教国編 第4話
※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。
※暴力・政治的描写を含みます。
起き抜けの身体を慣らす間もなく、とりあえず服だけは着替えた。すぐに3人は来た。昨日とは打って変わって、全員が折り目正しくスーツを着、その髪を撫で付けていた。
「おはようございます。早速で悪いのだけれどもうあまり時間がない。ご飯は車の中で。さあ、さっと社を私の前に、引き摺り出してもらおうか」
「…庁内に同志がいるとは言え、まだなにも連絡は、できていません。闇雲に計画を進めても、ましてや今日中に社を目の前にお連れするなど…」
「できるよ。そのために情報を渡したんだから。全部、揃ってる」
もらった情報は軍国の傭兵部門の連絡先、繋国の各メディアの連絡先ー。確かに繋国の放送網を使えば、この悪行は広く伝わる。とはいえ、今日中に何かが変わるわけではない。
私の記憶の中に、ヒントはいくつもあるー?
私がこの情報屋に選ばれた理由も、どこかに、絶対にある。庁舎内での社とのやりとりか?
「埒が明かないね。考えるだけで、行動しないタイプは、英雄にはなり得ないよ。まずは車へ。もう今日は、サングラスもイヤホンもいらないよ。ささ、早く出て頂戴」
私の考え込む様子を見て、泡沫は少し呆れるような顔で言った。そしてさっさと家を出た。
方丈だけこちらを見たまま、動こうとしない。
「…今の権力者を引き摺り下ろすには、別に、今の権力者を引き摺り下ろす必要はないよ」
それだけ言って、2人に遅れて部屋を出た。
どういう、意味だ?廊下の方から3人の声が聞こえる。
まーた難しいことを言って。
もっと依頼人に優しくできないんですか?
部屋を出る。だが、何をすればいいのかわからない。ホテルの廊下は無機質で誰のことも歓迎していないようだった。
車へと向かう間、私のことはお構いなしに、3人は会話を続けた。宗国でも新興宗教発生の気配。血国ではいつも通りの御家騒動。警国警察官の汚職。
御家騒動?汚職?
…社家には少し前、御家騒動で皇位継承で国を追われた人がいた。鎮圧指揮をした。よく覚えている。亡命先はー軍国だ。表向きの罪状は…汚職、そして神国の教義を持ち込もうとしたから。ただ、これらの情報が出揃ったとして、今私に何ができる…?
フロントには宿泊客が誰もいなかった。そして、従業員もいない、異様な光景だった。
フロントから別のエレベーターで地下の駐車場へ向かう。車が3台停まっていた。赤黒白。
「今日は、昨日とは違う車です。2台に分かれて、乗り込みましょう。私と方丈は向こうの車。有森さんは、泡沫と向こうの車に乗ってください」
空蝉が取り仕切る。私は白い車。
「…どこへ、向かうんですか?」
「何を言ってるんですか、どこって、ふふ、庁舎ですよ。教国の中枢です」
「さあ、こっちに、あ、後部座席にね。英雄」
勇者様、その呼称に違和感が少しずつ、なくなってきた。
言われるがまま、私は後部座席に乗り込む。
そこには先客がいた。
「お久しゅうございます、英雄」
ー社 洋 追放された社家の当主候補。
見紛うはずもない。私が捕縛し、亡命させたのだからー。
こちらには、社 洋がいる。今日、社 明六が、終わる。
「英雄だなんて、やめてください、洋さん。ご無沙汰しておりました。どうしてここに…、いや、聞くだけ野暮ですね。情報屋に、連れて来られたのですね」
洋さんはふっと笑った。
「ああ、まあな。お前がここまで裏で工作をしているってのを前々から聞いてたんだよ。この人らから」
運転席を開け、泡沫が乗り込む。バン、と大きな音を立て、すぐにエンジンもかかった。
「必要な人でしょう。貴方の計画に、英雄様。手筈は既に整っております。もちろん、貴方のご指示通りに」
指示?
