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教国編 第6話

※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。

※暴力・政治的描写を含みます。

エレベーターはいつもの速度で上昇する。扉が開く。見慣れた執務室の扉。ここに、社はいる。

「明六。何年ぶりだろうなあ」

洋さんは、その顔に憎しみを隠そうとはしなかった。

斥候の傭兵達が、扉の前で警戒をしている。2人。階段の方から遅れて1人やってくる。

「赫山閣下。お待ちしておりました。この奥に、教国の指導者層がおります」

「うむ。で、開きそうか?」

「は!技師はすでに有森様の根回しで、こちら側についておりましたので、滞りなく。開けることは、可能です」

赫山の目つきが変わった。

「ふむ、総員…傾注!」

武器を構える。赫山は小さな声で、よし、と言う。

「開けろ!」

両開きの扉近くに備えていた傭兵が一斉に扉を蹴破る。傭兵達が間合いを読みながら流れ込んでいく。一瞬の沈黙。

「閣下!閣下!」

執務室に突入した傭兵が、悲鳴にも似た大声で叫ぶ。

「なんだ、どうした!」

焦る様に斥候の後を追う。洋さんと私も、それに続く。

「な」

「え」

明六を含む4人の幹部が、そこにはいた。

椅子に腰掛け、口には血溜まりを作りながらーー

「…自殺か?」

赫山は状況を整理するために、1人1人の身体に触れていく。

「なにかしらの毒を呷ったようだが」

確かに、身体には外傷のようなものは見受けられない。

「閣下。下から医者を呼びましょうか」

赫山は一瞬だけ判断を遅らせた。

「…ああ、そうだな」

「は!」

傭兵達は扉の方へと急いだ。

でも、おかしい。こいつらが、いや、少なくとも明六が、自分で死を、選ぶだろうか。そこまで悲観するようなことは起きていない。今日起きたことは、あくまで、情報を改竄したであろう、という、少なくとも一般人からしたら、未確定の情報が流れただけだ。

「おかしいな。こんなことで、死ぬやつらじゃあ、ねえだろう」

洋さんも、その様子を見ながら、怪しんでいる。

「そうですよね。ここで死ぬ必要なんてない」

私は方丈の言葉を思い出していた。

『今の権力者を引き摺り下ろすには、別に、今の権力者を引き摺り下ろす必要はないよ』

確かに引き摺り下ろす必要はなかった。

ここに辿りついた頃には、もう明六は死んでいたのだから。ここまでが情報屋の計画通りだと言うのなら…。

がたん 背中側から音がする。がちゃり ばっと同時に3人が扉のほうを見る。

「何をしている貴様ら!」

赫山が大声を出すと同時に、扉に鍵をかけた3人の傭兵の方へ進む。

「止まれ赫山。私たちのこと、わかるだろう」

…聞いたことのある声。頭部の武装を外す。

ーー情報屋だ。なぜここにいる。

「…方丈さん。どうしてうちの武装をしてここにいやがる」

「赫山、いつも言ってるだろう。お前は賢いのに、すぐに白か黒かで判断する、昔から変わらんな」

ちっと赫山は舌打ちをする。

「いつまでも上官面してんじゃねえよ、方丈さん」

上官?方丈は赫山の上司だった、つまり軍国の上層部だったということか?

「であれば、いつまでもそんな下士官のような質問をするもんじゃない。下がれ。今お前に用はない。社 洋さん、貴方もだ。銃を抜くのはいいけれど。私は空蝉より正確に射撃ができる人間を知らない。床に置いたほうがいい」

空蝉は後ろから、ただその銃口を洋さんに向けていた。洋さんはゆっくりと上体を屈め、銃を情報屋の方へと投げた。

「ふう、さて、改めて久しぶり。よくここまでこいつらを追い込んだね、英雄さん。おかげで内乱は成功。無事、正しい教育が、この社会に行き渡るね」

確かに、これで当初の目的は、叶う。

「…ええ、そうですね」

釈然としないが。

「うん、じゃあ契約の履行を求めるよ。記憶を、食わせろ」

そうだ。この依頼は私の記憶を奪うことで初めて完了となる。

「ええ、もちろんです。…どの、記憶を?」

ふふ、不敵に泡沫は笑った。

「そんなの、貴方が知る必要のないことです」

すっと、ズボンのポケットから小瓶を出し、からんと振る。

「これを服用して頂戴。目が覚めた頃にどうなっているのか、それはお楽しみということで」

ゆっくりと近づいてくる。

「ああ、貴方達もだ。とはいえ奪う記憶は私たちが関与したということだけ。別に私たちと会ったことなんて、覚えていたってしょうがないだろう?」

一錠ずつ、渡す。2人は信用していない目で泡沫を見ていた。

「この薬でこいつらを殺したのではないよな?」

赫山は目に力を入れたまま、顔を引き攣らせていた。

「そんなわけがない。お前らの死体がここに転がったら、それこそこの後に来るお前の部下に殺される。いいからその死体の横に座って。早く飲め」

方丈の言葉に苛つきを覚えながら、言われた通り、覚悟を決めて赫山は飲んだ。数秒もかからないうちに混濁し、倒れるように椅子にもたれた。

洋さんも同様に椅子に腰掛ける。

「…お前らの狙いは、もうわからないんだろうな」

その言葉の返答を待たず、薬を飲んだ。

「さて」

泡沫は仕切り直した。

「これで主要な登場人物だけになった。回りくどいやり方をしたけれど、まあ最短ルートでここまで、来れた。礼を言うよ。貴方は器にふさわしい働きをしてくれた」

「…どうも」

「おかげで私たちが欲しかった物も手に入った」

ぱん、と胸の辺りを叩いた。重たい音がした。

…何を手に入れたのですか?どうせ聞いたところで返答はない。聞く気も起きなかった。

「学んだのか、私が何を聞かれても答えないってことを。じゃあ勝手にこの前の質問に回答だけしようかな。明六がこの国の正史を改竄したのは、私の情報をもとにしたからだよ。そのほうが、都合がよかったからね、私たちも」

