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黒の舞師 ~身代わり巫女は月夜に舞う~  作者: 深海
五の巻 闇炎の黒獅子
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8話 かなしみの風

 なにやら、御殿の奥が騒がしい。

 詰め所で待機していた太陽の従巫女たちは、さわさわ燃える緑の鬼火が大勢、奥の拝謁所へ走っていくのに気づいた。

 茶会の席で、何かあったのだろうか? 几帳(きちょう)をよけて戸口に這い寄り、廊下をこそりとのぞくメイ姫を、座禅を組んでいるビン姫がぎろりと睨む。その視線におびえつつ、遠慮がちに様子を伺った幼い姫は、たちまちうろたえた。


「お、奥から、大姫様たちが帰っていらっしゃいますっ。緑の鬼火たちが、台座に載せて運んできてます。あ……月の大姫様は眠って……い、いえ、お倒れに、なっているようです…! ほ、星の大姫様も、気を失っておられますっ」


隣り合っている詰め所から、月と星の従巫女たちが鬼火に呼ばれて出てきたらしい。巫女たちは騒然と台座を取り囲みながら、先導する鬼火たちについていったようだ。


「ど、どこかで手当をお受けになるようですっ。気つけ薬を嗅がせるとか、鬼火たちが言ってます。ああ、なんて大きな鏡……! 鏡を抱えて、あとについていくのが、二体いますっ。あの、あの、でもっ」


 太陽の大姫様の台座だけ、帰ってこない―― 

 メイ姫の報告に、ミン姫とリアン姫はみるみる青ざめ、戸口に身を寄せた。二人は急いで、詰め所から出ようとしたけれど。そのとき、奥から戻って来た鬼火の一体がまっすぐこちらにやってきて、ぐいぐい部屋に押し戻してきた。

 

「太陽の従巫女たちに告げます。勅令が下されました。今すぐ、太極殿より去れとのことでございます」


 茶会は終わったのか。太陽の大姫様は、どうしたのか。

 ミン姫がたずねる間にざわざわと、別の鬼火たちがやって来た。控えの間に置いていた太陽の巫女たちの長持ちを抱えていて、どずんどずんと、ミン姫たちの前に投げ落としていく。


「ただちに、帰殿しなさい。黄金冠と聖朱衣(せいなるあけのころも)は、のちほど送り返します。陛下は追って、帝都太陽神殿に沙汰をお下しになられます。太陽の大神官たちに、そう復命しなさい」

「神殿にご沙汰を?! なにゆえに、ですか?」


 ミン姫はつとめて、いつもの冷静さを崩すまいとしたのだが。鬼火がなんとも恐ろしいことを告げてきたので、体が震えるのを止められなかった。

 

「太陽の大姫が、呪いの力で皇太后様を砕いたのです。大罪人は、月と星の大姫様によって、ただちに成敗されました。陛下は、忠誠(あつ)巫女王(ふのひめみこ)たちをお讃えになり、それぞれに、第一級の霊鏡を授けられました。そして、大罪人の罪深き体を微塵に刻み、猟犬たちに投げ与えよと、思し召しました。今、(みどり)衆の鬼火たちが、その勅令を執行しているところです」

「な……執行?!」

「しろがねっ……!!」


 そんな馬鹿なと、リアン姫は、緑の鬼火たちを無理やり押しのけて、廊下に飛び出した。ミン姫も、迷わずあとに続く。

 

「姫さま! なりませぬっ!」


 ビン姫が血相を変えて止めようとする。だが太陽の姫たちは躊躇せず、走りに走って、屋根のない拝謁所へ転がり込んだ。


「大姫様! なんということ! 大姫様!!」

「しろがね! どこなの!!」


花木の香りかぐわしい拝謁所には、燃え上がる緑の炎がひしめいていた。

みどり。みどり。みどり……あか。

(から)の玉座を戴く(きざはし)の下には、口にするもおぞましいものが飛散している。

不浄! 不浄!

