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黒の舞師 ~身代わり巫女は月夜に舞う~  作者: 深海
五の巻 闇炎の黒獅子
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7話 奇跡の風

「あら。今なんと、仰ったの?」


 真正面から、ほほほと嗤い声が飛んできた。

 皇太后様は、なぜか楽しげだった。クナがとんでもないことを言い放ったのに、まったく動じない。困惑の色も、怒りの色も、その声に少しも混ぜてこなかった。

 

「皇太后様、あたしもみなさまと同じく、鏡の声を聴きました」


 神おろしの祭壇に置かれていた鏡。あれも、力ある何かであることは確かだ。かしこみ、(おそ)れるべきものの一種なのだろう。

 でも……


「鏡のことばをすんなり口にしていれば、お腹が燃えて苦しくなることはなかったのでしょう。でも、あたしは言いませんでした。なぜならそれは、天から降ってこなかったからです」


 自分の声がりんと、あたりに響き渡るのを、クナは聴いた。


「あたしは、太陽の巫女王(ふのひめみこ)です。すなわち、天照(あめて)らしさまの御言葉のみを、伝える者。そうではないものの言葉を、口にするわけにはいきません!」

 

 クナの左に座す星の御方がうろたえて、かすかな呻きを漏らした。まるで、悪いことをしたと責められでもしたかのように。

 右に座す月の御方は、いらだたしげなため息をついてきた。

 陛下は沈黙している。吐息は規則正しく、感情が(たかぶ)っている気配はない。

 皇太后様は気味が悪いほど朗らかに、クナの言葉を受け止めた。


「太陽の大姫様は、職務に大変真面目なようですが。大きな勘違いをなさっているようですね。帝室の大鏡が仰る言葉は、まこと、天の神々の御言葉なのです。大鏡は天の様相を映し込み、そこから神意を読み取ります。それをすめらの言葉に翻訳し、巫女王の体内にある神霊玉に、伝信するのです」


 天の息吹が言葉に直される? 一体どういう仕組みで? ある音の波動を受けたら、この文字をあてるとか? 

 どんなからくりであるにせよ。すめらの言葉に直される(・・・・)ということは、そこに鏡の力が加わっている、ということに他ならないのではないか?


「おそれながら。鏡が訳した言葉は、もはや、ほんものの御言葉とは、いえないのではないでしょうか」


 クナがそう言うと、皇太后様はさもおかしなことを聞いたように、ぱしりぱしりと何かを叩いた。おそらく扇子を、畳の台座に打ち付けたのだろう。


「あらまあ、なんということを。太陽の大姫様、それを仰るなら、そなたも鏡と同じではありませぬか? そなたも天から聞いた音を、みなが知っているすめらの言葉に直した(・・・・)のでしょう?」

「あ……それは……」


 ハッとするクナの胸元に、皇太后様の問いが突き刺さった。


「たった六(ろう)の未熟なあなたと、いままで何十世紀ものあいだ、神の言葉を伝えてきた聖なる鏡。どちらが、神の御言葉を正しく読み取れるでしょうか? その答えは、明白ではありませぬか?」


 かたかた、星の御方の菓子膳が震える。いますぐ謝罪を。抗ってはだめ。そんなつぶやきが、クナの耳に入ってくる。哀れなぐらい慄いている御方は、クナを助けようと思ってくれているようだ。

 しかしその弱弱しい気配は、月の御方の、烈火のごとき叱責にかき消された。


「なんという不遜! なんという無知! 大いなる鏡の言葉を拒否するなんて、ありえませんわ。太陽の者はやはり、傲慢極まりないですわね!」

「でも月の大姫さま、あたしが聴いたのは、ほんとうに――」

「おのれの力だけで、神託を得る? そんなの真っ赤な嘘に決まってますわ! 五十(ろう)を越えたわたくしでさえ、いまだかつて、月女さまの御声を直接、聴いたことはございませんのに!」

「え……?!」

「大鏡がなければ、ただの人たるわたくしたちが神託を聴くことなど、できませんもの!」 

 

 月の御方には、月女(つきめ)さまの御声が聴こえなかった? 

