3話 聖剣
繭に籠もってから、一体何日経ったのだろう。
あたりからは何も聞こえない。まぶたを動かしてみても、何も見えない。
足もとに、湿った布のようなものがぐちゃりと落ちている。まるで脱ぎ捨てた衣のようだが、これはたぶん、蛹の皮だろう。
体はまだ、完全にできあがっていないようだ。手を動かしてみたが、ずいぶんぎこちない……
目覚めたクナは、おそるおそる、満足に動かない手で我が身を探った。
腹の傷は治っているし、手足もちゃんとついている。頭には髪の毛が生えているし、目鼻の形もほぼ、以前の通りだ。でもなんだか、どこもかしこも柔らかい。
一度すっかり体が溶けてしまって、再び固まりつつある。すっかり体を作り直したなんて信じがたいが、本当にそんな状態になっているようだ。
繭の中は若干、余裕がある。
もっと手足を動かしてみようと両手をあげたクナは、びくりとたじろいだ。
ずきりずきりと、刺すような痛みが、頭を襲ってきたからだった。
(うそ……あたし、頭を怪我してるの?)
繭の中にいる感覚と、頭の痛み。今の状態は、かつて、シガの繭の中に閉じ込められた時とよく似ている。
すめらの後宮から救い出されたとき。クナはシガを必死にかばい、彼女の繭の中に取り込まれた。そのとき刃が繭を裂いてきて、クナは頭を負傷した。
あれは相当に痛かった。黒髪様の加護がついていなければ、即座に死んでいたほどの傷だった。
頭を襲ってきた痛みは、まるであのときのようにひどかった。
『なんだ、まだ生きているのか』
思わず頭を抱えたクナを、誰かがせせら嗤ってきた。ずいぶんはっきりした声で、覚えがあるものだった。シガの繭に閉じ込められた時にも、聞こえてきたものだとクナは即座に思い出した。
『無理矢理引きずりだしたんだな。焼かれたまま、死なせてやればよかったのに』
容赦ない声は繭の外からではなく、クナの頭の中から湧いてきていた。クナが封じてしまった記憶の中から、じわじわと、首を絞めてくるように。
シガの時も、今この時も。繭に入れば必ず、記憶の底から蘇ってくるなんて。
この嗤い声は想像できないほど深く深く、自分の魂に刻まれているらしい。
(これを聞いたとき、あたしはきっと、ひどく傷ついたんだわ。永遠に忘れられないぐらい)
『捨てていけ、黒髪。足手まといだ。あはは、体がどろどろじゃないか』
不安に駆られて体を縮めると、指先に何かが触れた。
手を動かして確かめてみれば、それは糸巻きの形をしていた。
黒髪様が、円い筒に入ったクナにくれたもの。羽化が成功する願い石だ。
嗤い声にたじろく自分を励まそうと、クナは糸巻きをひしと抱きしめた。
(いいえ。いいえ。大丈夫。今度は絶対、失敗してないわ……!)
クナは頭痛に耐えながら、自分の奥底からじわじわ染み出てくる、哀しい思い出を拾いあげた。
レクリアルの繭ごもりは、場所も時宜も悪すぎた。繭が在るところに大勢の兵士が押し寄せてきて、繭を焼いてしまったのだ。黒髪様は泣きながら、焦げた繭からどろどろの子を引きずり出して、抱えて逃げた。
そのとき。一緒に地の底へ逃げた人が、ひどく呆れて嗤ってきたのである。
『朕の兄弟と同じだな。刺客の手にかかって繭を裂かれたあやつらも、こんな風に溶けていた。外に出されてから、一刻もたなかったぞ。こやつもすぐに息が止まる。だから、捨てていけ』
(あたしたちを嗤ったこの人……)
遠い西の果て。竜蝶の隠れ里で、レクリアルは繭になった。長い旅をしてそこにたどり着いたのだが、旅の仲間は、黒髪様だけではなかった。
(そうだったわ。意地悪なこの人も、一緒だったわ。この人が隠れ里に行きたいって願ったから、あたしたちは、ついていったのよ。だってあたしたち、この人に捕まって、無理矢理奴隷というか、仲間というか……一緒に前に進む一団にされたんだもの)
たしかこの人も、レクリアルと同じ竜蝶だった。
とても残酷な暴君で。巨大な飛竜船に乗っていて。旧くて広大な国を治めていた。
(とてもえらい……そう、この人は、どこかの国の、皇帝だった。どこか……ああ……)
記憶を拾い上げていくクナの中で、切れ切れに存在していた情報が、かちりと噛み合った。
(そうだわ。あたしを嗤った人は、すめらの皇帝だった……竜蝶で、皇帝。一度玉座を追われたけれど、見事に返り咲いて、すめらに戻ったんだったわ。それからずっと、帝位に在ったはずよ。災厄が降ってくるまで。ということは……すめらが封じた竜蝶の帝って……黒すけさんと合体しちゃった、御所の地下に封印されてた人って、もしかして……)
『ははは! こいつのことは諦めろ、黒髪。力あふれる黒の導師よ、朕のものになれ! 我らの力で大陸を制して、統べようぞ。かつての統一王国を今一度、我らが作るのだ!』
(あたしを嗤った、この人なの?!)
