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教国編 第2話

※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。

※暴力・政治的描写を含みます。

この近くにいるーー

そんな言葉とは裏腹に車は何度も右に左に曲がり、時には長い直線をずっと走りさえした。

サングラスは向こうを見通すことはなく、イヤホンは延々と童謡が流れつつげていた。手足を拘束されることもなく、目と耳は比較的自由だった。空蝉は私の隣に乗り、運転席と助手席にはそれぞれ誰かが乗っていた。スモークガラス、タクシーの社内のような衝立で、誰かがいることだけがわかった。時間の感覚がなくなった頃、車が止まり、車の揺れも収まった。とんとんと左肩を叩かれ、イヤホンを外される。

ガチャと車の扉が開く音が聞こえた。車通りが多いようだった。

「有森さん、お待たせしました。こちらに、あの、サングラスはそのままで、お尻をうまく使って、こう」

どうするんだ。とりあえず左側へ向かおうとする。

「そうです、そうです…はい、大丈夫です。声のする方に足を向けてください」

車の外に、足だけ出ているのだろう。これは、誰かに見られたら疑われるような絵面ではないだろうか。両足が地面に着く。

「じゃあエレベーターの方へ向かうので、私ともう1人が支えるのでそのまま来てくださいね」

すぐに両腕を掴まれる。道路の音、建物の扉が開いた音、エレベーターが到着する音。上昇する音。色々な音を経て、おそらく私は今、扉の前に立たされている。左側から空蝉の声がする。

「ちょっと待っていてくださいね。ぎぃと質量がある扉が開き、両腕を再び掴まれる。数歩歩き、止まる。ざっと何かを引きずる音が聞こえる。

「ここ、座ってください。座ったらサングラス取ってください」

恐る恐る重心を後にかける。柔らかい感触がわかり、安心して全体重をかける。

サングラスを外すーーどこにでもあるホテルだ。

「やあ、初めまして。と言っても、私がずっと。ここまで運んできたのだけれどね」

・・・データで見た顔。泡沫 周。実物はデータより余程、貫禄があった。服装は空蝉と違い、野暮ったいスウェットだった。

「は、初めまして。ああ、あの」

「統合教育長が探しているらしいね、知っているよ、有森さん」

はあ、と泡沫は大きなため息をついた。ホテルの一室のような場所だった。

「何度も何度もしつこく連絡をよこしてきやがったからね。全く、粘着質な奴が収めている国に入るのは本当に面倒臭い」

そうか、連絡をした、とは言っていた。にしても、旧知なんだろうか。

「ええ、会いたいと申しておりました」

「会いたい?」

ニヤリと泡沫は笑った。

「こっちに来いと言っただろう、あいつのことなら。嫌だね。私はあいつに会いたくもないし、ましてこちらから出向くなんてありえないよ」

腕を組み直す。統合教育長を見下すような顔だ。

「で、であれば、こちらに伺うよう、進言いたします」

あはは、と泡沫は笑った。

「ああ可笑しい。そんなことをしたら、私がここにいることがばれちゃうじゃないか。それに、私は死んでしまうよ。あはは。あーおもろ」

死んでしまう?なぜ?一介の情報屋だろう。

「か、過去に統合教育長と、いえ、すいません。社から、何かの依頼を受けていらっしゃったんですか?」

ふふふ、と泡沫は笑う。

「まあ、そんなところだ。そうか、腹心の貴方にも、なにも伝えていないのか、あいつは。まあいいや」

机に置いてあった煙草を咥え火をつける。煙が部屋中に広がっていく。

「で、有森さん、貴方知りたい情報があるようだね。そこの空蝉から聞いたよ」

煙草を持った右手で、空蝉を指差す。空蝉を見ると、お茶を淹れているところだった。

「いや、そんな」

ぐるりと身体を向ける。にやりとした泡沫の顔が近くにあった。どきりとして椅子の奥行き一杯に仰け反った。

「あるでしょう?この国の、歴史について、なーんか違和感があるらしいじゃないか」

沈黙は長くは続かなかった。空蝉がお茶を淹れて持ってきた。4つ。運転手もそのうち来るのだろう。

「どうぞ、粗茶というか、ここのホテルのお茶です。美味しいかどうかはわかりませんが、よろしければ」

私と泡沫の間にあるテーブルに置いた。

「ふふ、美味しいかどうかなんて言う必要はないだろうに。有森さん、まずは飲んでください。話はそれからでも遅くはないですから」

泡沫がティーカップに口をつける。空蝉も同様に、一つを選び、口をつける。テーブルにはあと二つ、カップが残った。

「なぜ、私がこの国の歴史に疑問を持っているとご存じなんですか?」

「え、情報屋だからですが」

…だと思った。

「ええ、そうです。疑問があります。この国の成り立ち、正史に、意図的に改竄されている箇所があります。なせ改竄されたのか。私は教育者として、学者として、それを知りたい。ただの知的好奇心です」

