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紅朱狂奏曲  作者: 凪未宇
~第参話~ What should be of soul?
12/14

参ノ三

 年が開け、慶応元年を迎えた。

 京に雪が降り積もる中、新撰組は屯所を西本願寺へと移す。

 それは移転反対派の意見を跳ね除けた、強引な引っ越しとなり。隊内のあちらこちらで多数の不満の声があがり不穏な空気が広がっていた。

 それでも決まった事には従うしかない。忙しなく、隊士達は荷運びをしていく。


 新しい部屋に荷物を運び込んだ永倉・原田・沖田は、疲れたように新しい畳に身体を伸ばし休んでいた。

 冬とはいえ、これだけ大荷物を運べば身体は暖かくなるものである。


「いやーやっぱり広いとこは最高だなあ」


 そう原田が笑った。


「そうだな。前のとことは、もう人が溢れていたからな」

「そうですね。……山南さん、最後まで反対していましたね」


 沖田が少し心配そうに呟く。その心中では同時に鈴華のことも思い浮かべていた。

 山南のことは他の二人も気にかけながらも、触れないようにしていた話題。


「土方さんの言っていることは正しい。だけどな、あの人はもっと正しいから反発しあうんだ」


  静かな永倉の言葉に同意するように、二人は口を閉ざした。

 そこへ、大荷物を抱えた藤堂がやってくる。


「こんなところで何しているんですか。さぼっている暇なんてないんですよ。まだ運び込む物が一杯あるんですから」


 藤堂の言葉に三人は身体を半分ほど起こし互いを見た。


「ほら、外は寒いじゃねーか」

「右に同じく」

「じゃあ、僕も」


 どうやらこういう時ばかり、息があうようだ。

 声を揃えて笑う三人に、藤堂は情けない声をあげたものの、小さく苦笑を零す。

 例えどこへ行ったとしても、試衛館の仲間は変わらないのだから。


 日が暮れる頃には、すっかり移転は終わり辺りは闇夜と共に静まり返った。

 今宵は新月である。

 忍びにとってこれほど動きやすい時はない。


 闇に紛れ、屋根から屋根へと影が渡り、新しい主の元へと密やかに駆けていく。

 京の中心部より少し離れた小さな旅館に、どこぞの田舎侍のような風体の浪人が一人。ゆっくりと夜風に当たりながら、盃を口元へと運んでいた。

 はっきりとは顔は見えないが、その男が数日前の山中で、幕府の役人に追われていた男だと分かる。

 階段を上がってくる、やけに几帳面な足音に、男は片方の眉をあげた。


「失礼します」


 そう静かな声と共に襖を開け現れたのは、伊東。

 あからさまに、男は不快感を全身から放つ。


「坂本先生、申し訳ありません。大変お待たせいたしました」


 伊東は部屋に入るなり、目を細め深く頭を垂れた。


「先生? 俺はほがなけったいな生き物に、なった覚えはないんだが……」

「これは失礼いたしました」


 一度も目を合わせようとしない坂本の態度に、伊東は密かに苛立ちが沸き起こる。


「まぁいい。おんしが俺の話を聞きたいっていう奴か。名はなんちゅう?」

「伊東甲子太郎と申します」


 苛立ちを押し殺し、出来るだけ失礼がないようにと伊東は耐えていた。


「かっかっ、けったいな名前だのぉ。俺は堅苦しいのは好かん。いいから、お前も飲め、話はそれからじゃ」


 伊東は顔を挙げ、坂本から盃を受け取った。


「あと、お前さんの草も連れて来い。あげなとこから覗き見されるのは好かん」


 そう坂本はニッと笑った。

坂本が示したとおり、少し離れた屋根の上にセンは潜み一部始終を見ていた。

 いつから気付いていたのか。

 伊東は食えない男だと思いながらも、坂本という人間の未知数に笑みを浮かべずにはいられなかった。


   ×   ×   ×


 新しい西本願寺屯所に移っても変わらぬ一日が始まる。

 日課である素振りをかかさない土方は、中庭へと一人出ると木刀を無心で振るっていた。

 この寒空の下だというのに、上半身は裸で汗をかくほどだ。


「サンナンか?」


