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貧乏魔法使いと金のたまご

作者: kokusou.

「うう…腹が減った…」



 青年はぎしぎしと鳴る木造りの椅子に、重たいその身を沈めていた。

 その長身を小さく縮めて、ごろんごろんと寝返りを打つ。

 体をいくら傾けても、腹の減りようが変わったりはしない。

 大きく口を開けて空気を吸う---否、食す。

 実際に腹が膨らむわけではないが、気持ちの問題だ。


 むっくりと起き上って薄らあけた目で、玄関の方を見つめるが、扉の向こう側に人の気配はなかった。


 今日も客はこなさそうだ、と彼はため息をつく。


 …今月、生きていけるだろうか。


 いい加減食い物をよこせと言わんばかりに、ぐうぐう、と不満げな音を立てる腹をなでた。






 地方の村の更に森に近い場所にひっそりと佇む『魔法使いの薬屋』には、いつも客は少ない。

 この地域にも医者はいるし、体の丈夫さがそのまま稼ぎに直結するこの地方では、屈強な者が多い。

 どうしても持病のあるものは医者にかかり、医者経由で薬屋に依頼して薬を得るのだが、『魔法使いの薬屋』は青年――ゼファーのオリジナルのものがおおい。

 村の医者はゼファーの薬を信じてくれているが、ゼファーをよく知る村の者以外は、怪しがってなかなか新規の客が増えないのだ。

 しかも、店が草木の蔓延る異様な風貌だから更に寄り付かない。


 と、いうように様々な理由があるからで、決して『魔法使い』は『薬屋』などしない、という常識に反した名前だからではないはずだ。


 …うん、きっと。



 むっくりと起き上ったゼファーの、その身長は高い。180センチをこえるその体の上には、伸び放題の赤黒い髪の毛に少し分厚い唇。雰囲気にまるで合わない洒落た眼鏡の奥には、眠たげに眼を瞬かせる赤金の瞳があった。

