第一章 学園 1-1
「……であるからにして……」
教壇で声を上げる教師の声が耳に入ってくる、どうやら授業中に寝てしまったらしい。
確か今のE組の時間は『基礎絵画魔法学』の講義、退屈な授業だ。少なくとも自分にとっては。
頬杖をつきながらゆっくりと周りを見回す。自分の席は一番後ろなのでクラスメイトの様子が見てとれる。一番前で熱心にノートを取る者、気だるげに聞いている者、窓際で舟を漕ぐ者、堂々と寝ている者、さらには前の席で教科書を立ててその影で弁当を食べるもの……いや、まだ1限の筈だが。しかも不本意ながら赤の他人でも無く我が友人である。
一心に弁当を掻き込んでいた熊のような男はこちらの視線に気づき振り向くと一瞬何かを考えるように止まり、食うか?とばかりにコロッケを差し出してきた。
いらん、と首を振って返す。別に朝っぱらから弁当を欲しがってなどいない。しかもコロッケは食いかけだ。
そうか、というように頷き食べかけのコロッケを口に突っ込むと再び弁当を食べ始めた。まだ食べるのか。
大飯食らいから目をはずして窓を見れば五月晴れ、洗濯物を干してこなかったことが悔やまれる……実のところ洗濯なんて面倒くさくてあまりやらないのだが。
しばらく外を眺めていたが仮にも授業中、学生らしく勉強をしようと思い小型の情報端末を起動させ前の席に倣い教科書の影に置いた、いわゆる内職というものだ。
昔貰ったこのマジックアイテムには様々な本の内容がデータとして書き込まれており自分では『ライブラリ』と呼んでいる、正式な名前は知らない。登録文献は一通り読んだがその後も事あるごとに何度も読み返してしまう。
ふと左からの視線に気づき目を向けると前髪を切り揃えたボブカットの少女がじとっとした目でこちらを睨んでいる。不機嫌そうな顔と眼鏡の下の目つきの悪さは彼女の印象を著しく悪くしている。
小さく手を振ってみるが何もなかったかの様に黒板に目を戻してしまった。
少女はリリア・エンク。極めて高い魔力容量と頭脳を持ち、若くして入学することを認められた天才……ただし130cmに満たない身長でありクラスでも群を抜いて小柄なのが悩みらしい。自分とは対照的な存在だ。
ちなみに自分は180cm、髪は黒くて硬く、おまけに魔力容量も常人の4分の1程であり魔術師としては底辺に近い存在、むしろよくこれで魔法が使えるものだと逆に感心されたほどだ。
……まあそれは別にどうでもいいことだ。とりあえず授業が終わるまでは読書とでも洒落込むとしよう。
さて、偶には歴史書を読み返すのも悪くない。
大陸の中央に位置するリメリア聖女国、領土は細長い形をしており北端は海に面しており、首都ディーラは南の方面に位置する。国の名前の由来は180年前に遡る。かつて暗黒の時代と呼ばれ、悪魔により大陸中が荒廃した時代『大荒廃』、勇敢な兵士として戦った男の多くが地に伏せ女子供は嘆きの声を洩らし絶望が全てを支配しようとしたその時、聖女リメリアが悪魔たちの王である魔王と幹部の大悪魔を自らの肉体を鍵として封印したことに由来する。今でも大聖堂には水晶の中で眠る聖女が国を守り続けているといわれる。
しかしながら現在でも悪魔の末裔は不定期に神出鬼没に出現し人々に牙を向けることがある。そこで人々が住む村や町は防壁に囲われており、町には一般の兵士に加え悪魔の牙と魔法を防ぐ騎士と悪魔を殲滅する魔術師が常駐している。
この学校、「リメリア護国学校」は首都外れの丘の上に建てられており国防を担うための人材を育成している。学部は騎士学部と魔法学部、一般兵科学部からなり、武器や防具の製造施設や魔法の研究施設も付属している極めて大規模な施設である。
この学校は基本的に意欲がある15歳以上の男女に対して広く門戸を開いている。騎士学部と魔法学部には素質を調べるための実技試験があるが一般兵科学部は希望すれば大きな問題が無い限りは試験も無く入学できる。また卒業後に指定の年数を兵士として働くことを条件に授業料や寮費を免除、成績優良者には補助金まで支給される。一定の生活費用も無利子で貸し出してくれるためあまり裕福でなく他の学校へ行けない者や天涯孤独の者が入学することも多い。
広く門戸を開く一方で単位と成績によっては士官として軍に入ることもできるため軍人の名家や将来軍の幹部になろうとする者も入学する。卒業には通常4年必要であり、それぞれの学年は約250人程であり、AからHまでの8クラスから成り立っている。
さらに学生は魔法学部生では2年後期、他の学部では2年前期より第2線の兵士として働くことが義務付けられているのも特徴である。望んで入学した者には血沸き肉踊る晴れ舞台、経済的な理由でこの学校しか進学できなかった者には恐怖と苦痛のひと時であろう。
リメリア護国学校では様々な生徒がそれぞれの思想、事情をもって今日も学業に勤しんでいる。