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血国編 第4話

※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。


※暴力・政治的描写を含みます。

定刻になり、議長閣下が槌を鳴らす。

「静粛に!静粛に!」

華貴院を静寂が包む。

「陛下がお見えになられます。諸侯、脱帽の上、ご起立を」

ぱらぱらと全員が席を立つ。思いっきり膝裏で椅子を押してみる。ががっという音が鳴り、後の衛兵たちに当たる。また注目をあつまる。

「だめじゃないか、起立しないといけないんだから。これだから常識を知らない人たちはいやなんだ」

「こ、此奴」

「静かに。これ以上注目を集めたくないんだ。ところで君たち、あの柵に施されている装飾、何調というのか知っているかい?」

おほん、と議長閣下が駅払いをする。衛兵たちからはなんの回答も得られなかった。

「では、陛下」

荘厳な扉を一つ、叩いた。音は遠く、聞こえない。左右の扉がほとんど同時に開く。

儀仗隊が先に入る。2分ほどの何やら儀式めいたことをし、奥から規則正しく美しく、小銃は弧を描き1人ずつ掃けていく。奥から陛下がお見えになる。若く、美しい。そのお召し物は議場の誰よりも落ち着き、華やかで、洗練されていた。私の方を見ている気がした。

優雅に、ゆっくりと、誰もが見惚れてしまうほどの所作で、歩く。

自席の前で立ち止まり、一瞬躊躇したようだが、座った。

「では、これより華貴院の会議をー」

陛下が、ゆっくりと手を上げ、進行を止める。ざわつく。

「陛下」

椅子の横にあるテーブルからマイクを手繰る。

「…冥道から仔細聞いている。議場で色々とあったようだな」

また、静寂。ございましたとも。とは言え、何の意図もございませんが。

陛下は右の肘掛けをつーっとなぞり、人差し指を見た。

「右京公、此れへ」

!まさか、呼ばれるとは思わなかったな。また、足だけで椅子を押す。また、衛兵の足にがっと、当たる音がした。

「陛下に呼ばれたんだ。わざとじゃない。許してくれ」

今朝のようにゆっくりと牛歩のような速度で向かう。一段、また一段と降りていく。

「早くしたまえ!」

議長閣下の声が聞こえる。あの人はそれほどの家格だっただろうか。

「早くしろ!」

「良い。私は気にしない」

「ですが」

「私が良いと言っているのだ」

殿上で議長閣下が醜態を晒す。不味い。笑いを上手く堪えられているだろうか。

殿上の前まで辿り着く。先ほどの衛兵がその道を阻む。

「おや、また会ったね」

無言を貫く衛兵。溜息をついてしまう程つまらない反応。

「陛下、お呼び頂き光栄にございます」

「何が光栄だ!右の狂めが!」

泰山が声を荒げる。

「泰山」

陛下の声で泰山が背を伸ばし、ぴたりとその動きを止める。

「し、失礼いたしました」

そしてまた無言の議場。

「狂の君よ」

陛下の声だけが静まり返った議場に響き渡る。

「はい、陛下」

切れ長の美しい目が光源に当たり、さらに輝きを増す。

「改めて問おう。なぜ、このような騒動を起こしたのだ?」

冥道だけがやけに落ち着いているように見える。

「…2つ。理由がございます」

「…して?その2つとは?」

ゆっくりと腕を上げ、陛下の椅子を指差そうとする。衛兵たちが立ちはだかるが、構わずに其れを指差す。

「その陛下の椅子の座り心地と、その椅子からの眺め、寝心地がどのようなものか知るためにございます」

衛兵たちを右手だけで左右に散らす。その眼は、明らかに丸くなっていた。

「心地、となあ。狂うているな、本当に」

「左様に。故に冥道公に狂の君との呼び名を頂きました。して、もう1つ。これは先ほど、泰山公にここまで連れて頂いたのですが」

