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教国編 第3話

※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。

※暴力・政治的描写を含みます。

「社と…私の記憶ですか?とはいえ、私の記憶に価値など…」

「価値があるのかないのか、それは私たちが決めるから大丈夫。それに、貴方は色々と見ているようだし、中には気になるものも、あるかもしれない」

お茶の湯気は、ほとんどそこには残っていなかった。

「私の記憶なんかでよければ」

「ああ、失礼。言葉が足りなかったかな。記憶は、私が食う。選り好みもするよ。だから…もう、貴方は貴方じゃ、なくなるよ」

記憶を、食う?私が私じゃ、なくなる?

「それは、どういう」

「文字通りだよ。私は貴方と社の記憶を、食べることにした。食べるからには、最早、その記憶は私のものだ。食べる記憶は、あとで選ぶよ。だから、そうだな、もしかしたら生まれてから今までの記憶かもしれないし、気に入った瞬間瞬間の記憶かもしれない」

ー記憶を奪われる?

「記憶なんて奪われたこと、ないでしょうね。どうなるかって、わかる?」

「…いえ、わかりません」

「そうですよねえ。例でいうとね、積み木。積み木を想像してどんどん積んでいって上から見てみるとする」

泡沫は両手の人差し指を重ねるのを繰り返す。積み木。

「下に積んだものは見えない。形に大小があれば多少は見えるかもしれないね、まあ思い出と言って良いかもしれない。どんどんどんどん積み上げていく。どんどんどんどん。酸いも甘いも。清も濁も」

目の前でばつ印を作る。上から見た図。まだ、喉が渇く。

「それを、私がどこかを…引き抜く」

わっと重ねっていた人差し指を離し、ゆっくりと煙草に火をつける。泡沫の目はまた虚で、私を見ているようで見ていない、そんな目だった。

「上から見てみて。バランスを崩して、ぐちゃぐちゃになったでしょう。これが貴方が貴方じゃなくなるよ、って意味。だから情報を得ようが、政権を簒奪しようが、貴方には、さほど意味はない。だって、忘れて、貴方は貴方じゃなくなっちゃうから」

何も、言えなかった。この代償は、私にとって、大きすぎる。

「ちなみに、『私が私じゃなくなった人』、私はたくさん見てきたよ」

「よく、考えたほうがいいですよ。大義のために自分を犠牲にする、そんな英雄願望はなくてもいいと思います。正史の修正も、内乱も、貴方がやる必要は本当にあるのでしょうか?」

空蝉はのほほんと、つまらなそうに床を見ながら言った。

がちゃ…扉が開いた音。

「全然開いてなかった、駐車場。どの辺りまでやった?」

「遅かったですねえ」

「おかえり。まだ選択肢を与えたところ」

すたすたと歩き、中央のテーブルまで来る。スーツを着こなしているが、猫背でゆっくりと歩いているせいか、あまり品があるようには見えない。なにかの資料を泡沫に手渡した、

「そっかあ、じゃあ間に合ったわけだね。お、お茶あるじゃん、これ私の?あ、私は方丈」

方丈。挨拶をほどほどにベッドにちょこんと座り冷めているであろうお茶を飲み始めた。

「ーなに?私を気にするより自分の心配をしたほうが、いいと思いますが?」

「私たち、長居する気はないんだよね。明日にでも立つ。嫌いだからさあ、あいつ」

「もうさあ、泡沫。そんな幼稚なことを言うのはやめなさいな」

空蝉がたしなめる。

「いや、本当に、生理的に受け付けない」

「放っときなよ。それに、確かにここに長居するのは勿体ない。有森さん、今日は一晩、ここで過ごして、寝てもらうよ。記憶の値踏みをしないといけないからね」

記憶の値踏み。私の、記憶を見ると言うことか?

「そうだね。この部屋、あ、ごめん喫煙者?有森さんって。まあ良いか、この部屋で寝て頂戴。そして寝る前に、今までの人生を…なんとなく思い出しておいて」

まだ長い煙草を、灰皿で潰した。お茶を飲もうとしたが、中には何も入っていなかった。

「もし私の記憶が見えるのなら、私の記憶を、その食う必要は、奪う必要はないんじゃないですか?」

…静寂。目の前の3人の顔は綻びを見せる。

「あるよ。だって、私たちにとって情報は命みたいなもの。私たちの情報は誰かを殺し、誰かを生かす。金をもらうだけじゃ、貴方の記憶を見るだけじゃ、釣り合わないと、思わない?」

そう、この目の前にある情報は、この国がひっくり返るほどのもの、なのだろう。

「使命のため、犠牲になるのは、貴方でなくてはいけないんですか?貴方は自分の知的好奇心を満たしたいから本当の歴史を知りたいと、そう言ったんですよ。その知的好奇心は、貴方の歴史からくるものです」

