軍国編 第2話
※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。
※暴力・政治的描写を含みます。
局に戻った途端、花宮と高松がつかつかと迎えにきた。
「よろしいでしょうか」
「進捗を報告しに参りました」
依頼をしてから1時間弱。優秀だ。よく躾が行き届いているのだろう。
「ふむ、部屋へ」
はっ。
2人は声と踵の音を合わせ、仰々しく背筋を伸ばした。
「2人の報告の前に、少し共有がある。先にそれを伝えさせてくれ」
はっ。
2人を執務室に通す。
「座れ」
失礼しますっ。
一々鬱陶しい。これも軍、か。
「花宮。貴様の下には内匠の部下の2人をこちらに寄越させる。年次で言うと3年目のようだが、信用できるようだ。ウチからもそれくらいの年次の奴を2人、貴様が選んで下につけろ。ただ、一応候補を私に出せ」
「はっ。かしこまりました」
「高松。この後、私と共に、内匠もこちらの調査に加える。基本的には自由にここにも出入りをさせるが、開示する情報は選択しろ。彼奴も、機密を漏洩させた可能性も残っているからな」
「はっ」
「よし、では各々、報告を」
高松と花宮は互いの目を、また合わせる。此奴らもまた同期。目だけで互いの考えがわかるのだろう。私にはできない芸当だ。
「はっ。では提供者の安否確認の現況からお伝えいたします。取り急ぎ接触が出来た者が13名、接触を試みたものの、未だ連絡が取れていない者が2名です」
ふむ、2名…。
「その2名が直近で報告した内容はあるか?」
「直近で報告した内容は…例の教国の内乱、そして、連邦政府内の評価…になります」
教国の内乱か。まあそうだろうな。ここ数日で起きた事案で、最も大きい動乱だ。
「ただ、連絡が遅れているだけで、失踪しているという決め手がある訳ではございません。昨日時点でも定期連絡はあり、現在地についても把握はしております」
「承知した。可能な限り早く安全を確保した後、連絡が途絶えている者たちに関しては過去3ヶ月間で提供した情報をまとめておけ。共通点があるかもしれない。それはこちらで調べよう」
「はっ。承知いたしました」
「高松」
「はっ。取り急ぎ、国内でこの情報に触れることができた者をまとめてみました。54名です」
意外と少ないな。
「ふむ。ここにはもちろん、私や、内匠の名前も入っているのだな?」
少し言葉を躊躇っている。
「構わん、このリストに載っているのが正解だ」
ほっと高松は安心した。伸びていた背筋が少し弛む。
「はっ。失礼ながら申し上げますと、有栖局長、並びに内匠局長も名を連ねております。そして、閣下も」
よし。
「それでいい。承知した。では私が上層部から当たっていく。高松は下からだ。ふむ…情報が漏れている可能性があるのは…2日前からだ」
赫山元帥が置いていった資料にトントンと指を下ろす。ばつ印の日付を示す。
「2週間前から遡って、内匠には該当者たちの行動を調べさせる。本部内の監視カメラ、データベースへのログ、その他何かしらの痕跡が残る物を全てだ。我々は54名の人間全員の交友関係を洗う。但し、軍内部の人間は使うな。外の協力者を使え。そして、こちらの状況は開示するな」
高松はまた背筋を伸ばす。
「承知いたしました」
「よし。定例は朝夜2回。その他何かあれば逐一報告しろ。但し、全て紙、もしくは口頭で、だ。面倒だがそれくらいしておいて、損はないだろう」
はっ!
「では解散だ」
立ち上がり敬礼する。それに呼応する様に私もゆっくりと立ち上がり、敬礼する。くだらない。
携帯を見る。内匠から13時には本部内のシステムのログが出せる、と来た。流石は軍国の情報統制の長だけはある。了解、とだけ返す。着信が鳴った。発信元は不明…。
「誰だ?」
ふふふ 電話越しに笑い声がする。
「軍国参謀本部監査局長だね?」
「誰だ、と聞いている」
ふふふという笑い声。
「貴様が欲しい情報を持っている者、だよ」
思考が停止した。なぜ…?