御所の地下に封じられていた竜蝶の帝は、かつて、羽化に失敗した自分を嘲笑った人?
そうだとしたら、なんとも複雑な気分だ。
三色の聖衣に宿っていた魂たちは、クナの母は、竜蝶の帝の娘だと唄っていた。
『偉大な帝のむすめ、タルヒ』と。つまりクナは、竜蝶の帝の孫であると。
生まれ変わったら、自分を嗤った人の血族になるなんて。なんと異様な因縁であろうか。
(もしかしたら……生まれ変わる前のあたしは、母さんのことをよく知っていたのかも……すごく仲良しで、大好きで……それであたしは、母さんの娘として生まれたいって、思ったのかも))
前世の記憶の大部分はまだ、封印されたまま。今回は繭ごもりという状況から、そのときの記憶がほんの少しだけ喚起されたにすぎない。
クナは一所懸命、他の記憶を引っ張りだそうとした。
今の自分ではなく、前世の自分が、「タルヒ」に会ったことはないだろうかと。
だが、頭痛はますますひどくなってきて、立っていられなくなるほど。繭の中でしゃがんだクナは、なんとかこらえようとしたが、無理だった。
(なんでこんなに頭が痛むの? 頭に怪我なんて、してないのに)
ずきずきどころではない。今やごうごう、ものすごい痛みが頭の中を渦巻いている。まるでだれかが、クナの中で叫びたてているように。
(ん? 叫んでる? それって)
以前、北五州で、クナの頭に話しかけてきたものがいた。たしかそれは……
(花売りさんの剣? でもあの剣の声は、こんなにめちゃくちゃじゃなかったわ)
クナは頭の中に吹き荒れる嵐に耳を澄ました。よくよく聞いてみれば、じーじーと言葉のような音が鳴り響いているような気がした。その音だけ、集中して聞いてみると。いきなりばちりと波長が合ったかのように、今にも割れそうなガラガラ声が頭の中に鳴り響いた。
『もと、我があるじ! あるじ……! きこえ、ますか……!』
この頭痛は、なんと呼び声であったのか。
知っている剣の声とは、ずいぶん違うと思いながら、クナは頭の中で、聞こえますと答えた。
『とても、ひどい目に、あいました、私……』
ぐふっと無理矢理、息を吹き返すような気配が聞こえた。
『黒髪に、蹴り飛ばされ、ました。私なんとか、貴方の前に、きた、のに』
(黒髪さまに?! あの、あなたは……)
『塔を、食べたのです私。一所懸命、喰らいました。ひかりの、塔を。すっかり、残さず、塔が、胎児になる、まで。とりまきの、蒼い鬼火も、一体残らず』
(あなたが光の塔を……じゃあやっぱりあなたは、花売りさんの剣なの?)
サンテクフィオンがトリオンに強要されたから、仕方なく食べてやったとかなんとか。ひび割れた声はぶつぶつぼやいてきた。
ウサギの師匠が言っていた通りだ。以前と全然声が違うが、これはやはり、花売りの剣であるらしい。
(だ、大丈夫ですか? 声がとても変です。塔を食べた……から、こんなことに?)
『死にかけてます、私。一体どんだけ、魂を吸い込んでたんですか、あの、馬鹿みたいにでかい神獣。私、あやつが食った魂は、すっかり放出しました。でも、食べすぎたときに、私はすっかり、こわれてしまいました。あの塔の力を、なんとか消化しようと、努力しましたが、できません。全然まったく、こなれません。私の中で、神獣の心核が、暴れています。寄るなさわるな近づくな。はんぱなく、危険です』
(た、食べたものを、外に出すわけには……)
『もちろん、いますぐ、吐きたいです。ですが、このまま、放出しますと、九割の確率で、大陸が、かち割れ、ます。少しずつ、ひり出さないと、いけま、せん』
(星が、割れる?!)