 いや。そんなはずはない。だって月の御方の聖なる衣は、今も囁いている。日の光を浴びて、ざわざわとなんだか悲しい音をたてている。昨夜、月の光を浴びたときも、聖白衣(せいなるしろのころも)は歌ったはずだ。

 永らく大姫の位にありながら、月の御方はいまだ知らぬというのか。

 神おろしをする三色(みしき)巫女王(ふのひめみこ)が、なぜ、龍蝶の繭糸で織られた衣をまとうのか。


(あたしは気づいた……今日、いまこのとき。星の御方も、きっとご存知だわ。だって、聖衣の泣き声を聞いたんだもの)


 クナが月の御方に、そのわけを説明しようとしたとき。


「鎮まれ」


 ぱんと、真正面から手が打ち合わされた。クナは言葉を呑み、急いで膝を折ってかしこまった。月の御方も楚々と居住まいを正す。

 命じたのは、すめらを統べる陛下だった。竜顔から発せられるまなざしが、まっすぐ矢のように飛んでくる。大翁様と同じく、なにかの眼力をお持ちなのだろうか。そう感じるぐらいその視線は強くて、クナの頬をじっとり撫でてきた。


「天啓を語る大鏡は、永きにわたってすめらの王朝を支えてきた。これを疑い、その言葉を拒否するは、すめらに対する反逆と同義である。四百三代目の、太陽の巫女王(ふのひめみこ)よ。朕は、おまえを知っている。おまえは……いっとき朕のそばで暮らした者。朕はそれを覚えている。その顔。その声……」


(そうよ。あたしは数か月、あなたと暮らしたわ。シガと一緒に三人で。陛下、どうかシガのことも思い出して……!)


 クナは心の底から念じたけれど。陛下の玉音は石のように硬く、冷たかった。


「その匂い。朕は覚えている……忌まわしい、甘い匂いを」

「いまわしい? そんな、陛下――」

「罪深き者よ。昨日おまえが口にした言葉は、天の声であったと、証明して見せるがよい。真実、天照(あめて)らし様の御言葉であったのであれば、慈悲を与える。未熟であるがゆえに、神託を聞きまちがえた(・・・・・・・)のだと判じてやろう」


 クナの心はみるみる萎んだ。どうあっても、シガはいけにえにされてしまう運命なのだろうか。

 やはりこの陛下はおかしい。シガを妃にしたいと囁いていた人ではない。鏡の力で正気に戻ったと、鬼火たちは言っていたけれど。これでは、鏡におかしくされたとしか思えない……

 

――「今すぐ謝罪を! まだ間に合います……!」


 (おのの)く星の御方が、ひそひそ促してくる。


「黄金冠をとって足元にお置きなさい。自ら位を辞すれば、お赦しが下ります」

「いいえ……いいえ! 大丈夫です。あたし、できます。証明できます」


 クナは首を大きく横に振り、再び立ち上がった。

 深呼吸を一回。おのれを奮いたたせるべく、胸を張り、精いっぱい微笑む。


「仰せの通り、いまから証明します。どうか目をこらして、見てください。どうか耳をすまして、聴いてください」


 ここが露天の拝謁所でよかったと、クナは運命に感謝した。

 できる?

 ええ、できるはず。南中ではないけれど、きっと大丈夫。天照(あめて)らし様は穏やかに、光の手を地に注いでいる。クナの脳天や頬を、優しく焼いている。

 

(そうよ。感じてもらうのよ。あたしが聴いたものを、あたしが視たものを、陛下やみんなにも。母さんが、あたしにしろがね色を、視せてくれたように……!)


 かつて何回、糸を鳴らしても。どんなものを叩いても。母さんの真似はできなかった。

 でも。今ならできる――


「お願い。また一緒に舞ってください。(あけ)の衣よ!」


 菓子膳をそっとよけて、クナは茶席の前へ出た。

(きざはし)までは、十分に空間がある。そのことを確認して、もう一度深く息を吸う。

 今度は自然に、微笑みが浮かんだ。


(思いっきり、舞えるわ!)


