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黒の舞師 ~身代わり巫女は月夜に舞う~  作者: 深海
六の巻 不死の皇帝
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7話 渦柱

 頼もしい鏡姫の笑い声は、クナをたちまち力づけた。

 思えばいつでもそうだった。

 この御方の強さが、クナや黒の塔の者たち、そして太陽の巫女たちを導いてくれた。

 だから辛いときも哀しいときも、みなは(きずな)強く前へ進めたのだ。

 鏡姫はまたもや、クナの道をしっかと指し示してくれている。なんとありがたく、いとしく、偉大な存在なのだろうか。

 

祝詞(のりと)を唱えてたも、我が巫女』


 円い鏡は、歓喜に目を潤ませるクナを促した。

 

『黒髪様の手に置くだけでは、我が力は発現せぬぞ。(わらわ)の力を引き出す巫女が要る』 

「巫女がいないと、いけないんですか?」

『そうじゃ。すめらの霊鏡はすべからく、そのように造られておる。大スメルニアはそれを逆手にとって、神官族を支配しているがの。本来、霊鏡とは、巫女が使役するものなのじゃ。さあ、(わらわ)を使ってみやれ』

 

 はい、上臘(じょうろう)さま。

クナは懐かしい尊称で返事をして、祝詞(のりと)を唱え始めた。


 あめてらす大御神に、かしこみかしこみ、(もう)しあげる――


 たちまち、あたりに神霊の気配が降りてくる。それは、さきほど黒髪様が降ろしたものとは打って変わって、実に軽やか。まるでそよ風のよう。

 花売りが思わず、なんて柔らかいと声を漏らした。体が浮き上がりそうだと彼はぎょっと驚いていた。


「黒の導師が、韻律を使う時に発するものと似ていますね。でもなんというのか、はんなりしているというか。優しいというか」


 肌に心地よいであろうと、鏡姫が上品な笑い声をかもした。


祝詞(のりと)は、西国の韻律とほぼ同系統のもの。なれど、韻律とは違う旋律を奏でる。世に及ぼす作用も、微妙に違うぞ』


 鏡は誇らしげにきらりと光った。


『導師の韻律は、有無を言わせぬ魔力で、精霊たちを従わせる技じゃ。ゆえに魔力が弱ければてんでお話にならぬ。一方祝詞(のりと)は、偉大な精霊たちに請い願いて、その大いなる御力をどうか借したまえと願うもの。精霊たちは、気に入った者には実に慈悲深い。ゆえに、たとえ持ち前の魔力が微力であっても、精霊に好かれたら、目を瞠るほど強力な技を行使できるのじゃ』


 我かしこみて、願う

 汝の御力が、我の周りに満ち満ちることを


 鏡姫は自身を捧げ持つクナを、くっきりと映し出した。

 

『我が巫女を見るがよい。偉大なものを畏れ崇める謙虚さ。それは人が持ちうる、かけがえなき美徳のひとつ。ゆえに(わらわ)は、今も昔も変わりなく、すめらの巫女の技を心底誇っておる。巫女の祝詞(のりと)こそは、大陸一の、奇跡の御技であろう』


 さやさやと神霊の気配が舞う中、クナは静かに点滅する鏡を黒髪様の右手に収めた。

 手を放さず、唄い続けろと鏡姫が指示してくる。クナは言われるがまま、(みやび)な節を、ゆたりゆたりと唱え続けた。


 我かしこみて、唄う――


 鏡の点滅が速まる。それが目にも止まらぬほどの(またた)きとなったとき、鏡面からクナの姿が消え去った。代わりに現れたものは、まばゆい渦。ぐるぐる回るその渦の回転は、非常に速い。目が回りそうだ。

鏡に当てたクナの手が急激に熱くなってきた。離さなければ火傷してしまう――そう思った瞬間、ずぶりと、沈み込む感覚が襲ってきた。 


 引き込まれる……!


 思うと同時に、クナの魂はすこんと抜けて、鏡の中へと引き込まれていった。

 クナは焦った。体から魂が抜けやすい体質は、羽化しても変わらないままらしい。


(やってしまったわ、ど、どうしよう……!」


 ぎゅるぎゅると、クナは猛烈な勢いで鏡の中へ落ちていった。

 あたかも、流星のごとくに。





 落ちる。落ちる。落ちる――!

