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時間の缶詰(かんづめ)

作者: 浅川太郎
掲載日:2011/12/07

世の中には頭がいい人、頭の回転の速い人って、いますよね。そんな人から僕らを見たら、どんな印象なのかなぁと、解る訳もないのに書いてみました。

夢の中、僕は押も押されぬ中堅作家に既になっていた。

来る日も来る日も締め切りに追われ、面白いような、面白くないような話をキーボードからたたかたったかと入力してた。少しは金銭的な余裕も出てきて、自宅のちょっとした改修をはじめ、複数の工務店からの職人さんや便利屋さんが来ていた。


中に、縁を切ろうかと思ってる便利屋がいた。


横柄な態度で、言葉づかいも感心しないし、請求額も高いような気がする。


その、案外まだ若いのではと思われる便利屋にバスルームの扉の修理を依頼しつつ、「あんたんとこ、この仕事で終わりにしようかと思ってるんだけど‥」と切り出したところ、

「そりゃそれで別にかめしません。お客さんの決めるこっですから」

それから彼はこう続けた。

「でも、オタクはん作家でしょ?作家さんにゃ《いい薬》おまんにゃけど、使てみる気ぃおまっか?」

「どんな薬なんかいな?」

「なにやら、《時間を詰めた薬》と聞いてんにゃけど」

「興味あるよ。もっと聞かせてんかぁ」

「いやね、わいが扱うとるんちゃうし、仲介業みたいなもんやさかい」


男は、その薬が買い求められる店を紹介してくれた。

市の中心から少し離れたところにある、《占い》ばかりをおよそ十店集めた雑居ビルの一室らしい。

夜のみの開業とのこと。

早速僕は、行ってみた。


扉のない、薄暗い占いの店には多くの女の子が並び、恋の悩み、仕事の苦労を訴えているのだろう。


指定された店はとりわけ暗かったが、目を凝らしても人影はなかった。


だが僕の気配を感じたのだろう、黒のジプシー服とでもいうのだろうか、異様な出で立ちの老婆がどこからともなく現れた。


「あんたのことは聞いておる。《時間》が欲しいんじゃな?」

「そのような結果が得られましたら、当然、副作用もあるんでしょうし、その場」「おだまんなさいっ!そなたの作品を今、見ておる。(と言ってその老婆は暫く目を閉じた)‥‥う~む。悪くはないが、よくもない。ま、普通よのう。自分では傑作の積りか知らんが、その手前じゃな」無言だった僕に追い討ちをかけるように、

「精進するこっちゃなあ。もちっとはまともになるけんどのう。惜しい。う~む、惜しい」


「薬のこと、お聞かせ、願えますか?」


老婆は、独特の語り口で、以下のことを、さらに低い声で言った。



クレオパトラが生きてた当時、アレキサンドリアの港町で、そのプロトタイプとなる薬が、特殊な人々にとっては、特殊な経路で入手可能だった、という。

特殊な人々とは、詩、文学、実録記などの作者の内、より旺盛な想像力、創造力を熱望する向きが購入した。時代は下り、音楽界ではモーツァルトが先ず愛用し、時期を空けて久し振りに摂取した折は、「ああ、ようやく神に会えた」

と独り言ちしてたというが、その死に関係があるかどうかは定かではない。

近代になってからは、ジョン・レノンとポール・マッカートニーが服用した。国内では、作家の黒岩重吾が大量に摂取し、大量の作品を輩出していった。

昭和からこちら、当初は薬包紙に入れられ、次に遮光性の茶色のビンにて持ち運び、現在では缶詰の形となっている。極めて嫌気性(けんきせい‥‥酸素を嫌うこと)であり、空気に長期間晒されたものを服用すると思うような薬効が得られないばかりか、「没」しか生み出せなくなるそうだ。