  


 

 まさか日を置かずに神おろしをすることになるとは、思わなかった。 

 だが、やるしかない。幸い、舞うことならば、なんとかなる。

 手を広げ、凪の型を取る。それからゆるりゆるりと腕を薙ぎ、そよ風へ。

 たちまち、魔法の気配が降りてきた。ふわり、ふうわり空気が揺れる。

 神楽の音はないから、拍子が取れるか不安だけれど。音がなければ、出せばいい。

  

『指先触れれば あなたとわかる』


 口をついて出たのは。


『あなたがそうだと 魂が気づく』


 月が輝く晩に、母が歌ってくれた歌だった。


 『ふりそそぐは 白き炎

 御子を抱きし しろがねの腕』


 その声に、朱の衣が応えてくれた。

 しゃん。りん。しゃん。りん。聖なる衣が鳴り響く。日の光を浴びながら、高らかに。

 みるみるあたりに、風が起こる。渦巻くそれは、つむじ風。クナが腕をひと薙ぎするだけで、風がくるくる、激しく回る。もっともっと風を起こそうと、クナはおのが体を回転させた。

 ひゅんひゅんりんりん。しゃらりんりん。聖なる衣が合わせて歌う。日の光を浴びながら、かろやかに。 

 

(歌って。もっと、歌って。みんなに、あなたの声が聴こえるように!)


「なんですの? この奇妙な音は」

「無茶です……! 昨日、おろしたばかりなのに」


 背後にいる巫女王(ふのひめみこ)たちの声が、風に煽られ舞い上がる。

 風よ。もっと。もっと。もっと……!


(吹き荒れて!!)


 がちゃちゃと、菓子膳が倒れる音がする。つむじ風の勢いで、席が乱れたのだ。

 けれどもクナは構わず、風の力を思い切り強めた。

 しゃらしゃらりんりん。ひゅんりんりん。

 風の渦が速くなっていくとともに、おのれが歌う歌がとぎれとぎれになってくる。

 息が切れてきたけれど、大丈夫。まだ歌える。まだ……。


『ひと目見れば その子とわかる

 その子がそうだと 魂が気づく』


 無我夢中で舞い歌ううち。母の歌はいつしか、黒髪様が歌ってくれた歌詞に変わっていた。


『心をば焦がす恋の炎 その身をば焦がす聖なる炎』


 大丈夫。まだ、歌える。まだ、舞える……


『灰と成り果てし我が身こそ 灰を潰した子の寝床

 とこしえの波は 慈悲のかいな いにしえより揺れる 水の揺り籠

 泣いて沈みし 眠りの子 名を失いし炎の子よ

我が名を思い出し 唱え給え――!』


(レナンディル! レナ! 黒髪さま! あたしに、勇気を。舞う力を!)


 歌詞の通りに、クナは唱えた。今一番そばにいてほしい人の名前を、心の中で。

 呼んだら影の子がいますぐ、駆け付けてくれる。そんな気がしたからだった。 


「な、なんですの?! この舞は、一体?!」

「大姫様の体が、浮いて……!?」


 巫女王(ふのひめみこ)たちが、風から逃げようと席から下がる。その気配を感じながら、クナは、花音(かのん)の風を周囲に打ち放った。


(風の道ができたわ。さあ、天へ――!!)


 風がクナの体を舞い上げる。高く、高く。天の高みへと。

 こおう、おうおう。飛天となったクナを包む聖なる衣が、猛々しく叫ぶ。


「聴いてください! この音を! この声を!」


 クナは天に手を差し伸べ、陽の光を求めた。


「これこそ天照らし様の、御声です!!」


 光に焼かれる衣がうなる。囂々、煌々、すさまじい声で叫んでいる。その叫びが、クナが押し広げた風に乗って、あたりに響き渡る――

 その瞬間。不思議なことが起こった。クナの背後からも、歌声が聞こえてきたのだ。

 ひゅうひゅうりんりん。きららしゃらら。

 それは。巫女王(ふのひめみこ)たちの衣の音だった。


 