 山南が邪魔をしないよう静かにやって来たつもりだが、どうやら気付いていたらしい。


「随分とせいがでるようだね」

「まあな。副長の俺がサボっていたら示しがつかねぇからな。あぁ、今のは皮肉じゃねぇぞ。あんたはあんたのやり方でいいんだ」


 土方は手を休めることなく答える。


「分かっているよ。そういう約束だ」

「すまねぇ……」


 山南は小さく苦笑する。謝るくらいならば言わなければいいのに。

 土方は渋面で手を休めた。


「ごめんごめん。君は相変わらずだなぁ」

「ふん。ところで、最近総司の奴、元気ないみてぇだが何かしらねぇか?」

「あぁ、それがね。沖田君にいい人ができたみたいなんだが、喧嘩をしてしまったようなんだよ」


 山南の言葉に、土方の目が鋭さを帯びる。


「その女、もしかして盲目の……」

「なんだ、土方君も知っていたのか。随分、可愛らしい子でしたよ。でも二人ともおくてのようだからね、まだまだ先は長いかな」

「……会ったのか?」

「もちろん」

「斬らなかったのか。その女、長州の間者かもしれないんだぞ」


 山南は苦笑をもらす。


「君はどうも真面目だね。そうかもしれないが、沖田君が信じている娘だ。われわれも、信じてあげてもいいんじゃないかな?」


 山南は笑顔を崩さず、手拭いを差し出す。

 受け取った土方の眉間からは、皺が消えない。


「女はいけねぇ。総司は女の事なんか分かっちゃいない。見せかけの優しさに騙されているに違いねぇ!」


 そう乱暴に土方は身体を拭く。


「土方君。それは言い過ぎというものじゃないのか。君は彼女に会ってもいないのに、そう決め付けるのはどうかと思うが……!」

「女とはいえ、間者は間者だ!!」


 両者は互いの意見を変えず、睨み合った。

少しずつ二人の声が大きくなっていく。その声に隊士達が軽く足を止め、様子を伺う。その中に組長達の姿もあった。

 ついに土方は木刀を山南に突きつける。

 その気迫に、動じることなく山南は土方を睨み返す。


「お前なら分かると言うのか!」

「分かるさ。少なくとも君よりはね!」


 土方は呆れたように笑みをもらす。


「話にならんな」

「いつからだろうね。僕達の意見がこんなに合わなくなったのは……」


 山南が寂しそうな表情を残し、静かにその場を離れた。

 辺りに集まっていた隊士達を土方は、不機嫌そうに睨みつける。

 慌てて隊士達は蜘蛛の子を散らしたような勢いで立ち去っていく。

 その中に紛れるようにあった伊東の姿も、いつの間にか消えているのであった。


   ×   ×   ×


 京の外れにある古寺に、人目を避けるように編み笠を被った侍が入っていく。

 寺の中は真っ暗で、わずかに外の光で倒れた柱が見える程度だ。独特の木の腐ったような匂いに、侍は思わず服の袂で口元を覆った。

 侍は注意深く目を凝らし辺りを見回したが、探している相手は見つからない。


「これはこれは、伊東先生。わざわざこのような場所まで足をお運びとは、どうかされましたかな?」


 闇からくぐもったしゃがれ声が響く。

 微かに怯みながらも、そんな気配を見せないように侍は声のしたほうに身を乗り出す。


「そんなところに居たか。情報を持ってきてやったぞ、忍」


 前方が音も無く明るく。

 いつの間にか、周囲の蝋燭に火が灯っている。

 荒れ果てた本堂の奥に、覆面の顔がぼんやりと浮かぶ。


「情報ですか」


 そう忍の頭は、覆面の隙間から白い歯を見せた。


「そうだ、それもとっびっきりのな」

「なるほど」


 蝋燭が風もないのに揺れる。

 少しは床板がまっとうな場所に、伊東と頭は簡単な新撰組の組織図を広げ小声で話している。


「所詮は古い仲間で統治した組織。一見完璧に見えるが、それ以外は烏合の集り」


 伊東は、そう言いながら山南の名を筆で消す。


「山南はいわば新撰組の楔。新隊士達からも信頼があつく、評判がいい。彼が居るからこそ他隊士が希望を持つ。土方一人の恐怖政策だけでは彼らをまとめ繋ぎとめることはできない……」


