軍国編 第1話
※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。
※暴力・政治的描写を含みます。
監査局には朝一番から動揺が走っていた。赫山元帥がその端正な顔をグシャリと歪ませ、私の反応を見ている。
「軍事機密が…漏洩している?」
「…ああ。そうだ。まだ可能性がある程度の話ではあるがな」
デスクに両肘を置き、俯きながら、辺りが震えるほどの溜息をついた。
「どの機密が漏れた、可能性があるのですか?」
元帥は顔を上げ、眉間を指で押さえ込む。
「外部関係者情報網」
…!一瞬思考が止まった。
「情報提供者の位置が特定され始めている…と…?」
元帥は天を仰いで、また大きな溜息を溢した。
「そう言うことだ。提供者からの定期連絡が途絶えている。しかも、同時多発的にだ」
大事だ。いま発動している機密性の高い軍事行動は提供者からの情報に依存している。
「それは、早急に手を打たなければなりませんな」
「そうだ。情報がどこで漏れ、誰が漏らしたのか。そして提供者達の身の安全を最優先で確保しなければならない」
元帥がこちらを見る。
「有栖」
「はっ」
軍人の習性。名前を呼ばれると、条件反射で踵を揃え、背筋を伸ばす。
「突き止めろ。私は私でツテを当たってみる」
ツテ。私以外に国内の人間は使わないのか。それはそうか。
「承知いたしました!進捗があり次第、ご報告いたします」
元帥はこくりと頷く。
「じゃあな。隠蔽される可能性もある。極力少ない人数で行動しろ」
ぎぃ、と深く座った椅子を揺らし、立ち上がった。
内部の可能性。軍事機密に触れられる者など、そう多くはない。
ふぅ、私も深呼吸をし、気持ちを切り替える。仕事だ。
元帥を先にお通しすると、局内にいた全ての職員が作業を止め、一斉に立ち上がった。
敬礼に次ぐ敬礼。元帥は一瞥もせず、足早に局を出た。
一同が敬礼を崩す。張り詰めた空気が、一瞬、ゆるむ。
「高松、花宮。部屋に来い。最優先だ」
ばっと再び2人が敬礼する。顔が強張っているのが見える。
「はっ」
踵を揃え、背筋を伸ばす。嫌な習性だ。
「休め、いつも通りでいい。来い」
数十の職員の注目を集める。
「安心しろ、更迭じゃない。さぁ、お前たちも仕事に戻れ」
ふぅ、と安心した顔で各々がデスクにつく。今までが酷すぎたからな。苦笑してしまう。
高松と花宮はカッカッと後ろから軍靴を鳴らしながらついてくる。
どっかと元帥が座っていた、私の椅子に座る。花宮が丁寧に扉を閉める。
「なにか、あったのですか?」
高松が不安そうに問う。
「…ああ」
高松と花宮が互いの顔を見ながら困惑する。視線をこちらに戻す。
「どうしたんです?」
花宮は私の姿を見てだろう、不安そうに見つめる。
「…外部関係者情報網が流出している可能性があるそうだ。赫山元帥から知らせがあった」
な…!
2人は私と同じ様なリアクションをした。
「それは…異常事態ではありませんか」
「なるほど、閣下がお越しになった理由も頷けます」
こくりと頷く。
「そうだ。貴様ら2人には今抱えている事案を全て放って、この件に取り組んでもらう。花宮」
「はっ」
「貴様は外部関係者情報網に名前のある提供者の安全を確認、さして身を隠す様指示しろ。但し、一旦は貴様1人でだ。他言は無用。他の人間の手を介さず、貴様だけでだ」
「…はっ。しかし…」
「なんだ?」
私の声で花宮は怯える。
「いえ。ただ、私の記憶が確かならば、提供者の数は、国内数十。国外数百に登るかと存じます。それを1人ずつ、となると相当の時間がかかり、全員の身の安全を確保するのが難しくなるのではないでしょうか」
当然の疑問だ。
「貴様が言うことは尤もだ。先に一旦は、と言ったのは、この任務にあたらせても良い人間を私の方で選別する時間を貰うためだ」
花宮は納得した様子だった。
「情報漏洩が、作為的である可能性がある、ということですね」
「そうだ。この情報の機密性は高い。そんな情報に触れられる人間には限りがあるからな。少し精査してから人員を割り振る。時間をくれ」
「はっ」
先ほどより固い踵の音が室内に響いた。
よし。
「高松」
「はっ」
「貴様は情報漏洩の経路を調べろ。この情報に触れる可能性があった人間をリストアップ。裏を取れ。私も花宮の下につける人員を精査したのち、そちらの作業に取り掛かる」
「はっ」
「国が揺らぐ事態になりかねん。どんなに小さいことでも構わん。なにかあれば直ぐに報告しろ。貴様ら、頼むぞ。以上だ。取り掛かれ」
はっ!