所せましと集まっている鬼火たちは、口々に叫びつつ、凄惨な色に染まった地を焼き浄めていた。


「いやあああっ!! しろがね!!」


 砂糖を焦がしたような匂いに襲われて、姫たちは一瞬くらりとよろめいた。黄金冠のきらめきが見えたところに、リアン姫は我が身を投げこんだ。がむしゃらにもがいて分け入るも、その顔からみるみる血の気が引いていく。

 金糸輝く(ひとえ)や帯や袴が、その場で次々と、碧色の炎に投げ込まれて、焼かれている。二体の鬼火が(あけ)の衣をかかげながら、鬼火たちの群れから逃げるように離れていった。


「そんな! 衣をはぎ取るなんて! か、体は?! どこ!? どこなの?!」


 しろがねの娘の体は――鬼火の群れの中に埋もれていた。

 娘は微塵も動かない。ほんの少しも動かない……

 白い髪は地に流れ、か細い体は、腹から流れ出す、肌より白い甘露にまみれている。

 鬼火たちは、娘のしん着を容赦なくはぎ取ったところだった。

 鬼火のひとりが、娘が細首にかけていた小さな布袋を引きちぎり、衣を焼く炎の中に放りこんだ。

 ましろのきらめきが、碧の炎からパッとあがる……


「それって、しろがねが大事にしてた……! だめ!! だめよ!!」


 娘の胸の上に何かある。次々と衣をはがしていったときに、そこにころげ落ちたのだろう。鬼火は真っ赤なそれも拾い上げて、炎の中に投げこもうとした。


「糸巻き……!! やめて!! 焼かないで!!」


リアン姫はとっさに、神霊の気配をおろした。

焼かせるものかと歯を食いしばり、渾身の力をこめて、突風を巻き起こす。

うっと怯んだ鬼火の手から、赤い糸巻きが離れた。まっかな糸を伸ばしながら、それは動かぬ娘のそばに転がり落ちた。


「離れて! しろがねから離れなさい! こんなの嘘よ! 嘘よおおおっ!!」

「リアン様っ!!」


 ミン姫も、躊躇なく加勢した。

 どずんと重い神霊の気配をおろし、いきなり、強力なつむじ風を起こす。

 たちまち、しろがねの娘の体から鬼火たちが引きはがされ、四方へ吹っ飛んだ。


「何かの間違いです。これは、何かの間違いです!!」


 しろがねの娘が、たれかを(あや)めるなど。少しでもこの娘を知る者ならば、絶対ありえないことだと断言できるはず。大罪人にされるなんて、ありえない。しかも、命をとられてもなお、恐ろしい罰を受けるなんて。それは苛烈にすぎるだろうと、二人の姫は義憤に燃えた。

 せめて体だけは、五体満足のまま神殿へ運び、弔わなければ。舟の棺に入れて、天へ送らなければ。

 その一心で、姫たちは涙で頬を濡らすにまかせながら、風を起こし続けた。


「姫さま! 勅令に従ってくださいませ! こうなっては、仕方ございません!」

「ミンさま! リアンさまっ! こ、こんなことしたら、まずいです……!」

 

 ビン姫とメイ姫の叫びが、陽光まぶしい拝謁所に差し込んでくる。しかし太陽の姫たちは、おのが想いを貫いた。

 

「従うことなど、できません!」

「しろがねの体は、渡しませんわ!! 離れなさい! この……この……!!」 


 だてにすめらの星を務めてはいない。リアン姫は風を刃のように研ぎ澄まし、思い切り、鬼火たちに叩きつけた。

 ぱっと、緑の炎があたりに飛散する。まばゆい散華があちこちで起こったが、内裏勤めの鬼火もまた、アオビと同じ特性を持っているらしい。砕かれる瞬間に分離して、あっというまに頭数を増やしてきた。


「リアン様、こやつら消せません! 急いで退避を!」

「メイ! ビン様! あたくしたちがけん制している間に、しろがねを抱えて、逃げて!」


 おろおろすすり泣くメイ姫は、急いで言われたとおりにした。ビン姫も唇をわななかせながら、渋々従う。しかし。緑の鬼火たちは逃すまじと、神官も顔負けの、力ある祝詞(のりと)を唱えてきた。