 

 鏡の中はさながら、怒り狂う大きな渦潮だった。

 白と黒の明滅が、さえずるような異様な高音を出しながら渦を成している。クナの魂は、そのめくるめく回転の中心へと、あっという間に流し込まれた。 


 落ちる……!


 ぎゅうと我が身をきつく絞られた直後。クナは一直線に、ものすごい速度で落とされた。口の狭い漏斗から押し出されて、桶の中に落ち行く水。クナはおのれが、そんな物になったように感じた。

 あたりには、白と黒に明滅する無数の粒が雨あられと降っている。異様なその雨に打たれながら、クナは固いところにずんとめり込んだ。魂だから体にはなんら影響ないはずだが、その衝撃は、四肢がバラバラになったかと思うほど、激しかった。


「う……ここ、は」


 頭がふらつくような感覚。なんとか視界の焦点が定まってくると、玉の雨が細やかに砕けて、砂塵のごとく舞い上がっているのが分かった。

きらりひらりと、粒がまばゆい輝きを放つ中。クナは「魂の目」をじっとこらした。光の砂塵の向こうに、何かがそびえているのが見えたからだ。

 見上げてもてっぺんが見えぬほど、巨大なもの。まるで蜃気楼の中にぼうっと浮かび上がっているような、ぼやけた輪郭。九十九(つくも)様が生み出した光の塔に、どことなく形が似ている。

 クナは恐る恐る、巨大な建造物に近づいた。


「黒い……まっくろ……」


 それは、天突く漆黒の塔だった。その中腹に、白く輝く円盤が嵌まっている。

 カチコチ、そこから時計の針が進んでいるような音が降ってくる。


「この塔って、まさか」


 さらに近づくと、なんとも分厚そうな両開きの扉が見えた。大輪の花の紋様がびっしりと浮き彫りにされている、絢爛極まる黒い扉だ。


「ほほほ、やはり鏡の中へ来てしまったか。心配いらぬ。牡丹の扉を開けて、登ってきやれ」


 巨大な塔の中程から、鏡姫の声が降ってきた。


(わらわ)は、松の間におるぞ」

「松の間? じゃあこの塔は……!」 


 鏡姫の明るい笑い声が、クナをじんと揺さぶった。


「そなた、この塔を〈見る〉のは初めてであったか。鏡の中ゆえ、本物とは比ぶべくもないが、見てくれは、よう似せてある。我らの家とそっくりにな」 

「黒の塔……これは、黒の塔なんですね!」

「そうじゃ。さあ入ってきやれ。アオビ! アオビぃ!」


 鏡姫の呼び声が響いたとたん、黒い花紋の扉がごごっと開いた。中からめらめら燃えるものが一体、ひいふう言いながら飛び出してくる。扉が重たすぎると、鬼火は細かな炎をあたりに散らしながらぼやいた。


「アオビさん?!」

「残念ながら本物ではない。(わらわ)が創った(しもべ)に、アオビの姿を与えたまでのこと。なれどあやつらのように、よう働いてくれるでの。重宝しておるわ」


 めらめら、ぱちぱち。

 なんと懐かしい音だろう。クナは泣き出しそうになりながら、扉の中にするりと戻った鬼火に続いて、黒の塔の中へ入った。かつて毎日嗅いでいた、なつかしい匂いが漂ってくる。お香と、少しかび臭い匂いが入り混じった、古めかしい匂い。これは間違いなく……


「ああほんとに、黒の塔だわ……!」


 一階の広間を「目」で見るのは初めてだった。おぼろげながらも、天井や壁に美しい紋様が描かれているのが見える。基調となっているのは金の格子柄。その中に、黒い大輪の花が配されている。


「ここは牡丹の間です。塔にお住みの皆様の出入り口。そして、客人をお迎えする部屋にございます」

 

 まごうことなきアオビの声で、鏡の中の鬼火が説明してくれた。

 クナはかつて、黒の塔をすみずみ掃除しまくった。だから間取りはしっかり覚えている。上の階へ行く階段は、部屋を突っ切った奥にあるはずだ。

 鬼火は、クナが予想した所へまっすぐ導いてくれた。花模様の広間とは反対に、階段の壁の基調は黒一色。そこに一面、黄金色の星の紋様が描かれていた。夜空にまたたく星々を模したのかと、クナは息を呑んだ。


「すごいわ。塔の中って、こんなに美しかったのね」

 