やけに喉が渇く。ティーカップを手に取る。

「それは既に知っていますよ。貴方は先に空蝉と一緒にいた店で、そう言っていたようだし」

一度、緊張感を流し込む。

ーー酒を飲むことがいい習慣ではないという暗黙の了解があるんですよ。酒は災いの元。

空蝉の言葉が思いの外、突き刺さる。

「この国は、連邦の教育を一手に、担っているのは、ご存じですよね。そして、ここの統治者である社は、すでに20年、その席に座っています」

矢張り、喉が渇くーー

「私が高等教育を修了し、初等教育を専門に教えるようになってから、教育方針、そしてその内容は、ここ10年で、5回、変わっています」

自分の手が震えているのがわかった。

「方針だけならまだしも、教える歴史が、少しずつ、歪曲していっているのです」

顔を上げると、泡沫は、煙草を吸いながら、私の言葉を、綺麗な目で真剣に聞いていた。

「そうだね。知っているよ。有森さんがそう思う、顕著な部分は、どこ?」

…どうわかりやすく伝えればいいだろうか。

「前30年の歴史が少しずつ変容しているなと、思います。あの、所謂分岐戦争の期間です」

泡沫の眉間がぴくりと動いた。

「知りたいことは、なぜ、分岐戦争の解釈が、この数年で何度も変わったのか、ということだね」

…そうだ。いや、それだけではない。こくりと頷く。

「そんなことを知ってどうする?」

灰を落とす。ふわりと、少しだけ溢れる。

「貴方がそれを知り、どこかの誰かに伝えるのかい?社を糾弾するのかい?そんなことがあったらよくて貴方の極刑、悪くて内戦だ」

…そんなつもりは毛頭ない。でも

「正史を編集する権利は、誰にもない。それが私の、矜持、とでもいいましょうか」

ほお、と驚いた顔をする。

「その結果、貴方が見ている子供たちや、その親に動揺が走ったとしても?」

「…ええ、真実を知ることは、悪いことではありません。良いことばかりではないとも思いますが、いずれにせよ。健やかに真っ直ぐ育てる教育が、したい。だから過去にも情報屋を」

「もういいよ、くだらない」

く、くだらない?

「型通りの受け答え。しょうもない理想。自己満足。貴方を形容する言葉はこの程度で足るようだ。空蝉、この人は器に値しないよ。情報通りだと思っていたのに、とても残念だ」

「有森さん、申し訳ないです。お引き取りいただいてもよろしいでしょうか?」

は、なぜ?連れてこられて、私から情報を引き出して何もしない?情報通りだと思っていた?

「ちょ、ちょっと待ってください」

空蝉が腕を引っ張る。椅子から転げ落ちそうになる。

「何を待つ必要がある?崇高な理念をお持ちのようだ。素敵だ。優秀だ。以上です。貴方に与える情報はない、私たちが欲しい情報も理解なされていないようだ」

私たちが欲しい情報?なんだ?なんだ?

「教えてください、何かご存知なんですよね」

「ああ、私たちは情報屋だからね。なんでも知っているよ」

「もう、もう一つ、伝えたいことがあります」

「聞く必要もないことだ」

「この国の…転覆です」

泡沫の目がより虚になった。

「空蝉、ちょっと待ってみよう」

空蝉が力を抜く。やっと呼吸ができる。

私が座り直すのを待って、泡沫が口を開く。

「というと?」

まだ息が切れている。動悸も止まらない。お茶を一口だけ啜り、整える。

「…分岐戦争を機に、教育のあり方そのものが変わりました。この国はもちろん、それは、他国でも…そうだと思うのですが…自由な発想を培う力も衰えたと、そして格差も深刻」

泡沫は姿勢を変えず、ただ話を聞いている。空蝉は何かの資料を、泡沫に手渡した。ぺらりと何頁か捲った。

「連邦憲法が保障する教育は、最早ないも同然。この国は教育が産業の柱ですし、それなりの教育は受けられているでしょうが」

生唾を飲み込む。

「もう一度、自由で、正しい教育を、この国に。そのためには、社を引きずり下さなければならない、と思っています」

泡沫の目には輝きが戻ってきた。

「私は、簡潔な回答を好むんだけれどね。まあいいや。別に私たちは持っている情報を提供するだけ。どうやって転覆するのかは私には興味がない。結果にしか、興味がないんだよ」

まずい。このままだと、手立てを失う。

「仲間がいます。庁内の4割へ、根回しは済んでいます。仲間たちは全て武装済み、自警団も編成してあります。権力を簒奪した後の行動も」

はあ、泡沫は鬱陶しそうに溜息をつく。

「もういいって。その情報も知っている。今私たちが知りたい情報は、貴方が、その権力の座にふさわしい器なのかどうかだ。とりあえず、私たちが想定していた答えはもらえた。やっと裏が取れたというわけだ」

パン、と泡沫が、腰掛けていた机を叩く。

「情報を、渡そうか」

テーブルに空蝉から渡された資料をゆるりと投げる。

「貴方が欲しがっていた情報だ。この国の正史。どう使おうと、貴方の勝手だ」

「え、ああ、ありがとうございます。よ、よろしいのですか?」

「もちろん、よろしいよ?対価は払ってもらうけれどね」

「そうですね、何を。支払えばよいのですか…?」

にやり、笑顔の裏側が透けて見えるようだった。

「まあ焦らないでよ。他にもあるんだから。ついでに、社を引きずり下せそうな情報と、軍国の傭兵部門の連絡先。あと繋国の各メディアの連絡先、それと、一応捕まった時用に、警国と法国の長の連絡先ね。これくらいあれば、万が一が起きても、なんとかなるでしょうよ」

ありえない。どんなコネクションと、情報網があれば、各国の要人の連絡先なんて手に入るんだ?私の顔を見て、2人はくすくすと笑う。

「唖然としすぎですよ、相応のものを頂くのですから」

相応のもの。

「私は…何を差し出せば…」

「特別なものではないですよ。次の国に行くまでの金とそこでの生活費3人分。200万程度あればいいでしょう。ここの国庫から出せば、それほどではないでしょう」

空蝉は先の笑顔のままに言う。泡沫がゆっくりと口を開いた。

「それと、記憶。社のと。貴方の記憶だ」

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