 ずるずると長いローブを引きずって、ゼファーは店の入り口と反対側にある玄関に向かう。

 ごちゃごちゃと物だらけの廊下を抜けて、玄関先に積み上げた道具の山をごそごそと漁る。

 でてきた採集用の道具を腰につけると、玄関をあけた。

 外から差し込む太陽の眩しさに目を細め、ローブについているフードを目深にかぶる。


 家の中に引きこもって魔法使いとしての勉強をしているから、すっかり太陽に弱くなってしまったと謎の満足感をかみしめながら、ゼファーは歩き出した。


 今月の分の依頼の薬は作ったから、薬草採集は必要ない。

 しかしその支払いにはまだあと一週間以上ある。

 食べ物を探しに行かねばとゼファーは森に向かったのであった。


 腹がまたもや、ぐくぅぅぅぅ―――と妙な音をたてた。今度は食料に期待している、とでもような、少し高い音だった。







 ゼファーは貧乏な『自称』魔法使いだった。

 とにかく貧乏なものだから、毎日の食べ物にも困るくらいだ。おかげでひょろりと高い背丈にがりがりの体という、典型的な不健康さ。


 中身はと言えば、これまた適当な男であった。

 家事はできないし、身支度にも興味がない。服も買わないし、髪も切らない。

 風呂には三日に一度はいればいいという考えの男だ。

 どうせすぐ薬草臭くなるから、というのが持論だった。が、本当は薬草にも興味はない。


 ただ、魔法使いになるために勉強していた中で、能力があると認められて許可証を得たから、仮の姿として薬屋をしているだけだ。

 だから『魔法使いの薬屋』なのだ。

 これから、『魔法使い』になる男『の薬屋』というゼファーの並々ならぬ意思表示である。


 そう、魔法使いには、これからなるのである。

 三回試験を受けて落ちているが―――そんなことはゼファーの頭の中からは抜け落ちていた。







 森に入ってすぐの場所に、ゼファーの管理する農場がある。


 農場と言っても、小さい場所だ。しかも怠惰なゼファーが管理ともいえない管理をしているため、基本は放置して育つものしかない。

 放置して育つものは、基本土の中に埋まっているから掘り返そうと思ったが、雑草も伸び放題でどこがどこかさっぱりわからない。


「どこになにをうえたんだったかなぁ~…」


 どうにか目印だったであろう木切れを見つけようと、雑草を切っていた時だった。

 土に半分埋まった丸っこい塊を見つけたのは。


「なんだこりゃ」


 土がかかって薄汚れているが、明らかに植物ではないからきっとゼファーが埋めたのだろう。

 しかしこんな果物の種、埋めたっけなと思いながら、その丸っこい何かを両手掴んで引っ張る。が、動かない。


「っ、おっもっ…!!」


 引こうが押そうがびくともしないその塊に、これは周りの土を少しずつ避けるしかないかと、手袋をはずして触った時だった。


 丸っこい塊が、光ったのである。

 それはもう目が眩まんばかりに、ぴっか――!と。


 驚いたゼファーは小さく叫び声をあげて尻餅をついた。

 余りの眩しさに瞼の裏がちかちかする。

 目をギュッと閉じたまま頭をぶんぶんと振って目の裏の星を追い払い、やっとのことで目を開けた時、ゼファーの手の中には輝く塊があった。


「金の…たまご…?」


 形はたまごとしか言いようもない。しかし、大きい。そして何より、金色である。

 恐る恐るコンコン、と叩くと、しっかりとした中身のある音が返ってくる。まるで金属のようだ。

 ゼファーはごくりと唾をのみ込んだ。

 じっくりとたまごを掲げると、その艶々とした金色に映った自分の顔を眺めた。


「こ…これは…!う、売れるっっっ!!」


 ゼファーは道具を農場に放り出すと、すっくと立ち上がった。

 さすがにこんなに堅そうなたまごは食べられそうにない。が、金属のような掌をこえる大きさのたまごだ。

 絶対に珍しいものに違いないと確信したゼファーは、採集道具を放り出して村に向かったのであった。









「そうだな、2000ルビアで買おう」

「に、にせん…」


 質屋に来たゼファーはあんぐりと口を開けた。

 額が広くなった中年のおやじであるベハナバは、たまごをゼファーの目の前の机の上に置く。やたら装飾の付いた鑑定眼鏡を外すと、その場で数字を叩いてゼファーに見せてきた。

 改めてその数字を見れば、ゼファーの一年間の食費が余裕で賄える金額だ。


 是も非もないとゼファーは思い頷こうとしたとき、卵がぐらりと傾き、机の上から転がり落ちてゼファーの足の上にぐわん!と落ちた。


「いっだぁぁ―――!!」

「くぉらああああ!気をつけんかい!!」


 叫ぶゼファーにいきり立つベハナバは、さっとゼファーの足の上のたまごを拾い上げると、よしよしと撫でた。


 …なんかいま足の上で卵が移動しようとしたような。


 まるでベハナバを嫌がるようにたまごが足にすり寄ってきたような気がしたが…気のせいだろうと、ゼファーはベハナバから金を受け取り、たまごを渡したのだった。







 料金を受け取ったはいいが、そんな大金になるとはおもっておらず、手持ちのポシェットはもうぱんぱんだ。なんだか急に不安に駆られて、ポシェットを背面から腹の前に回すと、しっかりとローブの前を閉めた。


 …行き交う者どもが俺のこの金を狙っているような気がする…。


 ゼファーは大きな身長を丸めて、おなかを抱えながら歩く。その様子を、村の人間が怪しげに見ては避けて歩くが、ゼファーはおなかのお金に必死で気づかない。


「ん?」


 その鼻先にかぐわしい香りをかぎ取り、ゼファーは鼻をぴくぴくと動かす。


「ああ…いいにおい…」


 お金に釣られて忘れていた空腹を思い出し、その香りを辿ってゼファーはふらふらと歩きだした。










「はぁぁぁ~久しぶりに腹いっぱい食べたぁ~」


 すっかり満腹になった腹をさすって、ゼファーは爪楊枝を噛んだまま満足げに息をついた。

 さっき手に入れたお金のおかげで、満たされた腹はもう当分不満を訴えることはないだろう。

 余裕が生まれたからか、普段なら一切考えないが、久しぶりに髪でも切りに行こうかと伸びきった前髪をちょいちょいと触る。

 組んでぶらぶらと揺らしていた足に、何かがコツン、と足に何か当たった。


「ん?」


 口から爪楊枝を出して、机の下を覗きこんだゼファーは零れんばかりに目を見開いた。


「へっ?!」


 そこには、おいてきたはずの――――

 同時に店の入り口がざわめき、混乱の極みにあったゼファーを更に絶望の淵にたたき込むことになる。


「おまえ―――っ!たまごを盗んだな!」


 ばっと顔をあげると、そこには先程会ったばかりのベハナバの姿があった。

 小太りの小さな体はゼファーを指さして怒鳴り散らしている。

 その横には引き連れてきたのだろう、ゼファーも良く知った村の警察官ルドルフが困ったように突っ立っていた。たまごを盗んだ盗人だと店の中だというのに大声でわめき散らすベハナバに、ゼファーは顔を真っ青にして立ち上がった。