「…そうでしたか」

全てが計画通り。全てが想定内。担がれた勇者。何を話す気も起きない。

「じゃあ、さようなら、目が覚めたら、貴方は勇者だ」

薬を手渡される。何を考える必要もない。明六の死体をどかし、座る。統合教育長の席だ。

薬を飲み込む。意識が混濁し、視界が回転していくー

「いただきます」

その声だけが聞こえた。

目が覚める。知らない天井。左腕には点滴。右腕にはなにもないが、奥には症頭台があった。白で統一された室内。病院か。ベッドには当たり前のようにナースコールが備え付けられている。

身体のどこにも痛みはなかった。押すと、1分で看護師がやってきた。

「有森さん、大丈夫ですか?意識が戻ったのですね。とりあえず、今は横になってください」

言われるがままに、上体をベッドに押し付け、瞼を閉じる。記憶が戻ってくる。

六明の冷え切った顔。洋さんの顔。半壊した庁舎。血…。

そうだ、私は、内乱をした。

…情報屋。泡沫。私の記憶を奪うと言った。だが…覚えて、いる?

「看護師さん、私の荷物は、ここにあるかな?」

足元の方で何やら準備をしている看護師に声をかける。

「荷物、荷物…。ああ、これ。この黒い鞄ですかね?」

黒い鞄。私のだ。荷物がここにある、ということは内乱が失敗して、檻の中の病院、と言うこともわかった。

「そう、それだ。中身を確認したい。大事な書類が入っていてね。紛失していないか気になっていたんだ」

看護師は鞄を両手で差し出し、すぐに自分の作業に戻った。ありがとう、とだけ言い、中身を開ける。泡沫から受け取った封筒を取り出し中身を出す。

『勅命』普通の紙とは異なる素材にはそう書かれていた。皇国、つまりは連邦政府からの命令。社 明六の弾劾が、正式に定められたものだった。恐らく軍国や繋国のそれも幹部連中が動いた理由もこれに集約する。何故こんなものを一介の情報屋如きが得るに至ったのか。

「有森さん、それでは、すぐに医師が参りますので、このまま少しお待ちください」

そう言って看護師は会釈し、病室を後にした。

泡沫は言っていた。積み木のように崩れた記憶はぐちゃぐちゃになると。今のところは、何も異常は見られない。明六との今までのやり取りも…思い出せる。なにを…食われた?

知識か…?いや、教育のカリキュラムも寸分違わずに暗誦できそうだ。

洋さん、赫山は無事だろうか。

コンコンコン

ノックが鳴り響いた。

「…はい」

「失礼します」

扉の向こう側から声がし、ガラガラと開く。大名行列のようにぞろぞろと病室が人で溢れる。

「有森さん。ご体調はいかがですか?」

先頭に立つ、恐らく院内でも権力を持つ医師が声をかける。体調、ねえ。

「ええ、悪くはないです」

「そうですか」

医師は安堵の表情を見せる。

「よかったです。意識がなかった間、様々検査をして、特段異常は見られませんでしたのに、お目覚めにならなかったので、少し心配をしておりました」

「…どれくらい眠っていたんですか?」

医師は後ろに立つ、別の医師に目配せをした。別の医師が耳元で囁く。

「4時間ほど、です」

4時間…と、なると

「今は15時ぐらいですか?」

医師は腕時計を見る。

「ええ、丁度15時半を回りました。それにしても」

「新政権の樹立、誠におめでとうございます。我々も報道を見ておりました。並外れたその手腕、国を憂うその御心。私ども大変感服しております」

新政権の樹立…?なぜ、そこまで話が進んでいる…?

「…ああ、ありがとうございます。ところで私と同様、何人か倒れていた者、そして、亡くなっていた方もいると思うのですが…ここに運び込まれてはいないですか?」

ああ、と思い出した様に、顔を綻ばせる。

「社 葉様、そして軍国の赫山様は別室におります。すでに意識は戻っていますが、安静にしていただいています。そして、亡くなっていた4名に関しては、司法解剖が行われています。自殺だったようですね…ですが!貴方のお陰で、この国は折り目正しい、各国に誇れる国になりました。重ねて御礼申し上げます」

医師たちは深々と頭を下げた。

「いえ、そんな、私はやるべきことをやったのみです」

いやいやいや、と医師は手を振る。

「とんでもない。周到に練られた策。人心を掌握する力。それに決断力。私どもはもちろん、国民が、貴方を英雄だと、口々に言っております」

…なんだ?それは。私は何もしていない。策を練った?人心を掌握した…?決断?

全て情報屋によるものだ。

「報道もされています。長年、同志たちを集め、彼らと深い絆を築き、人心を掌握したと」

そんなこと…していない。

「いやはや、私の部下は、言うことも聞かないわ、大変ですよ。かくいう私も、上の言うことなんて聞いていませんでしたがね…ぜひ、どうやるのか、ご教示頂きたいものですな」

あっはっはっは

医師の高笑いだけが部屋に響く。周りの人間たちも笑う。

まるで、私を笑っているかの様に。

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