4-13
グレイはアリエッタからの視線を感じた、早朝のことで何か話したいことがあるのだろうか。
「少し目を休めるとしようかな」
『ライブラリ』をしまうと伏せ目がちのアリエッタの顔を覗き込んだ。
「少し話し相手になってくれるか?」
「ひゃっ!」
ぼおっとこちらを見ていたアリエッタにとっては急に話を振られたようなものであったのだろう。
「いや、何か考え事をしていたのならば別に構わないが」
「い、いえ!私でよければ!」
「そうか」
グレイは安心させるように笑いかける、自然に笑えたかは別だが。
「とはいえ自分から話しかけておいて何だが何を話せばいいか思いつかなくてな、身の上話は昨日してしまった……もしよければ君のことについて聞かせてもらえるとうれしいが」
「え?ええ?私のことですか!?」
「そう、君のことだ」
「は、はい。つまらないかもしれませんが、わかりました。」
「へへっ、先輩ナンパっすか?」
武器の手入れをしていたハシントも会話に混じってくる。
「ははは、そうだな……ふむ」
アリエッタの頭から足先までを舐めるように見る。
「な、何ですか!?」
視線を受けるアリエッタが何やら慌てているが気にしない。一見すると美しいという表現は少し似合わないし魅せるような派手さも無いが貴族の血筋なのか顔は整っている。やや垂れ目で気弱な印象を与えるがそこが小動物的でやや小柄な体躯も相まって庇護欲をかきたててくる。
「成程、確かに悪くない。男に声を掛けられてもおかしくないな」
自分の感じたままのことを言っただけであるが何故かハシントは唖然としアリエッタは赤くなった顔をさらに火が出そうなほど赤くしている。
「え!?え、あの!そ、そんな私なんか!」
「いや、君はもっと自分に自身をもってもいい」
「で、でも!うみゅっ!」
なおも否定しようと開くアリエッタの口を強引に手で塞ぐ。
「でも、だけど、は禁止だ。自らを低く見すぎる人間は卑屈になり視野が狭くなる……逆にプライドが高すぎると傲慢にしか見えなくなるが」
ハシントがリードをちらりと見る。話は聞こえていた筈であるが何の反応も見せない……彼は自分が自己本位的であるという自覚がないようだ。
「ぷはっ……いいんです、本当にこんな私に価値なんて無いですよ……昨日も私のせいで皆さんを危険に晒してしまいましたし。本当に私は昔からダメなんです」
アリエッタが口元に弱弱しく笑みを作るがその顔はどこか寂しげに見えた。口調も今までは喋るときに慌てて噛んでいたのが嘘のように穏やかなものとなった。だがそれは落ち着いたというよりも諦観を感じさせるものであった。
「……もし差し支えなければ聞かせてくれるか?何がそこまで君を縛り付けているか少々興味が湧いた」
貴族の血筋である彼女を縛り腐らせている原因、それを聞いてもどうなるわけでもないだろうが純粋に興味がある。他人の不幸というものはどうしてこんなにも興味を掻き立てるのか。
「……先輩は正直ですね」
少し悲しげな顔で笑う。その笑いは本心からのものであろうがどこか物悲しく感じられる。
「自分に嘘はつきたくない……まあ今は他にも人がいるし話しにくい内容ならば無理には聞かないが」
「いえ、先輩にも皆にも迷惑かけてしまいましたし……つまらない話でよければ」
努めて明るい口調で言っているがその表情はやはり影がある。
「先輩は貴族については?」
「かつての豪族や近世の王族の歴史ならば本で読んだことはあるが実態は知らないな」
「そう……ですか」
では、と一息おいてアリエッタは語りだした。
「大荒廃前この国は各地に領土を持っていた貴族とそれを束ねる王とで成り立っていました。これは有名な話ですね」
頷く。ハシントも手を止め話を聞いている。
「大荒廃後、領地という概念は崩れ去りました、もっとも一部の街ではかつての貴族の子弟が未だ権力を握っていますが。そして王族の最後の一人であったリメリア様も魔王を封じ水晶の中で長い眠りに就かれました。貴族たちは王の座を巡り争うかに見えましたが一人の貴族がある提案をしました。『リメリア様はまだ身罷られたわけではない、我らリメリア様がはお目覚めになるまで貴族としてこの国を守っていこうではないか』と。この提案は一部の貴族を除き歓迎されました。なぜなら国が貧窮したこの状態で貴族が再び争いを呼べば荒んだ人民が反乱を起こす可能性があったからです。軍を持って悪魔と戦ってきた貴族にはもう大きな戦力といえるものがありませんでした、そして英雄であるリメリア様を君主と仰ぐことにより一般市民も多少不満があっても動かないだろうとする打算もありました。そして作られたのが現代まで続く貴族たちが話し合い政治を担う貴族院です」
一息に話したアリエッタに水筒から茶を出し渡す。
「あ、ありがとうございます」
渡された茶を飲むと再び口を開いた。
「魔王が封印されても依然として悪魔の脅威は続きました。もともと軍を率いていた貴族たちは騎士や魔術師としてそれらを退けることで確固たる基盤を作りました。今でも各都市の軍の最高権力者はほとんどを貴族が占めています。そうして貴族にとって武勲を上げるということは貴族院の中での発言権を強くするという意味を持つようになりました。」
アリエッタは強く手を握り締めた。




