2話 白薔薇
その扉は両開きで、一面、彫りの深い文様が入っている。
流美に編まれた蔓野に、繚乱たる薔薇の花。その花園を見下ろすは、五芒の星。
絢爛なるその模様は、鋳型に流し込んで造ったのだろう。鬱蒼とそびえ立つ万年杉の狭間にあるというのにまばゆく、実にくっきり、浮き上がって見える。
塔はあたかも、巨大な雪山を細く鋭く削りて、磨き上げた糸巻きのよう。きららと、ましろの輝きを放っている。驚くべきことに、暗い森の中に潜む塔の壁も扉も、自ら発光しているのだ。
扉のすぐ上につけられた水晶球の門灯は、薔薇の花の形をかたどっていて、なんとも凝っている。なれども、自ら光っている塔の門をさらに照らし出すのは、いささか蛇足にすぎまいか。これはただの飾りであるのかもしれない。
かように明るい薔薇の扉の、ぴたりと閉じたところが、ほのかに割れた。
ずず……と、薔薇の園が内側から、左右にわずか開かれる。人間のものであろう白い指が、その扉の隙間からすっと出てきて、分厚い扉をさらに押し開けた。
「自動開閉装置がついてないなんて、もうっ……」
扉を開けようとしているのは、赤毛の娘。ちらちらと若竹色のスカートが垣間見える。
娘は扉の片面に手をかけ、ぎりぎり押して隙間を広げた。
しかし扉は相当に分厚いようだ。うんうん唸って四苦八苦している。
娘はいらだたしげに嘆息し、いったん中にひっこんだ。
どん、ずず。どん、ずず。我が身を扉に打ち付け、なんとか扉を開けていく。
「ふう……この扉、造るのすっごく楽しかったけど。重すぎるわね」
やっと胴がすり抜けられるほど開いた隙間から、赤毛の娘は我が身を外に出した。
開放感と共に扉の上を仰ぎ見て、あまりのまばゆさに一瞬目をつぶる。
そびえ立つは、壁面なめらかな白壁。
天つく塔の壁面はつるりとしていて、艶やかなうわぐすりをかけられた白磁のよう。
はるかな高みまで整然と並ぶ円形の小さな穴には、四階あたりまで透き通ったギヤマンが嵌まっている。そこも実にまばゆい。天照らし様の光を吸いこんだかのような輝きで、うんざりするほどの白である。
塔は、森成す巨木を隠れ蓑にしようなどとは、露ほども思っていないようだ。周りに隆々と生え立つ万年杉より、はるかに高く伸びている。まぶしすぎて見極めるのが難しいのだが、なんと塔からほとばしる光が、鋭利な槍のごとく、天の雲を突いている。
我を見るがよい――
まるで高らかにそう宣言しているかのように、威風堂々神々しい。
「さてと。扉のそばに呼び出し鈴を付けて……あら……?」
一瞬真っ白に輝く塔の壁がサッと曇ったので、赤毛の娘は空を見上げた。
白雲たなびく蒼穹を、飛空船がゆるりと横切っていく。
万年杉のはるか上。なれど雲を突く塔の光よりは、少し下。白壁に影を落とした船はほとんど音をたてることなく、塔の真横をすり抜けていった。
赤毛の娘は、急いで若竹色のスカートのポケットから小さな拡大鏡を取り出し、右目に当てた。
「なんて大きな船! 形からすると、西方諸国の最新式? ああ、上昇したわ。雲の中に入ってく……」
船はあっというまに白雲の中へ姿を消した。しかし娘はしかと、その船の形を把握することができた。 あれはすめらの船ではない。すめらの船にはほぼ、魚のヒレのごとき翼が両舷についている。だが、今見た船にはなかった。船体に、黄金の獅子紋がついていたような気がするのだが……
「あの紋章、センタ州を統べる、金獅子州公家のものじゃないかしら」
万年杉の森が果てしなく広がるここは、すめらの属州である西郷とは目と鼻の先だ。
あの船は、すめらから離れゆく最中なのだろうか。それとも、斥候船なのだろうか?