「ええっ!ち、ちが」

「何を言う!そのたまごが何よりの証拠!」


 ぶんぶんと首も手も振って否定するが、顔を真っ赤にしたベハナバが指さす先には、確かに先程売り払ったはずの金のたまごがある。

 しかも、ゼファーのすぐ足元に寄り添うように。

 ベハナバはずんずんと歩いてくると、金のたまごを拾い上げた。ご丁寧に高級そうな布でくるんで、射殺さんばかりにゼファーを睨んでくる。


「こらぁ!!このダメ警察官!何を突っ立っとる、早くこの狼藉者をひっとらえんか!」

「あーはいはい。すみませんねぇダメ警察官で。…悪いな、ゼファー。一旦取り調べの為に来てもらうな。いやー心が痛いわぁ」


 良く見知った仲のルドルフはそう言って頭をかいたが、迷いなくゼファーの両手に錠をかけたのだった。

 絶望に顔を染めたゼファーの肩に、ぽんと置かれた手があった。

 ゼファーはその手に助けを求め、きらきらした目を向けた。が、その先に待っていたのはウェイトレスの冷めた瞳だった。


「お客さん、お代」









「だーかーらー!たまごが勝手に帰ってきたんだって!」

「だぁかぁらぁ。もうちょっと現実味のある嘘をつけって」

「嘘じゃなぁ―――い!!」


 ゼファーはかれこれ一時間近く、警察官の詰所でルドルフと顔を突き合わせて、同じ問答をずっと繰り返していた。

 優男のルドルフは既に呆れたといわんばかりに、勝手に調査書を書き込んでいる。そこに書き込まれていくありもしない内容に、ゼファーは唾を撒き散らして叫ぶ。


「おいっ、こら!俺は盗んでないって!」

「おい、つば!きたねぇからやめろ!…お前、そうはいってもなぁ。誰が証明すんだよ」


 ペンを口と鼻の間に挟んで、ルドルフは頬杖をついた。


「…お前、心から可愛くないからやめろ」

「へーい」

 ルドルフはつまらなそうにペンを持ち直すと、くるくると回した。

「この村で済むような問題だ。そうピリピリすんな。まーちょっとの間ここに住んでもらって反省してもらうんと、前科がつくだけだ」

「ピリピリするわ!ふざけんな!」


 前科などつけば、魔法使いには一生なれなくなってしまうではないか!


「ちょっと」


 急に声がして、ルドルフと二人詰所の入り口を見れば、女性が仁王立ちしていた。その豊かな金色の髪はぐるんぐるんと巻き上げられている。こんな豪華な髪型は村ではみたことがない。