「私は、あなた方に指示など」
はあ、とエンジン音に負けないほどの溜息をつく。
「していただきましたよ。そういうことにするのです。英雄様、少し真面目すぎますね」
「だなあ、この英雄は優秀だが、同時に頭も固え。ただ、あまり私がここにいることに驚いてはいないようだ」
洋さんは外の景色を見ながら言う。
「ええ、情報屋のおかげで。少しずつですが、貴方がここにいれば、と思っていました。あれはただの皇位継承の争いだけではなかった。改革派と保守派の争い。そして、保守派の筆頭だった洋さんは、負け。この国を追われた。この国は事実とは異なることを教え始めた」
「…昔話だな。今の子供達が聞いたら、退屈すぎて寝てしまう」
「ええ、覚えていますよ。明六に付き従ってしまったがため、この国に本当に必要だった人たちを大勢捕まえ、そして処刑した。これは私の罪です」
車は地下駐車場を抜け、外の光を車内に取り込んでいた。
「私は罪を償いたかった。だからこそ、情報を、同志を、集めた」
「罪、ねえ。まあ改革派の旗手みたいな存在だったからなあ、お前は」
はは、力なく、洋さんに笑って見せた。
「若かったですからね」
「歳をとったもんだな。お互いに…。とはいえ、私はお前に逃がしてもらった。そして、お前が思い続けていた罪のおかげで、もう一度ここに帰って来れた。お前を、支えるよ」
…っ。不味い。泣きそうだ。
「…はい。ありがとうございます」
洋さんは、あの時と、この国を追われる時と同じ笑顔を見せてくれた。
「情報屋、この後の段取りを、英雄様に説明してやってくれ。まだ、何も知らないんだろう?」
バックミラー越しに泡沫と目があった。窓の景色は飛び込んでは消えを繰り返していた。
「ああ、そうですね。一応書面にもまとめているけど、口頭で簡潔に言おうかな。ちなみにこの件は私の情報屋としての専門外。作戦の立案は全て方丈がやっているから、不明点は彼奴に聞いてね。私は知らないものは、知らないから」
情報屋としての専門外。知らないこともあるのだ。
「ええ、お願いします」
「今、私たち同様に、庁舎に向かっている集団がある。軍国の傭兵部門2師団、繋国の各メディア。検閲を越えている頃だろう。私たちの到着と同じか、その後すぐに庁舎は包囲される」
そこまでは想定通りだ。
「同時に、軍国、繋国、そして有森さんの同志全員に同じような書面を送った。
『社 明六。そして社家が作った、この国を覆う教育方針は、全ての国を傾ける可能性を孕んている、全て操られていた』みたいな感じ。偽装の内容も全てありのままに送ったよ。軍国は怒り心頭。大義名分を持った傭兵ってすごいからねえ。気合い入ってるみたいだよ」
他人事だ。ただ情報を誰かに与えているだけで、ここまでのことになる。
私はすでに当事者の、そして中心人物に祭り上げられている。
「空蝉たちは、社家の方に向かった。一族を保護するためにね」
「なぜ、保護を?」
「んー知らない。方丈がやりたいって言ってたからなんか意味があんじゃない?人質的な」
それくらいしか、価値はないか。
「同志の皆皆様には追加の情報も渡したよ。社 洋の正当性を主張する情報。そして有森さんの行動を綺麗に見せた情報。これで国内の大義名分はできた。これでもう数日、いや数週間もすれば、社 明六の権力はこれで失墜するだろうねえ」
見慣れた景色が少し遠くに現れ始めた。この情報屋たちはあまりに急ぎすぎている。昨日会って、今日まで、全てが上手くいきすぎている程なのに、まだ急いでいる。
「どうして、そこまで急ぐのですか?」
「…それは貴方達が知らなくていい情報だよ」
「そうかい、まあ私としては、この国に戻り、有森の神輿を担ぐことができれば、それでいい」
前方に庁舎が見える。車が進む事に辺りは異様な光景が見える。子供達の姿はなく、代わりに軍国の装甲車がちらほらと見える。
「最後は貴方達に大役を、担ってもらうことになります。今日この日だけで、全てが変わります。助手席の鞄の中に封筒があります。そちらをご覧ください」
洋さんがああ、これだな、と言い、手を伸ばす。質の良さそうな皮で作られた鞄の中には、確かに封筒が1つだけ入っていた。
「私が貴方達にお渡しする最後の情報です。この情報提供をもって、依頼の完了とします。そろそろ、着きますよ」
封筒を開ける。中には1枚の紙だけが入っていた。
…目を疑った。
これは、本当に、今日世界が変わるじゃないかー