『しかも、知らない人に、拾われたら、大変です。もし、悪い導師の手に渡ったら、やっぱり、大陸が、かち割れ、ます。だから私、貴方のもとに、きました。貴方に、この心核を、渡す、ために』
がらがら声の剣は、意外なことを言ってきた。
『この神獣は、あなたが、管理するべきもの、です。もと、我が主』
剣が言ったことを呑み込めなくて、クナはたじろいだ。
ユーグ州に発生した光の塔は、九十九の方がお産みになったものだ。
神獣たる御子を一体なぜ、クナが管理しないといけないのだろう?
(あの、九十九さまは、ご無事なんですか? 光の塔から、救い出されたんですよね?)
『はい。塔の中に囚われていた女性は、無事でしたが、白鷹の後見人と共に、消えました。おそらくもうひとり、黒き衣のアスパシオンも一緒かと」
(消え……た?)
『サンテクフィオンが、言うには、この世から、消えたと……私、それで少し、塔を喰らったところを調べましたら、次元のゆがみを、察知いたしました。おそらく彼らは、未来か、過去に、行ってしまったと、思われます』
(そん……な! どうしてそんなことに?!)
『白鷹の後見人は、神獣の母君を世間から隠したかったのかも、しれません』
神獣の母君はこの世にいない。ですから、この心核を受け取れるのは、あなたしかいないのです。
がらがら声はそう訴えてきた。
『なぜならあなたは、光の塔であった神獣の、主人であるからです。私、気づき、ました。神獣の、力の源である心核を食べて、理解しました。この心核は、ぴたりと、白鷹の後見人と、あなたの下僕の魂に、嵌まります。前世のあなたが、竜蝶の魔人にしたあやつの……あの悪人面な黒髪の、魂が欠けたところに、ぴたりと……』
(え……光の塔の力は、黒髪さまの……もの?)
『私はかつて、黒髪の魂を、食べたことが、あります。だから、分かったのです。消化できない、この心核が、あやつの、ものである、ことを。割り符のように、割れ目が、ぴったり、合わさることを。すなわち、あの光の塔は、のちに、黒髪となるのです』
クナは呆然とした。九十九さまの御子が、将来、クナの良人たる美声の人になる? そんな奇跡がありえるのだろうか?
御子が時を越えて、黒髪の人になり、過去の自分と巡り会うなんて。信じられないと思いながら、クナはなんとか落ち着いて、この状況を考えようとした。
(あ、あの。その心核が黒髪さまのものだというのなら、黒髪さまに返すのが、一番いいんじゃ……)
『……』
がらがら声が途絶えた。戸惑いながらも、クナは剣の返事を待った。
げふっとまた息を吹き返す気配がして、剣は再び、ざわざわと呟きだした。
『黒髪には、返せません。あやつは、自分の力を、制御、できないから、だめ、です。ちらっと思っただけで、あんな、馬鹿みたいにでかい、光の塔になるの、ですから。ゆえにあなたが、あやつの主人として、管理、するべきです。ああ……百年の契約は、切れたのに。どうしてわたしは、あなたのために、このような、過酷な試練を、果たそうと、する、のでしょう』
神獣の心核など、とっとと空に放ってしまいたい。
大地はかち割れるだろうが、そんなことは、もう知ったことか――
ぼやく剣は、今にも息が止まってしまいそうな気配だ。彼がそのまま力尽きれば、せっかく封じ込めた神獣の力が外に放出されてしまう。
迷っている暇はない。
ついには黒髪様に呪いの言葉を吐き始めた剣に、クナは慌てて待ったをかけた。
(わ……分かりました! あたしが預かります!)