 鬼火に導かれるクナは、緩やかに螺旋を描く星空模様の階段を昇っていった。

 (またた)き様は、一体いくつ描かれているのか。無数に輝く星の中、クナは本当に、天の高みへ向かって飛んでいるような錯覚を覚えた。

 かつてこの壁に手をつけ、支えとしながら、階段を昇り降りしたけれど。頬を押し当てるような感覚で確かめてみれば、本物の壁に触れた時とまったく同じ。壁には艶やかな触感がある。鏡の中の虚構の産物とは、とても思えぬ堅さだ。

 鬼火は各階の入り口に至るごと、ここは大釜処だとか、倉庫階だとか、書記の間だとか、使い女が住まう階だとか、かつてのアオビのように教えてくれた。


「こちらは、梅の間にございます」


 かつて自分が住まっていた階は、どんな模様に満ちていたのだろう。

思ったとたん、クナの魂は階段から離れて、その階の中に入ってしまった。

 梅の間はその名の通り、ふすまも屏風も、格子窓の彫刻も、上品な梅の花で満ち満ちていた。

奥の間を隠す御簾(みす)にもうっすら、梅の紋様が織り込まれている。香炉や花瓶といった調度品も、全部梅模様だ。若々しい梅の花の匂いを混ぜこんだお香の煙が、奥の間から漂ってきていた。


「すごい。ほんとに、梅のお部屋だったのね!」


 急いで階段に戻ったが、ひとつ上の竹の間に至るや、クナの魂はまた、その階の中に惹かれてしまった。

 かつて九十九(つくも)の方がお住まいであった階は、竹づくし。艶やかな廊下には白玉石を敷き詰めた升庭が造られており、そこにはなんと、竹が数本植えられていた。

奥の間は御簾(みす)が半分上がっていて、ふたりのアオビがせっせと掃除をしていた。隅に置かれた竹模様の香炉から、清かながら渋みのある、大人びた香りが漂っている。部屋主のために据えられた畳の台座には、脇息が置かれてあった。しかも、そのそばには。


琵琶(びわ)?」


 きっとそうだろう。弦が張られた楽器が置かれている。持つところは細く、抱えるところはなめらかに丸く。穴のあるところに描かれているのは、(またたき)き様の紋様であろうか。凹凸なく真っ平らにはめ込まれた星の紋様が、てらてら虹色に光っている。

なんと美しい楽器だろう。九十九(つくも)の方の琵琶(びわ)は、きっと本当に、あのような装飾の名器であったのだろう。

 ここには今も、九十九(つくも)の方が住んでいる――

 そんな雰囲気であったので、クナの心は打ち震えた。梅の間や竹の間を、クナや九十九(つくも)の方が住んでいた時のように整えておくよう、鏡姫はアオビたちに命じているに違いなかった。


「鏡姫さま……!」


 万感の思いを噛みしめながら、クナは急いで階段へ戻り、竹の間からさらに上に昇った。

松の間はいわずもがなの松づくし。クナは松模様の壁が連なる廊下を急いで進み、床が真っ黒に輝く松の間に入った。とたん、感嘆のため息を漏らした。

 部屋の壁には四方四面、流麗にたなびく黄金色の雲が描かれている。その雲の合間に、松を中心とする極彩色の庭園図が、絶妙に見え隠れするよう配されていた。

 絢爛なる松の庭園。その奥間には、松の紋様を織り込んだ御簾が降りている。そこからくゆりくゆりと、あの、とても濃ゆい香りがわずかに流れてきていた。

 御簾の向こうの畳の台座に誰か居る。その御方は、しきりにハタハタ、扇を動かしている……


「ほほほほ、来たか」

「ああ……!」


 先導するアオビがかしこまりながら、御簾を上げた。麝香がたっぷり混ぜ込まれた練香の香りが、ふわりとあたりに広がりゆく。扇を持つ人は脇息にゆたりと、その身を預けてくつろいでいた。

 床に流れる黒い髪。その先端はわざと染めていないのか、黄金色に輝いている。

 まとっている(ひとえ)は、なんという(かさね)であろうか。黒の薄様(うすよう)の上に鮮やかな朱の衣を(かぶ)せていて、実に絢爛(けんらん)だ。特に、鳥の模様が織り込まれた朱の衣は、まるで天照(あめて)らし様の光を吸い込んだよう。輝き麗しいものだった。


