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深く、深呼吸をして心を落ち着かせる。
「……そうか」
押さえつけていた手を離すとリリアの手をとり立ち上がる手伝いをする。
「ボクをどうする気?」
立ち上がり、距離をとったリリアが敵意と怖れを含んだ視線でこちらの眼を見上げる。
その視線を受け止めつつ、リリアに頭を下げる。
「自分は魔法学部2年でグレイという。自分はただ知識を求めて封印区画に来ている。いきなり魔法を仕掛けられたとはいえ女性に対し乱暴なことをしてしまった。自分も非正規にここへ入っている為慌ててしまっていたようだ……済まなかった」
『女性は差別してはいけないが』
リリアはしばらく無言であったがややあって口を開いた。
「……ボクはリリア・エンク、貴方と同じ魔法学部2年。さっきは慌てて魔法を使って貴方を傷つけてしまうとこだった。ボクのほうが悪い、ごめんなさい」
リリアもまた頭を下げて謝罪した。
「……」「……」
しばらくの間静寂が満ちる。
「……ひとつ聞いてもいいか?」
「ん?」
「俺がここにいるのは、単純に知識が欲しいからだ。だが君はもっと強くならないといけないから、と言った。俺からすれば今でも君は十分すぎる力をもっているように見えるが」
力はあるに越したことはないしひたすらそれを求め続ける人間もいる。しかし彼女はそのようなタイプには見えなかった。
「……あなたには分からない。」
「そうだな。話も聞かず、十分な情報も得ずに物事が分かるはずもない」
「……話す必要は無い」
「確かに無い。だがこんなところまで来て、しかもいきなり攻撃してくような理由は気になるな」
「!」
攻撃してきたことを悔いている相手にこの言葉は少し卑怯であったかもしれない。しかし具体的な理由を知らない限りはまだ安心できないのも確かだ。
「……」
「……」
口を閉ざし、目を逸らしていたリリアだが何も言わずにじっと見つめてくるグレイに根負けしたのか小さく、だがしっかりとした声で話し出した。
「……ボクの親はボクが3歳の時に悪魔に殺された」
「……」
よくある、という程ではないがこの国では悪魔による死者という者は少ないながらも毎年必ず出ている。
「……ボクは近くの孤児院に引き取られて、育った……孤児院は、とても貧しくて何でもすぐ取り合いになった。体の小さなボクはいつも苛められてた」
リリアは何の感情も顔に浮かべていなかったがそれがむしろどこか無理をしているように見えた。
「ある日、たまたま孤児院の本棚に絵画魔法の教科書を見つけて、ボクはそこに描かれていた絵と文をみて……始めて魔法を使った。」
「先生たちは、ボクの魔法を見てすごいって褒めてくれた。それに苛められていると助けてくれるようになった……まあ、最近知ったけど、魔法を使える子供には将来ここの学院に入れることを条件に国から援助金が施設に渡されていたらしいけど」
「……」
「それでも昔のボクは魔法を使えば使うほど、大きな魔法が使えるようになると褒めてくれる先生達が好きだった」
「同年代の子供もボクのことを虐めなくなった」
「みんなボクが魔法を使えるようになると褒めてくれる、喜んでくれる。みんな嫌なことをしないでくれる」
「……今だって、良い成績をとって良い魔法を使えばみんなボクに嫌なことをしない。」
「だからボクはもっと強くならないといけない。もう嫌な目には会いたくない……ただそれだけ」
最後の方は早口だった。確かにあまり人に話したい記憶では無いだろう。
「……そうか」
「……」
「確かに聞かせてもらった。その当時の君の気持ちは確かに君にしか分からないだろうし今の君の気持ちもまた、そうだろう」
「……」
褒めてもらうために頑張る、子供の頃であれば当たり前の行動だ。だがそれが今現在も影響を与えているのだろう、故に無茶な方法で強さを求めようとするのか。
おそらくリリアには理解者がいなかったのだろう、周りはただ褒めるだけでそれがプレッシャーとなってリリアを蝕んでいることも考えずに。
「……ところで敵意をもたれても仕方がないがそんなに睨むのはやめてくれないか?」
「……睨んでなんかない、これが普通。よく周りから不機嫌そうって言われるけど」
「そ、そうなのか」
素であったのか、ならば随分と難儀なことだ。
「……さて、話を聞かせてもらってばかりでも何だしね……俺も少しばかり喋るとしようかな」
「別にいい」
「ははっ独り言だよ。俺は勝手に喋るだけ、君も勝手に聞き流してくれればいいさ」
「……」
理解者になってやろうなどとは露ほどにも思っていない。ただ、このままでは何かフェアではない気がした。
「そうだな……まず君と同じく、俺も親はいない」
「え?」
「同じく、というには少し語弊があるかな。俺は便所のゴミ箱に捨てられていたらしい」
「……」
「まあそんな生まれだから当然育ちも孤児院だ。今でこそこの図体だがこれでも昔は体がそんなに大きく無くて喧嘩して負けることもよくあったものだ」
少年時代に思いを馳せるとかつての自分の行為が浮かび小さく笑う。
「ははっそういえば昔はよく孤児院を抜け出して遊びにいったものだ。まあ色々な所へ行き、色々な事があったけれども・・・その中でも10歳ほどの時どこかの家に庭に迷い込んでしまったことがあってね、そこの家の人が、まあ俺より一回りほど年上だったけど魔法を見せてくれたんだ。魔法を見るのは別に初めてというわけでもなかったのだが」
リリアは話の真意が分からず訝しげに見上げてくる。
「いや、それが本当に綺麗な魔法でね、今までに見てきた他の魔法が本当に陳腐なものに思えるくらいに素晴らしかった」
だがその様子を無視して話し続ける、これは自分自身が語りたいだけなのかもしれないと思う。