 伊東は組織図を蝋燭に投げた。炎が燃え移り、一瞬で灰と化した。


「その男を殺せと?」


 頭は喉の奥で笑った。

 妙な蛙のようなくぐもった声が、響く。

 伊東は眉をしかめながらも、自分を優位に見せようと毅然と振舞う。


「ただ殺せば言いというわけではない。それでは、ただ隊内の長州に対する敵意を増させるだけ。怒りの矛先は、彼に向ってもらわねば意味がない……」


 そう伊東は、燃え損ねた切れ端の中から土方の名を見つけ、それも蝋燭の火にくべる。

燃えていく土方の名を見つめる伊東の表情は、どこか恍惚な曲がった感情を浮かばせていた。

 頭は何も言わず、ただ不適に笑みを浮かべるだけだった。

 程なくして伊東は、再び人目を避けるようにして古寺を後にした。


「所詮、小物ですね」


 炎が大きく揺れ、センが音も無く屋根裏から降りてくる。


「狐は我らを欺いてるつもりでいるらしいが、底が浅いな」

「この話、のるんですか?」

「しばし、道化を演じてやるのも一興」


 センはあからさまに、溜息をつく。気乗りしないのか、面倒そうに歩き出す。


「リンは、どうしている?」


 静かに頭の声がかかる。

 センは足を止め首だけで振り返ると、薄っぺらい笑みをつくり浮かべた。


「あいつには急な別の仕事を任せてありますよ」

「別の仕事……まぁ、いいだろう。吉田先生も亡くなったことだし、女など使えなくなったら後は置屋にでも売るだけだ。目が見えなくても、少しは役に立つだろう」


 そう厭らしい声を出し、頭は笑う。

 センはその声を遠くに聞きながら、表情から全ての感情を消し無言で立ち去り。頭の姿も消え去り。いつの間にか、再びその場には闇が戻っていた。


   ×   ×   ×


 静かに三味線の音が響いてくる。

 灯りも消し、人払いをした一室で明里に膝枕をしてもらい山南は穏やかな眠りの中にいた。

 襖が遠慮がちに開き、光と共に藤堂が顔を覗かせる。


「すっかり、寝てしまったようですね」

「最近ずっと悩み抱えこんどるみたいやね。何かあったん?」


 明里は優しく山南の頭を撫でながら問う。


「はい、まあ、いろいろと……」

「そう……」


 言葉を濁す藤堂の心中を察し、明里は静かに微笑んだ。


「すいません。俺、隣りで適当に過ごしているんでゆっくりしていてください」

「おおきに。藤堂はんも、あまり溜め込んだらあかんよ」


 藤堂は、一瞬ドキリとしたように顔色を変えた。

 彼もこの数ヶ月毎日のように悩んでいた。最近は笑みを見せるようになったが、まだ解決はしていないようだと明里も薄々感づいていた。

 ありがとうございますと藤堂は律儀にお辞儀をし、隣りの部屋に戻っていく。

 再び部屋は暗くなり、隣の舞の音が少し小さくなった。


「すまないね。みんなに気をつかわせて」

「あら、狸寝入り?」

「なかなか寝付けなくてね」


 困ったようにぼやく山南の姿に、明里は小さく笑った。


「では眠れるまでずっとこうしていましょうか?」

「君が疲れてしまうよ」

「かまいませんよ」

「……君とこうして静かに暮らせたらなあ。最近はそんな夢ばかり見てしまうよ。君はもし私がただの一人の男になってしまっても、私について来てくれるかい?」

「もちろんです」


 明里は静かに微笑む。

 その笑みに山南は確かな幸せを感じていた。


「ありがとう。君にそう言ってもらえて嬉しいよ」


 山南は笑う。

 再び目を閉じその身を預ける山南の様子に、明里は優しく見守るように微笑む。

 ふと彼女が見上げた先には、欠けた月が青白い輝きを湛え震えていた。


 明けた空がゆっくりと色を変えていく。

 曇天の空は暗く重く、心なしか山南の心を映しているかのようで。それでも寒さを増していく風に煽られ、足を速め帰路を急いでいた。