ちらと泰山を見る。ばつの悪そうな顔をしている。

「この柵に施されている装飾、これが何なのか知りとうございます」

陛下の椅子を指す指をゆっくりと下に降ろす。その時陛下の口元が緩んだのが見えた。

「狂の君よ!貴様、陛下を愚弄しているのか!」

「聞いておけばそのような、どうしようもない理由で殿上まで」

「恥を知れ!」

殿上からの怒号は、波及し下級諸侯まで及ぶ。先ほどの静寂は嵐のように議場を飲み込んだ。

議長閣下の静粛を促す叫び声も、いよいよ誰の耳にも届かない。ゆっくりと手を上げる。

「狂の君よ。何か?」

陛下の声で再び静まる議場。国家元首ではなく、調教師のようだと思った。

「ああ、いえ。ご存知なのかなと思いまして。こちらの装飾が何調なのか、を」

陛下はにやりと笑った。

「ああ、勿論だ。十二世紀の葛葉調という重さを軽快に見せる演出と、混沌の中に多数の秩序を備えたもの。そうさなぁ、狂の君が忍び込んだ、禁書区域にも解説本があったかな」

陛下はにやりと顔を歪ませたまま私を見る。若く聡明。統治者としての品格を備えている。

「なるほど、葛葉調、ですか。少し文献に当たろうかと思いますが、どうしてそのような、所謂、ただの建築技法が、禁書に指定されているので?」

おい!と殿上からまた怒号が飛ぶ。

「…皆の中で、かような疑問を、ただの柵の装飾に対して持てたものがいるか?」

陛下はゆっくりと周りを見回した。

「おらぬだろうな。では、仮に疑問を持っている者がいたとして、このようないつ殺されても可笑しくない状況で、私に問える者はいるか?」

また周りを見渡し、口元を悪く曲げる。

「それもおらぬだろうな。ふむ、面白い。面白いと言うのはそれだけで殊勝だ。だが狂の君と、いまここで話に花を咲かすには少しばかり具合が悪い。追って遣いを出す…今日は狂の君がいない方が良いようだ。下がれ」

何故か気に入ってもらった。陛下も退屈なのだろうな。

「私が狂うている狂ならば、陛下は面白いことがお好き。何かに興じたいの興の君でございましょうな。それでは、失礼いたします」

興の君…くく、あっはっは

静まり返った議場に陛下の笑い声が拡がっていく。

深々とお辞儀をし、ゆっくりと2歩、そのまま後退り、はらりと身体を回す。階段を上がり出口に向かう。

「では、本題に入りましょう。予定より遅れておりますので…えー、概要は手短に」

おほんと議長閣下が進行する。

議場の出口に辿り着き、陛下に向け、また一礼をする。陛下はこちらをずっと見ていたのだろう。ひらひらと手を振った。陛下も同じ穴の狢。仮面を付けてはいるがこちら側なのかもしれない。扉を開けると光が議場を照らした。

ー外は雨が降っていた。


衛兵達を引き連れ、議場を出る。運転手に連絡する。

『予定より早く終わったので向かいを。どこかで時間を潰しているから、ゆっくり来て頂戴』

燐からも連絡が来ている。

『有森は多忙につき、一切の面会を謝絶しているようです。しかし、何やら詳しい者がいるようです。情報屋です。近くに滞在しているとのことですが、アポイントを取りますか?』

『もちろん。なんなら、今からでも動けるよ』

議場での熱気とは対照的に辺りはすっかりと静まり返っていた。

また通知音が鳴る。

『早すぎますね。通常ならまだ開会の宣言くらいでは?また、なにかやらかしましたか?』

信用されてるなあと、苦笑する。

『私は何もしていないんだけどねえ。周りがとにかく過剰反応してしまって。今度から狂の君と呼んでくれ。冥道公から賜ったんだ』

ずっと衛兵たちがついてくる。おっ、そろそろ禁書区域に差し掛かる。葛葉調に関する本が、ここにはあるらしい。…見たいな。まだ時間がある。くるりと振り返る。衛兵たちは少し後ろに下がり、距離をとった。