早速、老婆に缶詰を見たいと申し出た。

買う、と伝えた訳でもないが、彼女は店内の奥の棚から缶を取りだしてきて、目の前のテーブルの上に置いた。


随分と小さな缶だった。デミタス珈琲の缶を、さらに小さくしたような‥‥さらに言えば、これ以上はシンプルになり得ない位にシンプルなラベルであった。白地に黒い文字が4個並ぶだけ《time‥》おもむろに彼女は使用法を述べる。

‥‥薬包紙に耳掻きで掬った分量を散らし、専用のストローで右、左、右、左と吸引する。効能としては最初は立ち眩みを経験し、2、3分を過ぎると正気に戻る。それからは他人の声が、グッと遅く聞こえる、という。

それ以上の説明は、適量についてすらも言及されなかった。


老婆は、値段を言った。平均的なサラリーマンが、ひと季節で貰える金額に近かった。

僕は購入した。


ビートルズで青春時代を過ごし、黒岩重吾の、銀座や北新地を舞台にした小説を読みふけった僕としては、断る理由がなかった。


最後に彼女は、《あぶり》だけはせぬよう注意した。




僕は家路を急ぎ、PCの前に座り、スイッチを入れ、ワードを立ち上げ、深呼吸をし、timeを左右の鼻から吸引した。


瞬間、視界がなくなり、おおっ、小説のアイデアがわき、キーボードを怒涛のごとく叩いて、傑作を一本仕上げた。


だが、早速に副作用がでた。


配偶者のしゃべり方に異常を覚えた。


「あーらーあーなーたーかーえーってーいーたーのー?おーふーろーどーーーなーさーいーまーすーかー?」

じれったい。阿呆である。小学生以下である。

「今日は仕事せなあかんから、風呂はええよ」

「あーらーずーいーぶーん、はーやーくーちーにーなーちちちゃっーーーたーのーねー」

くそっ。こやつは馬鹿だ。たるんどる。相手せんこっちゃ。


僕は、ちゃっちゃかちゃかちゃか戯作三昧の世界よろしく、傑作を、短編を、長編を書いて書いて書いて書きあげた。どの小説も評判がよく、アイデアにも優れてるとも評価され、ベストセラーもちらほら出てきた。


ジャズなり、クラシックを聞きながらの仕事も多かったが、3拍子4拍子5拍子7拍子、9拍子の混在するような、複雑なテンポの曲に好みが移ってきた。ドビュッシーにも傾倒した。


とにかく頭の回転と、キーボードを打つスピードが、我ながら速射砲である。


収入も次第に多くなってきて、当初は単位缶で購入してたのだが、ついには半打(だーす)を一回で買うようになっていった。

そして、やがて、やはり老婆が最後にいった「あぶりは駄目」という台詞が気になるのである。


もっと売れるのではないか。もっとモテたい。旨いものも食べたい。海外旅行もしたい、ショッピングを楽しみたい。

幸い、《あぶり》はNPちゃんの事件の頃、テレビが教えてくれていた。


ある夜、誘惑に負けた僕は、スプーンで掬った粉末をロウソクの炎であぶって吸引した。


すごい、きらめきを見た。

両手の指から放射されるスパークス。


僕は、さらにさらに、さらに突出した作品群を世に送った。


書店も僕の作品がベストセラーになる場合も多かったため、国内の作家のコーナー、最も目につく位置に平積み扱いが続いていたのだが、ある日を境に、積んだ本の高さが、まったく減らなくなった。


どうやら僕が世に出した作品について、『よく読むと面白いのかもしれませんが、何しろテンポが速すぎて、とてもついていけません』との《愛読者カード》が出版社に多数、送られたらしい。


以来、僕の担当をしてくれてた編集員からの連絡も途絶えてしまった。




今となっては、作家ですらなかった時代が懐かしいと涙が出た瞬間、目が醒めた。



作家ですらない状態も、いささか苦痛ではある‥‥‥

少々、筒井さん風かもしれません。オリジナリティには留意した積りですが‥‥

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