何度も、花音の風を放って渦を創った。
我ら、空の高みに 大いなる渦の現れんことを
歌声と琵琶の音色が、渦巻く風を押し上げる。
かしこみ。かしこみ。
願いが、大いなる力を喚んだ。
クナが起こした風は、もはや花吹雪を起こすどころではない大きな渦となり、塔の上に大いなる渦の柱を建てた。
轟きたまえ、龍の咆哮!
鏡姫が、その柱を褒め讃えるように歌い上げた。
誇らしげに。なんとも嬉しげに。
天の果てまで、昇り行け!
塔から立ち昇る竜巻は、鋭く一直線に天空を貫いていった。
巫女たちの願い通りに。