百臘(ひゃくろう)さま! あたしの上臘(じょうろう)さま!!」


 こちらへ(ちこ)うよれと言われて前に進めば、クナの魂はその思いに正直に、鏡姫の胸元に飛び込んでいた。まるで幼い子が、母親に飛びついてすがりつくように。

 おやおやと嬉しげに笑われたクナは、慌てて黒い床間に戻ろうとした。だが、はしたない真似をしてしまったと恐縮するクナを、母のごとき人はここでよいと、自分のすぐ前に据え置いた。


「ま、まるで本物と変わりません! この塔も、百臘(ひゃくろう)さまも。まるで、生き返ったみたいに……!」  

「我が鏡の内では、思う通りになんでも作れる。この衣もこの通りじゃ」

「それは、巫女王(ふのひめみこ)の聖衣ですか?」

「いや、後宮に居たとき着ておったものじゃ。ちと、思い入れがある逸品でのう。先帝陛下にえらく褒めていただいたものよ。いやはや、ここはすごいぞ。(わらわ)の望みは何でも叶う。大翁様はよくぞ(わらわ)の願いを汲んで、鏡に我が魂を入れてくれたものよ。それだけではない。今までの恩、計り知れぬ。その大恩を返したかったが……」


 もうそれは叶わない。

 鏡姫の言葉に、クナはぎゅうと痛みを覚えた。


「大翁様は大安で、黒い悪鬼に(あや)められてしまわれた。すめらの中枢に在る方々が、宮処(みやこ)の危機に抗さんと、故宮に集まったのじゃが。そこで急襲を受けて、あえなく……」

「そんな……! あの大翁様が?」

「モエギが伝信で最期の言葉を聞いた。我が巫女よ、そなた悪鬼とタケリ様をどうにか鎮めるつもりでおるようじゃが、(かたき)討ちとも思うて、それを成さねばならぬぞ」


 色々な思いが積み重なっていく。ただひとつの理由ではなく、たくさんの思いが集まってくる。

 痛みに耐えながら、クナは気丈に「はい」と答えた。


「さあ、大事を果たすため、黒髪様には即刻、起きていただこう」

 

 鏡姫は威勢良く扇を閉じて、すっと立ち上がった。たちまちきらきら輝きながら朱の衣が霧散する。その光の粒は、姫の周囲に別の衣の形を成しながら寄り集まった。

 なんという早業かとクナが驚いている間に、鏡姫は額に鉢巻きを巻き、上下にしゃりしゃり音のする衣を着込んだ(いくさ)巫女と化した。

 

鉄錦(たたらにしき)!」

「そなたも(はよ)う着替えるのじゃ」

「あたしも……?」


 ハッと我が身を見下ろせば。いつの間にやら、クナはちゃんと手足のついた人間の姿になっていた。肌は半ば透き通っているが、見た目は本物とほぼ変わらない。胸元に落ちている髪の色は、まぶしいくらい真っ白だ。

 

「本物のそなたをできるだけ忠実に、映してみたぞ。美しい娘に羽化できたようで何よりじゃ」


 さあ、まとえ。

 姫に言われるがいなや、クナの身はきらきら、上品に煌めく鉄錦(たたらにしき)に包まれた。 

 鋼の糸を織り込んだ錦には、小鳥の紋様がびっしり織り込まれている。


「お、重たいです。本当に着ているみたい」

「さあ、舞台へ参るぞ。ついてきやれ」


 舞台。黒の塔からせり出しているあの場所も、ちゃんとあるのだ。

 想いがあふれすぎて、クナはぐすぐす泣き出した。なんじゃしっかりせいと、鏡姫は笑いながら、しゃらしゃらと鉄錦(たたらにしき)を鳴らして、星空模様の階段を昇っていった。


「我が巫女、そなたいまだに、長袴に慣れておらぬのかえ? 遅いぞ」

「だ、大丈夫です、すみません!」

「唄い手と舞い手はいるが、弾き手がおらぬ。でもまあ、なんとかなろう」


 何段も階段を昇りて、クナは塔からせり出す舞台へと出た。細い鉄の柵に囲まれたそこにはすでに、大きな鏡を置いた祭壇がしつらえられていた。鬼火ではない輪郭を持つ者がひとり、祭壇の前に居る。おぼろげながらもその姿形を捉えたクナは、息を呑んだ。