すめらの政庁は非常に閉鎖的で、異常なほど異国嫌いである。
国内産業を保護するためか、貿易は厳しく規制されており、異国人を運ぶ事業は公私共に存在しない。
異国と貿易するには厳しい資格審査を通らないといけないし、異国人は乗せられない等、様々な制限がある。その上、関税がべらぼうに高い。
もともとすめらでは、私有船というものがほとんどないらしい。
船の私有を認められているのは、家格第二等以上の神官族に限られている。船で事業を行いたい者は星神殿から公船を借りられるが、船舶使用料は超高額であるそうだ。
星神殿は国内流通を活性化させるためと銘打って、公船用の飛行場を一州に最低二カ所設けている。すなわち、すめら百州内に飛行場は二百以上ある。だが、異国船の発着が許可されているところは、そのうちのたった五カ所のみだ。
異国人の入国審査はとても厳しい。関税だけでなく、入国税だの空港使用税だの滞在税だの、何十種もの支払いを求められる――
かように、すめらは普段から徹底して、異国人が入って来にくいようにしていた。
だが、宮処が大変なことになっている現在、その門戸はさらに狭められている。
異国船が発着できるのは、西の際にあるこの州の公船飛行場、ただ一カ所だけにされてしまった。すでに他の飛行場にいた異国船には、唯一の窓口に移動するか帰国するようにとの勧告が出されているらしい。
「金獅子家がすめらの皇子様を保護したって公報、ほんとなのかしら」
西の果ての州公家は声高らかに、大陸全土にその報せを広めた。
なれど、すめらの当局はなんの反応も返していない。それは真っ赤な嘘であろうと言わんばかりに、されども公には決して否定せずに、だんまりを決め込んでいる。
いったいすめらは、どうなっているのか。宮処に何が起こったのか。
『今上陛下は健在なり』という公報一点張りでは、何も分からない……
そんなわけで大陸諸国は、民間船に偽装した斥候船を唯一の窓口に殺到させているのだった。
「この塔の存在を知った船が、また増えちゃった。もう十カ国以上に把握されたんじゃないかしら」
たぶん、塔の三階にいる観測員も、しっかりあの船を見つけたはず。ウサギであった技師に報告しているだろう。
赤毛の娘は苦笑いして、薔薇紋の扉のすぐそばの壁にべたりと、銀の鈴を提げた金属板を貼り付けた。びくりと壁が震えたような気がしたので、娘はごめんねと壁に向かって囁いた。この壁はきっとびっくりしたのだと、直感したからだった。
「ネジ留めだと痛いだろうと思って、貼り付け式にしたのよ。だって扉をつけたときに、ずいぶん痛がってたみたいだったんだもの」
実は。この塔の外壁は、生きている。
土台や門灯のような飾り、薔薇紋の扉、中の骨組みや内装等は赤毛の娘たちが造ったが、外壁だけは、植物のような成長特性を持つ金属でできているのだ。
〈金種〉と呼ばれるそれは、〈養分〉を与えるとすくすく伸びる。
資材も人件費もほとんど使わずに砦を作りたい。手間暇かけずにあっという間に作りたい。
だって、徹夜の残業を減らしたいんだとぼやいたウサギ技師が、魔導帝国の工廠で発明した、合成金属である。
工房船には積んでいなかったので、魔道帝国の工廠で働いている赤毛の娘たちが、ウサギ技師の呼びかけに応えて、急いで〈金種〉を運んできてくれた。妖精たちは、民間船の船倉につめこんだ資材コンテナを、森を真っ二つに割るかのような軍道めがけて投下してくれた。
他の国にいる赤毛の娘たちも続々、各国の民間船を装ってやってきて、資材や娘たち自身を軍道に降ろしてくれている。
船はトンボ帰りしたものもあれば、公船飛行場に降りたものもある。飛行場に着いた船は、着陸するなり星神殿の神官たちに乗り込まれ、積み荷を検められた上、やんわり帰国を促されたそうだ。
「それにしても、成長率がすごいっていうか。高いし、壁はものすごく艶やかだし。〈養分〉の質が、とってもいいのね」