 朝帰り、いや昼帰りは決して珍しい事ではない。

 最近は特にそうだ。

 土方と向き合うと、すれ違いつい互いに良くない言葉が出てしまう。だから理由があれば少しでも長く顔を合わせないようにと。

 そんな折だ。

 いつもの道にはいない伊東が、向かいから現れ、山南に近付き、とても愛想の良い笑顔を浮かべたのであった。


 冬の日暮れは早い。

 山南が気がついた時には、そこは飲み屋の中だった。


「お客さん。もう、閉店ですよ」


 机を片付ける店主の声に、山南は重い腰を上げる。


「あぁ。すまない」


 そう山南は足早に店の外にでると、寒そうに襟巻きを巻きなおす。

 店主は片付けの手を休め、山南が去っていく姿を確認すると、薄く笑みを浮かべ姿を消していた。


「まいったな。あんなに早く酔いつぶれてしまうとはな……僕も歳かな。伊東君は先に帰ってしまったのだろうか……」


 山南の記憶が確かなら、伊東に誘われ同流派の話で盛り上がり一緒に飲んでいたはずだ。

 ところどころ曖昧な記憶に、山南は首を傾げながら屯所に急いで帰って行く。

 ここまで遅くなるつもりはなかったのだ。

 屯所に山南が戻るとにわかに中が騒がしい。

 入れ替わるように、町奉行達が屯所から出て行く。

 それを見送りながら、入口で土方が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

 山南はいつものことか仕方ないなと、心の中で呟きながら、出来る限りやわらかな笑みを浮かべ平静で尋ねた。


「土方くん。今のは町奉行だよね。何かあったのか」

「何かだと。今まで、どこに行ってやがった!」


 山南の飄々としたいつもの様子に、土方の表情が険しくなった。

 妙な空気だと思いながらも、山南は土方を落ち着かせようと柔らかに答える。


「どこって、ちょっと飲んで遅くなっただけじゃないか……」

「ちょっとだと。その間に川原で辻斬りがあり、俺達に疑いがかけられたんだぞ!」

「なんだって、いったい誰が……」


 山南が最後まで言葉を紡ぐより早く、土方は一本の刀を突き出し、その刃を見せた。

 鞘から覗かせたその刃には、まだ乾ききっていない血がべっとりとついている。


「その刀は?」

「あんたの部屋にあった」


 山南が、驚いたように息を飲む。そんな刀には見覚えがなかった。


「これはあんたの刀じゃない。俺はさっきまで、そう信じて疑っていなかった……」


 そう鋭い眼光で睨みながら、土方は山南の手を取る。その着物の袖にはわずかだが、新しい血の汚れがついていた。


「だが、これはどう説明する?」


 土方以上に、その袖に驚いたのは山南自身だ。争いごとに出くわしてもいなければ、もちろん刀を抜くようなこともなかった。


「いったい、何が……? 私は伊東君と一緒に酒屋で飲んでいて……」

「何言ってやがる。伊東ならずっと朝から俺に付きまとって、くだらねぇ学問の話をしていやがった。あんただけ何だよ。その時間、どこに居たのかわからねぇのは!」


 山南はその言葉に、寒気を感じた。

 何かがずれている。別の何かの意思を感じながら、山南は土方を正面から見つめ。


「君が、私を疑うというのか?」


 土方も同じように、真っ直ぐ山南を見つめる。


「……サンナン。審議の結果が出るまで、前田邸にて謹慎を言い渡す」


 怒気をはらんだ、冷たく静かな声だった。

 土方はそれ以上語ることなく、早足で屯所の中へと戻っていく。

 山南はしばらく土方の後姿と、屯所を見つめ強く拳を握り締めた。


「あの、山南さん」

「前田低に向かいます」


 心配そうに声を掛けてきた門衛に静かに告げると、山南はゆっくりと屯所に背を向けた。

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