 ひかり

 ひかり まぶしいひかり



 月の御方の聖白衣(せいなるしろのころも)も。星の御方の聖蒼衣(せいなるあおのころも)も。クナの風に吹かれて、歌いだしたのだ。声を合わせて、高らかに。



 きたる きたる まぶしいひかり

 ひとめみれば それとわかる 

 そのこがそうだと たましいがきづく



「な……なんですのこの歌声は?!」

「和合しています……! 三色の衣が……!」


 月の御方が息を呑む。星の御方も呆然としている。

  

「なんて、美しい声……!」



 こころをばこがすこいのほのお 

 そのみをばこがすせいなるほのお

 それはひかり まばゆいひかり 

 てんにむかってそびえたつ……!


 

 美しい唱和があたりに渦巻く。風の中心にいるクナは、地に足をつけた。回転を止めてもなお、三色(みしき)の衣たちは歌っていた。風がすっかり収まるまで、おごそかに。


「うそ……こんな……」


 それはクナにもまったく予想外のことだった。(あけ)の衣の声をみなに聞かせたい。その思いがよもや、白や蒼の衣にも届くとは。まさか一緒に歌ってくれるとは……


「陛下……お聞きください!」


 床に手をつき、肩で息をしながらも。クナは真正面に顔を向けた。


「あたしは昨日、日の光を浴びた、(あけ)の衣が出した音を、聴きました。その音はさっきみたいに自然と、ことばになりました。龍蝶の繭糸には、天の声を伝える力があるんです……!」


 月が輝く晩。母さんは糸を使って、しろがね色をみせてくれた。

 あの糸はきっと、龍蝶の繭糸だったのだろう。

 あのとき、月女(つきめ)様の光をとらえた糸が放った音は、ちゃんとした言葉には聴こえなかったけれど。それは織りなされた衣ではなくて、たった一本の糸だったからだろうか。それとも、クナが未熟だったせいなのだろうか?

 だが間違いなくあれは、神おろし。母さんはクナに、月女さまの声を、聴かせてくれたのだ。


「陛下にも、聴こえましたよね? 天照(あめて)らしさまは、昨日と同じことを仰いました。ひかるがくると。あたしの衣だけじゃない、ほかの巫女王さまの衣も一緒に――」

「うあああっ……!」


 突然、がたたと、玉座をかこむ几帳が倒れる音がした。真正面から苦し気な呻き声が聞こえてくる。


「うう……! ここは……うつつか? まだ、夢の中か? うつくしい音……雅なる歌が……ここはどこだ……なぜ巫女王(ふのひめみこ)たちがいる? シガは、どこ、だ……?」

「陛下?!」

「うあああ!? 痛い。痛い! やめろ! 叫ぶな……!」

「陛下。しっかりなさいませ」

 

皇太后様が動く。玉座から転げたらしい陛下に近寄ろうとしたようだが、その気配は短い悲鳴とともに、陛下その人にはねのけられた。触れるな、あっちへいけと割れた玉音が放たれる。


「ううっ! 腹が……腹が熱い! も、燃える! ここは、まだ夢のなか、なのか? うつくしい、歌声によばれて、やっと、目覚めたと思った、のに……なぜ、聴いてはいけない、のだ? なぜ、そう命じてくる? 腹の中で、なぜ、暴れる……?! し、シガは、どこ、だ」

「いけにえに、されようとしています!」


 クナはとっさに叫んだ。


「どうかお慈悲を! 皇后昇位にふさわしいいけにえは、他にあります! 陛下、どうか――」


 陛下のもとへ駆け寄りたかったが、大技をくりだした体はもはや、いうことをきかなかった。がくりと膝が折れ、少しも力が入らない。肩がひどく上下して、激しい咳が襲いくる。