塔がてっぺんから放っている長い光線は、太陽の光を吸収する触手である。吸い込んだ光は、外壁をもっと分厚くしたり、高さを維持する力に変換されるという。
ウサギ技師はほれぼれと、育ち上がった塔を見上げて言ったものだ。
『植物が陽光を浴びて育つのを真似たんだ。光合成っていうやつだよ』
工房船が墜落してから、大陸世界で経過した時間は二週間。
いくらすくすく伸びるとはいえ、そんな短期間で雲を突くまで成長したのは、このあたり一帯の時の流れが狂ったからだ。
大急ぎで作り上げた装置で、砕け散った次元のかけらを吸収している間、ウサギ技師が腕に付けている時計は、狂ったようにぐるぐる回っていた。
次元の欠片を吸収しつくしたあとも、腕時計がごく普通の速度で動くまで、すなわち時間流が大陸世界と同じ速さになるまでには、かなり時間がかかった。急停止をかけてもすぐには止まれない鉄車のように、このあたりの空間は、しばらくしゃかりきに回転していたのだ。
空間は走っていたけれど、中に居た者は次元のかけらが消えると同時に元の時間の感覚を取り戻した。だから時計の動きが、急激に速くなったように見えたのである。
塔の成長も同様だった。
しろがね色の金属の「種」をぐるりと植えて、「養分」を与えたとたん、ぐんぐんにょきにょき。
見守る者の目には、塔の壁は、唖然とするほどの速さで伸びていったように感じられた。
体感的には、十数日。だが実際は、このあたり一帯では、四十日ほどの時間が経過したらしい。
ひと月以上。
ゆえに、護国卿から依頼された「贈り物」は、無事に育成が完了した。
竜蝶の娘の繭も、そろそろ羽化するはずなのだが……
「やだ、なんか、開けにくくなってない?」
どんどんと扉をさらに押し広げて、内側からもうひとり、赤毛の娘が出てきた。目にも鮮やかな朱色のスカートをはいているその娘は、呆れ顔で薔薇模様の扉を撫でた。
「ぴったりに造ったはずなのに。塔の壁、また分厚くなったせいかな?」
「赤の砂漠に造った実験塔より、分厚くなってると思う」
「くれないの髪燃ゆる君の別荘になったっていう、あれより? すごいわね」
かなり開いた扉の間から、一階の広間が垣間見える。
台座に支えられた白い繭が、真っ白な空間の中央にある。
繭の真上は吹き抜けていて、二階から上の床は円環の形だ。塔を内側から補強する骨組みや内装、各階の床は、赤毛の娘たちが造った。まだまだ途中で、ようやく、四階部分の床を敷けたばかりだ。
繭のそばには黒髪の人が片膝を立てて座っている。
床に流れている長い髪。まとっている衣。その黒さが異様に目立つほど、内部は白くてまばゆい。
「あの人もすごいわよね。黒髪の人」
「そうね。さすが魔人というかなんというか」
赤毛の娘たちはうなずき合った。
「まさか今まで、一睡もしないなんて」
クナの繭はまだ、羽化する気配がない。蒼い衣まとう少年――ウサギ技師はそれゆえに、この数日しきりに、黒髪の人をなだめている。
『大丈夫だって。スミコちゃんは、羽化率十割の願い石を抱いてるんだから』
『だが、繭が破れた』
『中は無事だって、俺の透視で毎日確認してる。ほんと、大丈夫だってば』
黒髪の人は、いまや完全に繭の守人と化している。さわるなと言いたげに、繭に近づく者を睨んでくる。決してそばから離れないと固く誓っていて、閉じた破れ目に手を当て、蛹の息吹を絶えず確めているのだった。
『羽化するまで大体ひと月って言われてるけど、個人差があるんだよ。フィリアっていう竜蝶の子は三十日ぐらいで大人になったらしいけど、俺の奥さんは、四十二日かかったって言ってたし。羽化不全だった奴はもっと――』
『羽化不全?!』
『あああごめん、それは参考にならないよな。うんまったく。とにかく少し休めよ、黒髪。おまえが寝てる間は、妖精たちが繭を見てるからさ。飲まず食わずどころか、少しも寝ないなんて。いくら魔人だからって、無茶だよ』