2人は颯爽と扉の方へ行き、一礼して執務室を出て行った。
情報を漏洩した者は必ずいる。さて、いつ裏切り者に辿り着くのか。
私にとって信頼のおける人物など、この国にはいない。恐らく閣下もそうなのだろう。だからこそ、外部から情報を集めようとしている。正しい判断だ。だが、危うい。
元帥が置いていった資料。極秘と赤文字で書いてある。そんなものを部下のデスクに放っておくな。こんな杜撰な管理をしているから情報が漏れるのだ。
頁を捲る。提供者のリスト、失踪者にはばつ印。最後に連絡がとれた日付、事件…。
この話、誰が知っている?報告者、報告者と…。
内匠 霞 参謀本部情報局 局長
ま、だろうな。ならこいつに一任すればよかろうに…とはいかないか。内部の情報漏洩ならこっちの仕事だ。
『内匠 有栖だ。10分後、私の執務室に来てくれ。例の件だ』
メールを打って間もなく返信が来る。
『断る。10分後 正面玄関で落ち合おう。中はどこの誰が聞き耳を立てているかわからん』
『貴様の案件を扶けてやってるんだ。まあいい。最初から外で会うつもりだった。参謀本部内の職員のリストが欲しい。内密に組織を編成する。2名程度。場合によってはもっと』
『了解。同期の誼だ』
『なぜ貴様がその態度で来れるんだ?』
10分後、神経質なほど時間通りに内匠はいた。
「遅刻だが?貴様の身の回りは常に時間が遅く進んでいるのか?」
親しみのある無表情。私服ですらかっちりとしている。
「いや、貴様の時計の時間が早いんだろうよ」
乾いた風が吹く。こほこほと内匠は咳き込む。
「…すまないな。こんな面倒なことに付き合わせてしまって」
「いいさ。お前のせいじゃないだろう。同期の誼だ」
内匠はポケットに手を突っ込みながら歩き始める。
「…ああ、そうだな。力を貸してくれ」
こいつもまた捻くれ者だ。
朝9時の喫茶店にはほとんど客がいなかった。奥の席に座る。ウェイターが注文を取りにやってくる。
トントン
人差し指と中指でテーブルを2回叩く。店員は私たちが軍部の高官であることを理解した。
「で。どうだ。限りなく白に近く、信用できる人間は」
信頼はしないけれど。内匠は鞄から厚くまとめられた書類の束を出した。
「そうだな、可能な限り、年次の浅い人間がいいだろうな。上にいけばいくほど、私たちのように黒に染まっていく。この辺りはどうだ」
書類は恐ろしいほど几帳面に職員の名前から言動、思想、各種成績までが載っていた。26期 3年目の連中か。
「貴様のところに配属している奴はいるか?」
ふむ、と内匠は書類の向きを変え、目を通す。
「この北白と聖という2人はそうだな」
「…信用できるか?」
内匠はまた言葉を選ぶ。
「まあ、うちの局の中から選ぶのなら、悪くないとは、思う」
「そうか、貴様が言うのなら間違いないだろう。うちの花宮に提供者の安全確認をさせている。この2人をこっちに寄越せ。3人もいれば今日中に全員と接触はできるだろう」
内匠は煙草に火をつけ、一息煙を吐き出した。
「わかった。戻り次第、奴らには伝えておこう」
「花宮には私から伝えておこう。で、貴様はこの後、何をするつもりだった?」
ふぅと煙を吐いた。その目には煙草の火と煙が映っていた。
「情報がどこから漏れたのか、調べる」
「閣下の指示か?」
「いや、閣下からは特段指示を受けていない」
ぎゅう、と煙草の吸い口を指で捻り、勢いよく灰皿に擦り付けた。煙だけがその場に残り続けようとしている。
「貴様にしては珍しい。相当怒っているようだな」
ふふん、とわかりやすく嗤ってみる。この笑顔が不味かった。
「私が完璧に構築した情報を完全に乱されたのだぞ。何年、かかったと、思っているんだ」
句読点ごとにその声が大きくなる。店員は聞こえているが聞いていないよう振る舞っている。
「悪かった。落ち着け。私は閣下から指示を受けている。共に、漏洩元を突き止めるか?」
ふーふーと呼吸を乱しながらこちらを見る。貴様はこっちで管理したほうが、色々とやりやすいんだよ。
「同期の誼だ。問答無用で貴様の手を借りる。あと、うちの局からも何名か見繕う。必ず、炙り出すぞ」
眉間の皺が傷になりそうなほど深く刻まれていた。怒りで声が出ていない。此奴はいつもそうだ。知的で冷静な癖に、思いがけない出来事に滅法弱い。
「無視か。まあいい。いくぞ。仕事だ」
なかなか立ち上がらない内匠を落ち着かせ、店を出た。迷惑料として店員には多めに払った。
なぜ私が払うのかはわからないが、こんな端金で此奴を監視下におけるなら安いものだ。