十割、勢いで請け負ってしまったが、体はまだ柔らかい。何も聞こえないし、何も見えない。
これで外に出ても、大丈夫だろうか。
クナは何度も深呼吸をした。意を決して手を伸ばし、繭に当てる。湿った皮のようなそれを、ぐっと押してみる。
だが、ぎこちなく動いた手は、分厚く弾力のある繭に、あっさり押し戻された。
手首が変な風に曲がった気がしたので、クナは慌てて、もう一方の手で正常だと思われる形に直した。
(剣さん! あと数日、待てませんか? あたしまだ、体が固まっていないみたいです。それに、心核って、物質じゃないですよね? 魂みたいなものですか? だとしたら、実体がないですよね? どうやって受け取れば……)
『む、無理、です。あと数日、この力を、抱えているなんて、無理、です……』
剣はまたしばらく黙ったが、先ほどよりは短い間隔で返事してきた。
『私を、回収しに走ってきている、サンテクフィオンに、ピピ技能導師を、連れてくるよう、精神波を飛ばしました。貴方の近くにいた、灰色の技師を。その技師に、神獣を、吸い込める、瞳で、心核を、吸い込んでもらいます。どうか、必ず、ピピから、その瞳を、もらって、ください。あなたの、ものに、してください』
(了解しました)
『ああ……これで、厄介な荷物を、下ろせます……願わくば、羽化したあなたを、見たかったの、ですが。黒髪め……あやつは、許し、ません。ええ、許し、ません』
剣には悪いが、クナにとっては嬉しいことに、良人たる人はずっと、繭のそばにいてくれているらしい。
クナを守ろうと、黒髪様は今、必死になっているのだろう。一度失敗しているから、何人たりとも、クナの繭に近づけたくないと思っているに違いなく、それで剣を退けてしまったに違いなかった。
『ああでも。最期に、こうしてお話できまして、よかったです……』
(待って、最期だなんて、そんなこと)
剣の声が、ごうごうと嵐のような雑音に呑まれていく。
まさか、力尽きようとしているのか。
花売りと技師が間に合うように。剣の意識が途絶えないように。クナはとっさに、念を飛ばした。
(だめよ! 死なないで! アクラさん!!)
意識の底から出てきた剣の呼び名が、びりっと雑音を払った。思わず出てきたそれは、記憶を封じた処に生じた亀裂から出てきたものだった。
あははと、剣が苦笑するのが聞こえてきて。それから突然、クナの頭の中に光が挿した。
『いいえ、なまくらじゃありませんよ、私』
光がみるみる、十字の形に凝縮する。
頭の中に流れてくるこの幻像は、一体何だろう?
十字がきらびやかな色合いを放つものに変化していくのを、クナは呆然と見守った。
十字の中央あたり、天照らし様の光を集めたような輝きの中に、燃えさかる一点がある。すらりと長い十字の足は、月女様の静かな光のよう。ちりちり囁く、美しいしろがね色だ。
ああ、これは――
(剣……!)
『そうです。私は、ご覧の通り、ひとふりの剣です』
剣の声が変化した。それは剣の幻から発せられてきて、今まで聞いたことのない、堂々とした、しかしとても優しい声音だった。
『ですがもとは、青の三の星に生まれた人間でした。私は、白き崖の島の王でした。実の息子と戦い、死した後に、魂を喰らう剣となったのです。以来、一万二千と百年、星を渡りて、喰らったものは数知れず。中には、私と同化した者もおります。
しろがねの娘よ。我が最後の主よ。貴方に、私の名を明かしましょう。
すなわち我が名は、
エクス・カリブルヌス・ノヴァ・ヘヴェス・ウェルシオン・トリブス・アルトリウス・ペンドラゴン。
我が手に持ちし聖剣エクスカリバーの姿を継いで、二ふり目の聖剣となりし者。
ルファの瞳に三度封じられし、鋼の神。我が同胞血潮昂ぶる剣であり、フランベル・デ・ルージュと称えられし者。輝く炎たるレギスバルドの盟友にして、竜王を食らいし者。戦神の剣と呼ばれし、いとしき赤猫であり、二十五人の主人を得た者――』
輝く剣の周りに、きらきらと人の輪郭が現れた。立ち昇る煙のようなそれは、徐々にはっきり形を成して、剣を抱える人と化した。すらりと背の高い、金の髪の人に。
彼がまとっているのはかっちりと固いもの。おそらく、鎧だろう。幾重にも重ねられた金属らしき板は美しい流線型を成しており、うっすら蒼く輝いている。
神々しいその人は、おのれの主人であった者の名を次々と囁いた。
とても懐かしげに。いとおしげに。そっと、優しく。
『すなわち私自身たる、アルトリウス・ペンドラゴン。道化のトム・トン。征服王の子、ロベール・ノルマンディー。獅子王の双子騎士、バルトロメオとビクトリオ。テンプル騎士団長ジャック・ド・モレー。白薔薇の王、エドワード・プランタジネット……』
どの主人ともそれぞれに、いろんな思い出があったのだろう。剣持つ人は目を細め、なんとも言えぬ良き微笑みを浮かべて、〈剣の英雄〉たちの名前を連ねていった。
『……竜王殺しの、ジーク・フォンジュ。石化の剣聖、フェイボ・リム。太陽公、陽檉君。銀足の騎士、グレン・ダナン。エティアの七英雄、スイール・フィラガー。大鍛冶師にして我が守護者、ソートアイガス。おばちゃん代理にして武王、紫香楽征人……』
金の髪まぶしい人が、こちらを向いた。剣の輝きを見つめるクナを。まるでクナが、そこにたたずんでいるかのように、まっすぐ、優しいまなざしを向けてきた。
『そして、貴方。白の癒やし手にして、すめらの星。あまたの名をもつしろがねの娘。
我が主たちよ、永遠にその名が輝かんことを――
最後の主よ、これが、私の名前です。我が名は、我が主人の御名と共にあるのです』
剣を抱える人が、まばゆい笑顔を放ってくる。剣がわざわざ幻像を送ってきた意味を悟って、クナは震えた。
『こうして鑑みれば。私の人生は、非常に良きものでした……』
(待って! もう少しがんばって! 死なないで!)