 真っ赤な唇を歪めた女は、不機嫌そうだ。


「ここに金のたまごを拾った者がいるってきいたのだけれど?」


 高飛車に言い放つ女性に、ルドルフは困ったように眉を顰めると、ぽりぽりと頭をかく。


「どなたさま?悪いけどここは詰所だ。勝手に奥まで入ってもらっちゃ困るんだけどなぁ」


 用があるなら表で、と腰をあげようとするルドルフに、女はふんと鼻を鳴らすと、胸元のポケットからさっと何かを出して掲げた。


「あたしは上級獣使い(テイマー)、リゼット・オセロムよ。ここには捜査できたわ」


 さっと顔を青くしたルドルフは立ち上がると敬礼した。


「しっ失礼しました!上級職種の方でしたか!しかも捜査でとは…どういったご用件でしょうか!」

「なんだ…獣使い(テイマー)か」


 急にきびきびしただしたルドルフにも、リゼットという女性にも興味はない。

 先程ルドルフの書き込んでいた目の前の調査書を引き寄せて、いそいそと折りだしたゼファーに、リゼットと名乗った女性の蟀谷に青筋が浮き立つ。


「あんたが、たまごを売ったっていう馬鹿ね」

「馬鹿じゃない。ゼファー・ジーペットだ」

「…ジーペット?あんた『なりそこないのジーペット』?」


 む、としたゼファーは眠たげだといわれる目つきを精一杯きつくして、リゼットを睨んだ。


「『なりそこない』じゃない、これから『なる』んだ」

「はっ、このたまごの価値も分かんないあんたじゃ、どうあがいたって無理よ」

「たまごの価値?あのたまご、2000ルビアにもなったぞ」


 ゼファーがどや顔でふんぞり返ると、リゼットの顔は一気に怒りに染まった。

 ゼファーの目の前に指を突き出して、ぐいぐいと攻め立てる。


「ばっかじゃないの。あのたまごは、2000ルビアどころじゃない。1000000ルビア払ったって買えないわよ!」

「ひゃ、ひゃくまん…?!」


 ゼファーとルドルフはぽかん、と口を開けて固まった。暫くしてからぎしぎしと顔を動かし、お互いに顔を見合わせる。


「おまえ、あのたまごどうしたっていってたっけ?」

「今日、俺んちの農場で、拾った」

「それが?」

「ひゃくまん?」


「…」

「…」

「…」


「うっそだぁ―――!ははは!リゼットさん、そんなん俺でも嘘だってわかるよ!」

「うはははは!あははははは!」


 笑い転げる二人の間にあった机を、リゼットが勢いよく蹴飛ばした。机はぎぃぃーっ!と妙な音を立てながら床を転がり、壁に激突してぐわん!と音を立てて止まった。

 二人が呆然と見上げた先には、笑顔の般若がいた。


「…す、すいません」

「笑ったりして…ほんとすいません」


 男たちはそわそわと姿勢を正すと、深く頭を下げた。

「わかればいいの」とルドルフの椅子を奪ったリゼットは笑みを深めた。

 そして吹っ切れたように手をぷらぷらと揺らすと、くすくすと笑った。


「あー、ほんとに安心したわ。あんたはこのたまごの主にはなれないってことがはっきりして」


 リゼットが背負っていたその荷を丁寧にほどく。


「このたまご、これであたしが心置きなくもらえるわ」

「へ?」


 出てきたのは、ゼファーにとってはそろそろ見飽きた!と叫びたいほど今日一日でみた金色のたまごだった。もういい加減にしてほしいと、ゼファーはげっそりした。

 ルドルフはとにかく驚いたらしい。慌ててリゼットに尋ねている。


「リゼットさん、なぜそれをあなたが?」

「ベハナバが、捕まったからよ」

「へ?」

「あのハゲ、差し押さえって言って大量の不正回収を行ってたみたいね。さっき私と一緒に来た首都の警備官が罪状突きつけて連れて行ったわよ」


「村でおさめときゃいいのに、首都の方にまで手を出すからよね」とくすくす笑うリゼットは、大変性格が悪そうだ。「ハハ…」と空笑いするルドルフも同じことを思っていそうだが、ゼファーはとにかく金のたまごを視界から外そうと必死であった。このたまごに関わると、碌な事がない。

 用事は済んだとばかりにさっさと身支度を整えるリゼットは、ふと思い出したように口を開く。


「ああ、そうそう。一ついい報告してあげるわ。これ、霊獣のたまごの可能性が高いの。ベハナバの邪悪な意思を感じ取って、あんたの元に移動した可能性はあるのよね」

「それはあれか、すりこみのような」

 最初に会ったゼファーが親だと思って帰ってきた、ということか。

「ま、すりこみって程じゃないわ。たまごの割れる瞬間にたちあわなきゃ、本当の主にはなれないもの」


「そんなことよりっルドルフ!これで俺は無罪だよな!!」

「あっ」

「あっ、じゃないよ!!もうこれはいらないよな!」


 嬉々として調査書を破くゼファーに「あー…」と何やら残念そうに呟くルドルフ。

 その様子をあきれたように見ていたリゼットだったが、たまごを丁寧に袋にしまいなおした。


「とにかくこのたまご、私が貰うわね」

「ああ、どーぞどーぞ。俺は獣使い(テイマー)には興味がないんだ」

「なっ!ゼファー!いいのか、本当にあれが霊獣のたまごなら、こんな機会めったにないんだぞ!!」


 横でルドルフが驚愕の顔をしてゼファーの肩を掴んでぶんぶんと揺さぶってくる。

 しかし、関係ない。

 ゼファーの夢はあくまで、魔法使いなのだ。

 獣使い(テイマー)になれる可能性など、欲しくもないのだ!