「つくも……さま?!」


 鉄錦(たたらにしき)に身を包んだその者は、琵琶を抱えていた。きららと虹色の星輝くそれはまさしく、竹の間でかいま見た、あの楽器であった。しかし鏡姫は、そうであったらよいのじゃがと、苦笑いした。


「これなるは琵琶(びわ)姫という。アオビと同じ、妾の創造物じゃ。はじめ九十九(つくも)本人の複製を造ろうと思ったが、なんだかおこがましゅう感じてのう。もしあの狐が娘を生んだなら、きっとこういう子であろうと。まあ、勝手に想像した結果の産物じゃ」


 琵琶(びわ)を持つ巫女は金の髪を揺らし、にっこりクナに笑いかけてきた。

 親子という設定ゆえ、姿形はあの九十九(つくも)の方に幾分似せられているのだろう。しかし放ってくる雰囲気はまったく違った。琵琶(びわ)姫の視線は柔らかで、優しい香りを放つ可憐な花のようだった。よろしゅうおたのもうします、という声も、はんなり柔らかい。


(わらわ)が覚えている九十九(つくも)琵琶(びわ)の音を、この姫に再現させる」


 鉄錦(たたらにしき)に身を包む鏡姫は、クナに緑の榊を手渡してきた。


「我が巫女よ、我が内で舞うがよい。そなたの思いは、妾の力を大いに()やすであろう。眠れる人を引き寄せる風を、共に起こそうぞ!」

『黒の塔、戦時体制に移行完了しました!』


 祭壇に据えられた鏡から、アオビの声が響いてきた。とたんにごごっと舞台が揺れた。

 まさか黒の塔が動き出したのか。

 仰天するクナのそばで、琵琶(びわ)姫が琵琶(びわ)の弦を弾き始めた。


「塔をゆるりと回転させる。吸い込みの渦を作り出すゆえ、そなたは思い切り風を起こすのじゃ」

「は、はい!」 


 我、かしこみ、かしこみ、(もう)したてまつる――

 

 鏡姫が唄い出す。

 艶やかで懐かしい響きに打たれたクナは、歓喜のあまり全身が震え上がった。


(百(ろう)さまの祝詞(のりと)を、また聴けるなんて……!)


 鏡姫は祭壇の前で片手をばっと振り、注連縄で四角く囲った結界の中に火を起こした。

 まっかな炎がたちまちごうごう燃え上がる。びんびんと、琵琶(びわ)の音色が姫の歌に和合する。

 かつて、本物の黒の塔の舞台で舞ったあのとき。まさしく初陣のときのように、鏡姫の歌声は力強く美しい。そして琵琶(びわ)姫がかもす音色は、まるで本物の九十九(つくも)の方が奏でるあの音のように、鋭く冴えていた。

 鏡姫は、完璧に覚えているのだ。比類なき友の、あの美しい音色を。


「風を。大いなる風を」


 神楽に合わせて、クナは舞い始めた。

 腕を大きく薙いで、榊で無限の印を描きながら、ぐるぐる回転してつむじ風を起こした。

 

 回れ。回れ。もっと。もっと。

 

『塔の回転速度を速めます!』

 

 鏡からアオビが叫んでくる。

 クナが練り上げた風の渦を、塔がさらに回して、大きな渦を作らんとしているらしい。


 回れ。回れ。速く。もっと速く……!


クナは念じながら、さらに大いなる風を起こした。

懐かしい舞台の上で、思い切り回り、思い切り飛んだ。


(黒髪さま。黒髪さま……! どうか、この風に気づいて。この渦に)


 つむじ風は花音(かのん)となりて、塔の上空に舞い上がった。クナは何度も何度も、花音(かのん)の風を放って渦を創った。


 我ら、空の高みに 大いなる渦の現れんことを


 歌声と琵琶の音色が、渦巻く風を押し上げる。

 

 かしこみ。かしこみ。


 願いが、大いなる力を()んだ。

 クナが起こした風は、もはや花吹雪を起こすどころではない大きな渦となり、塔の上に大いなる渦の柱を建てた。



 轟きたまえ、龍の咆哮!



 鏡姫が、その柱を褒め讃えるように歌い上げた。

 誇らしげに。なんとも嬉しげに。



 天の果てまで、昇り行け!



 塔から立ち昇る竜巻は、鋭く一直線に天空を貫いていった。

 巫女たちの願い通りに。






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