神々しい光がクナの頭の中を塗りつぶしていく。ちりちりさらさら、美しい音をたてて、剣持つ人は、無数の光の粒と化していった。
『さらばです。無限の感謝と祝福を』
(だめ! 死んじゃだめ!!)
べきべきと、何かが裂ける音がした。
気づけばクナは、両手を突き出していた。繭に当たった拳に、神霊力が載ったのかもしれない。ついさきほどは分厚くて、隙間など開けられそうになかったのに。クナの両手は、繭を突き破っていた。
無我夢中で手を広げ、もっと繭を裂いたとたん。
「田舎娘!!」
全身にましろの光が襲い来ると同時に、水晶を打ち鳴らしたような美声が轟いた。
「出るな! まだじっとしていろ!」
返事しようとしたクナの口から、ごぶっと液体があふれ出た。気管に培養液が詰まっているらしい。
「う……け……剣、さん、が……」
咳き込みながらなんとか声をだすと、ウサギ技師がやっぱりと美声の人を責めだした。
「それみろ、剣が主人を呼んじゃったじゃないか! 黒髪、だから蹴り飛ばすなって言っただろ! 視認するなり全力でふっ飛ばすとか、脊髄反射も大概にしろよ!」
「すまない……後悔している。本当にすまない……」
「だから休めって言っただろ! あんた疲れすぎてて、正常な判断ができなくなってんだよ! でも、スミコちゃんが中から繭を割ってくれて、助かった。スミコちゃん、足もとに落ちてる義眼、貸して! 花売りが、今すぐ神獣を吸い込める瞳が要るって言うんだ。でも今ここには、ちゃんと稼働するのって、君に貸したのしかないから!」
「お願いします! 剣が、爆発しそうなんです!」
花売りの声が、技師のそばから聞こえてきた。
ああ、まぶしすぎて何も見えない……。
クナはまぶたをしばたきながら、急いで足下に落ちている蛹の皮を手探りした。
繭を割ったら耳が聞こえるようになったけれど、目はまだ、出来上がっていなかったのだろうか。それとも……
指先に当たった丸いものを拾い上げて、花売りの声がした方向に突き出せば、花売りはありがとうと叫んで瞳を受け取り、ウサギ技師と一緒に、大わらわで離れていった。
立ち上がろうとして、クナはよろけた。
だめだ。まぶしすぎる。まわりでたくさんの人が動いている気配があるけれど、輪郭がかろうじて見える程度で、みんな光の中に埋もれている。
光が、痛い……
思わずしゃがみこんで、顔を覆った瞬間。しゃらんと歌う布が降ってきた。
黒髪様の星黒衣だと気づくと同時に、クナは優しく、衣に抱きしめられた。
「しばらくこの中にいてくれ……たとえ大地が割れても、絶対守る……!」
歌う布越しに、黒髪様の腕のぬくもりが伝わってくる。暖かくて、優しいそれは、しかしぶるぶる震えていた。
「あんな心核など、消えて無くなればいいのに。そう思った瞬間、視界から除去していた。すまない……!」
「黒髪さま……?!」
剣がその身に一体何を抱えているのか、花売りが話したらしい。しかも黒髪様は、自身があの光の塔であることをすでに知っているようだった。
「マクナタラが、光の塔は我々だと明かした……つまり剣が抱えるあの心核は、私の一部だ。でも、あんなものは要らない。あんなおぞましいものは……くそ! なぜ消化できないんだ!」
黒髪様の美声が揺らいだ。明らかに動揺しているその声はたちまち湿っていき、おのれ自身に問う囁きと化した。
「……どうしたら消せる?」
熱い滴がほとりと、クナの頬に落ちてきた。一粒の、涙が。
剣の正体や主人たちや竜王喰らった等のお話は、
「とある宝物庫の剣のつぶやき」にまとめられています。
「舞師」の前話である「白の癒やし手(※ムーンライトノベルズに掲載・BL)」の、剣視点の物語です。
よろしかったらご覧下さい。