 鏡 鏡 偉大なる鏡よ

 なんじの子らを いましめたまえ


とたん。太陽の姫たちは下腹を抱えて、その場にしゃがみこんだ。


「な……は、腹が……?!」

「あ、熱、い……!」


 襲ってきたのは、耐えがたい痛み。神おろしなどしていないのに、突然、姫たちの神霊玉が燃えだしたのだった。


 鏡よ 鏡よ いましめたまえ


 なぜ突然、祝詞(のりと)に反応して、体内の玉が暴れ出したのか。姫たちはわからぬままに、七転八倒した。びゅんびゅんうねる風が。神霊の気配が。みるみる薄まっていく。

しかし二人は、友たる娘の体を守ることをあきらめなかった。二人は必死にまっしろい娘のもとへ這い寄り、その体の上に倒れこんだ。

 死した娘の体を動かそうと腕を引っ張っていたメイ姫が、リアン姫に巻き込まれ、その下敷きになる。


「きゃああっ! リアンさま! 重いです! 」

「姫さま!! し、神霊玉が暴れ出したのですか?! まさか鏡様がお怒りに!? 姫さま!!」


 愛弟子の危機を見て取ったビン姫が、動いた。

 炎を吹いて姫たちを焼こうとする鬼火の前に飛び出し、得意の結界をおろす。それでひとしきり、すさまじい火炎を防いだものの。彼女もまた、にわかに腹を抱えて、姫たちの上にくず折れた。


 鏡よ 鏡よ いましめたまえ


「な、なんという、こと。鏡様が……神が……我らに、罰を……!」

「び、ビンさまああああっ!!」


 リアン姫の体の下から、メイ姫が絶叫した瞬間。緑の炎が、姫たちをかばう老女を焼いた――


「ひめさ……まっ……」

「いやあああっ!!」


 幼いメイ姫は、恐怖におののいた。

 鬼火たちが、全身ぶすぶす焼けこげて倒れたビン姫を、太陽の姫たちから引きはがす。

 四方八方、緑の炎。逃げられる隙間など、どこにもない。

 みんな焼かれる。燃やされてしまう――幼い姫はもうだめだと、ぎゅっと目をつぶった。


「うらああああああああ!!」


 そのとき。

 

「あああああああ!!」


 すさまじい怒声があたりに轟きわたり。


「やった! とっぱした! ぬけられた!!」


 大きな風の渦がぐるぐると、はるか後方から転がり込んできた。


「え? えっ?!」


 メイ姫の目に映ったそれは、ただの風ではなかった。ぞっとするほどまっ黒で、生き物のようにうねっていて。ばちばちばりばり、あたりに雷のような細い光を放っていた。

 

「あまいやつ!! おれの、あまいやつ!! どこだ!!」


 飛散した緑の炎が、みるみる縮まっていく。鬼火たちはぐっと力をためこみ、分裂しようとしたのだが。闇色の風からいきなり突き出てきた黒い手が、鬼火の種を乱暴につかみ取った。

 ぶちりと、燃える緑の核が焼きつぶされて。砂のように、ちりちり砕け飛ぶ。


「ちくしょう! どうなってる!? なんでこんなに、みどりのやつがむらがってるんだ! くそばばあ! せつめいしろ!!」


 闇夜の風の中から、その手の主が飛び出してきた。

真っ黒くて角を生やしたそれは、増えようとする鬼火を次々、こっぱみじんに握りつぶしていく。

 みるみる、あたりから緑のひかりが消えていく……


「くそばばあがおれをさけなかったら、あまいやつをごえいできたのに。ごしょのけっかいに、はばまれることなんて、なかったのに! やっととっぱして、なかにはいれたとおもったら――――

 う……!? くそばばあ!?」

「い、いままで、御所に入ろうって、がんばってた、の?」

「あ……ああ……?!」


 影の子にたずねかけたメイ姫は、ひいいと頭を抱えて震えあがった。

 姫たちの下に埋もれている、白いもの。動かぬ娘を見つけた影の子が、ごうごうと、地を揺らして吠え猛ったからだった。

 あたかも、たてがみを逆立てた獅子が、咆哮するように。


「あまいやつが! おれの、あまいやつが……!! うそだ! そんな!! うそだ!! うそだあああああああっ!!」


 その轟音に耐えきれず――地が割れた。

 まっ黒い少年の足元から、深いひび割れが広がっていく。大地が、左右に離れていく……


「うそだああああああ!!! うああああああ!!!」

 

 リアン姫の体の下から、幼い姫はおののきながら、怒れる影の子を見つめあげた。

 もはや……緑の炎はかけらもない。

 広がる亀裂は深く深く、地を穿っていった。

 黒い塊の絶叫は、空の玉座を戴く御殿を激しく、揺らし続けた。

 そこにあるものを何もかも。呑み込むように。





 

