血国編 最終話
※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。
※暴力・政治的描写を含みます。
ー何分経っただろうか。陛下はすぅすぅと寝息を立て、私ははらりとテーブルに置かれた本に目を通していた。小難しく回りくどい文章が延々と並ぶ。私にもじわりと、睡魔の手が及び始めていた。
ノックの音が室内に広がる。
ー来たか。
「陛下、旦那様、来客の方がお見えになりました」
陛下もゆっくりと目をあける。
「お通しを」
燐が、はい、と小さく言い、さっきの3人を通す。3人の共通点を見つける方が難しいなと、改めて思った。
「またお会いしましたね、狂の君」
泡沫、だったな。
「全て君たち情報屋が描いたものの通り、だろう?余計な言い回しはしなくていい」
ははっ、と笑い、陛下の横に腰掛けていく。
「本を読んでいたんだね、右京公。どれ、なら私も」
方丈がまた、テーブルの本を自分の方へ手繰り寄せる。
どこまでも、自由すぎる。
スーツの方だけが、いつまで経っても情報がない。
「陛下から話は伺った。私を特別視しているようだけれど、その理由を改めて、伺おうか」
泡沫はまた薄ら笑いを浮かべる。
「貴方が特別だからです。私たちは特別な存在を、看過することができないのです」
「回りくどいな。つまり?」
「私たちはあなたの、その『ゆるされてしまう』異能。いや、異能というより資質を、奪い去りたい。相応の対価はお支払いいたしましょう」
許されてしまう、異能。やはり、気づいていたか。流石、と言う他ない。
「許されてしまう、異能ね。ただ、これはこの国でしか通じないものだと、思っているんだがね?この国の雰囲気がそうしているだけ、私の弁が立つだけだと」
ふふ、とまた泡沫は笑う。何度も笑い直す。気味が悪い。
「血国の出身ではない燐さんは、それでもすでに貴公を許しておいでではありませんか?」
ーそうだな。
「貴方より弁が立ち、家格も上の冥道公は、諮問を経て、何らかの処分が下るとは思いませんか?」
ーそうだろうな。
「貴方の今までの非礼は、全て許されていませんか?」
「…そうだな」
「それこそが資質です。これは、貴方が貴方であるという理由。他国にいても、それは変わらないと思われます。何にも縛られず、ただ許されてしまうー。それを私たちは恐れています」
「なぜ、恐れる?この血国という籠の中にいる以上、私はー」
「いやあ、だって、もう血国は、人、情報、金が行き交い始めるようになりますよ?貴方だって、そうなれば他国に赴くでしょう。そうなれば、あなたは諸国で、その滞在時間が長ければ長いほど、その訪れた国でも『ゆるされて』しまう、と危惧しているのです。貴方の資質は、時間とともに、その力を強くしていく」
「右京公、貴方はこの世界において、異端でございます。我々は情報で人の心を満たし、動かす情報屋。貴方はその情報では測れない。だから私たちが参っている、というわけです」
方丈は頁を捲りながら言う。出会って2回目でも方丈らしい行動だと、思ってしまう。
「教国の内乱も、私たちがすこし手助けをしていましてね」
方丈がぽつりと言う。…身体が勝手にぴくりと反応してしまった。泡沫はそれを、見逃さず、言葉を重ねる。
「そう、教国の内乱。あれもまた、貴方のような異端の方がいましてね」
「…有森か?」
泡沫の顔には、春のような笑顔が張り付く。
「左様でございます。有森は、人の心を扇動しすぎてしまう力を持っていました。だから、内乱の成功するための情報と引き換えに、その力を、有森が有森たる理由を、頂いたのです」
人の心を扇動させすぎる、ね。泡沫は、ふふ、と笑う。
「とはいえ、有森は、権力の座につき、今後も教国を治めていくでしょうな。少しだけの違和感を感じながら。貴方が知りたがっていたこと、全て、我々は知っています。なんでも聞いてください」
何も聞く気が起きない。身体の力が抜けていくのがわかった。
「何もないよ。情報屋たちが裏にいたのなら、これ以上、有森について、なにかを聞く必要がない。なるほど、であれば有森は、その特異性だけが、取り出されただけ、ということか」
ええ、と頷く。
「右京公が、聡明なお方でよかった。仰る通りです。ですから、それ以外はなにも変わらない。
それは右京公の場合にも同じでございます。ただ、誰かに、『ゆるされなく』なる」
泡沫は一拍置く。
「つまり、これ以上狂うた振りはできなくなります。ですが、血国からの自由な往来がなるのであれば、それは、もう必要のない振る舞いではないでしょうか。貴方は自由に、気の向くままにどこへでも行けます」
「たしかに、そうかもしれないな。とはいえ、別に、私はそのままでいいと思うのだが」
「それだと、駄目なのだよ」
陛下がぽつりと言う。
「…どういう意味でしょうか」
「情報だ。この話が破談になれば、私に不利益な情報が、血国に流れる。そして、この国は門戸を閉ざす」
脅しか。
「まあ、私が流刑になる分には、構わない。外に出る口実にもなり得るからな。都落ち上等。なのだが、貴公は…」
緩い地獄が待っている。
「成程。だから陛下に接触したわけだ。そして選択肢を与えられたわけだね。私は」
同じ日々の繰り返しこの資質を使って内乱を起こすこともできはするが、時間もかかる。展望も持ち合わせていない。協力者もいない。現状維持が妥協点、と言ったところか。
「成程。で?情報屋、私に何を与える?教国の件を色々と教えてもらおうと思っていたが、君たちが関与しているのであれば、これ以上面白い情報は聞けんだろうよ。何を、くれるんだ?」
泡沫がニィ、と不気味な笑みを浮かべる。
「空蝉」
そうだ。スーツの方は、空蝉と言ったな。
「特別に改良した、右京公専用の、とある情報をお持ちいたしました」
テーブルにパソコンを置き、画面をすっと、こちらに向ける。
「これは右京公のために我々が特別に選んだ、情報群です。貴方が知りたいこと、知ろうとしていること、全ての情報がここに入っている。これを、お渡ししましょう。それと共に外に出、世界を見てください。貴方の、その知的好奇心を全て満たすことができましょう」
文芸、芸術、学問、歴史…ありとあらゆるタブが画面の中にある。『葛葉調』と検索する。
関連文献がずらと並び、評論までが付随している。どこで使われることが多い文様なのか、その歴史は、創始者は…
欲しい。欲しい。欲しい。
先ほどまでの眠気はどこかにいった。
これは、酷く良い玩具だー
「お気に召しましたかな?どうしますか?このままここで『ゆるされ続ける』のか。それとも『未知を知る旅』に出るのか」
「ちなみに、それは私たちが随時情報を更新していくよ」
方丈の声が聞こえるが、今どんな体勢なのかを見る余裕はない。
パソコンは閉じられた。
その向こうでは泡沫と空蝉は笑い、陛下は少し表情を強張らせていた。方丈は本を読んでいた。
「では、ご判断を」
猶予は与えられなかった。
「そもそも、人に備わってはいけないものですからね。取ってしまっても、いいと思います」
空蝉が声を発する。随分と存在感があるな。
思考がぐちゃぐちゃになる。だが、私は誰かに無条件に『許される』必要など、ない。
ただ目の前の娯楽を楽しめれば、それでいい。
「…わかった。流石に応じざるを…得ないか」
ぱん、と泡沫が手を叩く。
「いいご判断です。では早速、今お伝えした内容を契約書にまとめてあります。ご署名とー」
ばたぱたと用紙をテーブルに出す。
「ーーこちらを服用ください」