「いけ、にえ? 皇后? なんの、ことだ? ぐうう、腹が……熱、い……」

「陛下?! お腹が燃えているのですか? まさか……神霊玉が、体の中に?!」

――「何を驚いていますの? 当然でしょう?」


 皇太后様の冷たい高笑いが、クナの頭に降ってきた。

 

「すめらの帝は、すべての神官族の頂点にある者。大祭司なのですから。神霊玉を呑んでいるのは、当然のことです」

「陛下! なんとお苦しそうな」

「ま、まさか、今の神おろしの歌声が、お体に障ったのですか?!」


 月と星の御方はすっかりうろたえている。おじけづいて、(きざはし)に近づこうとはしない。七転八倒し、さらに几帳や茶の膳を倒して、陛下はどうと床に倒れた。

 しかし皇太后は少しも動揺せず、吐き捨てるようにつぶやいた。


「全く情けないこと。いったい何度、鏡の制御を受けたらまともになるのかしら」

「制御……!?」

「あら? 声に出しては言わなかったはずだけれど。太陽の大姫様は、耳ざといのですね」


 みしり。みしり。玉座を戴く(きざはし)から、皇太后様が降りてくる。

 ゆっくり近づく足音は、疲弊して動けぬクナの前でひたりと止まった。


「聖衣の歌声。たしかにみごとでした。大変美しい歌声でした。まさか本当に、天の声をおろせるとは。予測計算(・・・・)に少々、手違いがあったようです」


 認めていただけるのですかと、クナは倒れた陛下の様子を気にしながら問うた。

 皇太后さまは、ええ、と答えてクナの肩に手を置いてきた。


「認めましょう。そなたは、鏡の言葉を聞く必要のない者。まことの巫女王(ふのひめみこ)であるのですね」


 つうっと皇太后様の手が、下へ降りていく。


「実に、大儀でした。具合のお悪い陛下に代わって、わたくしが慈悲を与えましょう」

「……っ!?」


 分厚い(ひとえ)の重ねが、みきみきと音をたてる。

刹那。信じられぬものが――鋭い刃のようなものが、ものすごい勢いで(ひとえ)に食い込んできて。


「ぐ……あ……?!」


クナの腹に、深々と突き刺さった。


「体内にある神霊玉を、取ってさしあげますわ。ほほほ。そなたには、必要のないものでしょう? 大いなる鏡の言葉を無視する、そなたにはね」  

「あ……う……!」


 がふりと、口から甘い液体があふれでる。かぐわしくて甘い龍蝶の血が、喉の奥からとめどなく、こみ上げてきた。臓腑を潰すかのように、鋭いものが腹を抉り、激しかき回してくる。


「……! ……! ……っ!!」


 声さえも上げられず。クナは激しく痙攣した。


「ああ、大姫様……! だから逆らわないでと申し上げたのに……!」


 星の巫女王(ふのひめみこ)の囁きが、クナの耳に飛び込んでくる。

 ずるりと、鋭いものが腹から抜けた。そのとたん、クナの体は、どうっと前のめりに倒れた。

 もはや口からだけでなく、穴の開いた腹からも、甘い匂いの立つ血が流れ出している。絶え間なく湧き出す泉のように、みるみる血だまりが広がっていく……

 にわかに。みしみしと、皇太后様の体が変な音を立て始めた。

 

(あ……これ、は……くろかみ、さまの)


 前にも聞いたことがある音だと、クナが思い出した、その瞬間。けたたましい嗤い声が降ってきて。


「ほほほほ! うっかり素手(・・)で、加護がついているとかいう体に、触れてしまいましたわ。この女(・・・)は、もう使用できませんわね。次は、皇后に乗り移る(・・・・)ことにしま――」

  

 言い終わらないうちに、皇太后様の体は、破裂した。鈍い音を立てながら、その体は砕け散り、あたりに飛散した。木っ端みじんに――


 

 二人の巫女王(ふのひめみこ)の悲鳴が、露天の拝謁所に満ち満ちた。

 陽の光が燦々と、凄惨なる茶席の上に降り注ぎ、意識を失ったクナを優しく焼いた。

 あたかも。母の腕で包み込むように。

 





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