『嫌だ。願い石の件は譲ったが、これだけは譲らぬ』
ぽつりぽつり、黒髪が口にしたことによると。かつて彼の伴侶が造った繭は、一瞬彼が離れた隙に、致命的な災難に遭ったらしい。
『私たちふたりは、とある竜蝶と出会い、共に長い旅をした。我らはついには竜蝶の隠れ里に行き着いたが、レクはそこで繭になった。竜蝶の長より与えられた、私たちの家で。だが、私が長たちと神殿で会談している間に、金獅子家の軍が里に侵入してきて……竜蝶の里は焼き尽くされた。レクの繭も、無残に焼かれた。私は、まだ体が固まっていない子を抱きかかえて、押し寄せてくる兵士たちから命からがら逃げたのだ……』
ずっとそばについていたら、大事な子の繭が焼かれることはなかった。柔らかい体を守る繭をまとったまま、運べたはず。
黒髪の人が辛そうに顔を歪めてそうつぶやくのを、赤毛の娘たちは耳にした。
『我らと共に里に至った竜蝶は、憐れな子をせせら嗤った。助からないから、捨てていけと容赦なく言ってきた。私はあきらめなかった。幸いレクは命を取りとめたが……大人にはなれなかった。繭が焼かれなかったら、レクはちゃんと、子を宿すことができる体になれたはずなんだ。願いをかなえるために転生するなど、起こりえなかった。自ら死んで……生まれ直すなんて』
伴侶と死別したときの黒髪の人の絶望は、言葉では言いあらわせぬほど凄まじいものだった。
山がひとつ、削れてなくなったほどの悲しみ。今思い出すだけでも、相当な苦痛だろう。
黒髪の人は繭が裂けたことをひどく気にして、ひっきりなしに韻律を編んでいた。
それはあらゆる幸運と星々の加護を引き寄せる祈りの歌で、歌声は水晶を打ち鳴らしたように澄みきって美しかった。
歌声は絶えず、繭の周りを流れていた。
りんりんしゃんしゃん、黒髪の人の黒い衣も共鳴して、星の囁きのような音を出していた。まるで、一緒に歌っているかのように。
繭の守り人の願いはきっと通じるだろうと、ウサギだった技師も赤毛の娘たちも、皆信じている。
白い塔の中は、いまや黒髪の人の切なる祈りで満ち満ちていて、皆の肌にびりびりと、その美しく深い波動が打ち付けてくるのだった。
ウサギであった技師は、しびれて引きつる我が頬を撫でながら、しみじみ呟いたものだ。
『ほんと、いい〈養分〉だなぁ』
塔の壁である〈金種〉を成長展開させるもの。それは神霊力、もしくは魔力と呼ばれる力である。
ウサギ技師も娘たちも黙っているが、塔の壁を育てている〈養分〉が何か、黒髪の人は薄々感づいているだろう。それもあって、己が魔力を全開状態で放出し続けているに違いない。
むろん、技師も少女たちも、せっせと壁に魔力を注いでいる。
つまりこの、光の糸まとう巨大な糸巻きのような白い塔は、クナに持たされた糸巻きと同じ。
皆の力の結晶。
繭を守りたいという願いの具現にほかならないのだった。
「呼び鈴つけてくれたのね。この薔薇模様、ほんと最高。さすがあたし」
朱色のスカートをはいた赤毛の少女は、うっとり顔で銀色の鈴の出来を自画自賛した。若竹色のスカートをはいた少女は、素直にその言葉を認めてうなずいた。
「ほんとね。ねえ、扉の自動開閉装置、どうしよう? 扉の下に埋めたいんだけど、地下階はないし」
「土台に埋めるしかないんじゃない? カノコが組み立てた掘削機を試してみたら? クチナシとヤマブキが持ってきた資材コンテナにも、その系の作業機械が入ってるかも」
「ファラディア出張組のか。わかった、見てみる。ありがとシュリ」
「あ……伝信かな? 今、水晶玉がぶるるって」
朱色のスカートをはいている娘は、しきりに点滅している水晶玉をスカートのポケットから出した。
「なにこの、いつになく激しい振動。緊急、伝信……? 赤妖精の全回線に発信してるみたい。大陸中にいるあたしたち全員と、おじいちゃんに向けて」