「2人は名前を、なんと言うのかな?」

「お答えしかねます」

まぁ言わないか。

「じゃあいいや。2人は、ここの生まれ?次男?」

「…お答えしかねます」

「同じくでございます」

埒が開かない。

「私はね、人の顔と名前を覚えるのが、酷く苦手なんだ。でもね、制度とか仕組みとか、成り立ちだとか。そう言ったものに詳しかったりするのね?」

「は、はぁ」

何を言っているんだ?という顔をする。

「それはこの国に限らず、軍国もだ。で、本題。君たちのその制服の勲章。見るに一尉。二十四期。血盟相当章…やはり家は継いでいないようだね。となると、ここ4.5年、この国では大規模な戦闘や武力鎮圧はしていないから、そこまで賞与もない。とはいえ、優秀な人材だ」

2人は固まっている。どこかに正解があったようだね。

「ここで交渉だ。私は狂の君と呼ばれている。そんな奴の交渉に応じるかどうかはさておき、私は、見たい資料がある。禁書区域にだ」

濃紺の制服に似合わない。血の気が引いていくのが目に見えてわかる。

「どうだろう、鍵はかかっているが、私には入る術がある。君たちの懐に、少しばかり金を入れされてくれないかな?そこら辺で倒れていてもらえればいい。そして、なにか良くないことが起きれば、私を捕縛すればいい。どうだい?最低でも纏まった金は手に入る」

「交渉に応じることは…できません」

ふぅむ。

「君たちはやはり、この国の人間ではないねえ。ここでは家格が絶対。贈賄も頻繁に起こる。まさか拒否されるとは思わなんだ。いい兵だ。では精進したまえよ」

やっぱり駄目か。

にこりと笑顔を作り、拒否した衛兵の土手っ腹を殴る。

ぐぅ、と言いながら腹を押さえ込み、その場に倒れる。

「き、貴様」

小銃を構えようとするもう1人の銃口を逸らし、逆に小銃をこちら側に引き寄せる。衛兵はバランスを崩し、前のめりに倒れそうになる。すかさず背中側へと回り込み、首元に腕を回す。

「いいねえ。いい運動になるよ。つまらない会議より何倍も、楽しいよ」

「おい!あ、右京公!なにをしているのです!」

ちっ、増えちゃったか。新しい衛兵2人に囲まれる。

「運動」

血管がはち切れそうな形相でこちらにゆっくりと近づいてくる。

「何を仰っているのですか。何か、気に触ることをしたのであれば、謝罪いたしますが…」

「ぐ、誓って、そのようなことは」

首元に絡まる私の手を外そうとしながら、衛兵は言う。

「そうだね。なにも。ただ、好奇心に私が負けただけだよ」

ばっと手を離す。衛兵は崩れ落ち、呼吸を整えようとする。その呼吸音が、やけに煩かった。

衛兵たちはそれでもなお、警戒態勢を解かなかった。携帯の通知が鳴る。

『今から会えるそうです。こちらにお招きいたします。向こうは3名いらっしゃいます』

燐から連絡が来た。図らずも笑みが溢れてしまった。一段と衛兵たちの重心が低くなる。

「すまなかったね。これは手合わせしてくれた礼だよ。倒れているもう1人にも渡しておいて頂戴。悪かったと、起きたら伝えておいてくれ」

胸元の金を出し、まだぜぃぜぃと呼吸を荒げている衛兵に渡しておく。

「すまないね。私は狂うているので、すぐに面白いことに飛びつこうとしてしまう。見送りは不要だ。さあ、仕事に戻りたまえ」

私が出口に向かって歩き出すのと同時に、足音が聞こえた。衛兵が衛兵に声をかけている。素敵なワンシーンだと思った。

『到着いたしました』

今度は運転手からの連絡だ。仕事が早いのはいいことだ。鼻歌混じりで颯爽と石階段を下る。165段下れば車に乗れる。車に乗ったら家に着く。情報屋に会える。陛下からも遣いがそのうち来る。なんと素敵な雨の日だろうか。


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