「早く寝ようよ。もう遅いんだし。有森さんは過去を思い出して」

三者三様に物を言う。煩い。

「一晩、考えさせてください…」

そう、言うしかなかった。


では、と3人は煙草の匂いと冷め切ったお茶だけを残して部屋から出ていった。

「そこ、内側から開かないからね。窓もはめ殺し」

方丈はその言葉も残した。

「はあ」

溜まっていた息を吐き出した。どかっとベッドに倒れ込む。天井には、外の青白い光が細い線を描いていた。その光は壁にも続いていた。床へ、そして、テーブルへ続く。

ー?資料が、ある。忘れていった?いや、あの情報屋が取引材料を忘れていくわけがない。あえて置いていったとしか思えない。それでも、見たい。なんだ、この国の正史は。知りたい、知りたい。社が隠した物、少しずつ、形を変えさせた物、それは、なんだ。


頁には変遷が記されていた。分岐戦争の本当の理由。内乱の主導者。国内を分裂させ、今のこの国の形を決めた張本人。自らは国全体の礎、子の教育を司る。その国は各国から人質をとった。長きに渡って、洗脳のように教育内容を変える。

ー社 家。

そしてその不都合を隠そうとした。

教育方針2条『但書 先の内戦の官軍全権大使 文部省長官 社 福諭ら』の要請により連邦制

改定 『但書 先の内戦の官軍全権大使 文部省長官 社 福諭ら』削除


もう1つの用意された資料も開く。社 明六を引き摺り下ろす情報ー

社家が、社 明六がこの教国を発展させるためにしてきたことー

教国に都合のいい情報、記録のみを選び、載せていた。

情報操作。もしかしたらこの情報操作の片棒を泡沫たちは持っていたのかも知れない。


ガチャ

扉が開いた。

「交渉、成立だね」

泡沫が青白い光を身体に受ける。その顔には、満面の笑みを浮かべていた。

読んでしまった。そう、もう戻れない。腹を括るしかない。自分の好奇心に負けたのも認める。

でも、知って、よかった。

ーこんなものを、許していい、わけがない。

「知れて、よかったです。交渉、成立です」

「そりゃ読んじゃったからね、交渉の破棄なんてさせるわけがない」

「意外と早かったですね」

「寝る前に今までの人生、思い出してね。絶対に。できるだけ鮮明に。じゃあ、おやすみ」

方丈だけ先に帰っていく、ふぁ、と緊張感もなく、猫背でのろのろと。

「私の記憶なんかで、よろしければ」

おお、と泡沫と空蝉は声を揃えた。

「いいね、まるで英雄みたいだ。じゃあ、この内乱を見届けた後にでも記憶を頂くとしようか」

「そうですね、では私も下がります。泡沫も早く寝ないと明日に響きますよ。では有森さんも、ごきげんよう」

こちらもふぁと欠伸を一つだけ置いていった。

「じゃあ、英雄さん、報酬は朝起きた時に、お伝えするね。あ、あと1つ。私たちは明日、本当に立つんで。だから、明日、全部終わらせて、私の前に社を連れてきてくださいね。何かお困りごとがあるなら情報を貸すけれど、ま、足りるとは思うけれどね」


ガチャ


私は英雄なんかじゃない。確かに反乱分子を集めてはいた。でも情報屋によって、選ばれただけ。恐ろしい。私が勇者なのだとしたら、あいつらは、魔王じゃないか。

ー疲れた。ベッドに身体を埋める。天井の青白い光だけは変わらない。


寝る前に人生を思い出せ。中々難しい。偶には、頭を悩ませることもあったけれど普通だ。鮮明に?鮮明にしたところで、こんな記憶の何を知る必要があるのか。何に価値があるのか。

情報屋が知り得ない情報…庁舎内での社との、やりとりだろうか。

確かに家族同士の付き合いもあった。社とは常に一緒だった。そうだ、泡沫も、私のことを腹心と言った。鮮明に、少しだけでも、思い出そう。天井の青白い光が少しずつ細く滲んでいった。


…の。あのー。

滲んだ視界には空蝉の顔があった。

「朝です。食べますよね?ご飯」

「え、あ、ああ。いただきます」

ゆっくりと上体を起こす。そうか、あのまま。

目線をテーブルに、それから空蝉に移す。

昨日と同じようにパリっとしたスーツに身を固めていた。

「もう今日は転覆の日です。疲れはとれましたか?英雄さん」

…疲れは少しだけ残っている。というか眠りは浅かった。

「その…私は、英雄なんかじゃないです」

ふふ、と空蝉は笑った。

「英雄かどうかは、貴方が決めることじゃないですよ。周りの人間、そして未来の人間が決めることです。2人を呼んできますね。今日の話が、ありますので」

そう言って空蝉は、ゆったりと部屋を出ていった。

今日の話。内乱を起こす話。そして、私の記憶の話。

過去も今も、そして未来も肩に乗っかる。その重さが、億劫さが、私の身体の動きを止めた。

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