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まだ朝日も昇っていない早朝、緊急招集により目覚めさせられた学生達は若干の混乱はありつつもマニュアル通りに武装してから校庭へと向う。丘の上に立てられた学校からは首都を一望できるがそこには信じられない光景があった。
身長10メートル近い悪魔が城壁を破壊して首都に侵入し真っ直ぐに大聖堂を目指して進撃している。その体は上半身が人で下半身が馬の体をしておりケンタウロスの様な姿であるが、その全身はエナメルの様な光沢を持つ黒色の物質でくまなく覆われており顔には眼も鼻も口もない生命を感じさせない異形であった。
一歩一歩進みつつ右手に持った15メートル近い黒色の槍を縦横無尽に振るい、時折左手に持った黒色の杖からは巨大な建物を倒壊させる程の衝撃波や直径5メートルを超える巨大な火球を生み出しては街を破壊していく。
首都を守る兵士達も必死で悪魔を食い止めるべく奮戦していた。隊列を組み進路を塞ぎ、懐まで潜り込んだ勇敢な兵士が槍で何度も突いた。後方の魔法使いが様々な魔法を浴びせかけた。杖からの攻撃を騎士達たちか号令と共に一斉に破魔を放つことで無効化して味方を守った。
しかしその巨体は歩くだけで凶器であり振るわれる槍はあらゆる障害物をなぎ払う。硬質な表皮には槍も矢も通さず魔法にもうろたえる気配が無い。杖からの無尽蔵の魔法は騎士は疲弊させ後退を余儀なくさせる。
淡々としたペースで進み続ける悪魔は逃げる兵士を眼中にも入れずひたすらに聖女リメリアの眠る大聖堂を目指す。
学校の丘からは城壁から真っ直ぐに首都に線が引かれているようにも見えた。学生達は息をのんでその光景を見ていたが朝礼台に校長が上ると姿勢を正した。
「諸君!見ての通り大いなる危機が首都に迫っている。私にも信じられないが、かつて封印されたはずの悪魔、貴族級のうち子爵、『ナイトメア』が聖女様を襲い魔王を蘇らせんと首都ディーラへと突如として現れた。これは何としても防がなければならず諸君らも防衛隊の一員として参加してもらう事となった。至急学年主任の指示に従い行動せよ、武運を祈る!」
突然の事にざわめく生徒達だが学年主任の指示の下に学部ごとに移動を開始する。
「ねえグレイさんや、貴族級ってどれくらいヤバイかにゃ?」
いつも陽気なフレイも今は真剣な面持ちで聞いてくる。
「うん、何個かの軍団で戦ってようやく勝てるかといった所かな。ただ貴族級はそれぞれが独立した種で同じ固体がいないらしいから危険度は一概に比べられない、と本で読んだことがあるが」
「じゃあじゃあかなりマズイってこと!?」
グレイは頷く。どう考えても学生程度で勝てる相手では無いし近年は強大な悪魔と戦うことが無かった為か兵士は広く地方へ分散しており現在首都の兵力は国内では最も多いとはいえ十分な数ではない。さらに人数を生かせる野戦でなく市街戦、これはかなり厳しいだろう。
「危なくなったら逃げたほうがいい、義務というだけで死ぬ気は少なくとも俺には無いよ」
「で、でも逃げても聖女様が殺されちゃったら、魔王が復活しちゃうじゃん!」
「正規兵が勝てないのに学生で勝てる訳が無いよ。逃げずに殺されたらそれで終わり、それに見なかったかい?校長言うだけ言ったらすぐ馬車に乗って門へ向かっていったよ」
「マジで!?確かにこりゃあやばそうだね」
移動の最中サッカも近くに寄ってくる。
「ぬうう、逃げるだと?何を弱気なことを、この我に敗北は無い!」
「おいおいお前はあれと戦う気か?今は人数がいて何とかなるかも、と思っている人も多いだろうけど多分それは間違いだと思う。それに……母親もいるんだろ」
「……ぬう、そこを言われると我も、困る」
「ボクはグレイの選択に任せる」
リリアもいつの間にか横に来ていた。周囲でも不安を紛らわすためか話しながら移動している生徒が多い。まだ正規の軍人でもない生徒達がこの状況下静かに模範的に行動できる筈も無い。
「じゃ、じゃあ知り合いに声かけて早く逃げようよ!」
フレイからしてみれば中級竜魔をほぼ一人で倒したグレイの言葉は大きいのだろう。逃げるという意見に賛同する。
「いや、今逃げたら逃亡罪だよ。多分俺たちは正規軍の後詰めに配置されるだろう。正規軍が負けてナイトメアが近づいてきたら戦おうとせずにとにかく各自大聖堂から離れるように逃げよう」
女子二人は頷き、サッカも長く唸っていたが最後にはゆっくりと首を縦に振った。
聖女様には悪いが面識の無い偉人よりも自分と周囲の人の命の方がグレイには大切だった。