「ま、でもたまごが寄ってくるってことは、癪だけどあんたには獣使い(テイマー)の才能がほんの少しだけどあるのかもしれないわよ。今なら一緒に王都に乗せていってあげてもいいけど」

「リゼットさん優しいですね!ほら、今の薬師の仕事だけじゃお前食っていけねぇんだから、ついていけって!」


 リゼットは既に玄関から出ようとしている。ルドルフは必死でゼファーを立たせようとする。

 こいつの友達思いのところは好意的に受け取っているが、今日ばかりはそうはいかない。


「…ぜったいに、いやだ」

「はぁ?」

「俺は、魔法使いになるんだ」

「…この三年で身に染みたんじゃないの。あんたにはないの!適正が!なりそこないって言われる程にね!」


 ゼファーは確かに魔法使いの試験に今まで三回受けて、三回すべて落ちた。

 魔法使いになるには、年二回ある魔法適性審査を受けなくてはならない。

 そして魔法使いと認められる許可証を発行してもらうには、筆記試験と、実技試験の両方を通過しなくてはならない。

 実技試験では最低条件として火、水、木、金、土の属性のうち2種類以上の適正を示すことが必要だ。

 しかし、ゼファーが使えるのは、火の属性しかなかった。その火の属性の力も微々たるもので、精々料理に使うのがやっとだ。筆記試験は膨大な勉強をしたため、常にいい成績をとっていたが、根本的なものがゼファーには足りなかった。


「憧れてるんだ」


 昔々、ゼファーを助けてくれた大きな炎を操る魔法使い。

 鮮やかな灼熱色の髪と、格好いい眼鏡をかけた彼は、ゼファーがまだ幼い頃、真っ黒くてとてつもなく大きな、恐ろしい野獣から助けてくれた。

 なぜ襲われることになったのか、その辺の経緯は全く覚えていないし、そのあとのことも覚えていないが、そのゼファーを案じるように振り向いたその顔ははっきりと覚えている。

 美形ではないが、落ち着いた顔立ちをしていた。

 …はっきり言おう。どちらかというと冴えない顔をしていた。


 だが、恰好よかったのだ。


 その魔法使いをまねて、ゼファーは眼鏡をかけるようになった。


 ゼファーは、自分を助けてくれた魔法使いの様に、人が危ない時に颯爽と助けられるような、そんな格好いい魔法使いになりたかった。


 決して、獣の面倒をみるばっかりで筋肉だらけの仕事の獣使い(テイマー)ではないのだ!


 そう声高に言い放つと、獣使い(テイマー)の女、リゼットは顔を真っ赤にして、ゼファーのその顔に思いっきり張り手をかました。


「しっつれいなおとこ!」

「ぶふぅ!!」


 獣使い(テイマー)は、その職業柄、筋力が必須だ。女性と言えど、その膂力は恐るべきものだった。

 ゼファーは吹っ飛ばされ、床に体を強かにぶつけた。それを「あちゃぁ…」と言わんばかりの顔でルドルフが見ていた。


「ふんっ!」


 リゼットはぷいっと顔を逸らすと、ゼファーのその顔も見たくはないというように足音も高らかに詰所からでていった。

 勿論、金のたまごをしっかり抱えて。


 ぴくぴくと痙攣するゼファーの横に、ルドルフは座り込んで半笑いでその体をつついた。


「ばかじゃねーの、おまえ」

『ほんとにばかだね、兄さんはほんとばかだ。ぼくを…』


「二度もばかにするな!しかもいつから俺はお前のにいさんになったんだ!」

「は?だれがにいさんだって」

「いま、お前がいったじゃないか」


 いてて、と頬を擦りながら起き上ったゼファーに、ルドルフは冷めた目をしていた。


「おまえ、ひっぱたかれてホントに頭おかしくなったんじゃねーの」











「ああ・・・疲れた・・・」


 ゼファーは夕暮れに染まった道をとぼとぼと歩いていた。

 疲れのたまった足は歩みが遅く、やっと見えてきた我が家にゼファーはほっと息をついた。

 今日は本当に散々な一日だった。

 たまごを拾った時はなんたる幸運かと思ったが、その後は散々だ。盗人にされるわ、わけのわからない女には馬鹿にされるわ、挙句の果てにルドルフまで俺のことを馬鹿だ阿呆だと罵るわ。


