6-3
もう完全に日が暮れ、懐かしの我が家にようやく帰宅・・・といっても留守にしていたのは僅か3日程だったのだが。
「ふう、ただいま……なんてな。一人暮らしで返事なんか有る筈が」
「おかえり」
「ぬおっ!?」
無人かと思われた室内で何故かリリアがピンクの寝巻き姿でベットに寝そべって本を読んでいる。
「洗濯物干しといた」
狭いベランダを見るとぎっちりと服が干してあった。だが記憶を掘り起こすと確かに予備の鍵は貸したが返却は後日、という話だった筈だ。
「そんなに時間がかかったのかい?」
洗濯物の量が多くて時間がかかったのだろうか、それなら悪いことをしたが。しかしリリアはふるふると首を振る。まあ寝巻き姿で洗濯は干さないだろう。
「待ってただけ」
「ん?何か用か?」
「今日一緒に寝て」
「!?」
……今何と言った?確かにリリアはくっついてきたり抱き上げられたりされるのが好きなようだが、流石にこれはまずい気がする。
「グレイは私に借りがある」
昨日の事だろう、フレイを助けてくれたリリアに確かにそう言った覚えがある。そこを突かれると拒否し辛い。
「だが……」
「ボクなんかとは寝たくない?」
リリアが悲しそうにグレイを見上げてくる。
「いや、そんなことは無いが」
慌てて否定するグレイに間髪空けずにリリアが言う。
「じゃあいいよね」
「あ~、その様子だともう風呂入ってきたようだが、実は面倒だから明日朝入ろうと思って俺はまだ風呂入っていないんだ。汗臭いし汚れるし嫌だろう?」
「全然、まったく、何一つとして問題ない、むしろいい」
強い口調で言い張ったリリアは何か期待するような目でグレイを見つめている。
「……わかったよ。まったくしょうがない奴だな」
「ん♪」
部屋のランプを消しベッドへ仰向けに寝転がると待ちきれなかったように素早く擦り寄ってきたリリアが胸に顔を埋めるように密着し抱きついてきた。
髪を洗ったのだろう、石鹸のかすかな匂いがする。肉付きが良いとはいえない体つきだが筋肉質ではないその体は柔らかく気持ちがいい。嬉しそうに目を細めている顔もまた可愛らしいものだ。総合的に考えをまとめる。
「これはヤバイかもしれん……」
思わず呟いてしまう。それは自分も男であり本能的な衝動というものは存在する、可愛い女子が隣で寝ていれば少しは意識もする。しかし、どう見ても子供にしか見えないリリアにこのような感情を抱きかけていることはヤバくないか?いや、年齢的には5歳も離れていないしやはりセーフか?
そんな思考しながらリリアを見ていたがそれに気がついたリリアが首を傾げつつ上目遣いに見つめてくる。小動物的な保護欲をかきたてられ思わず抱きしめたくなるが、何とか堪える。わざと無防備にしているのか天然なのか判断がつかないから対応に困る。
「悪いけど流石に疲れたからもう寝させてもらうよ」
早く寝てしまえば余計なことも考えないだろう。と思い無理やり目を瞑り睡魔を待つ。すると疲労のせいか暖かい抱き枕のせいかすうっと夢の世界に入ってしまった。
「作戦一号失敗」
静かな寝息を立てるグレイの隣でリリアが無表情に呟く。グレイに手を出させれば一番良かったのだけれど……でもグレイの胸に顔を押し当て直接心拍数を数えていたが上目を使ったり偶然を装って胸を、残念ながらAAAだけど、押し当てたところ鼓動が早くなった為脈はあるのだろう。トカゲとの戦いの時も抱きしめられて「女だな」と言われたし。
作戦二号、彼の気持ちを考えれば心が痛むが。だが自分よりもいくらか女らしく、家柄も教養もあり感情をストレートに表現できる彼女も狙っているとなれば仕方が無い。彼が完全に深い眠りについたら作ってしまおう……既成事実を。
それまでは静かに待とう……少し固いけれど頭を乗せている胸板は大きくて安心できる。それにお風呂へ入っていないのは本当だ。濃い彼の臭いが鼻腔に充満して心を落ち着かせる。
「むぅ、だ…め……」
意識を何とか繋ぎとめようとするがなかなか対抗できないのは睡魔である。さらにリリアにとっては今の状況はホテルのロイヤルスイートに泊まっているような心地よさでありこの状態で起きている事は叶わなかった。
視界の殆どを占めるのは闇、しかしどこかで見覚えのある小さな光の球。ああ、これは夢だ、少し前にも見た夢だ。
しかし以前よりも苦悶の声がはっきりと聞こえる。
胸を締め付けられるような感覚、何とかしなければという使命感
「……うあっ!」
遂に堪えきれず小さく叫び声を上がり、どうしようもない感情の奔流が溢れ出し、止まらない。頭が真っ白になり思考が出来ない。
「ぐっ!?」
布団を跳ね除け上体を起こす。ギャロップのような心音と荒い呼吸、今度は夢の内容を覚えているためか起きていても夢での感情が胸を襲う。
「ん、んん……はっ!?」
いきなりのグレイの行動でリリアも目を覚ましてしまう。
「寝ちゃってた!?折角の機会が、既成事実が……グレイ?どうしたの!?」
全身から汗を吹き出し荒く息をするグレイを見て驚くリリア。グレイは急に手を伸ばすと力を込め強引に抱きしめる。
「あっ!う、ああ、く、苦しい」
何の配慮も無く力任せに抱きしめられ苦悶の声を上げるリリア。しかしグレイの表情が切羽詰ったものであることに気づくと無理矢理に顔に笑みを作り、その小さな手で背中を何度も何度もさすった。
「はあ、はあ、ふう……済まない。もう大丈夫だ」
どれくらいの間抱きしめていたのか、ようやく腕の力を緩め何とか呼吸を整える。
「けほっ、けほっ……よかった。けど急にどうしたの、グレイ?」
「夢を見たんだ……悪夢、いや違うそんなものじゃない!もっと、もっと大切な何かだ!」
「グレイ、落ち着いて」
今度はリリアが強くグレイを抱きしめる。何度かの深呼吸の後グレイは普段の状態に戻ることが出来た。
「助かったリリア。お前が居てくれて本当に良かった。」
「ん。本当に大丈夫?」
「ああ、問題無「ガラーンガラガラガラーン!」これは……緊急招集!?」
突如として学校の鐘が鳴り響き魔法による照明が校舎を照らす。
「次から次へと……リリア、急いで着替えてくるんだ!」
「ん、わかった」
首都および学校に危機が迫った時に発動される緊急招集、学校設立以来一度も鳴らされたことが無いといわれた鐘が鳴り響いた。




