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紅朱狂奏曲  作者: 凪未宇
~第壱話~ sickness & bell
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壱ノ四

 若い隊士達が、障子を開けたまま座敷で小さな宴席を開いている。

 今宵いは月が美しい。

 誰ともなく誘われるように集まり、気がついたら宴席が出来上がっていた。

 こうして簡単に人が集まるのも、この隊のいいところなのだろう。

 沖田は足取り軽く、屯所に戻ってきた。

 正門から自分の部屋に向かい真っ直ぐ。中庭を、嬉しそうに横切っていく。

 そんな沖田の姿に気がついた原田が、座敷から顔だけを覗かせる。


「沖田、お前も付き合わないか?」

「お疲れ様です、原田さん。折角ですが、お酒はちょっと……」


 そう断りかけたとき、鈴華の言葉を思い出す。背負っているものを忘れ心から笑ってみてもいいと、そう彼女は言ったのだ。

 沖田の胸がじんわりと温かくなる。


「……でも、飲まなくてもよければお付き合いしますよ」

「おぉ、そうか飲むか。早くこい。俺の最新の腹芸を見せてやるぞ!」


 原田は豪快に笑い、手招いた。

 既に徳利などが転がる中、若い隊士達が盛り上がり騒いでいる。


「あ、沖田さん!」


 まったく予想外だった沖田の出現に、他の隊士達が驚きざわめく。それは永倉も同じだ。

 今までこういった宴の席などには、顔を出すようなことは一度もなかったのだから驚くのは仕方ない。

 沖田は永倉に手招きされるまま、その隣りに座る。


「おう、沖田じゃないか。珍しいな?」

「たまには、こうゆうのもいいかなって思いまして」

「たまにはねえ…そんなことを言うなんてますます珍しいな」


 永倉は沖田の真意を探るように目を細める。


「そうですか。何だか今日はとても気分がいいんですよ」

「ほう。何かあったな。女か?」

「そんなことないですよ」


 慌てて沖田が否定する。

 しかし、永倉はその微妙な沖田の動揺を見逃さない。当たったと気づき、ニヤリと笑う。


「そうだよな。お前は女が苦手だったな。まあいいや、ほれ少しくらいは飲むだろう」


 永倉がニヤニヤと注ぐお酒に、沖田は困ったように笑みを浮かべる。

 奥では原田が腹部の傷を口にみたて、豪快な腹踊りを披露している。

 その楽しい空気に染まるように、沖田は自然な笑みを浮かべる。その姿を永倉は、兄のような優しい気持ちで見守っていた。


 道場に大勢の隊士が集まっている。

 いつもは隊士達が稽古をしている時間だが、今日は珍しい光景があった。

 永倉と沖田が手合わせしている。

 隊内有数の剣客の手合わせである。しかも一人は滅多に道場に顔をださない沖田とあれば、この機を逃すわけにはいかない。 誰もがこぞって、その剣技を一目みたいと集まるわけである。

