15.兄と妹
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屋敷の中は灯りがついておらず真っ暗だった。
真っ暗な部屋のソファにナイと言われた男が座り、その膝を枕にアンと呼ばれた少女が眠っていた。
アンの体が不意に動き、ゆっくりと起き上がった。
「お帰り」
「公爵と取引してきました」
「後はキラの動きを待つだけだ」
無表情に答えるナイの言葉にアンは男から離れた位置のソファに腰を下ろした。
「随分と嫌われたな」
「今回の件はひどすぎます」
「アンはキラを止めなくていいの?」
にこやかに言うナイの言葉にアンは冷たい視線を向け、やがて小さくため息をついた。
「キラはどうしてそんなに世界を欲するのでしょう」
「さてね。俺にもわからないよ」
「ナイは何故、キラを止めるのですか?」
「兄さんって呼んでくれたら教えてあげる」
「拒否します」
「冷たいなぁ。じゃあ、理由は教えてあげない」
アンはナイの理由をなんとなく理解している。
それでも『兄さん』と言ってまで知る必要はないと強気で答えた。
仲が良かった頃は『兄さん、姉さん』と呼んでいたが、今回の件で怒っているアンは決してその呼び名を言わないと意地を張っていた。
「ところでもう一度確認するけどこれからの計画本当にいいんだね?」
「私の条件を飲むのでしたら」
「いいよ。俺が欲しいのは君の力だけだからね。
そうそう、この隠れ家に何度か調べに来る人がいるんだよね。
だからこの隠れ家は破壊するよ。
もうこの隠れ家も必要なくなるしね」
「破壊してしまってはキラに気付かれるのでは?」
「そしたらキラもより早く行動してくれるでしょ。
壊されたくないものがあったら今のうちに片付けておいてね」
「ありません」
「なんかさー。やたらと冷たさに磨きがかかってるのは気のせい?」
「ご自分の胸に聞いてください」
「わからないな」
無邪気に笑いながら言うナイにアンは再び溜息をついた。
3つに分かれても最初の頃は3人はわりと仲がよかった。
何がきっかけだったのかはアンも覚えてない。
この屋敷で3人で平和に暮らしていたのに、キラがある日突然いなくなってしまった。
ナイは『そのうち帰って来るよ』と全く気にもしない。
アンは森に薬草を取りに行く以外の外出が苦手で探しに行くことはしなかったが、毎日キラに呼びかけてみても返事は一切なくそのまま時が流れた。
ナイも屋敷を空ける事が多くなり、アンは1人で屋敷にいることが多くなった。
ナイは人間をからかいに遊びに行っていると言っているが、本当はキラの事を探しているのを知っていた。
ただ、ナイは意外に人間に好意を寄せているので遊びに行っているというのも間違いではないのだろう。
その日もアンが1人で屋敷にいると、キラが数人の男を連れて屋敷に帰ってきた。
アンは帰ってきたのが嬉しくてキラに飛びついたのだが、キラに襲われてしまった。
『世界を手に入れる為に私の力になりなさい』
今でもアンはキラの言った冷たい言葉が耳から離れない。
やっと帰ってきたと思った姉の言葉にアンは目の前の出来事を信じたくなかった。
ナイが慌てて戻ってきてアンを奪いかえしたが、キラの連れてきた男たちは人間にしては力があり、分が悪いと判断したナイは逃げた。
必死に逃げて気が付けばオスクリタ国にまできていた。
アンは体だけでなく力の元もだいぶ弱くなっていた。
ナイの体に入れてしまったらアンの意識はなくなってしまうくらい弱いアンの為にナイは死にかかってる赤子にアンの意識を入れることに成功した。
まさか、死にかけてると思った赤子が実は生きる為に必死にもがいて成功していたという事を知らなかったナイはそのまま力がなじむのを見る事もなく自分も回復するために確認をしないで去って行った。
アンは真っ白な空間で目を覚ました。
そして沙希と言う少女に会い、アンは沙希と共にアリア・ヴィーゼと言う少女の中で眠ることに決めた。
お転婆なアリアの毎日は楽しかった。
たまに予測がつかない行動もするが、屋敷で過ごしていた時より楽しい日々にアンはこのままアリアの中で共に生きていたいと願っていた。
だが、その願いは叶うことなくナイに無理やり起こされて今の現状に至る。
ナイの事は頭に来るが、キラを放っておけば大変なことになるのもわかっている。
アンはアリアが大好きだ。
だからアリアの為にキラを止める事に反対はない。
「そういえばキラがこの屋敷で何をしていたのかわかったのですか」
キラは逃げたナイを追うことはせずに屋敷で暮らしていた。
その間、ナイは戻る事さえできず、ようやく最近戻れたと言っていた。
「密会と実験だね。
学院で呪矢を放つ予定だった男が持ってたのは見たことのない呪矢だったよ。
それがこれ」
あの日、アリアに呪矢を放ったのは目の前にいるナイである。
どうしてもアンを起こしたかったナイはキラの作戦を知って本来の刺客と入れ替わって呪矢を放った。
本来の刺客はナイの暗示で自分で放ったと思っている。
そして本来使うはずだった呪矢を見てアンは思いっきり顔をしかめた。
「最悪ですね」
「だよねぇ。
これ試作らしいけどこれは苦しめながら死に追いやる死の刻印以上の呪矢だよ」
「これで試作ですか」
「打たれた娘がぴんぴんしてるからね。
完成したと思ってなくて未だに原因を探してるっぽいよ。
だからこちらのことがばれる前に早々に動きたい」
「それに関係する書物とかは?」
「この屋敷にあるのは全て処分するよ。
さてとそろそろこの屋敷を破壊する準備にはいるよ」
「わかりました。
私を無理やり起こしたんですから、失敗したら許しませんよ」
アンはそういうと部屋から姿を消した。
その姿を見ていたナイの表情が寂しそうだったのに気づくことはなかった。




