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いち早く立ち直ったラインが指示を出し未だ混乱している班員も呆然としつつも指示に従う。
アイアンアントの動きは鈍重であるが包囲網は刻一刻と狭くなっていく。
「……くっ、どうする?」
この状況で考えられる手はそう多くは無い。
「よし、とりあえずラインたちと合流しよう。撤退するにしても抗戦するにしてもまずは体勢を整えることが必要だ。まあ俺達だけで逃げるという手もあるが……」
「……最後のは却下だ!」
見捨てるという意見を考える間もなく跳ね除ける。もちろん自分とてそのつもりは無い。
「ははっ、俺もそんなことしたら後味悪い……見てくれ、兄妹が戦っている。今なら蟻の背後を突けるな」
「ぬふうう、しかしこの状況では範囲魔法が使えん」
今範囲魔法を使えばライン達まで巻き込みかねない、魔法使いの最大の武器、火力が封じられてしまっていた。
「いや、エンチャントならば行けるさ。サッカ、使えるか?」
「ふはははは当たり前だ!だが何を付ける?」
「雷だな。いくら敵が固くても電流は防げないだろう」
「……よし、行くぞ!」
ジャミルを先頭として血路を開くべく走る。
ライン達に眼を向けるとまさに多勢に無勢という状況であった。トニーの鎧には裂傷が走りハシントは左腕から血を流している。ラインが素早く槍を振るい善戦していたがその顔には疲労が見える。
「ト、トルネード!トルネード!くそっなんで魔法が出ないんだ!」
リードは必死になり魔法を唱えているが慌てた状態でイメージが定まる訳も無くすべて不発で終わる。
「この、この!」「えい!えい!」
双子は目の前の蟻を何度も槍で突くが硬い殻に阻まれて致命傷を与えることが出来ず徐々に押されていく。
「キエエエエエエエ!」
「きゃあっ!」「マルカ!」
突如として林から飛び出してきた緑色の羽を持つハーピーが衝撃波を放つ。
吹き飛ばされ体制を崩したマルカにゆっくりと蟻が群がるようににじり寄っていく。弱ったものから始末する、それが常識であるといわんばかりに。
「いやああああ!」「こ、この!マルカに寄るな!」
危ない!間に合え!グレイは焦る。
「『グレイブ』!」
まさに蟻がマルカの足先に食いつかんとした瞬間地面が隆起し蟻がひっくり返される。
「……剣だ、剣でやつらの間接を狙え!」
ジャミルの声にロッジは槍を捨てて剣を抜くとマルカに寄る蟻の首に切りかかった。
ゴトッという音がしてあっさりと硬質の蟻の首が落ち切断面から黒い霧を出して縮んでいく。
「……ロッジ!破魔を!」
「え、あ、はい!ハッ!」
再び衝撃波を放とうとするハーピーを見たジャミルの指示により今度はマルカは吹き飛ばされずに済んだ。
攻撃を防がれ静止したハーピーに矢が浴びせられる。その内喉元に刺さった一本により断末魔の叫びを上げる事無く地面に落ちていった。
「ふははははは!我が槌に宿れ雷よ!裁きの鉄槌を下さん!サンダアアアアエンンチャントオオオ!」
電気を迸らせるハンマーを力任せに叩きつけサッカが次々と蟻を屠っていく。マルカも立ち上がると槍を捨てて剣に持ち替える。
グレイもハルバートで蟻の触覚や足、胴体の関節を切断していく。ジャミルも剣を振るい盾で跳ね除け道を切り開く。アリエッタとサダリアはクロスボウでライン達に近づくゴブリンとブラックドッグを狙い撃っている。
いままで傍観していたオーガだがついにゆっくりとラインの方へと動き出した。先手必勝とばかりにラインが飛び出しオーガに槍を突き出すが
「……嘘だろオイ」
雑作も無く振るわれた木によって槍が柄からへし折られてしまった。慌てて下がり折れた槍を捨てると長剣を抜くが巨大なオーガに立ち向かうにはあまりに頼りないものであった。
サダリアがそれを見て矢を放つが硬い皮膚のためか矢は浅く刺さるのみでありオーガに堪えた様子は無かった。それならば、と目や喉などの急所を狙い撃つがその巨体に見合わぬ俊敏な動きで防がれてしまった。オーガはサダリアを睨むと手に持った木の太い枝を折り投擲した。
「ひぐっ!」
投槍のように放たれた枝はサダリアの腹部へと命中する。枝は鎧で防がれたがその衝撃は殺しきれず体をくの字に曲げ嘔吐する。
オーガはそれを見て嬉しそうに頬を吊り上げるともう一本枝を折り投擲する。
「ぬうううううううん!ホームランだあああ!」
サッカが素早く間に入り飛んできた枝をハンマーで薙ぎ払う。その間にアリエッタがサダリアを引きずり後ろへと下げる。しかし矢による援護が無くなり未だ半分近く残るゴブリンとブラックドッグがライン達に迫る。悪魔は昨日とは違い組織立った動きを見せ危ないと見たら一旦引き、そして新手が襲ってくるというように容易には倒されてはくれない。
「うわ!」
トニーが肩にゴブリンの棍棒の一撃を受けトライデントを落とす。ラインがすぐにそのコボルトの首を撥ね追撃を止める。
「トニーさん、下がって!」「えーい!」
ようやく背後のアイアンアントを倒した双子が前に出ていくが側面からもアイアンアントがじりじりと迫ってきており状況は良いとは言えない。
ハルバードを振るいつつ味方の戦力を分析する。ハシントは左腕を噛まれたらしく片手で槍を振るっているがその攻撃は精彩さを欠いている、一度引かせないとまずそうだ。トニーは負傷した肩を抑えながら後退中。ラインが鬼の如く剣を振るいハシントのフォローまでこなしているが体力はそろそろ限界であろう。リードはその後ろでぶつぶつと呪文を唱えては発動しないことに憤っている、落ち着くまでは戦力にはなるまい。双子がラインの援護についた、少し疲労しているがこの二人はまだ戦えるであろう。ジャミルは側面からの蟻に対処すべくラインの右側へと走る。サッカはアリエッタがサダリアを後方に下げるまでオーガが笑いながら投げつける枝を何本も打ち払っていたが安全を確認するとジャミルに倣い左側に走る。とりあえず当初の目的通り合流には成功したがこの状態では追撃受けた場合無事に逃れることができるとは思えない。撤退は出来ない、状況は不利だ、ならばどうするか?
「ジャミル!頭を潰しに行く!」
敵の指揮官を討つ。おそらく奴が下級悪魔の司令塔だろう。
「……わかった、死ぬなよ!」
返事代わりに片手を上げ応えると前へと走る。後ろへ下がるトニー、動かないリードとすれ違い走る、前方にライン達の背中が見える。何枚かカードを抜き扇状に持ちつつ呪文を唱えラインに並ぶ。オーガも一直線に走ってくるこちらを敵と見なしたのか枝が無くなりもはや丸太ともいえる凶悪な武器を振り上げ構える。
「大地よ、我が意に沿いてその身を起こせ『グレイブ』」
隆起した地面により前方の魔物達がバランスを崩し倒れオーガへの道が開ける。倒れた悪魔はラインと双子が急所に剣を突き刺し次々と止めを刺していく。
オーガと目が合う。……その瞬間、体の奥底から湧き上がる形容しがたい感覚が全身を駆け巡る。何故だかわからないがオーガから感じる殺気以上の敵意がこちらにあると今ならば確信できる。頬の筋肉が引きつっているような感覚、否、知らず知らずの内に歯を剥き笑っているのは自分か・・・、そうグレイは笑った。