 ああ……なんて苦しかったのだろう……

 ふっ、と意識を取り戻したクナは、大きく大きく、安堵のため息をついた。

 息が詰まって、腹が燃えるようで。誰かの嗤い声が、しきりに聞こえていた。

 愚かだとか。哀れだとか。当然の報いだとか。それはひどく罵ってきたけれど。


(大丈夫。もうどこも、痛くないわ)


 きたる きたる まぶしいひかり

 ひとめみれば そうとわかる 

 そのこがそうだと たましいがきづく


 妙なる和合が聴こえてきたので、クナは首を傾げた。

 おのれが起こした風は、すっかり止んだはず。三色の衣は歌をやめたのに。また、彼らの声が聴こえてくるなんて。


(どういうこと?)


 あたりの気配を探ろうとしたら、体がふわりと浮いた。

 いや、手足が……ない。ああこれは、体ではない。光の精霊につながれた、魂ではないか?

 きらきらさらさら、周りに、光の粒からなる渦が立ちのぼっている。

 幾本もあるそれは空に向かって飛び、散り散りになって消え失せた。

 

(うそ! 精霊の鎖が、消えちゃった?)


 それはまずいと思ったとたんに。クナの魂は高く高く、空へ舞い上がった。

 

(ああだめよ! 体から離れたら、戻れなくなっちゃう)  


 慌てて下に降りようとするけれど、自由がきかない。みるみる、霊視の世界が四方に広がりゆく。

 輝く光と影が、あらゆるものを形作る。

 巨大な山。輝く河川。

 そして下にあるのは……真っ黒いものに取り巻かれた、大きな建物。陛下がおわす太極殿なのだろうが、黒いあれはなんだろう? 大蛇のようにとぐろを巻いて、御殿を締め付けている……

 なんておどろおどろしい。見たとたんにおぞ気が走る。体は、あの中にある。でもこわくてたまらず、クナはそこに戻りたくなくなった。


 ひかり ひかり ひかりがきたる


 衣の歌声が、すぐ近くで聴こえる……

 まさかこんな上空に、衣があるはずがない。驚きながら見渡すと、きらきら輝くかたまりが、すぐそばに浮かんでいた。

 ひとつ。ふたつ。みっつ。

 心なしか、人の形をとっているように見える。

 

(あなた、たちは。まさか……)


 みよ


 ほのかに赤い輝きの玉が、クナのもとにそっとやってきた。


 みよ わがはらからよ

 ひかりがきたる


 輝きの玉が、はるか彼方を指さす。きらめく河の、そのまたむこう。

 天照らし様が沈みゆく方角を。

 空と大地があわさるところを見たクナは、愕然とした。

 

(ほんとうだわ。光がある。天にのびる、光の……柱!)


 見つめればきっと近づける。そう思って視線を向けたのに。クナの魂は、あらぬ方向へと飛んだ。


(上に?! 待って! あたし、あそこへ行きたいの!)


 山脈とさして変わらぬ高さの光の塔より、もっと高く。クナは一直線に、白い雲の中に入った。

 光の塔のもとへ行きたいのに、魂はなぜか上へ上へと昇っていく。

 

(このまま昇ったら、天河にいっちゃう? じゃあ、あたしは――)


 まさか自分は、死んでしまったのだろうか?


(だめ! まだ天へは、行きたくないわ……!)


 白い雲が薄れゆく。またたきの星が見えてくる。漆黒の海にたゆたうきらめき。

 天河が、すぐそこにある。

 ああ、呑まれてしまう――そう思った瞬間。クナはぐいと、下に引っ張られた。


 いくな はらから


 ほんのり、燃えるような輝きの玉が、クナにぴたりとひっついてきた。


(あけ)の、衣さん……!)


 もうひとつ。うっすら寒々しい輝きの玉がついてくる。それからもうひとつ。最後の玉は、雲のような、しろがねの輝きを放っている。


(蒼き衣さんと白の衣さん!)

 

 しろがねのごとき輝きの玉が、ほかのより小さく見えるのは。もしかして、衣になってまもないせいだろうか?

 

(あなたたちは……三色の衣の御魂?)

 

 クナ タルヒのむすめ

 

 ましろの玉が名前を囁いてきたので、クナはびっくり。まじまじと、その輝きのかたまりをみつめた。


(母さんの名前を……! じゃあこの御魂は、繭糸を出した人の……!)


