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フレイの傍に屈むと糸を出しさっと治癒魔法回路を構成し起動させる。
「ヒールまで使えんの!?」
「ああ、一応はね」
治癒魔法が使える術者は意外と少ない。人体の構造を理解せずに『治れ』という意思のみでは魔法紋様の構成が曖昧なものとなり効果を示さない。一方医療関係者、戦場で負傷や手当てを繰り返した人は治癒魔法を習得しやすいと言われる。
医学書や生理化学の教書は『ライブラリ』にも登録されており内容もある程度は理解したのだが、それでも未だ治癒魔法の構造には謎が多く以前見たことのある魔法の構成を模倣、部分的にのみ改良しただけで本当に[一応]使える程度である。おそらく代謝を部分的かつ強烈に活性化し治癒させているのではないかと仮定しているのだが。
「うん、こんなもんかな。範囲の割にそんなに深い火傷がなくて幸いだったね」
「おー、もう痛くないや!」
おそるおそる足を地面につけたフレイが嬉しそうに飛び跳ねる。
「でもにゃーグレイさんや、どうして今までこんな凄い能力のことを隠してたの?」
「そ、そうですよグレイさん!カードも呪文も無しで魔法が使えるなんて凄いことじゃないですか!急に馬から飛び出した時なんて驚きましたよ!」
二人の賞賛の声にもグレイは複雑な顔をする。
「……別に特別な能力でもない、本来誰にでもできることなんだ」
「え!マジで!?」
「貴族院のお偉い方々は魔法を『神秘』の術にしておきたいらしいんだ。貴族には魔法使いが多い、いや魔法を使いやすい血筋や環境から貴族として今まで残ってきたのかな。ともかく『魔法』や『破魔』という力は貴族がその特権階級という立場を維持する上で一役買っていることは確かだね。実際は誰でも魔法を起こす力は持っているのだけどね」
「じゃあわざと貴族がその方法を秘密にしているってことにゃの?」
いや、と一息ついて続ける。
「おそらく違うだろうね。貴族達、いやほとんどの人はカード無しに魔法が使えないと信じ込んでいる筈だ。そしてその認識によって本当にカードが無いと魔法を使えなくなる……魔法は人間の意志から生じているからね。絵画魔法はそのイメージを明確化させ魔法の発生を補助するけどカードが無いと魔法が使えないという刷り込みをも行ってしまう。」
「じゃあグレイさんはカードを使わない頭でイメージして魔法を使ってるんですか?」
「いや、そういう訳でもないんだ」
「へ!?」
「うにゃ~頭こんがらかってきた」
困惑の表情を浮かべる二人に頭を掻きながらさらに続ける
「説明し難いが……確かにイメージは魔法を起こすけれどもイメージが魔法の本体ではなくて、イメージが無意識のうちに生物の魔力に作用しているだけなんだ。だから逆に言えばイメージが無くとも同じように魔力を弄れば同じ効果が得られる。俺はこの方法を使っているんだ。まあ糸の操作は感覚的なものだしその正体もまだ不明、結局のところ本質では絵画魔法そこまで差が無いかもしれないね」
「うーん、糸ってのはわからないけど……何となくだけどわかった」
「じゃ、じゃあグレイさん。私も破魔を使えるってことですか!?」
アリエッタが目を輝かせて詰め寄ってくるが残念そうに首を振る。
「いや、破魔というものは指向性の無い魔力を一気に放出して魔法の構造を無理やり破壊しているからそれは元来生まれ持った魔力容量が必要だと思う……誰でも使える魔法よりも条件は厳しい」
「そう……ですか」
落ち込むアリエッタの頭をわしゃわしゃと撫でる。なかなかしなやかで気持ちがいい。
「きゃっ!……もう、髪がぐしゃぐしゃになっちゃいます!」
まだ表情は固いがそれでも笑うことができるならば大丈夫だろう……しかしなぜリリアはこっちを睨んでいるのだろうか。
「そいえばサッカもリリアさんも驚かなかったけど知ってたの?」
「ん」
「まあな。話の内容はよく分からんかったがつまり魔法でカード要らずということは分かったぞ!。」
「うに、私にも教えておいて欲しかったにゃ……そいえばまだその魔法の出し方を隠してる理由が分からないんだけど?」
「ああ、簡単なことだよ。貴族に都合の悪い魔法は認められない、もしくは止めようとするだろう。ずっと絵画魔法を使ってきた人たちにとっても今更受け入れられず敵対視されるだろうね……だから2人ともこの事は内密に頼むよ」
2人が首を縦にふるとほっと安心した息を吐く。
「でも何か世知辛いにゃ~」
「ははっ、まったくだよ」
そこでアリエッタが急に気がついたかのように周囲を見回した。
「あれ?サッカさん、他の班の人はどうされたんですか?」
「うむ、まだ残敵がいたから後から来るだろうな!」
「ん?じゃあお前はどうやって来たんだ?」
「ふはははは、もちろんこの健脚でに決まっておろうが!」
自分の丸太のような足をスパーンと叩くサッカに全員が呆然とする。
「……先に出発して馬で急いだ俺達とそんな変わらなかったぞ」
「乗馬は得意なつもりだったんですけど……自信なくします……」
「にゃはは……さすがサッカ」
「……体力馬鹿」
周囲が人間離れしたサッカの体力に呆れる中サッカは一人高笑いを続けていた・
「だがそろそろ来てもいい時間だね……おっと噂をすればなんとやらってやつだな」