 …今日は早く寝てしまおう。


 寝所を目指して家の階段を上がる。面倒なので風呂は明日以降だ。

 お金の入ったポシェットは、取っておけとリゼットに言われたのでありがたくいただいてしまった。

 それだけはしっかりしまわねばと寝所の金庫をあけて、いれる。何せ一年分の食費だ。大切にせねば。


 さぁベットに横になろうと振り返った時である。


 たまごがあった。


 先程まではなかったはずの、寝所のど真ん中にぴかぴかと輝く、金のたまごが。


「…?」


 ゼファーは思わず目を擦ろうとして――眼鏡が邪魔だということに気付いて眼鏡を外してから、目を何度も擦った。


 やはり、たまごがある。重力など無視したかのような綺麗な姿勢で、床の上に立っている。


「な、なんで…?」


 唖然としたゼファーが立ち上がった時だった。

 卵がぐらりと傾き、次の瞬間すごいスピードでゼファーの方に転がってきたのだ!


「ぎ、ぎやぁぁぁああぁぁ!!」


 ゼファーは恥も外聞も捨てて叫びながら、慌ててベットの上に駆け上がった。

 べたりと壁に背中をつけて振り向くと、卵は更に勢いをつけてベットの下にそのまま転がり込んでいった。


「……」


 静かになった部屋で、ゼファーは恐る恐るベットの端ににじり寄った。

 耳をベットに当てるが、なんの音も聞こえない。

 ゆっくりベットの縁に手をかけて、ベットの下を覗くと――――。


「ぐわっ!!」


 たまごがベットの下から飛び出してきたのである。

 ゼファーはたまごとしこたま頭をぶつけ、苦悶の声をあげた。


「いってぇぇぇ―――!!」


 余りの痛みに、頭を抱えてベットの上でもんどりうつ。


「なんなんだよ!!このたまご――――!!!」

















 あれから一月後、ゼファーの日々は大きく変わっていた。


 同居人が増えたからである。

 同居人が増えた時は、その姿に目が飛び出るんじゃないかと思うほど驚いたし、猛反対した。


 絶対に、嫌だと思った。


 が、その同居人も決して折れなかった。ゼファーから離れることを良しとしなかったのである。

 そうまるで…すりこみのように。


 しかし良いこともあった。

 この同居人、ゼファーのできないことがすべてできるという超優良物件だったのだ。


 その優良物件な同居人と過ごして、早一月が立とうとしていたころだった。


 滅多に手紙など貰わないゼファーの家に、郵便屋がやってきたのである。



「『勧告状』?」


 渡された封筒に書かれた文字に、ゼファーは訝しげに顔を顰める。

 そして玄関横の棚をごそごそとあさる。


「あっれー…どこやったかな」


 中々玄関から戻ってこないゼファーに、キッチンにいる同居人から声がかかった。


「なにしてるの、ゼファー」


 キッチンの同居人は、今朝餉をつくっているところだ。いい匂いが玄関まで漂ってきていて、腹が鳴る。


「いや、ペーパーナイフをな。めったに使わないから…あ、あったあった」


 棚の奥から出したペーパーナイフは薄汚れていたので、ゼファーは軽く自分の服で拭くと、封筒の口を破った。中から現れた高級そうな羊皮紙に、いよいよゼファーは眉を顰めた。

