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「へ?」

「分からないなら知ればいい。自分が何をやりたいか、どのように生きたいかを探せばいい。幸いにして君は学生、本を読んだり料理を作ったり何でもいいからやってみたらいい」

 唖然とするアリエッタ、彼女は未だ知らないだけ、答えもシンプルなものだ。

「焦る必要も無い、なかなか見つからなくてもいいじゃないか。卒業して兵士となれば国の各地を巡ることもできるかもしれない、そしてその中でやりたいことを見つけられるかもしれない!実は兵士が天職なのかもしれない!……まあ、言いたいのは」

 グレイはかつて聞いた先生の言葉を思い出す。


「『人生は一度きりだ、やりたいことをやった者が勝ちだ』」と。


 アリエッタは涙で歪んだ視界でグレイを見つめ、そして思う。自分の過去を否定された怒りはある。昨日みたいにやさしく慰めてくれるのではないかという期待もあった。かつて読んだロマンス小説ではヒロインの告白をヒーローがやさしく受け止めるのが普通だった。しかしそれらは自分の甘えでしかないと言われた。そして悔しい事に、認めたくは無いがどこかでそれを納得している自分がいた。

「『人生は一度きりだ、やりたいことをやった者が勝ちだ』」

 まあ単なる受け売りだが、とグレイは小さくつけ加えていたが。

「ひゃ、ひゃい!」

 泣き笑いの言葉にならない言葉であるが、答えた。自分の甘さを否定されて、感情がごちゃごちゃになって泣き叫んだ。それはただ「分からない」という言葉であった。だがそれはグレイに届いた。思えばそれが初めて発した偽りの無い、魂の叫びであったのかもしれない。そしてそれは肯定された。頭の中は未だぐるぐるしているが、どこか心はすっきりとしていた。

「……」

 しばし感心していたようなハシントではあったが、にやりと笑みを浮かべると小憎らしげな声で野次を飛ばした。

「おいおい先輩たち!いつまでくっついている気っスか!」

 ようやく今の状況に気づく。確かにこの体制はまずい!

「え!あ?きゃあっ!」

 身をよじるがグレイの腕は万力のようでピクリとも動かない。

「ふむ、俺としてはもう少し君の泣き顔を眺めていたい気もするが」

「ひえええ!」

「ははは、女性の泣き顔というのは興奮する。そう思わんかハシント君?」

 クックックと暗く笑うグレイに何か得体の知れない恐怖を感じる。

「いやいや変態っスよその考え!」

「はっはっはそう褒めないでくれ。恥ずかしいじゃないか」

「いや、褒めてねえし!」

「ふええ、いい加減にもう離してください!」

 身をよじりながら泣き声で訴えるがグレイは急に真顔になって見つめてくる。

「本当にこの手を離してもいいのかな?」

「え?」

 え?いったい、この人は何を言っているのだろうか。

「いや、俺としては別に手を離してもかまわないがね、君は本当に俺がこの手を離しても後悔しないのかな?」

「は?え?」

「考えても見てくれ、君はどうして手を離してほしいんだい?俺が手を離して君に何か利点があるのかね?よく考えてくれ、俺は君の手を離す必要性は無いんじゃないかな?」

「そ、そう言われるとそんな気が……」

 混乱するアリエッタ。確かにこの手が掴まれていることで私に何か被害があるわけでもないし別に不快なわけでもない。あれ?何で手を離してなんて言っていたのだろう。

「おい!しっかりしろよテメエ!それは全然手が離されない理由になっていないだろうが!」

 ハシントに頭を叩かれて思考がようやく元に戻る。

「はっ!そ、そうですよね!先輩、恥ずかしいですし離れて下さい!」

 我を取り戻すと目尻を上げ今度こそ強く訴える。するとグレイはやれやれと言いつつ腕を開放してくれた。

「つれないな、昨日抱き合った仲だというのに」

「き、昨日のことは忘れてください!もう……」

 アリエッタの顔は真っ赤だ。昨日は混乱してしまったとはいえ今思えば随分と恥ずかしいことをしてしまっている。

「あ、あの、先輩が今着ているローブって……」

「ん?出発してから同じやつだが、どうかしたか?」

 何を聞くんだとグレイは首を捻っている。

「あ、ああ、洗って、ないん、ですか?」

「それはそうだろ、洗ったらすぐには乾かんさ」

「で、でも昨日の……で……ちゃって」

「ん?聞こえんな、もっと大きな声で言ってくれないかな」

 何と恥ずかしいことを言わせようとしているのだろうかこの人は!アリエッタは何ともいえない気持ちとなる。

「き、昨日の、私ので汚れちゃったんじゃないですか!」

 恥ずかしさを堪えて大きな声で言うがグレイはどこ吹く風だ。

「問題無い」

「え?」

「問題無いさ、俺は気にしてないよ。外套が汚れるのは普通のことじゃないか。それに……うん、臭くはないな。むしろ……うん、悪くないか?」

ローブの裾を鼻に付け臭いを嗅ぐグレイの手を慌てて引き剥がす。

「い、いやあああ!や、やめてください先輩!お願いしますからぁ!」

 涙目で懇願するとしぶしぶといった感じでローブから手を離す。

「も、もう、信じられません!」

 アリエッタはぷんと怒ってそっぽを向いてしまう。本当に信じられない!汚いとか臭いとか言われるよりはましだけど……そんな様子の自分を見てグレイが笑っている。

「ははっ、随分と元気になったようで何よりだ」

 随分とまあ常識はずれな励まし方だな、と思う。悪い気はしないけれども。アリエッタはなきながら笑った。


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