笑い声だけが脳内に蔓延っていた。
「質問の回答になっていないと思うが、まあいい。私が欲しい情報とは、なんだ?」
また笑い声が繰り返される。
「外部関係者情報網」
なぜ、それを流出したことを知っている。
「…なんだ?それは」
間が空く。
「いい軍人だね。流石、赫山が育てただけはある」
なぜ、そこで閣下の名前が出る。
「まあいい。聞け。私は赫山の知人だよ。貴様に協力するようにとね。有意義な情報交換といこう。貴様がさっき、参謀本部情報局長と話していた例の喫茶店。そこに、私はいる。今から来い。但し、1人でだ。四十八。それだけ言えばわかるだろう。以上だ。10分以上は待たないよ」
ぶつと電話は切れた。
四十八。隠密行動の指令、か。軍国の関係者か?まあいい。行けばわかる。何をどこまで掴んでいる奴なのか、はっきりする。がちゃりと胸ポケットの拳銃の弾倉を確認する。12発。
閣下の知り合いの外部の人間か、探っておくべきだろうな。羽織りを手に取り、執務室の扉を開ける。局内の人間の注目を集めてしまう。
「出る。全員そのまま仕事を続けろ。煩い敬礼も不要だ」
参謀本部から歩いて5分のカフェはさっきよりも賑わいを見せていた。数時間前のウェイターが声をかけようとするが、私の顔を見て緊張していた。
「待ち合わせだ。先に来ていると聞いていたのだが…」
店内を見渡す。
ああ、とウェイターが思い出した様に言う。
「あちらですね」
ウェイターが右手で奥を指す。私たちが…さっきまで座っていた場所だ。
「珈琲を頼む。何もつけなくていい」
心臓の音が聞こえる気がした。遠くから見ても、その異様さがわかる。この国の人間ではない。改めて直感した。よれたスーツを着こなし、遠目で見ても表情や仕草に軍人特有の厳格さはない。だらしがない。一歩一歩、ゆっくりと近づく。私と目が合う。
「よくわかったね、そうだ、こっちだ」
声は高くもなく低くもない。見た目から見ても私より歳下だろうか。
「そう警戒するなよ。私は敵じゃない。もちろん、味方でもないけれどね」
ふふん、と笑う。
「何者だ」
はぁ、と溜息をつく。
「3回目だね、その質問。まあ座ってよ。珈琲でも飲みながら話そう」
脅すか。
「何者だと聞いている!」
声と同時に後ろから食器が擦れる音がした。
「ったく。軍人が軍人らしくしていいのは、軍の敷地内と戦場だけだ。座れ」
「な」
視界がぐるんと回り、身体ごと倒され、待ち受けていたように席に座る。右手には痛みが残った。軍国格闘にそんな技があった…。何者なんだ此奴は。
「名前は方丈。赫山の元上官。今はその辺を放浪して世界を周っている…ったく、躾がなってねぇな」
方丈。そんな名前、聞いたことがない。ましてや閣下の元上官であるなら、どこかしらでその名前を見ているはずだ。
「そうでしたか、大変失礼いたしました」
顔には一切の傷も皺もない。
「いいさ。それに私が何を言っても、貴様は何も信じないだろう。そういう顔に見える」
そうだ。お前のことなんて、一ミリも信じるわけがない。
「いえ、そんなことは、私とて、軍人の端くれ。上官の指示は鵜呑みにしますし、盲従いたしますとも」
はっはっは。方丈は文字通り、腹を抱えて笑った。
「いいね。そのお前が使っている言葉、節々に教養と毒が見え隠れするな。すごく気に入った。うん、貴様なら赫山なんぞ、簡単に引きずり下ろせるだろうな。前置きはこれくらいにしようか」
方丈は手元の珈琲を手繰り、啜る。
「外部関係者情報網。漏れてるみたいじゃん」
私の顔を見つめ、反応を伺う。その素振りは閣下と同じだ。
「さあ。どうでしょうか。私は監査局の人間です。組織の中を探ることが仕事。私に聞くのは、少し検討違いなのではないでしょうか?」
「まあいいや。んじゃあその監査局の局長殿に情報提供だ。お代は、まああとでいいか。外部関係者情報網は、内部の人間によって漏洩したよ。根拠は、私たちにその情報が入ってきたから」
私「たち」ね。複数形。誰か他にもいるということだ。
「別に私が単数か複数かなんてこの際構わないだろう?私たちは3人で旅をしている」
ウェイターは私の珈琲を持ってくる。去り際に、方丈がもう一杯珈琲を頼んだ。
「入ってきた情報は、というか、私たちの情報網に掛かったのは、何やら怪しい動きをしている奴らの位置情報と、そいつら集めている情報。競売で高値で取引されていた。この世界、情報は金になるからねえ」
競売でやり取り…。
「ま、私たちがその競売を運営しているんだけれどね」
こいつら…。
「…表裏競売の、ですか?」
「お、詳しいね。もしかして、お客さんかい?」
「話に聞いたことがありました。この世のありとあらゆる情報が集まる。裏も表も、どんな情報であろうと」
ふーん、とその顔が自然と弛んでいた。
「まあ貴様がうちのお客さんなのかはこの際どうでもいい。でだ、その情報の発信元、つまりは、情報を漏洩させた人物の情報を、貴様にやろうか?と思ってね」
…そこまで。
「仮に…そのなんたらという情報網が漏れていたとして、その代わりに私は、貴方になにを差し出せばよいのです?情報を競売にかけている貴方たちなら、何か、必要なのでは?」
バンとテーブルを叩く。
「そう!よくわかっているな、貴様。そうだ。私たちは、貴様の記憶が、ほしい」
またがちゃりと後ろから食器が擦れる音がした。