 嫌な予感しかしない。


 恐る恐る紙を開くと、料理途中の筈の同居人―――アーゼが寄ってくる。


「料理は」

「火、消した。だいじょうぶ」


 ゼファーより遥かに低い背丈の、アーゼと名乗った少年。身長はゼファーの半分しかなく、くりんとした金の目に燃えるような赤い髪の少年だ。

 彼用にと自分で作ったエプロンで手を拭いて、ゼファーを見上げてくる。

 ゼファーは「あとでな」と言って羊皮紙に目を向ける。


「なにな…に…」


 文章を目で追うにつれて目を見開き、顔を真っ青にしたゼファーの服をアーゼは引っ張る。

 アーゼの身長では、ゼファーの手元など一切見えないからだ。

 呆然自失となったゼファーの手からはらりと落ちた手紙を、アーゼは空中でキャッチする。


「なになに?『ゼファー・ジーペット、獣使い(テイマー)養成所への入門を申し渡す。一月後までに首都までこられたし』…」


 ぎしぎしと音が鳴らんばかりにアーゼの方に顔を向けたゼファー。

 そんなゼファーに、アーゼはにやりと笑った。


「ふぅん、どうやら僕を前に見に来たリゼットさんが報告しちゃったんだね」


「サラマンドラの姿見られちゃったから、当たり前か」とアーゼは呟いたが、ゼファーはそんなこときいちゃいなかった。

 アーゼの手にした手紙をひったくり、破らんばかりに握りしめ体中をぶるぶると震わせたと思えば―――-



「ぜぇっったいに、いやだ―――っ!!おれは魔法使いになるんだ―――!」



 玄関先だというのに雄たけびをあげるゼファーに冷たい目を向けると、アーゼはそそくさとキッチンに戻った。

 一旦切った火をつける為に口からぼっと火をだす。


「今日の朝ごはんは、ベーコンと、目玉焼きと、サラダと、トースト」

 ゼファーに食べさせたその後には、洗濯掃除買い出し店番と用事が目白押しだ。



 アーゼは、一月前の夜、金のたまごから生まれたサラマンドラだ。


 勿論最初はひとの体で生まれたわけではない。

 蜥蜴のような体で生まれた時、やっと出てこられたとほっと一息つけば、途端に部屋中のものを投げつけられたのはいい思い出だ。半泣きのゼファーに話を聞いてもらうまで、一時間以上もかかったのだと思い出せば目が遠くなる。


 ゼファーに農場で発見されたあと、直接もう一度触れてもらう必要があったのに、この男とくれば常に手袋をしているものだから、最後は頭突きで事なきを得て生まれることができたというのに!


 サラマンドラとして生まれてすぐに、首都からリゼットが怒涛の勢いで舞い戻ってきてアーゼを見つけて泣き叫んだ。

 何故貴重なサラマンドラがこのような朴念仁を選んだのか、なぜ自分の元から去ってしまったのかとおいおい泣き、アーゼとゼファーを大変困らせた。

 サラマンドラ姿のアーゼよりも困ったのはゼファーだ。

 女性の面倒などみたこともなかったらしい彼は大いに狼狽し、彼も半泣きでルドルフを呼んで今度は二人と一匹でおろおろする羽目になった。

 泣きつかれたリゼットがそのまま寝てしまい、ゼファーは部屋を貸し出すことになるし。

 真っ赤な顔で翌日起きてきたリゼットは、一泊の礼など言うわけもなくひたすらに汚い部屋に文句を言って首都に帰っていった。


 それからというもの、次の変態をするためにもう一度ゼファーに触れねばならぬというのに、この男とくればとにかくサラマンドラの姿のアーゼをさけ続けた。

 最近やっと寝ているところを襲って、このヒトの体へと変態したのである。

 …この成長速度が異常だということは、ゼファーには秘密だ。


 そしてアーゼにはもう一つ秘密があった。


 リゼットのいうように、たまごで発見された霊獣は最初に生まれた時に出会った者と契約することが多い。たまごはその素質のあるものによりつくし、リゼットが生まれて数日のアーゼを見て愕然としたのも、獣使い(テイマー)としての彼女の常識では、既に契約を終えていると考えるのが普通だろう。


 しかし、相手はゼファーである。

 適性のない『魔法使い』に憧れる、おバカなゼファー。

 他の才能はあるというのに、それには見向きもしない。

 そんなゼファーが獣使い(テイマー)の契約の仕方を知るわけがなかったのである。


 そもそもアーゼはゼファーと契約するつもりも、他の人間と契約するつもりもさっぱりないのだが。

 アーゼとゼファーは、契約するような関係ではないのだから。


「俺は獣使い(テイマー)じゃない、魔法使いになりたいんだ―――!!」


 まだそんな叫び声を玄関で上げるゼファーに、アーゼは呆れた目を向ける。


 アーゼはゼファーと自分が、まだ契約しておらずリゼットの思うような主従関係にないことをいつ言うべきか、それとも永久に言わずとも良いかなと考えながら、フライパンの中のベーコンをひっくり返したのだった。






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