「あっ、あたしの玉にも、伝信が来たわ」
若竹色のスカートをはいた赤毛少女は、急いでスカートのポケットから自分の水晶玉を出した。
とたん、点滅する玉に息を呑む。
「発信者はモエギ? あの子、すめらの龍生殿で修行してたはずよね? 神獣の調整をしてて……って、うわ! 龍生殿が大変なことになったって……」
「ほんとだ。『ミカヅチノタケリが、宮処に出現した黒いものに奪われた』……『ミカヅチノタケリは、黒いものに操られている』……『黒いものとタケリは、大安に顕現』……なにこれ?!」
「なんだか、とんでもないことになってるようね。大安に顕現って……そうか、今朝、宮処の空が晴れたって情報が入ってきてたけど。それってもしかして、黒いものが大安に行ったせい?」
「タケリを操るなんて嘘でしょ……制御の大鍵を持ってる〈主人〉がいたはずよ。フノヒメミコとか呼ばれてる人が」
水晶玉をのぞきこむ赤毛の少女たちが、まさかそんなと表情を険しくしたとき。
付けたばかりの呼び鈴が突然、りりんと鳴った。
少女たちはびっくりして振り返り、扉のそばを凝視した。
「え?! なんなの?」
「なんで勝手に鳴ってるのよ?」
――「あ、あのすみません。僕が鳴らしました」
呼び鈴の前にぼんやりと、人の輪郭が浮かび上がる。
うっすらとした影のようなそれは徐々に色味を帯びていき、ついには確固たる男性の姿を現した。
金の髪をひとつにひっつめ、北五州の人が着るようなチュニックにくたびれた毛織りのマントを羽織っているその人は、はあはあと肩で息をしていた。
「僕は、ピリカレラ・サンテクフィオン。花売りです。僕の剣が、僕を守るために、透明化の術をかけてくれてました……それで、姿が消えてたんです」
塔の光を浴びて、男の金の髪がましろに輝く。今にも泣きそうな貌をしている彼の腕には、無残に折れた剣が抱かれていた。
真っ赤な目を持つ黄金竜が柄に象眼された、勇ましい剣の、なれの果てを。
「あの、すごく大きくてまばゆい塔を、この剣で消したあと、連れの人が消えてしまって……でもユーグ州の騎士たちが故郷まで送ってくれると仰って、船に乗せてくれたのですが……死にかけてる僕の剣が、どうしても嫌だと……もと主人が、この塔にいるはずだと……死ぬ前に、ひと目、会いたいと……」
「サンテクフィオン?」
「花売り? もしかしてトオヤの街の、サンテクフィオン? 剣の英雄の?!」
赤毛の少女たちが、折れた剣を見て目をみはる。金の髪の男は唇を震わせ、そうですとうなずいた。
「もうほとんど、北五州に入るところまで行ってたのに、剣は本当に、うるさくて……しかも、今まで吸い込んだ力でこの星を吹っ飛ばすとか、脅してきて……だから僕、騎士たちを説得して引き返してもらいました。この森の上空から落下傘で降りて、軍道を走って、ここにきたんです。剣が、会いたい人は、ここにいるって言うので」
男が抱きしめる折れた剣が、ちりちり鳴っている。
刃にも柄の部分も満身創痍だ。細かなヒビが無数に入り、今にも微塵に砕けてしまいそうだった。
「どこですか? 会わせてください」
金の髪の男は懇願してきた。崩してしまわないよう、がくがく震える腕でなんとか、折れた剣を支えながら。
「第二十五代目の剣の英雄は……青の三の星より来たりし聖なる剣、エクスカリバーの主人は、どこに、いますか?」
とりあえず中へ。
驚く少女たちが男を誘おうと、扉に手をつけたとき。
一階の広間からどよめきが起こった。
「始まった!」
ウサギ技師の叫び声が響き渡る。たちまち、赤毛の少女たちの顔が硬く引き締まった。
とたん。折れた剣がじゃりんとかすかな音をたてた。
「内側から繭が割れた! 羽化が始まる!」
花売りの腕の中で、剣の刃が光り出す。それはみるみる真っ赤に染まり、しゃんしゃんと音を出し始めた。
まるで、歌を歌い出したかのように。