 木刀が激しくぶつかり合う。

 その衝撃で、まるで空気までもが揺さぶられているような気迫である。

 互いの剣がぶつかれば、すぐに弾きニ撃へと繋がる。両者共に攻めの剣しか振るわない。

 見守る隊士達は息をするのも忘れたように、二人の剣に見惚れた。

 隙のない打ち合いがしばらく繰り返される。


「新八さん、押されてんじゃないっすかー!」


 外野の合間から、原田がちゃちゃを入れる。


「うるさいっ…!」


 微かに永倉の集中力が途切れる。

 その一瞬を沖田は逃さなかった。一気に踏み込み、永倉の首筋に木刀を寸止めする。

 風圧が、永倉の首をおとしたようだった。

 辺りが水を打ったように静まり返る。

 修羅の瞳に染まりかけていた、沖田の緊張が一気に解かれる。


「駄目ですよ、永倉さん。試合中によそみをしちゃ」


 静寂を破るように沖田から笑みがこぼれる。

 外野から一斉に歓声が沸き起こる。

 沖田は静かに木刀をさげた。

 面白くないのは永倉のほうである。剣の腕では沖田と同等ぐらいである。神道無念流免許皆伝の名は伊達ではない。


「こらーお前ら見学するなら静かにしろ!」


「すいませんっ!」

「まっ、あれぐらいで気が散るようじゃ、どのみちお前の負けは決まっていたな」

「お前なぁ……」


 大声で笑う原田に、永倉は渋面になった。


「さて、次はどうしましょうか?」

「あ、沖田。次、俺な」


 そう木刀を手に、原田が立ち上がる。


「止めといたほうがいいんでないの? 佐之の専門は棒術だろ」

「そんなのやてみなきゃ、分からねぇだろ!」


 そう、原田は木刀を構えた。


「えーと、僕は連戦になるんですか?」

「もちろん!」


 力強い叫びと同時に、開始の声を待たず原田が飛び込んでいく。一瞬で、笑みを浮かべていた沖田の眼光が鋭くなる。


 道場からの賑やかな声に耳を傾け、近藤と土方は局長室でくつろいでいる。

 おおらかな笑みを浮かべるのが、新撰組局長、近藤勇。その向かいで、着流しに煙管を咥えている色男が副長の土方歳三である。

 両者共に、日野の試衛館道場のころから同じ釜の飯を食べてきた旧知の仲である。

 道場から再び大きな歓声が沸き起こる。

 おそらく沖田が原田を負かしたのだろう。


「随分明くるくなったと思わねぇか?」


 土方は細く煙を吐いた。


「総司か。そうだな、体調も戻ったようだし一安心といったところか。これでわしも心おきなく江戸へ行けるというものだ」


 近藤は安堵したように笑う。


「まあ……そうなんだがな……」

「なんだ、歳。まだ気になることでもあるのか。総司なら大丈夫だ。ああ見えても芯は強いから心配いらんだろう」

「強いから心配なんだ」


 土方は宙に散っていく煙を眺めながら、零す。

 その煙はまるで、ゆるゆると広がる不穏な影を現すように静かに漂った。


 近藤・永倉らが江戸に向って出立し、屯内は急激に静かになったようだ。

 沖田もそういつまでも寝ているわけにはいかず、完全に職務に戻っていた。


 ある非番の日。沖田がこっそりと、裏口から出掛けようとしているのを土方が見つけた。


「総司、どこか出掛けるのか?」

「はい。天気もいいんで散歩にでも」

「そうか。あまり遅くなるなよ」

「大丈夫ですよ。土方さんみたいに朝帰りはしませんから」

「総司!」


 沖田は飄々としたものいいで、逃げるように出掛けていく。

 土方は嘘だと気付いたが、それは敢えて問いたださない。


「山崎、頼む」

「はい」


 土方の声に物陰から事態を傍観していた山崎が、現れ沖田の後を追って出て行く。

 彼は隊内では監察方という、密偵などもこなす隠密職であり、特に山崎は土方直属の観察方として動いていた。

 山南がゆっくりとやって来る。

 実は彼も土方と同じ副長の立場であった。もちろん山南も、日野からの同郷人。流派は北辰一刀流である。

 土方はあからさまに、不愉快そうに顔をしかめる。


「今のは、山崎くんでしたね。なにかまた困り事ですか?」

「すまねぇ。あんたには、また迷惑をかけるかもしれねぇな……」

「構いませんよ。そのために、私はここにいるんですから」


 山南の言葉を振り返らず聞きながら、土方はゆっくりと息を吐く。

 振り返らないのは、信頼の証。

 お前になら背中を預けられると、そう語っているのだ。

 その姿に、山南は密かに笑みをこぼす。

 昔から多くを語らない。それが土方という男なのだ。それゆえ誤解も多いが、 誰よりも仲間思いであることは同郷の者なら周知のことであった。

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