 みんなとらわれている でも ひかりがきたる 

 だからみんな すくわれる


 じっと聞いたら、その声には聞き覚えがあった。姉のシズリの良人(おっと)となる人にはたしか、弟がひとりいた。クナと同じぐらいの年だったはずだが、シガと同じく、成長をはやめる薬を飲まされたのだろうか。そして、繭糸をとられたのだろうか……


 タルヒ

 タルヒ


 燃えるような玉も寒々しい玉も。母の名前を繰り返した。

 

 しろがねの タルヒ

 いだいな タルヒ

 

(みんな、母さんのことを、知っているの?!)


 つきのおおひめ タルヒ

 やさしきよげんしゃ

 りゅうちょうのみかどの かしこきむすめ


 帝の娘? あの母さんが?

 驚くクナは、ましろの雲間からどんどん引き下ろされた。クナの魂はあっというまに、望むところへ運ばれた。

 そこは遠い東の果て。鏡をたくさん並べたような大地があるところ。すなわち、あまたの湖がたゆたっているところ。天に届くかと思われるような光の塔が、そこを横断している。なんともおそろしい速度で、するすると。

 地を滑る柱はまもなく、まっくろい影となってみえる、大山脈に行きつこうとしていた。


(やっぱり、あの子だわ。神獣だっていう子。九十九(つくも)さまの……御子!)


 柱は以前みたときより、はるかに巨大になっていた。太さも高さも、本物のお山のよう。

 よくよく見れば、長い髪を打ち垂らし、すその広い衣をまとっている人のように見える。それが長くなびいて、お山のような形を成しているのだ。

 しかしてっぺん近くにある顔は、よくわからない。

 男なのか、女なのか。わらっているのか、泣いているのか。まぶしすぎて、表情が読み取れない。

 額のところに冠のようなものがある。その中央に大きな宝石のごとき結晶があり、赤子のように丸まった人の影が見えた。


九十九(つくも)さま!!)


 光の巨人は、もっと大きくなろうと、獲物を探しているのだろうか。しかしあたりには、狂暴化した鬼火たちが一匹もいない。不思議なことに、さほどの地響きもなく、足元の森林が揺れたり潰れている様子もない。


(浮いているの?)


 光の塔が、お山にとりついた。昇るのかと思いきや、なんと塔はそのまま、山の中をすりぬけた。まるでそこになんにもないかのように、まっすぐお山を貫いて、どこまでも平らな大地に出ていく。

 中を通られたお山はしかし、まったく無傷だった。その巨大な三角の影は、穴があくことも崩れることもなく。まったく変化していない。


(どういうことなの? まるで、同じところにいないみたい……!)


 みよ タルヒのむすめ

 とまらない ひかりはとまらない 

 すがたをけしても とまらない


 三色の衣の御霊たちが、また歌い出す。陽の光を浴びながら、高らかに。


(姿を消しても? それってどういう意味? まさか、あたしたちの世界には、いないってこと? でもたしかにこのまま進んだら……ずっとずっと進んだら……すめらに行きついてしまうわ)

   

 なみだ さけび

 ねがい うめき


 たいようが つきが ほしが なげきをすいこむ 

 たいようが つきが ほしが かなしみをはきだす

 

 ひかりがきたりて すくわれる

 あわれなりゅうちょうたちは すくわれる

 すめらはほろぶ せかいにもどった、ひかりのなかで

 やきつくされて ほろびさる


(まって、それは……!)


 衣たちの歌声に、クナはハッと固まった。


(光の巨人は今、世界から消えている……だからお山を、すり抜けたのね? でもまた、この世に戻ってくるの……?)


 タルヒのむすめよ よろこびのこえをきけ

 すめらはほろぶ せかいにもどった、ひかりのなかで

 まことのみかどが よみがえる


 なにもかも滅ぶなんて。塔自身はたぶん、そんなことは望んでいないだろう。でもこの無知な巨体は、小さな人間のことなど、考えてはくれるまい。

 いったい、どんなからくりで消えているのか分からないけれど。もしこの世に戻ってきたら、村や町や都があることなど、気にも留めずに進んでいって……最後はどこへ?

 

(まさか、宮処(みやこ)に来てしまうの? このまま、止まらなかったら……来てしまうの?)

 

 クナは呆然と、進みゆく光の巨人をみつめた。

 

(どうしよう。止めなくちゃ……たくさんの人が、死ぬ前に……!)



 

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